【自主レポート】

第32回北海道自治研集会
第Ⅲ-②分科会 地方再生とまちづくり

「消防の広域化」により地域の安心と安全が危ない!?


全国消防職員協議会 斉藤 英之

1. 消防日本地図大改定

 2008年7月1日現在、35団体(道府県)が推進計画を策定しています。35道府県635の消防本部が174の消防本部に再編され、この中で10県が県全域を管轄区域とする1の消防本部を選択しています。最終的に日本全国約800の消防本部が200余りとなることが予想されます。(推進計画策定までの経緯が公開で行われたのは高知県のみ)

2. 2006年消防組織法改正への経緯 ~通知から法規制へ~

 基本指針・消防組織法改正により"自主的"な市町村の消防の広域化が法規制のもと、行われようとしています。
 国は消防の常備化を進める中で1970年代から「消防庁長官通知」により広域化を推し進め、その結果1990年代初頭には山間部や離島にある町村の一部を除き、全国のほとんどの住民に対し消防行政サービスの提供が可能となりました。そして1990年代以降は管内人口が10万人規模の消防体制をめざし、複雑・多様化する消防需要に対する高度な消防サービスの提供をはかることへと変化してきました。
 この間、全国の人口の99%以上が常備消防によりカバーされたことをふまえ、同時に多発する大規模災害に対応するためとして、2003年に消防法・消防組織法を一部改正し、常備消防の設置義務制度・救急業務の実施義務制度(政令指定)の廃止と、緊急消防援助隊が規定されました。
 平成の大合併にともない、全国の自治体数が、1999年の3,232から1,820へと大幅に再編されましたが、消防本部数は1991年の936から811にとどまりました。しかし、小規模消防が全国の約6割を占めている状況から、2005年10月総務省消防庁は、多様化・大規模化する災害・事故に対応し、今後の人口減少を考慮したうえで、市町村消防の原則を維持しつつ、消防体制の充実強化が求められているとして、「今後の消防体制のあり方に関する調査検討会」を設立しました。2006年1月の消防審議会への中間報告のなかで、今後の消防の広域化については災害対応・組織管理・財政運営等の観点から、「管轄人口30万人規模以上を一つの目安とすることが考えられる」としました。
 2006年2月、消防審議会からの「市町村消防の広域化の推進に関する答申」では、「広域化は多様化・大規模化する災害・事故や高度化・複雑化する社会における消防業務に対する住民のニーズに的確な対応をするため」とし、その方策として「消防組織法を改正し、広域化における都道府県の役割を明確にするとともに、消防広域化の関係者による議論の枠組みを創ることが必要である」と答申しました。
 これらの結果、同年6月の国会で消防組織法の一部改正が決議され、自主的な市町村の消防広域化を推進するため、消防庁長官が定める基本指針にもとづき、2007年度中に都道府県が推進計画を策定、2008年度以降広域化を実施する市町村が広域消防運営計画を作成し、2012年度末を目途に広域化を進めていくとされました。
 これまでの広域化の推進と違う点は、従来「通知」の範囲であったのが消防組織法を改正し法規制のもと行われること、そして管轄人口10何人や市町村合併と整合性を持った広域化を目指していたものが今回は管轄人口30万を目標とし、大きければ大きいほどメリット達成が容易であるとしている点です。また、広域化は小規模消防本部の解消を目的とし、小規模消防本部の課題を広域化によって補い財政的効率も得られ、多様化する住民ニーズに応えることができると喧伝し、そして将来人口の推移にもとづく消防費の確保の困難性を挙げ、今広域化しないと地域住民を守ることができないと過疎対象市町村や県に対し警鐘を鳴らしているわけです。
 基本指針を受けた県による推進計画が今年度中に立てられ、対象消防本部・自治体による広域運営計画作成と移行し、各基礎自治体の決定のもと「消防の広域化」の完成となるわけです。
 しかし、県の推進計画後の消防本部の姿が見えず、消防庁の掲げるメリットが達成できるのか検証さえできない状況にあり、財政的効率化のみ先行している感があり、従来の消防サービスが確保できるのか不安視されているところです。

3. 消防広域化は財政の効率化?

