【自主レポート】

第32回北海道自治研集会
第Ⅲ統合分科会 地域社会の維持・発展をめざして

広島県における市町への権限移譲の現状と課題


広島県本部/自治労広島県職員労働組合

1. 市町村合併と行政のスリム化

(1) 市町村合併の推進
 広島県は、2005年3月の合併特例法(旧法)期限切れを目途に、全国トップクラスの規模で市町村合併を推進してきた。その結果、2002年に86あった市町村が、2005年度末には23の市町となった(村はゼロ)。この間63もの市町村が減少し、この数は全国2位である(減少率73.3%は全国1位)。


表1 広島県における市町村合併の変遷
年 月
新設市町
(編入市)
減少した市町村
2002年 4月
13
67
6
86
     
   
2003年 2月
13
65
6
84
(福山市)
内海町、新市町
 〃  3月
13
64
5
82
(廿日市市)
佐伯町、吉和村
 〃  4月
13
61
5
79
大崎上島町
大崎町、東野町、木江町
(呉市)
下蒲刈町
2004年 3月
14
55
5
74
安芸高田市
吉田町、八千代町、美土里町、高宮町、
甲田町、向原町
 〃  4月
14
49
2
65
三次市
三次市、甲奴町、君田村、布野村、作木村、
吉舎町、三良坂町、(双)三和町
(呉市)
川尻町
(府中市)
上下町
 〃 10月
14
46
1
61
安芸太田町
加計町、筒賀村、戸河内町
世羅町
甲山町、世羅町、世羅西町
 〃 11月
15
40
0
55
江田島市
江田島町、能美町、沖美町、大柿町
神石高原町
油木町、神石町、豊松村、(神)三和町
2005年 2月
15
31
0
46
(福山市)
沼隈町
北広島町
芸北町、大朝町、千代田町、豊平町
(東広島市)
黒瀬町、福富町、豊栄町、河内町、
安芸津町
 〃  3月
15
14
0
29
(呉市)
音戸町、倉橋町、蒲刈町、安浦町、豊浜町、
豊町
三原市
三原市、本郷町、久井町、大和町
(尾道市)
御調町、向島町
庄原市
庄原市、西城町、東城町、口和町、
高野町、比和町、総領町
 〃  4月
15
13
0
28
(広島市)
湯来町
 〃 11月
15
11
0
26
(廿日市市)
大野町、宮島町
2006年 1月
14
10
0
24
(尾道市)
因島市、瀬戸田町
 〃  3月
14
9
0
23
(福山市)
神辺町


(2) 権限移譲と県組織の見直し
 こうした市町村合併の進展は、必然的に広島県の行財政や組織のあり方を問うものとなり、大きくなった基礎自治体に対する県の事務や権限の大幅な移譲と「効率的でスリムな県庁」づくりが進められた。
 2003年4月に、県の権限移譲と組織再編の計画策定を行うため、分権改革推進本部が設置された。次に、推進本部内に広島県分権改革推進審議会が設置され、「分権改革推進プログラム」の策定が諮問された。
 2003年10月、県は審議会の中間とりまとめを受けて「具体化方策」を策定し、2004年度から2006年度までの3年間を集中対策期間とし、全ての分野における抜本的な歳出削減を着実かつ計画的に実施するとした。この歳出削減は、政府の三位一体改革に対応するとともに、市町村合併とその後の道州制を視野に入れ、県組織と事務事業のスリム化を達成しようとしたものである。

2. 広島県職労のスタンスと取り組み

(1) 市町村合併について
 自治労広島県職員労働組合(以下「広島県職労」)では、2000年に自治研活動として地方分権研究会を行い、市町村合併をどう捉えるべきか議論した。その中で、次の点を指摘している。


① 市町村合併を考える際に一番大切なことは、合併が住民自治(地域の民主主義)からみてどうなのかということである
② 合併によって市町村の規模が拡大しても、行政と住民の協働により地域の課題を解決する仕組みを作り上げれば、合併を否定するものではない
③ 今後は行政の役割だけではなく、住民の自治意識も重要となる


 そして、「単に行財政改革という視点のみで地方分権をとらえるのではなく、住民本位、生活者重視の地方自治を創っていくことを展望しながら、合併について住民や市町村が自主的に判断することが肝要」とのスタンスを示した。
 しかし、現実は市町村の厳しい財政状況を背景として、住民参加による議論や合併に向けた準備が十分行われないまま、合併へと突き進んでいったと言える。

