【自主レポート】

第32回北海道自治研集会
第Ⅴ-①分科会 自然環境保全と循環型社会

発信 世界自然遺産のまち
~知床の地から~

北海道本部/羅臼町職員組合

 羅臼町は北海道の東北端、知床半島の南東側に位置し、南は植別側を境に標津町に接し、東に国後島を望み、西北一帯は標高1,661mの羅臼岳を最高峰とする知床連山を境に斜里町と接しています。
 人口は1965年の国勢調査における8,931人をピークに、その後年々減少傾向となっており、2005年の国勢調査では人口6,540人となっています。
 羅臼町は漁業を基幹産業とし、スケトウダラ漁を中心として1990年には253億円もの水揚高を記録しましたが、翌年以降急速に落ち込み、1994年には134億円までに減少し、低迷が続いておりました。
 近年はサケ定置網漁が主力となり、秋サケの豊漁が続いており7年連続で水揚げ日本一に輝いております。
<世界自然遺産の登録基準>
1. 地形・地質 過去の生命の歴史や地球の証拠となるような重要な地形、地質等がよくあらわれている地域。
2. 生態系 現在も進行中の生物の進化や、生物群集の見本となるような極めて特徴のある生態系を有する地域。
3. 自然景観 ひときわすぐれた自然美をもった、自然現象や景観を有する地域。
4. 生物多様性 絶滅危惧種の生息地や、生物多様性の保全上最も重要な生物が、生息、生育する地域。
 羅臼町は斜里町とともに知床半島を構成し、日本の中でも唯一原生の自然を残しているとも言われ、その特徴ある原始的景観と海と陸の生態系の素晴らしさが認められ、2005年7月17日にユネスコの世界自然遺産に登録されました。
 知床は4項目ある登録基準のうち「生態系」と「生物多様性」の2点について評価され登録となっており、生態系については『海の生態系と陸の生態系の相互関係が顕著な見本であること』、生物多様性については『シマフクロウやシレトコスミレなど多くの希少種があることやサケ科魚類、トドや鯨類などの海せい哺乳類にとって世界的に重要な生息地であること』、また『オジロ・オオワシなどの海鳥類にとっても世界的に重要な地域であること』が挙げられます。


1. 遺産登録前まで

 世界自然遺産に登録されるほどの知床は、先に述べたとおり、日本の中でも原生的な自然を残していると言われています。それは国内でもトップレベルの法律による地域指定がされていることが大きな要因のひとつです。特に有名なのは知床国立公園ですが、これは自然公園法により環境省により管理されている地域です。その他にも原生自然環境保全地域など4つの制度により自然が守られて、極端な開発行為は一切行われることなく、現在に至っています。
 では、海ではどのように自然が守られているのでしょうか。ここでも水産庁による資源管理制度であるTAC制度があり、その魚種ごとに年間で捕獲しても良い数字が割り当てられています。その他にも、漁業者自らが資源管理のため禁猟期間を設け、法律的に水揚げができる期間であってもその漁を禁止するなど、海でも陸に負けない程の徹底した管理がされています。


<知床の法整備>
名  称
関連する
法  律
指定年
所管
官庁
指定面積
(ha)
備   考
知床国立公園 自然公園法
1964
環境省
60,986
陸域では特別保護地区が61%を占め、全国で最も保護に重点を置いた国立公園といえる。
遠根別岳原生
自然環境保全地域
自然環境
保全法
1980
環境省
1,895
国内で5箇所のみ指定されており、そのうち最も広い面積を有し、国立公園よりも厳しく保全されている。
国指定知床
鳥獣保護区
鳥獣保護法
1982
環境省
44,053
鳥獣の保護繁殖のため、捕獲及び殺傷の禁止を定めている。
知床森林生態系
保護地域
国有林野
経営規定
1990
林野庁
46,004
木材生産を目的とする森林伐採は行われず、生態系の保全を最優先する地域。

