【自主論文】

第32回北海道自治研集会
第Ⅲ-②分科会 地方再生とまちづくり

ニセコエリア周辺の観光開発と景観保全の共生


北海道本部/ニセコ町職員組合 山本 契太

1. はじめに

 私の住む北海道のニセコ町及び隣町の倶知安町ではここ数年、外国人スキー客が急増すると供に、外国資本などによる土地取引や投資・開発が相次いでいる。ここは昭和50年代に脱サラ組みの移住と合わせたペンション経営などが相次いだ地域である。しかし、この度の開発ブームは、世界有数と称されるパウダースノーを求め、世界の大企業等が大規模な観光開発を構想しており、土地取引などの規模からも、これまでにない過熱ぶりを示している。
 この状況により、低迷していたスキー場には活気がもたらされ、地価は高騰している。一方で、乱開発の懸念や、生活上のトラブルなども発生している。
 このため、地域での土地利用のルールづくりなどが喫緊の課題となっている。
 今回は、ニセコエリアの活況の中、開発と景観の共生について報告したい。

2. ニセコエリアの定義

 「はじめに」で申し上げた外国資本などによる投資は、6つのスキー場を有する秀峰ニセコアンヌプリ(標高1,308m)のすそ野が主な舞台となっている。
 ニセコアンヌプリは、その頂上から放射状に5町の圏域に跨っているが、今回は、この山の南側に位置し、投資の主な舞台であるニセコ町と隣町の倶知安町の2町を中心に報告する。またここでは、この2町を「ニセコエリア」と称する。

3. ニセコ町と倶知安町の概要

 ニセコ町は、道央の西部、後志支庁管内のほぼ中央に位置し、東に支笏洞爺国立公園の秀峰羊蹄山、北にニセコ積丹小樽海岸国定公園のニセコアンヌプリ等の山岳に囲まれ、波状傾斜の多い丘陵盆地を形成している。内陸的気候のため、平均気温は6.3℃。冬季の最深雪は2mに達する豪雪地である。
 1960年に約8,000人だった人口は、高度経済成長期とともに減少を続けた。しかしながら、1980年に約4,500人で人口は下げ止まりとなり、以後横ばい状態が続いている。
 倶知安町は、オーストラリアのスキーヤーが激増しているヒラフ地区を有する町で、地価の急上昇などでも話題を呼んだ、正に「投資で沸く」中心地であり、発祥地がここである。
 町の人口は16,000人弱で、生食用じゃがいもの生産を中心とする農業と観光が基幹産業となっている。また、多数の国や北海道の出先機関のほか、陸上自衛隊の駐屯地も所在する官公庁の町である。

4. ニセコエリアの観光客動向


 2001年のアメリカ同時多発テロ以降、オーストラリア人を中心に、ニセコエリアに外国人観光客が増加し始めた。
 グラフ1は、2002年度と2006年度の外国人観光客の延べ宿泊人数を表したものである。
 ニセコエリア全体だと2002年度に12,113人泊だった外国人観光客が、2006年度には115,783人泊と、宿泊数が約10倍に跳ね上がるという驚異的な数字を示している。グラフ1を見ると倶知安町(ヒラフ地区)の伸びが特に顕著である。
 因みに、ニセコエリアの2006年度の国内客を含めた宿泊者全体は122万人となっている。
 また、表1~表3は、北海道内の外国人観光客の動向である。特筆すべきは、表1で示している、北海道に宿泊しているオーストラリア人の実に75%が表3で示すようにニセコエリアに宿泊していることである。
 
グラフ1
 

表1
宿泊延べ数の多い上位5カ国
表2
外国人宿泊数の多い市町村
表3
豪州人宿泊数の多い市町村
順位
国名
宿泊延べ数
前年度比
1
台湾
862,543人
94.3%
2
香港
308,039人
100.0%
3
韓国
226,688人
173.1%
4
オーストラリア
99,158人
118.7%
5
シンガポール
70,677人
167.1%
市町村名
宿泊延べ数
前年度比
札幌市
559,272人
103.2%
登別市
180,380人
120.6%
上川町
116,302人
107.8%
壮瞥町
100,514人
110.4%
洞爺湖
99,481人
103.2%
市町村名
宿泊延べ数
前年度比
倶知安町
70,335人
104.6%
富良野市
8,960人
211.2%
札幌市
5,456人
194.6%
留寿都村
4,333人
213.7%
ニセコ町
3,720人
124.5%
出典:「北海道観光入込客数調査報告書(2006年度)」北海道経済部観光のくにづくり推進局

