【要請レポート】

第32回北海道自治研集会
第Ⅳ-③分科会 男女平等:あなたにとってのワーク・ライフ・バランスとは?

甲賀市におけるワーク・ライフ・バランスの
取り組みについて


滋賀県本部/甲賀市職員組合 野田 敦子

 甲賀市は、2004年10月に5つの町が合併して誕生した市で、人口約9万6千人、市職員は約1,000人(臨時・非常勤を含めると約1,500人)、組合員数は約650人という決して大きくはない規模の市です。
 その甲賀市においてワーク・ライフ・バランスの取り組みのモデル単組を引き受けることを市職の定期大会で諮った時、出席代議員からは質問や反対意見は一切出されませんでした。ただ、私の隣の席に座っていた事務局である女性組合員が「なんで何にも質問が出えへんのやろ。こんなん、モデル単組なんか、うちはまだまだ全然やのに……」とつぶやいたことにハッとしました。だれからも何の質問も出なかったということは、みんなが賛成したわけではなく、"ワーク・ライフ・バランス"というのは何物であるかを理解していなかった可能性の方が高そうです。また、「全然やのに……」とつぶやいた女性は、何が全然できていないと思ってこの言葉を口にしたかはわからないのです。
 そもそも"ワーク・ライフ・バランス"は『仕事と生活の調和』と直訳されますが、その概念の部分では各分野で議論半ばのようです。ただ、こんな概念の議論で出鼻をくじかれている場合ではありませんので、市役所の職員にふさわしいワーク・ライフ・バランスの取り組みとはどういうものか検討しました。

 「ワーク・ライフ・バランス」は、一昔前に言われた「仕事と家庭の両立」とは少しニュアンスが違います。
 「両立」という言葉を用いてしまうと、仕事と家庭のどちらも抜かりなくだれにも迷惑をかけないよう完璧にしなければならないというイメージが強くなります。残業も嫌がらず仕事を完璧にこなし、且つ、家事・育児・介護も専業主婦と同レベルにこなさないと認められずに、ものすごくがんばっている女性のイメージといえばわかりやすいでしょうか。しかしそんなスーパーウーマンはめったにおられるものではありません。二重三重の苦労をした挙句に疲れ果てて仕事を辞めざるを得なくなる、あるいは、育児のために残業ができないことに対して同僚に陰で悪口を言われる女性の先輩たちを、わたしは見てきました。それはわたしに「仕事を持ちながら結婚して子どもを生んだら、結局女がしんどいだけやん」と思わせ、結婚や出産から遠ざけるには充分な材料でした。
 そう、「仕事と家庭の両立」は、ほとんどの男性には縁のない話でした。
 しかし、ワーク・ライフ・バランスを語るうえで今まさにこの人なくしては語れない小室淑恵さんの講演を聞きに言ったとき、まさに眼からうろこが落ちました。あぁ、これがワーク・ライフ・バランスなのか と。そして、奇しくもわたしと同い年である小室さんが見事にワークもライフも充実されておられることに羨望を覚えました。
 「これをうちの市役所でもやりたい」そう強く感じ、小室淑恵さんの提唱するワーク・ライフ・バランスを参考にさせていただくことにしました。(小室さんは2007年から内閣府男女共同参画局のワーク・ライフバランス調査委員もされています)
 ワーク・ライフ・バランスは、働くすべての人が仕事も生活も充実できることです。多くの男性には縁のなかった"両立"とは違い、男性にも、そしてわたしのような独身者にも必要なものです。ここで言うライフとは、家事や子育て、介護などの従来は女性の役割とされてきた分野だけでなく、趣味や学習、健康、地域活動なども含めた生活としてのライフです。ですから、ただ単に育児休業や介護休業などを取得しやすい制度や環境を整えるだけでなく、地域活動や自己啓発などの時間、そして休養できる時間を持てるように、働く時間の見直しが必須となります。

 働く時間の見直しを考えたとき、日本特有の『たくさん残業をして勤務時間が長い人ほど仕事ができる人』という風潮が、まず乗り越えるべき大きな壁といえます。高度経済成長期にものづくりの日本を支えた第二次産業が『労働時間の長さ=INPUT(生産高)』という成功の方程式を作り、働く時間が長いことは勤勉の証でした。しかしご存知のとおりサービス業の増加とIT革命もあいまって第二次産業は下降をたどり、成功の方程式は今や過去のものとなりました。日本が、一人当たりの付加価値で見た労働生産性が、主要先進7か国中最下位という統計結果からも明らかです。
 この古い誤った風潮を払拭することは、「男は外で働き、女は家事・育児」に代表される固定的な性別役割分担の意識を変えようとすることと同じくらい困難ですが、まずは、甲賀市職員の働く時間の現状を調べてみました。
 甲賀市では2007年度の時間外勤務時間は月平均7,646時間で、一人当たりの月平均は10.4時間になります。これだけを見ると「たいして多くない」と思いがちですが、所属によって大きな差があり、例えば現在わたしの所属している社会福祉課障害者支援担当では平均を大きく上回っていますが、3月まで所属していた人権政策課男女共同参画係では逆に下回っています。
 毎週水曜日と、毎月19日を「家庭の日」と定め、一斉退庁するようになっていますが、徹底が図られていないこともあり、2007年度から1か月70時間を超えた職員のいる所属と、2か月連続して30時間を超えた職員がいる所属はヒアリングをされるなど、時間外勤務の削減には特に力を注がれています。今年6月からは、職員課の職員が「家庭の日」に消灯されているかどうか、各所属を見回るという取り組みも行っています。また、各所属において時間外勤務時間を昨年比30%削減という目標値を定め、所属長が目標達成のため努めるように命令されています。財政面での圧迫を抑える目的もありますが、何よりも職員の健康のための取り組みであるというのが職員課の説明です。近年、過労やストレスによるうつなどの精神疾患を発症し、休職する職員があとを絶たないのは甲賀市でも同様です。
 この取り組みの効果については、近々検討会議を持たれるとのことですので、その資料の提供もお願いしているところです。その内容しだいで、組合として職員に呼びかける手段を検討したいと思っています。