 国、都道府県が消防の広域化を推進する大きなメリットのひとつとして、財政的なスケールメリット、すなわち効率化が挙げられます。その理由として、管轄人口規模が10万人に満たない、いわゆる小規模消防本部が全国の6割を占め、そのほとんどが苦しい財政状況であるために高度な消防設備及び施設の整備が困難であること、国が定めた消防力の目安である「消防力の整備指針」の職員充足率は75%である(本来4人の消防職員が必要であるところを3人で賄っている。全国の消防職員約15万人に対し、20万人の職員が必要であるところ5万人不足している)こと、また消防本部の管轄人口5万人規模の消防本部一人当たりの消防予算額が約2万円に対し、30万人規模の消防本部では約1.1万円(消防費の基準財政需要額単位費用10,600円)であることが挙げられています。しかし、消防は機械力を高度化すればサービスが著しく向上する行政ではなく、その機械を動かす人員が充実していなければ機能しません。このことに対して国は広域化することにより総務部門及び119番待ち受け、いわゆる通信部門等を統合し、人員配備の効率化をはかることにより、現場要員の増強ができ、充実することができるとしています。
 こと職員充足率の観点から国が「同様の職種」と考えている警察との比較をしてみます。
 警察も消防と同様機械力の充実より人員の充実が最優先される職種ではないでしょうか?
 警察の場合、法律により都道府県ごと職員数が定められています。その充足率はほぼ100%となっています。同じ地方自治体である都道府県と市町村の所管により「住民の安心・安全」が、財政力により左右されている現状が良いのでしょうか?
 消防が通常行う業務は大規模な「面・線」の災害でなく、救急などの「点」の災害です。
 しかし国が推進する今回の広域化は「点」の充実ではなく、「面・線」の充実であると言えます。現状において警察と同様人員充足率が限りなく100%に近いのであれば広域化は必要でしょうか?
 また、この広域化により一番に恩恵を受けるのはどこなのか。補助対象消防本部を少なくすることにより国庫支出金を抑えることができる国なのではないでしょうか。考えすぎであってほしいのですが、予防業務や救急業務は、より大きな組織体とすることにより営利を生む可能性があり、有料化や民営化へ移行するための引き金となるのではないかということも危惧されます。
 政府が設置した「今後の消防のありかた検討会」では小規模消防本部の課題ばかりを検討し、小規模消防本部の消防サービスの提供の現状やいいところが検討されていないのではないでしょうか。
 たしかに小規模消防本部では慢性的な人員不足のためか1人が何役もしなければならない現状があり、今回の「消防の広域化」が専門化・専従化をめざしているのとは違い、なんにでも対応できる専門的な知識を持ったマルチな消防職員を生む結果となっているのです。ニーズを持った来署者に対して「担当のものがいないので明日来てくれますか?」「業務外ですから対応しかねます。どこそこに回ってください。」ということもないわけです。動物救助や害虫駆除そして土曜日や日曜日・祝日など役所が閉庁しているときなど他の業務を担い住民ニーズに応えている実態もあるのです。慢性的な人員不足が生んだ産物のひとつです。
 また、人員が少ないということは職員間の意思疎通が図りやすく業務遂行がスムーズであること。そして、あらゆる消防業務に対しその頻度は高く、消防団員や自主防災組織そして住民とも接する機会が多くあり、相互の信頼関係・コミュニティが構築され、まさしく顔の見える地域に根ざした消防行政となっているのではないでしょうか。おそらくこういう消防署は(東京消防庁)大都市にはないでしょう。
 広域化により機能が中央に集権され、火事と救急にしか対応しない消防、24時間開庁しているのにシャッターはおろされ電灯も消され職員の姿も見えない、そんな消防を地域住民が望んでいるのでしょうか。安心と安全の拠り所となるのでしょうか。
 いうまでもなく、私たち消防職員の業務を遂行・使命を全うするためには地域住民の皆さんの災害発生時における情報提供や傷病者への応急処置などの協力体制が必要不可欠な場合が存在し、こういった観点からもよりよき消防の姿・理想の消防行政とは何なのかを住民の皆さんとともに考えることが必要なのではないでしょうか。この広域化が地域住民の皆さんの知らないところですすめられることがあってはならない。あくまでも広域化する・しないの判断は住民の皆さんにゆだねるべきであり、職員の目から見た消防行政の現状、そして広域化に関する情報を提供し協議するべきだと考えます。