5. オーストラリア人観光客増加のきっかけ
      出典:「ヒラフエリアの状況説明資料(倶知安町)


  オーストラリア人観光客の増加は、倶知安町ヒラフ地区を中心として始まったが、そのきっかけは、様々に語られている。
 一つには、2001年に起きた米国同時多発テロの影響で、それまでスキーでは欧州やカナダなどへ出向いていたオーストラリア人の目が、ニセコエリアに向き始めたこと。また、何より、パウダースノーと称される雪質の良さが、彼らを多いに引き付けたこと。
 更に、ヒラフ地区在住のオーストラリア人で、地域にさきがけラフティング事業を立ち上げたロスフィンドレー氏(国土交通省選定観光カリスマ)の功績も大きいと言われている。ニセコエリアに日本人が成し得なかった「新たな川遊び」の概念を持ち込み定着させた功績は大きい。また、氏のビジネスモデルを踏襲し、地域に様々なアウトドア事業者の流入が促された。
 この他、オーストラリアと日本との時差が1時間であるとか、欧米、カナダに比して距離が近く、物価も安い。優れた景観を有していることなどが、ニセコエリアの魅力として捉えられているようだ。

6. 土地取引など投資の過熱

 現在、ニセコエリアは、観光客の増加のみならず、土地売買や観光開発に向けた投資が盛んに行われている。
 ヒラフ地区では、住宅地価上昇率が2年連続全国1位となり話題を呼んだ。

〔ヒラフ地区の公示価格〕
  2006年 12,000円/m2 ⇒ 18,000円/m2 上昇率 33.3%
  2007年 16,000円/m2 ⇒ 22,000円/m2 上昇率 37.5%

 オーストラリア人をはじめとする外国人観光客は長期滞在が主流で、スキーを中心とした1週間以上の滞在が通常であり、このことが既存のホテルやペンションではなく、生活様式にあったコンドミニアムへの需要を高め、ヒラフエリアでのコンドミニアム新築など各種の開発につながっている。特にコンドミニアムの建設は、ヒラフ地区において2006年3月で50棟300戸となっている。
 ヒラフ地区での開発は、ニセコエリアに現地法人を構えるオーストラリア人などの不動産関連会社が主役となっている。
 また、一回に10,000m2以上の土地取引を集計するとニセコエリア内のニセコ町だけでも、表4のとおりとなっている。
 表4の特徴は、2007年度にある。ヒラフ地区から始まった開発の波がニセコ町にも広がり、それまで、ヒラフ地区がコアな開発スポットであったものが、ニセコエリアとして捉えられる状況となった。また、表4については、一回に10,000m2未満の取引や、会社そのものを買収するなどして土地が継承された案件は含まれていない。このため、2007年度の取引は300ha(東京ドーム約64個分)を超えているものと思われる。


表4 ニセコ町の土地取引の状況
(単位:ha)

 一方、ニセコエリアに住む外国人も急増している。ニセコエリアの人口は下記(表5)の通りである。


表5 ニセコエリアの人口及び外国人登録の人数
(単位:人)

