【自主レポート】

第32回北海道自治研集会
第Ⅴ-①分科会 自然環境保全と循環型社会

「水」はビジネスの商品?


大分県本部/地方自治研究センター・環境自治体専門部会・水グループ

1. はじめに

(1) 私たちの体の60%を構成している物質「水」。地球表面積の実に70%を占めていますが、私たちが、飲料水として使用できる「淡水」は、全水量のわずか2.53%にすぎません。この生命の根源である「水」をめぐって、今、国際的な巨大企業によるライフラインとしての水道事業の意義や、住民の生活を無視した利権争いが世界各地で繰り広げられています。
(2) 我が国の水道法は、「清浄にして豊富低廉な水の供給を図り、もって公衆衛生の向上と生活環境の改善に寄与する」ことを目的として1957年に制定されました。1992年に水質基準の大幅な改正がありましたが、その後も水道水質に係る問題が提起され、水道水質管理の充実強化が求められる一方、施設の老朽化や、経営体である地方自治体の財政逼迫等により、水道事業について合理的・効率的な運営に向けての規制緩和が進んでいます。2001年には、「浄水場などの施設管理や水質管理の第三者への業務委託の制度化」、「他の水道事業者との統合に必要な認可制を届出制にする」などの改正が行われ、更に、2004年には、「水質検査機関の厚生労働省の指定制度から登録制度にする」旨の改正が行われました。この様な水道事業に関する規制緩和により、民間企業が参入できる環境整備が進められ、私たちの大切な「水」がビジネスの商品にされようとしています。

2. 大分県自治研センター「環境自治体」専門部会の取り組み

 「環境自治体」専門部会では、議論を重ねる中で、①安心・安全な水とは? ②県内の水道事業の民間委託・移譲はどうなっているのか という疑問が出てきました。そこで、自治体の水道事業の民間委託・移譲の実態・考え方について、県内17市町の自治体に対しアンケート調査を実施しました。


アンケート調査の集約状況
1. 水道事業民間委託・移譲の実態について
 ① 技術管理業務(水源の監視・管理、水質管理、配水運用、施設管理)
  ア 民間委託・民間移譲は行っていない(10)
    大分市・由布市・豊後大野市・臼杵市・日田市・九重町・中津市・別府市・杵築市・国東市
  イ 一部民間委託・移譲を行っている(7)
    竹田市(水質検査)・津久見市(水質検査)・佐伯市・玖珠町(水質検査)・宇佐市(水質検査)・豊後高田市・日出町(水質検査)
 ② 水利関連業務(水利権更新、取水・給水制限、渇水対応)
  ア 民間委託・民間移譲は行っていない(17)
    大分市・由布市・豊後大野市・竹田市・臼杵市・津久見市・佐伯市・日田市・玖珠町・九重町・中津市・宇佐市・豊後高田市・別府市・杵築市・国東市・日出町
 ③ 財産管理業務(固定資産等管理業務)
  ア 民間委託・民間移譲は行っていない(17)
    大分市・由布市・豊後大野市・竹田市・臼杵市・津久見市・佐伯市・日田市・玖珠町・九重町・中津市・宇佐市・豊後高田市・別府市・杵築市・国東市・日出町
 ④ 料金業務(料金設定、経理、検針、料金収受)
  ア 民間委託・民間移譲は行っていない(6)
    由布市・豊後大野市・竹田市・日田市・中津市・別府市
  イ 一部民間委託・移譲を行っている(11)
    大分市(検針)・臼杵市(検針)・津久見市(検針・料金収受)・佐伯市・玖珠町(検針・料金収受)・九重町(検針)・宇佐市(検針)・豊後高田市・別府市・杵築市(検針)・国東市(検針)・日出町(検針・料金収受)
 ⑤ 施設整備業務(施設の建設・改築・修繕に係る設計・積算・監督業務)
  ア 民間委託・民間移譲は行っていない(8)
    由布市・豊後大野市・竹田市・佐伯市・中津市・豊後高田市・別府市・杵築市
  イ 一部民間委託・移譲を行っている(9)
    大分市・臼杵市(設計)・津久見市(設計)・日田市(設計)・玖珠町(設計)・九重町(設計)・宇佐市(設計)・国東市(設計)・日出町(設計)
 ⑥ 財政計画等(財政計画、給水契約)
  ア 民間委託・民間移譲は行っていない(17)
    大分市・由布市・豊後大野市・竹田市・臼杵市・津久見市・佐伯市・日田市・玖珠町・九重町・中津市・宇佐市・豊後高田市・別府市・杵築市・国東市・日出町