2. 遺産登録後は

 世界自然遺産登録により、また新たな法整備がされたのでしょうか。実は何も変わっておりません。すでに国内での保全方法が確立されていたため、新しく規制を加える必要は何もなかったのです。
 しかし、登録推進を契機に科学者によるさまざまな調査が行われ、何点か宿題が出されました。しかしそれは、規制ではなく、町民や漁業者が漠然と捉えていた自然保護の方法を計画立て、明文化しよりよい方向へ進むよう努力することでした。
 例えば、役割を終えた不要な河川工作物を撤去しサケの遡上を活性化させたり、地元では有害と言われているトドが世界的に見ても絶滅が危惧される種であるため、漁業とどのように共存していくか、その方法の模索などです。
 この宿題に対し、地元はもちろんのこと北海道や日本の関係省庁が連携し、知床の保全に向け取り組んでいます。



3. 羅臼町の財政

 羅臼町の財政は、基幹産業である漁業の低迷や少子・高齢化の進展等に伴う経費の増大に加え、国の「三位一体改革」による地方交付税の削減などにより非常に厳しい状況にあり、今日の厳しい財政状況に対応するため、これまでもさまざまな行財政改革に取り組んでいます。
 そのような中、2008年4月に羅臼町第6期総合計画が策定されました。
 総合計画は、低迷する地域経済を官民一体で乗り越え、地域産業の発展、自然環境の保全に取り組み、先人達から引き継いだ世界自然遺産「知床らうす」の自然と風土を胸を張って次世代へ手渡すことを目標に、町民一人ひとりが担うことのできる役割を認識し、「自助・共助・公助~協働と役割分担~」の考えに基づいた「協働のまちづくり」を実践し地方自治を再生させるための指針となる計画となっています。



4. 羅臼町の取り組み

 世界遺産の町として主催する自然環境の保全に関する事業については、ほとんど取り組めておりません。厳しい財政事情のため「あれもこれも」の推進型から「あれかこれか」の取捨選択型へ切り替えていかなければなりません。
 では、羅臼町の総合計画の基本方針である《自助・共助・公助》によりどのように自主・自立のまちづくりを進めていくのでしょうか。
 羅臼町内では官民問わず、いろいろな環境事業が行われております。総合計画の基本方針に当てはめてみます。



5. 《自助》は町民の努力

 最近、羅臼町民の中からも自分たちができる「環境に良いこと」への意識の高まりが感じられるようになりました。  
 

町内有志によるごみ拾い
 
散歩中や事業前などに回収
羅臼町旅館組合 割り箸不使用の取り組み  
羅臼町飲食店組合 廃油を捨てずエコディーゼル業者へ  
羅臼町女性団体連絡協議会
羅臼漁協女性部
羅臼商工女性部
買い物袋持参運動の啓発チラシ 年2回発行(6月・12月)
買い物袋持参運動の実施 日常的な運動への展開
台所から自然を汚さない学習会 ビデオ学習会

6. 《共助》は力の結集

 共助は町民や団体、自治体が力を合わせ事業を進めていくものです。ここでは、教育委員会が進めている4つの事業と町が進めているまちづくり基金を紹介します。

(1) 中高一貫教育
 「豊かな自然に恵まれた環境の中で、生徒一人一人の個性や可能性を伸長し、確かな学力を育成するとともに郷土に誇りを持てる人材を育成する」を基本理念とし、「地域を愛する生徒の育成」を連携のテーマに掲げています。
 中高6年間の「総合的な学習の時間」の中で、自然環境科目群「知床概論」「野外観察」「野外活動」「自然保護」など、環境教育を盛り込みながら中高連携による「主体的人格」の形成を目指しています。

(2) 高校生の水産教室<対象:高校3年生、年20回程度>
 漁業後継者を志す高校生を対象に、漁業に関する基礎的、基本的考え方や、知識・技術を学ぶ機会を提供することを目的とし、知床の自然環境を学び、地元の漁師として自然と共存するための正しい知識を身につける機会としています。  

