【自主レポート】

第32回北海道自治研集会
第Ⅲ-②分科会 地方再生とまちづくり

過疎地域における交通基盤の整備について


大分県本部/玖珠町職員労働組合・自治研部 梅木 嘉子

1. はじめに

 ガソリンの高騰が続いている。運転の途中、ガソリンスタンドの表に設置された価格表示板に目をやるとその金額に思わず悲鳴を上げ、悲鳴はやがてため息に変わる。価格が上がったからといって車を運転しないわけにはいかない現実がある。車を運転する多くの人々がそうではないかと思う。
 公共交通機関が発達していない地方に暮らす私たちにとっては、車がないと何もできないと言っても過言ではない位、通勤、通院、買い物、遊び、学校への送迎等、その使途は枚挙にいとまがない。自力の移動手段を持つということは、単に生活の利便性の問題だけではなく、社会活動への参加や趣味や生きがいを楽しむなど充実した社会生活を送るうえでも大きな意味を持っている。
 ところで、町の周辺地域には自力の移動手段を持たない高齢者が増加している。当町では、高齢化と過疎化に加えて若い世代の多くが町の中心部へ流出しており、周辺地域で暮らす高齢者は、移動手段において自力はおろか頼む人も少ないという状態である。
 高齢化と過疎化が絡み合って生じる問題は様々あるが、中でも地域公共交通の問題については深刻化を増しており、根本的解決ができないまま現在に至っている。
 本レポートでは、本町が実施している「玖珠町ふれあい福祉バス事業」について報告すると共に、過疎地域における交通基盤の整備について述べてみたい。

2. 町の概況

 玖珠町は、大分県の西部に位置し、人口18,233人(人口、世帯、高齢化率いずれも2008年4月1日現在以下同じ)、世帯数6,864世帯の小さな町である。行政面積は約286km2、行政区数は299、うち限界集落は約30ある。町の高齢化率は29.4%である。

3. 背 景

 2005年度より町が始めた「玖珠町ふれあい福祉バス事業」(以下「事業」という。)は、周辺地域の公共交通機関が整備されていない地区の住民を対象として試行的にバスの運行を行ったものである。
 この事業の実施から遡ること5年前、介護保険制度が設けられた。この制度により、比較的元気なレベルの高齢者は、これまで利用できていたデイサービスの利用ができなくなった。町の社協がこれに代わるものとして「生き生き元気教室」を実施した。また、町では補助事業で上記の高齢者を対象に「認知症予防教室」などの介護予防事業を行った。教室は、補助事業が終わった後も単独事業として続いたが、教室とセットで行われていた送迎サービスは打ち切りとなった。教室に通っていた多くの高齢者たちから以前のように送迎バスがあったらいいのにという要望が高まった。時を同じくして、周辺地域の公共交通の整備について住民の要望が出されていた。これらの地域は、利用者数の減少から民間の交通事業者により運営されていた路線バスの退出が進み、行政の支援がないまま地域によっては数十年間もの間不便な生活を強いられていた。この地域でタクシーを利用すると中心部まで行くのに1万円近くの料金になる。
 現在、町内の公共交通機関はJR、路線バス、タクシーであるが、多くの人々が自家用車を使っているため、公共交通機関の利用は高齢者か学生に限られる。路線バスは2つの事業所が運行しているが、便数、路線数共に減少の方向にあり、周辺地域では末端の集落まで走っていない。このため、路線から離れた場所に住む利用者は家族や近所の人に乗せてもらうかタクシーを利用する他に手段がなく不便な生活を強いられている。

4. 福祉バス事業の概要

 事業は、利用者の多くが高齢者であることが予測されていたため、日常生活の利便性の向上に加えて、高齢者の引きこもりを防止し、介護予防の増進を目的に創設された。
 路線は、5路線(開始当初は6路線)、週に1回の運行で料金は高齢者が混乱しないように定額とした(開始当初は300円と400円、1年後に350円と450円に値上げ)。利用者は必要に応じて10枚綴りの回数券を役場で購入する。
 車両は、スクールバスと新規に購入したマイクロバスの2台を使用した。スクールバスは児童の送迎以外の空き時間を活用して乗者数の多い2路線で使用、マイクロバスは残る3路線で使用している。バスの運行は町内のバス会社に委託した。
 バスは、各路線の末端部を出発して中心部に向かい、病院やショッピングセンター、温泉施設のある福祉センター、役場等で停まる。事業目的を考慮してルートを設定した。

