【自主論文】

第32回北海道自治研集会
第Ⅳ-④分科会 自治体から発信する平和・共生・連帯のメッセージ

人間の安全保障とエファジャパンの活動


一般/特定非営利活動法人エファジャパン 大島 芳雄

1. 人間の安全保障とは

 冷戦終結後、国家間の戦争は減少したが、国内紛争や地域紛争は多発している。また、グローバリゼーションが進み、国境を越えた経済活動により、富裕層に富が集中、貧富の格差が広がると同時に、国際的な犯罪やテロ、感染症が拡大し、大規模な自然災害も頻繁に起きている。さらに、気候変動やエネルギー問題に代表される地球的規模の問題が深刻になっている。
 国連開発計画(UNDP)は、1994年度の報告書において、「平和を獲得するには、2つの領域でたたかう必要がある。ひとつは、人々が脅威から解放されるという勝利であり、もうひとつは、経済と社会の領域における欠乏からの脱却という勝利が必要だ」として、人々が日常生活において、安全で人間らしい生活を送れる状態をつくるために「人間の安全保障(Human Security)」を提唱した。ここでいう「安全保障」とは、社会生活において、どれだけ多くの選択肢を持ち、どれだけ自由にそれを行使して、市場や社会に参加することができるかを意味する。
 また、人間の安全保障委員会は、その最終報告書で、「人間の安全保障」を「人間の生にとってかけがえのない中枢部分を守り、すべての人の自由と可能性を実現すること」と記している。
 緒方貞子と共に人間の安全保障委員会の共同議長を務めたアマルティア・センは、「人間の安全保障」の概念に含まれなければならない4つの要素をあげている。(『人間の安全保障』集英社新書)
① 「個々の人間の生活」に、しっかり重点をおくこと。
② 人間が、より安全に暮らせるようにするうえで、「社会および社会的取り決めのはたす役割」を重視すること。
③ 全般的な自由の拡大よりも、人間の生活が「不利益をこうむるリスク」に焦点を絞ること。
④ 「より基本的な」人権を強調し、「不利益」に特に関心を向けること。
 なお、緒方貞子を理事長とするJICA(独立行政法人国際協力機構)は、2004年にJICA改革の3本柱のひとつとして、「人間の安全保障」の概念を導入した。

2. 人間の安全保障と「アジア子どもの家」プロジェクト

 エファジャパンの活動のルーツは、自治労が結成40周年を記念して取り組んだ「アジア子どもの家」プロジェクトである。1994年の第103回中央委員会でプロジェクトの実施を決定し、調査・準備活動を経て、対象国としてベトナム、ラオス、カンボジアを選び、95年から実質的な活動を開始した。「人間の安全保障」が提唱された時期とほぼ同じである。
 自治労は、1995年から1997年にかけて、上記3カ国で、現地政府機関および現地で活動する日本の民間援助団体(NGO)と提携し、「子どもの家」と称する、子どものための施設を建設した。施設の内容は、それぞれの国によって異なり、ベトナムでは孤児やストリートチルドレンなど困難な状況にある子どものための保護施設、ラオスでは子どもの教育文化活動施設、カンボジアでは国立幼稚園教員養成学校および附属幼稚園として機能している。施設開設後には、職員を日本に招聘し、6カ月から1年間の研修を実施した。その後、2003年3月まで運営支援を続けた。
 「アジア子どもの家」プロジェクトが、同時期に提唱された「人間の安全保障」を意識したかどうか、直接係わりを持たなかった筆者にはわからない。しかし、外国との戦争や内戦という巨大な不利益を受けた国々を選び、市場経済導入に伴う社会変化による不利益を受けている罪のない子ども達に焦点を絞り、事業を直接運営する政府機関職員の能力開発を行ったことは、「人間の安全保障」の実践だったと言えるのではないだろうか。
 自治労は、2003年6月に、この事業の8年間の総括を行った。その中で、「8年間の経験は、自治労にとって新たな運動の一歩である……。今後の展開は、これら3カ国に絞って、これまでの経験を生かせるような、息の長いものでなければならない」と記している(「アジア子どもの家」プロジェクト─8年間の活動総括─)。
 そして2004年10月、「アジア子どもの家」プロジェクトの成果を引き継ぎ、さらに自治労の国際貢献活動を発展させるため、特定非営利活動法人エファジャパンを設立した。

3. 人間の安全保障とエファジャパンの活動

 エファジャパンの名称のうち、エファとは、Empowerment for Allの頭字語Efaからきている。一般的に、この場合のempowermentには適切な日本語がなく、通常エンパワーメントとカタカナで表記され、「自己決定能力をつけること」「能力強化」などと説明されている。
 エファジャパンは、「すべての人々に、力(ちから)を」をスローガンとし、すべての子どもが生きる力を存分に発揮できる社会をめざし、子どもの権利を実現するために活動する。生きる力を発揮するには、自己決定能力をつけることが必要であり、そのためには教育が重要である。また、教育は、「人間の安全保障」に欠かせない、不利益をこうむるリスクの排除に大きく貢献する。エファジャパンは、自治労が「アジア子どもの家」プロジェクトを実施したベトナム、ラオス、カンボジアの3カ国で、教育事業に重点をおいて活動している。
 具体的な活動は、以下の通りである。
① ベトナム:ハイフォン市における児童保護施設の運営支援と困難な状況にある子ども達に係わる人々への研修。
② ラオス:ビエンチャン市立図書館・多目的ホール運営支援と地方の子ども文化センター3カ所の運営支援。
③ カンボジア:国立幼稚園教員養成学校訓練生および附属幼稚園の園児への奨学金とプノンペン市内3カ所のスラムでの識字教室運営支援。
 以上の活動を先のアマルティア・センが挙げた4つの視点で検証してみる。