内   容
備   考
講話:羅臼の漁業の現状と課題 漁獲量の変化から現状を学ぶ
講義:深層水学習 海の地形や深層水の利点について学ぶ
実習:鮭の採卵受精実習 鮭の魚体の変化などから海の環境を学ぶ
講演:知床の海と生き物たち 知床の海の生態系を学ぶ
 


(3) ふるさと体験教室「知床kids」<対象:小学校4年生~6年生、年10回程度>
 

 らうすの自然に親しみながら学習し、郷土の文化を愛する心を育てるために、体験学習を実施し学習機会を提供しています。
 知床の動植物の生態系や知床岬クリーン作戦などを通じて、環境教育プログラムを組み込み学習しています。

 
内   容
備   考
鯨ウオッチング 海の生態系についてetc
知床岬クリーン作戦 外来種の植物についてetc
オジロ・オオワシ観察会 知床の生態系についてetc

(4) ふるさと少年探険隊<小学校4年生~中学生、5泊6日>
 ふるさとの自然に親しみ豊かな心を養い、郷土愛や忍耐力、協調心を育てることを目的とし、野外体験を通じて環境教育につながるプログラムを実施しています。
 道路の最終地点である相泊から徒歩で海岸線を歩き、大自然の中で生活・自炊し非日常を体験することにより、生活の便利さ家族の素晴らしさも体感します。


(5) 知床・らうすまちづくり基金
  住民の方々が寄付という形で、積極的にまちづくりに参加できることは、町の本来の姿です。住民参加型の地方自治を実現し、個性豊かな活力あるまちづくりを目的としています。
     
  知床・羅臼まちづくり基金へ寄せられた寄付金は、基金として積み立てます。基金は必要に応じて取り崩し、下記の3つの特定の事業に使われます。


2008年4月30日現在

◎知床の自然保護・保全事業
4,293,268円
◎診療所建設事業
37,310,573円
◎北方領土返還運動事業
4,404,000円
◎未指定
30,000円
46,037,841円


7. 《公助》は支援・補完

(1) 知床岬クリーンボランティア
  羅臼町ではNPO法人による、知床岬クリーンボランティア事業として知床半島の漂着ごみ清掃を年間10回程行っています。町内外多くに呼びかけ、参加料を支払い知床半島のごみを回収しています。役場はゴミ袋の提供と回収されたごみの処理を行っています。


(2) いきいき地域提案型事業
  町民が主体的に取り組むまちづくり活動を効果的に支援することにより、コミュニティの健全な発展やまちづくりに対する活動意欲の向上を図ることを目的とした町の補助制度です。この制度を利用し現在まで、地域の公園の整備やクジラの観察デッキなど新しい観光スポットが町民の手で作られました。


8. 課 題

 このように新しく事業を企画しなくても、現在までにもいろいろな取り組みが行われていることがわかりました。
 しかし、それは私たち行政側の人間が理解しただけで、まち全体で見た場合それらは点と点とでしか存在していません。
 世界自然遺産のまちの住民として、自然の素晴らしさを認識し、そこに生きていることに誇りがもてるよう、その点と点を結び線にして、それぞれを繋げていく作業をしなければなりません。
 山が川で海に繋がり、その繋がりが知床の自然を育んでいるように、それぞれの環境に関する活動を大人から子どもへ、1人から10人、100人へと繋いでいかなければならないのです。
 山にはヒグマやエゾシカ、空にはシマフウロウやオジロワシ、川にはサケやマス、海にはトドやクジラが生息できるまち羅臼。世界的に絶滅の恐れがある種もここでは生態系の一翼を担っています。これほど雄大な自然の中で私たちが生きていくには、その自然を壊さずに上手に共存していかなければなりません。
 世界遺産登録は私たちにとってゴールではなく、これからのまちづくりのためのスタートです。これからの私たちの役割は、住民の活動それぞれが、点から線へ、線から面へと繋がる様、サポートしていくことではないしょうか。

<協働のまちづくりへのPDCAサイクル>