5. 採算性と福祉サービスとの妥協点

 事業計画を作るにあたり担当者を悩ませたことの一つが採算性であった。事業は単独事業のため、厳しい財政状況の中では収支の均衡の見通しがつかなければ継続して行うことは難しい。仮に収支が赤字となった場合でも、どの程度の赤字であれば継続することの同意が得られるのかあらゆる角度から試算を繰り返し行った。事業にかかる費用としてあげられるのは、車両費、燃料費、人件費、保険料などで、これに対して収入は利用者から得るバス手数料である。
 ここで、料金決定の算定に至る経緯について説明を行う前に、算定材料の一つとなった類似事業を紹介する。当町では、福祉バス事業実施の1年前に「外出支援サービス事業」を実施した。同事業は、75歳以上で要介護度2以下の外出ができる高齢者に、1回の路線バスとタクシーの利用に400円の割引ができる助成券20枚綴を交付するもので、事業実施後、毎年1,400人程度が交付を受けている。
 「福祉バス事業」と「外出支援サービス事業」の違いは、前者が公共交通機関の整備が行き届いていない地区の全住民を対象に公共交通のハンデをなくす目的で行っているのに対して、後者は在宅高齢者の外出を促進し介護予防を図る目的で行っている。
 料金の算定については、まずバスを運行する予定の各路線の末端からの距離について、路線バスを利用した場合の料金に換算した。結果、料金は概ね700円から780円となった。仮に、これに外出支援サービス券を利用した場合、本人負担は300円から400円となる。料金はこれと同程度の運賃が望ましいと判断し、概ね8kmを境にして300円と400円区間を設けた。事業開始後3年間の収支は別表①のとおりである。


別表① 収支の推移

乗客数の推移


 事業計画段階では、対象自治区の住民の中で身体状況、年齢などからバスを利用するであろうと思われる需要者が50%常時利用すれば、収支の均衡は保てるのではないかと見込んでいたが、利用率は路線によって大きなばらつきを見せた。
 2006年度は、前年度の採算性、住民のコンセンサスが得られるであろうと思われる妥協点で料金を50円値上げした。また、一部の路線について見直しを行った。内容は、3路線で運行していたエリアを2路線に編成したもので、3路線で利用ができていた集落は、編成後の2路線で全て利用ができるようにした。結果、赤字額は前年度に比べ大幅に減った。見直しを行った2路線では乗客は増加した。それでも、歳出の削減には限界があり、利用率が上がらない限りこれ以上の赤字削減は難しいように思えた。
 周辺地域における高齢化率の上昇を見る限り、今後需要は横ばいか若干の伸びが予測されること、路線別に偏りはあるものの総じて赤字額は削減傾向にあるということ、料金アップによる乗客の減はなく、固定利用者は定着・増加にあること、これらの内容から2年間の試行期間を経て2007年度より本実施化とした。
 事業実施にあたって採算性だけを優先するのであれば、赤字路線の廃止が手っ取り早いが、事業の目的を考えると一部の赤字率の高い路線を継続しても全体として今後、財政的に大きな影響を与えないことが概ね予測されることを前提として、将来的な医療費や介護保険給付費の削減を目的とした住民サービスへの投資とみる考え方も十分説得力はあると思われる。