(1) 「個々の人間の生活」に、しっかり重点をおいているか?
 ベトナム「子どもの家」では、孤児やストリートチルドレン、被虐待児童など、困難な状況にある子ども達を保護し、個々の生活・教育支援を実施している。
 ラオス「子どもの家」から始まり、全国30カ所に展開している「子ども文化センター」では、公教育で重視されていない情操教育を行っている。子ども達ひとりひとりが、自分の興味に応じて、伝統舞踊や楽器を練習したり、図画・工作などを楽しむことができる。
 ビエンチャン市立図書館は、設計段階から利用者の利便性を考慮し、ラオス国内で最も近代的な図書館になっている。
 カンボジア「子どもの家」(国立幼稚園教員養成学校付属幼稚園)では、スラムの貧困家庭の幼児に奨学金を支給し、通園を促進している。また、地方の貧困家庭出身の訓練生にも生活費を補助している。

(2) 人間が、より安全に暮らせるようにするうえで、「社会および社会的取り決めのはたす役割」を重視しているか?
 カンボジアの識字教室を除いて、すべての事業のパートナーは、政府機関である。
 ベトナムでは、ハイフォン市の児童保護基金を通じて、施設への支援に限定されず、児童福祉に係わる人々(行政職員、教員、父兄、ボランティアなど)の能力開発を実施し、地域への拡がりをみせている。この研修により、個々の子ども達へのサービス向上が期待される。
 ラオスでは情報文化省とビエンチャン市情報文化局、カンボジアでは教育・青年・スポーツ省が提携政府機関であるが、日本で研修を受けた施設の責任者が政府機関内で昇進し、国内での活動普及に貢献している。

(3) 全般的な自由の拡大よりも、人間の生活が「不利益をこうむるリスク」に焦点を絞っているか?
 ベトナムでは、既に「不利益を受けた」子ども達を施設に保護することで、「不利益な現状」から脱却させ、将来「不利益を受けない」ように、教育と職業訓練を提供している。
 一人の少女の例を紹介する。フオンちゃんは、15歳。「子どもの家」に保護される以前、親に人身売買ブローカーに売られた経験を持っている。出生届も無いため公立の学校に行くことができないので、「子どもの家」の補習教室で学んでいる。将来の生計のために理容教室でも技術の習得に励んでいる。「子どもの家での生活は楽しい。学校には行ってみたいけど、ここでも皆と勉強できるもの。いつも勉強が終わったら、お友達とゴムとびをしたり、絵を描いて遊ぶの。でも、今は理容師のクラスが楽しくて、いろんな人の髪の毛を切ってあげたいな。」
 ラオス事業は、子どもの課外活動や情操教育面への支援のため、特にリスクに焦点を絞っているわけではない。ただし、ラオスの伝統文化を守り、また様々な本を読むことにより自己決定能力を向上させることは、「不利益をこうむるリスク」の軽減に役立っている。
 カンボジアの教育事業は、スラムの子ども達に幼児教育や識字を始めとする基礎的な教育の機会を提供している。幼児教育は、小学校への就学率向上や退学率減少に有効と言われている。
 子ども達が安心して生活を送れるように保障するうえで、基礎教育が果たす役割は非常に大きい。

(4) 「より基本的な」人権を強調し、「不利益」に特に関心を向けているか?
 事業国や活動内容によって違いはあるが、全体的には、「子どもの権利条約」で規定された、最も基本的な子どもの権利、生きる権利、成長する権利、保護される権利、参加する権利を実現している。特に教育事業に重点をおくことで、事業対象である子ども達が、社会参加の可能性を拡大し、不利益リスクを排除する能力を身につけている。
 結論として、エファジャパンは、①ひとりひとりの子どもの生活を重視し、②政府機関と協力し、③不利益をこうむるリスクを排除するために、④子どもの基本的権利である、教育を受ける権利の実現に取り組むことで、「人間の安全保障」を実践している。

4. 終わりに

 ユネスコ(UNESCO:国際連合教育科学文化機関)の推計によれば、学校に通えない6~11歳の子どもは、世界に約7,700万人いると言われている。この人数に対し、自治労・エファジャパンの支援によって、学校教育に限定されない広い意味での教育の機会を得ている子どもは、ごく一部でしかない。
 ベトナム、ラオス、カンボジアで、かつて自治労が実践し、現在エファジャパンが実践している「人間の安全保障」のインパクトを強化するためには、自治労内部からの支援拡大を期待すると同時に、日本国内および事業国における様々な個人や組織と連携する必要がある。そして、子ども達が不利益をこうむるリスクを排除するための社会的取り決めを確立していく。
 2003年、人間の安全保障委員会の最終報告書は、以下のように述べている。
 「国家のみが安全の担い手である時代は終わった。国際機関、地域機関、非政府機関(NGO)、市民社会など、『人間の安全保障』の実現にははるかに多くの人が役割を担う。」