(2) 権限移譲について
 広島県職労は、市町への権限移譲を地方分権の推進とこれからの県の役割を決める重要な課題の一つと捉え、県当局のプログラム策定に対する取り組みを行った。権限移譲に対する基本的スタンスとして、地方分権を進めるためには住民に身近な行政については、県から市町へ事務や権限を移譲することは必要、しかし専門的・広域的な行政は引き続き県で行うべきという立場で臨んだ。また、こうした権限移譲のあり方を県と市町が十分に議論することと、市町の規模や体制を見極め、実務者レベルでの調整を行いながら、事務事業の移譲を進めていくべきとした。さらに、移譲後の県組織のあり方についても、縦割り行政を是正し広域行政を展開していく観点から、総合行政、広域連絡調整、市町支援、危機管理体制を維持できる地域事務所体制を確保し、県の役割を果たしていくべきであるとした。
 これらの基本的スタンスをベースにしながら、権限移譲・組織再編について取り組みを進め、自治労広島県本部、連合広島、民主県政会(連合組織内議員を中心とした県議会会派)とも連携し、民主的な県政と地方分権の実現をめざしてきた。

3. 権限移譲の具体化プログラム

 県は、広島県の事務を市町が処理する特例を定める条例を定めて、事務・権限の移譲、事業実施の移譲等の主な項目を次のとおり決定した。可能なものはすべて移譲するという県の姿勢が見える。


①地域の福祉サービス、②地域の保健サービス、③事業活動の許可等、④環境の保全、⑤都市の整備、⑥地域の土地利用、⑦農林水産業の振興、⑧地域の生活基盤、⑨その他事務


 また、事務・権限移譲に伴い、市町に対する必要な財源措置、専門職員の県から市町への派遣、市町から県への研修職員の受入れなどを体系的に行うこととした。
 県は、事務・権限移譲を円滑に進めるため、市や町と協議・調整の上、各市町に事務移譲具体化協議会と専門班(環境・福祉保健・農林水産・土木建築等各班)を設置し、移譲具体化プログラム策定を行うこととした。
 2004年12月に3市において、具体化協議会が設置され、2005年度早々に権限移譲が行われた。その後、19市町が2005年度中に具体化協議会を設置し、2007年1月には、県内23市町すべてで「移譲具体化プログラム」が策定された。
 広島県職労は、県の一方的な押付けや拙速な移譲とさせないために県と市町が慎重で十分な議論をしていかなければならないとして次の方針で県当局の姿勢を追及した。


① 市町ごとの移譲具体化協議会専門班議論を尊重すること
② 拙速な移譲により住民サービスを低下させないこと
③ 基礎自治体の執行体制を見極めること
④ 移譲にあたって県当局は、市町への説明責任を果たすこと
⑤ 基礎自治体への人的支援は、県職員としての身分や賃金・労働条件を一方的に低下させないこと


 県の移譲事務として189事務が選定された。移譲は、2005年度から5年間で行い、23市町への移譲事務は5年間の延べ数で2,446事務が予定されている。権限移譲の進捗状況は、表2のとおりである。


表2 これまでの権限移譲の進捗状況と目標

移譲対象事務
2007
2008
2009
2010
(計画終了時)
2,446
1,075
(進捗率:43.9%)
1,606
(65.7%)
2,146
(87.7%)
目標2,446
(目標100%)
※ 移譲対象事務(制度的制約事務等を除く)は、全市町延数で年度毎に当該年度迄の累計数を明記
                                 
(広島県資料より)

4. 権限移譲の課題(広島県職労の検証)

 広島県職労としては、権限移譲の現状を検証し課題を明らかにしながら、行政サービスの低下を許さない立場で、引き続き行政の責任ある対応を求めていくつもりである。現時点、各分野の主な課題としては、次のものがある。

(1) 福祉・保健関係
 県は設置義務のない町に福祉事務所権限を移譲することにより、保育所運営費の監査事務を町自らが行うこととなった。しかし、人口1万人程度の小規模な町においては、保育所の個所数が少ないことから、保育所を所管する部署を福祉事務所とは別に設置することは困難であり、町福祉事務所が保育所運営と監査の両方を所管することとなる。極端な場合、自らの執行業務を自ら監査するという状況が起りかねない。