6. 効果・反応・ニーズの広がり

 2005年度の試行運行時に行った利用者へのアンケート結果を抜粋して紹介する。


質問 バスの利用頻度は

 
質問 バスの運行で生活は
 

質問 バスの運賃は
 
質問 バス事業の継続について
 

(感想・意見)
・停留所以外で降車させてほしい。
・出発の時刻を早く、帰りの時刻を遅くしてほしい
・体の弱い夫と二人で利用している。家を出てデイサービスなど楽しんでいる。
・足の不自由な年寄りには大変有り難い。
・低年金のため、大変助かります。
(要望)
・運行回数を増やしたらどうか。
・集落(家の近く)まで来てほしい。
・路線バスと比べると、福祉バスは料金が安くて不公平でないか。
・家の前を通っているのだから、対象自治区などと決めずに誰でも利用できるようにすべきでないか。
*アンケートは、対象自治区の住民より無作為に71人に実施したもの。
*質問1で利用したことはないと回答した19人のうち9人が65歳未満であった。

 感想などを読むと、顔は分からなくてもアンケートを記入した人々、特に高齢者の切実な思いが伝わってくる。利用者の多くは、午前中に病院や元気教室に行き、ご飯を食べた後、役場の近くのショッピングセンターで買い物を済ませる。これまでどちらかというと閑散としていた役場1階のロビーが、食料品や生活物資でいっぱいになった手押し車を持った高齢者のバスを待つ姿で賑わうこともある。
 アンケートの中では、料金の値上げに対する質問に対して「50円から100円位ならば、これまで通り利用する」と多くの人々が回答している。一方で、ニーズの広がりも忘れてはならない。しかし、要望のほとんどは現状の中で対応するのは非常に難しい。
 例えば、対象地区外の住民の利用については、本事業が国土交通省の自家用有償運送の許可の下で行っているため、既存バス路線の営業妨害になるような運行には許可が下りない。また、旅客業者による既存の路線バスの運行は、町の赤字補填により維持しているため、路線バスとの競合となるような運行は望ましくないのである。

7. 国の動き

 過疎地域を中心とする公共交通の問題は全国的な課題であるが、国は今後の地域公共交通のあり方に対しての指針を示すべく「地域公共交通の活性化及び再生に関する法律(平成19年法律第59号)」を2007年10月に施行した。
 同法設置の目的は、①地域住民の自立した日常生活及び社会生活の確保、②活力ある都市活動の実現、③観光交流の促進、④環境への負荷の低減などで、2008年度より「地域公共交通活性化・再生総合事業計画」を新設(予算額:30億円)、上記にかかげた取り組みを行う自治体に対して総合的に支援を行っている。
 事業計画では地域の公共交通に係る多種多様なニーズや課題に対し、市町村を中心に地域の関係者が総合的に考え、地域にとって最適で持続可能な公共交通のあり方について合意形成を図り各主体が役割に応じて責任を持って進めることが前提となっている。

8. 地域公共交通会議の目的

 また他方で、2007年10月に「道路運送法等の一部を改正する法律(平成18年法律第40号)」が施行された。自治体が運営する有償運送に対しての取り扱いが改正される中で、地域公共交通会議の設置が義務付けられた。同会議の設置目的は、関係者の意見等が事業内容に反映され、地域の需要に即した乗合運送サービスが提供されることにより地域住民の交通利便の確保と向上が図られることにあり、会議が形式的に終わらずに責任ある議論が行われることが求められている。
 当町でも9月末の更新にあたり7月に同会議を開催した。会議では、現在の運行のあり方について審議を行うが、地域住民の代表者の意見を聞いて改めて町の地域公共交通の厳しい実態に直面した。ある集落は15世帯中13世帯が高齢者独居世帯で、多くが車の免許を持たない女性であり、福祉バスが運行するまでの10年近くバスの運行はなかったという実態。福祉バスの運行開始後、隣接する集落の高齢者などから、うちの集落にもバスを走らせてほしいとの要望が多く寄せられているという実態。隣接する集落に路線バスは走ってはいるが、時間帯が合わずに高齢者は事実上利用できる移動手段がないという実態。この他に、バスの運行で利用者の中に用事は週に1回の福祉バスに乗って済ますというリズムができたということ。住民にとって福祉バスが生活の中に定着しているということも生の声としてあげられた。
 一方でバス事業者からは、現在赤字補填で運行維持している路線バスの利用状況はかなり少ない、住民のニーズにあった地域公共交通のあり方について町として検討する時期にきているのではないかという提言が出された。
 福祉バスの運行により、一部地域の公共交通の整備は行われたが、地域にはまだまだ取り残された人々がいるという事実に、果たしてこれまで行政は地域公共交通についてどう取り組んできたのかという疑問と、今後取り組むべき課題があるということを認識できたことに、ある意味で本会議の開催意義があったとも言えるのではないか。