 冬のスキー場を訪れると、多くの外国人スキーヤーが風景に溶け込み、国内観光客から冗談を交え「外国に来たのかと錯覚する」といわれるほどである。

7. 変化への準備

 現在、ニセコエリアに押し寄せている開発の波に対し、現地住人などは期待と不安の入り混じった感情を持っている。
 全国的にはスキー離れが指摘され、厳しい状況下に置かれているスキー場が多い中、スキーヤーの増加は大歓迎である。
 また、大企業などによる観光開発は、町の雇用を生み、産業の活性化をもたらすことも期待される。
 一方で、土地利用などのルールが無いままに、様々な企業が独自の視点で開発を行い、景観の問題や冬場の生活トラブルなども少なからず起きてきた。
 また、今後、大規模な観光開発が進められる構想が多数あり、ルールづくりをしなければ町の財産である自然景観や農村景観が失われる懸念も出始めている。
 この度の観光開発によるニセコエリアの変化の兆しは、地域の内発的な現象ではない。この地が持つ資源の豊かさなど様々な外的要因が、海外の企業や投資家などから注目され始めたもので、外部からもたらされた変化といえる。しかし、この状況をただ見守るだけの受身であったり、また目先の開発にのみ囚われ、人々を引きつけている魅力そのものを失ってしまうようでは、本末転倒だ。
 今の活況を冷静かつ、積極的に利活用することがニセコエリアに求められている課題である。

8. 土地利用のルールをつくる

 観光開発が積極的に進み始めたニセコエリアでは、開発に対するルールづくりが急がれている。
 倶知安町では、2008年3月から都市計画法及び景観法による準都市計画区域の指定と景観地区を決定し、建物の高さや色彩規制など、開発を行う場合の新たなルールが走り始めた。一方、ニセコ町でも、これまで施行していた景観条例の改善と、2009年4月から準都市計画区域を指定するための準備が急ピッチで進められている。
 開発規制は、地域振興にとって「邪魔なもの」との意見を聞くことがある。しかしニセコエリアでの土地利用のルール導入は、ただ単に開発を規制し、生活トラブルの解消や、景観保全のみを目指すものではない。開発のルール導入によって、地域の財産である自然景観などを守り、地域の価値を高める開発を促すことができると考えている。であるから、開発のルール導入は、ニセコエリアの住民や来訪者が将来にわたってここに住み続けられる、そんな環境を守り、育てることに他ならない。

9. 地域のビジョンづくりを担うNPB

 「土地利用のルールを導入する前に、そもそも地域のビジョンが必要だ。ルール導入はビジョンづくりの後、時間をかけるべきで、急ぐ必要は無い」。これは、ニセコ町内で行ったある会合で出た意見だ。確かにその通りだが、ニセコ町では、ルールづくりを急いでいる。なぜならば、無秩序な開発が進められ、地域の財産(景観など)が失われてしまったら、取り返しがつかない場合があるからだ。
 また、ビジョンづくりに向けた活動が無い訳ではない。ニセコエリアのビジョンづくりを担うのは、2007年9月に設立された「有限責任中間法人ニセコ倶知安リゾート協議会(通称NPB)」である。
 ここまでのレポートも、ニセコ町及び倶知安町という2つの行政機関の状況を書いた。これは、ニセコエリアに起きている観光開発の状況をどちらか一方の町に特化してレポートしても、全体像が伝えられないためだ。また、ニセコエリアを外部の視点から見ると、行政区域の話は無意味でもある。しかし、行政区域は厳然と存在し、例えば町の総合計画も2つ、観光振興計画も2つ存在する。この調整役として期待されているのがNPBの存在だ。
 NPBは行政や業種、国籍や言語の垣根を越えて、地域の人たちが情報交換を行い、その魅力を存分に世界中の人たちに発信するために組織された。構成は、ニセコ町と倶知安町、スキー場事業者や大型宿泊施設をはじめとする地域の観光事業者、この地に根付いて事業を行っている外国人などで組織されている。
 このNPBが今後、ニセコエリアの「(仮称)ニセコリゾートマスタープラン」の作成に着手する。計画には、ニセコ町と倶知安町の観光振興に関する計画も盛り込まれ、行政の垣根を越えた「ニセコエリア」としての計画がつくられる。

10. おわりに

 小規模町村では、将来にわたって住民が地域に住み続けられるよう、様々な政策を講じる。例えば企業誘致もその一つだ。全国には、多くの時間と費用と労力を費やしても企業誘致が厳しい小規模町村が多数ある。そのような中で、地域の資源に恵まれたこのニセコエリアにおいて、現在進行しつつある観光開発は大いなるチャンスであり、同時に岐路でもある。
 町としても、土地利用のルール導入を急ぎつつも、今できる最善の判断をするために、そして将来の方向性を見出すために、改めて住民との情報共有や議論を怠ってはならないと感じている。