(2) 農林水産関係
 これまでも市町で扱っていた事務については、特に問題は生じていない。むしろ、メリット面の声が多い。一方、想定外の事態が生じているものもある。例えば、JAS法に係る業務については移譲した事務権限は一部であり、県に権限が残っている。食品の表示では、偽装事案が頻発した事から移譲途中に業務内容が変更になったものがある。また、複数の自治体(都道府県、市町)をまたぐ偽装表示問題などについては、むしろ、県で対応した方が効率的と思えるものもある。
 専門性を有する事務の体制整備はいずれ整ってくるものと考えられるが、当面、様々な専門職種を全てその自治体で採用し、人材育成していくことが可能かどうかは疑問が残る。

(3) 土木・建築関係
 県道の管理に関して、道路法に基づく権限移譲に加えて、委託方式によって維持修繕・改良等も移譲できるよう特例条例で定められた。
 許認可業務については、屋外広告物条例や、近年、社会的にも注視されている建築基準法等の権限移譲が進んでいる。これらの業務は、より専門性の高い判断を必要とするため、人材育成が課題となる。県の実施する担当者向け説明会の継続等が市町から要望されているが、権限移譲により実務が減少する中、県の人材育成も困難となっており、専門性の低下が懸念されている。

5. 権限移譲の課題(市職労・町職労の検証)

 移譲事務に関して市町から、「専門職の確保が難しい」、「移譲後の県のあり方や役割が見えてこない」、「交付金の金額が少ない」、「事務移譲後も当面は県の支援があるべきだ」、など様々な意見が出されている。
 自治労広島県本部では、権限移譲に関して次の意見を集約している。
(1) 旅券に関する事務は基本的により住民に身近になっている。しかし、事務量の増に対して体制が確保されていない。また、研修はあったものの具体的な対応について、当初なかなかできない状況であった。
(2) 障害者福祉に関することは県と市の区別がなく窓口が一本化され喜ばれている。しかし、詳細な引継ぎが行われず混乱し、また、事務量が把握されないまま適正な職員配置がなされていないため、事務量増に対応できない状況になっている自治体もある。
(3) 県道の維持修繕について市町の裁量で修繕を行うことができるようになり、早期対応が可能になったところもある。しかし、市道との管理レベルに違いがあり、同じ窓口での対応に住民から不信感を持たれる可能性がある。事務量が増加する一方、県からの交付金が削減される可能性があり、今後の執行に不安が残る。
(4) 土砂条例については、自治体に申請すれば良くなった事で住民にとって簡素化につながっている。
(5) JAS法に係る業務のように専門知識が必要とされる事務では、県のように複数の専門職員を配置し、人材育成や知識の継承等が可能な状態にはなく、専門職員1人が全てを行う状況が見られる。また、件数が少ない事務のために職員配置が難しい面もある。
(6) 埋蔵文化財の認定が市町でできるようになったため処理が早くなった。しかし、専門職員の設置が条件となっており、人材育成が至急の課題である。

6. まとめ

 広島県では、全国に先駆けて市町村合併が進んだ。行政事務を市町の体制に合わせて納得づくでスムーズに移譲できるのであれば、住民により近い場所で業務を行うことができるという点で権限移譲は確かにメリットがある。しかし、今回の権限移譲には、厳しい財政状況の中で県当局が人員削減や組織再編を狙った一面もあり、実際に県の地方機関である地域事務所の厚生環境局福祉課や農林局農村振興課では、課の廃止や係の統合が行われた。地域事務所は、地域における総合行政の展開や市町村の広域行政への総合支援などを目的として2001年度に総合行政機関として県内7箇所に設置された。しかし、「市町村合併や権限移譲の進展により所期の目的を達成した」として、今年度をもって廃止されることとなった。
 このまま、市町において人員も経験も不十分なまま移譲が進めば、少数の職員が広範な専門的知識を要求されることになり、負担が増すことが懸念される。このため、これまでの経験の蓄積を活かし、市町をどうサポートしていくかが、県の重要な役割になってくると考えられる。
 これまで、市町に対する権限移譲について触れてきたが、もう一つ、国から地方への事務移譲も進められるべきではないか。然るべき権限と税源を都道府県に移し、住民に密着した主体的な行政を進めることが、真の地方自治には不可欠と考える。