9. 行政の限界と今後の展望

 「高齢で自動車免許の更新ができなくなった。停留所まで遠いので、集落まで入ってもらえないだろうか」「家から停留所までの下り坂が急で、膝の悪いのに応えるんです。家の前を通ってもらえませんか」。こんな電話が年に数回かかってくる。小さな町だから、相手の名前と地区を訪ねればその場所の状況がおよそ頭に浮かぶ。一人暮らしの高齢の女性、90歳を超える高齢者夫婦世帯。彼らが駄目で元々と思って言っているのではないことは十分分かる。本当に厳しいのだろうと思う。
 運行している集落の多くは、道路が狭あいで人家は停留所から遠い場所に散在している。利用者の年齢や地理的な事情からこのような要望は今後さらに増えると思われる。
 また、当町では福祉バス事業の他に、路線バスへの赤字補填事業、スクールバス・スクールタクシーの運行事業などを行っているが、路線バスについては、運行の時間帯が主な利用者となる高齢者に合わないことなどから、利用者は年々減少傾向にあり、事業内容の検討が課題となっている。スクールバスについては、文部科学省が進めている新学習要領の導入による授業時間数の増により下校時間の変更が生じるなど、新たなニーズが増えることが今後予測される。
 町を公用車で移動している途中、福祉バスや路線バスに出逢うことがしばしばある。スーパーの前の停留所から次々と乗り込んでいく高齢者を見ると、役に立っているんだなあと嬉しくなる。町に若者の姿が多いと活気が満ち溢れて見えるという人がいたが、背中にリュックを担い、両方に買い物袋を抱えて並んでバスを待つ高齢者の集団の姿は逞しく生きているという感じが出て活気も溢れて見える。どんどん外に出て、楽しみや生きがいがあって健康で暮らし続けることに行政が手伝えることは僅かかもしれないし、生活していくうえで、どこに行くにもその手段がきちんとあるという安心感は、自家用車を持ち、移動に何ら不自由しない私たちには計り知れない。
 福祉バス事業を実施して4年目を迎える。事業の実施を通じて、町には生活の足に困っている人々がまだいるということ、そしてこれらの人々の多くは現在の状況に不便さを感じながらも、改善を求める行動を自ら起こさない、あるいは現状に不平を言わず慎ましくこれまでどおりの生活を送るといった人間性の人々が多いということを感じた。
 地域のどの部分に住んでいても同じ行政サービスが受けられる、日常生活や社会生活において、住む場所によってそのレベルには差があってはならない。当り前のことのようだが、実際に地域公共交通についてそこまでの整備ができていない要因には、地域公共交通の整備が行政の行う事業の優先順位の中で後回しにされていたり、路線バスへの赤字補填による維持や、スクールバスなど、複数にまたがる事業の実施方法が、予算の効率性や合理性を阻んでいるということがあげられるかもしれない。
 これまでの事業を経て得られた地域や利用者層の特性によるニーズの把握、優先順位の決定、他事業との相乗効果、住民にとって利用しやすい、利用したいと思われるような手段とはどうあるべきかなど、限られたお金の中で効果を上げるためには、行政、住民、事業者など地域公共交通に携わる全ての人々が、「自分たちが町の地域公共交通をより充実した内容で経営していく」という意識と自覚を持って共同して進めていくことが何より必要である。行政主導型ではなく、いかに住民と行政の協働型による事業展開を推し進めていくかが今後の地域公共交通のあり方を左右する。
 事業がより住民に根ざしたものに近づいた先には、これによってさらに充実した生活を享受できるようになった住民の喜ぶ顔があるはずだ。そんな顔を見た時、無条件に住民のためになって良かったと心から感じるだろうし、住民の視点に立つということの意味が今よりも少しは理解できるかもしれない。