 ここで大切なことは、ただ単に時間外勤務を減らすだけであれば、その分の業務がたまっていくだけだということです。それをいかに効率よく処理していくかは、わたし達の工夫次第であり、従来の前例踏襲を見直すよい機会になるでしょうし、ともに働く仲間とのチームワークを発揮する場面です。チームワークの発揮には、職員が協力し合える職場環境がなければ成しえません。働きやすい職場環境!! なんとここで、ワーク・ライフ・バランスが組合の最大の目的に行き着いたのです。

 働きやすい職場環境については、2006年度に男女共同参画の担当課が臨時・非常勤を含む全市職員を対象に実施したアンケート結果を基礎資料に使わせてもらうことにしました。(実は当時の男女共同参画担当者が他ならぬ私ではあるのですが……。)
 職場環境について「現在の職場環境に満足している」と答えた割合はもっとも高かった行政職でも54.4%、もっとも低かった医療職では30.3%という悲しい結果でした。
 しかしそれ以上に注目したのが育休・介休に関する設問での男性の回答結果です。育休・介休のどちらも「取得したい」と回答した割合は女性の方が高かったのですが、男性が「取得したい」と回答した割合も、私の予想よりもはるかに高かったのです。(育休は47%、うち20代は59%、介休は約70%)そしてその割合は、2004年度に行った前回調査よりも10ポイント近く増加していました。これに対して実際に育休を取得した男性は、今までにわずかに2人。介休にいたってはいまだに1人もいません。
 つまりこれがわかりやすい現状です。取得したくてもできない、そうさせない原因に、『職場環境』と『固定的な性別役割分担の意識』が大きくかかわっているといえそうです。
 今後の取り組みとして、まず学習会の開催と実態調査を予定しています。学習会で事後アンケートをとり、実態調査とあわせて、結果報告の公表を啓発と兼ねて行おうと思います。その時点での組合員の反応がどの程度のものか、現段階では予測が難しいですが、「みんなの意識はすぐには変わらない、けれど少しずつでも確実に変化はある」と思っています。

 モデル単組なぞというたいそうなものを引き受けたものの、甲賀市職でできることはといえば、この程度です。しかし、「そんな程度ならうちの単組でもすぐできる」「うちはすでにやっている」と思ってもらえればそれでいいと思っています。あまり大きすぎる理想を掲げてしまうと実行性が弱まり、総論賛成各論反対に陥りがちです。単組のレベルに応じた楽しみながらできる範囲での取り組みが一番良いと思います。
 弱小甲賀市職の取り組み中間報告はこのあたりで、あとは来年4月の結果報告をお待ちください。

 ところで、組合内でこの取り組みをすすめるにあたり、3人をワーク・ライフ・バランスの担当役員として選出しました。その人選は少し工夫をしています。1人はわたしですが、前述のとおりわたしはこの3月まで男女共同参画の担当をしていました。あとの2人は、現在の男女共同参画担当職員(女性)と、元担当職員(男性)です。
 ワーク・ライフ・バランスに限ったことではなく、男女平等や男女共同参画といった部門では、ある程度の研修を積んだ正しい知識を持った者が担当することが望ましいと思ったからです。職員の中には「何がワーク・ライフ・バランスだ。男が外で働き、女は家事・育児をしていれば、そんなもの必要ないわ」というように、性別による固定的な役割分担意識に凝り固まっている人も残念ながらいます。(決して堂々と口に出しては言わないものの、内心ではそう思っている人は少なからずいます)そういう人が担当すると、取り組みが進まないどころか、後退してしまう恐れもあります。
 また、男女それぞれ選出することが望ましいと思いました。例えば役員が女性だけであった場合は「それは女性だけが取り組めばよいもの、女性のためのもの」という印象を与えかねません。
 これらのことから、担当役員は取り組みを進めるうえでかなり大きなウエイトを占めると考え、慎重に信頼できる人材を選びました。ただ、人事・労務担当の職員課からも選出しておけば、さらに取り組みが円滑だったとあとで気づきましたが……。

 先に紹介した時間外勤務削減への一連の取り組みは、組合が要望して実現したものではなく、職員課の判断でされたものです。それでもこれだけの尽力をつくされているということは、長時間労働の改善を当局でも緊要課題と捉えているということであり、これに組合が協働すればもっと大きな効果が期待できそうです。
 ワーク・ライフ・バランスは、組合活動としての取り組みであるにもかかわらず、他の組合活動―例えば賃金や指定管理者など―のように眉根にシワの寄る話題と違い、格段に当局の協力を得やすいという利点をもっています。国の省庁の中でも内閣府、とりわけ人権や男女共同参画の分野はリベラルで、主義・主張は組合がめざすものと同じです。(内閣府の提唱するワーク・ライフ・バランスはあまりに理想論で、実現へのアプローチが今ひとつ……な感はありますが)甲賀市に置き換えてみると、その理由がよくわかります。この取り組みはまずお金がかからないうえ、うまくすれば時間外手当の削減ができるのです。
 内閣府の意識調査によると、ワーク・ライフ・バランスが図られていると感じている人の方が仕事への意欲が高いという結果を示しています。つまり、時間外手当の財源が確保でき、さらに職員の勤務意欲も向上できるという一石二鳥だというのです。
 さぁ、みんなでがんばって取り組もう まずは学習から。

【10月から2月までの経過報告】