2. 水道事業の考え方
  ア すべて直営で行うべき(5)
    由布市・豊後大野市・竹田市・日田市・中津市
  イ 一部民間委託・移譲はやむなし(11)
    大分市・臼杵市・津久見市・佐伯市・玖珠町・九重町・宇佐市・豊後高田市・別府市・国東市・日出町
  ウ その他(1)
    杵築市(一部民間委託・移譲はやむなしだが、水源・水質・配水・施設等の給水の根本に関わることについては直営で行うべき)


3. 分 析

 県内における上水道事業の民間委託・移譲の状況をアンケート結果からみると、以下のように大きく3つの形態であることがわかります。
(1) 事業全体を完全直営している自治体
(2) 労務的業務を一部民間委託している自治体
(3) 労務的業務に加え施設整備の一部を民間委託している自治体
① 民間への委託を実施している自治体については、経費や業務量の削減が主たる理由と思われます。また、事業の民間委託・移譲への考え方についても、「完全直営で行うべき」と「一部民間委託やむなし」に分かれます。しかし、「一部民間委託やむなし」と回答する自治体も「水利関連」「財産管理」「財政計画」などの事業の根幹に関わる部分については、全ての自治体で直営を維持しています。
② 今回「一部民間委託やむなし」と回答した自治体も、委託を行っている業務は労務的業務(検針・料金徴収など)の他、自治体の監理下で行われる施設の設計に係る分野にとどまっており、これは水道事業という性格から事業の根幹に関わる分野については、あくまでも直営で行うべきという自治体の意志が反映しているものと思われます。
③ では次に、現在の水道事業の民間委託・移譲の動きが具体的にどのようになっているのかを見てみましょう。国内ではまだ表面化はしていませんが、国際的には既に事業の民間委託・移譲を行っている国があります。1853年にフランスで始まった水道事業の民営化は、他の欧州諸国へと波及し、英国やアメリカ国内の各地で実施されています。その委託や契約形態についてはそれぞれの国において少しずつ異なり、各国(各地域)の形態を表にまとめると次のようになります。

表1 各国(地域)の民営化形態と主要な責任所在
 
国  名(地 域)
民営化の形態(※1)
責 任 所 在
運営/維持
資本投資
資産所有
先 進 国
フランス リース契約/アフェルマージュ契約
民 間
公   共
イングランド・ウェールズ地方 売却/完全民営化
民   間
日本など(民間導入) サービス契約
民 間
公   共
発展途上国
ブエノス・アイレス コンセッション契約
民   間
公 共
マニラ コンセッション契約
民   間
公 共
出所:Budds,Jessica and McGrenehan,Gordon,"Are the Debates on water Privatization Missinnng thePoint? Experiences from Africa,Asia Latin America" Envir0nmennt and Urbanization,Vol.15,No2,2003,P89と、北野尚宏・有賀賢一「上下水道セクターの民営化動向―開発途上国と先進国の経験―」『開発金融研究所報』2007,7第3号,2000年,P68との両方により作成。
※1 ・【サービス契約】
     修理や料金徴収などの労務的業務分野の運営・維持活動を一定期間委託する。
   ・【リース契約/アフェルマージュ契約】
     民間が運営・維持のあらゆる分野を担当する。リース契約では、民間が公共所有資産を賃貸借。
   ・【コンセッション契約】
     長期的な資本投資計画までも民間企業に委託する。水道事業全体の経営責任が民間に委ねられる。
   ・【売却/完全民営化】
     資産を含む事業の全てを民間へ売却する。

④ 現在このような形態による水道事業の民営化の動きは、欧米の先進国に止まらず、中南米などの発展途上国の国々にも及んでいます。これら発展途上国では、「世界的な水不足の解消」を目的とする国際機関の支援を受けたフランスを中心とする巨大な民間運営会社が参入し、水道普及率の向上の成果が出ている一方で、貧困層居住地への給水が止められるなどの深刻な実情が報告されています。またイングランド・ウェールズ地方では、役員報酬や株主への配当金の増額を目的とする水道料金の吊り上げや、ブエノス・アイレスでは、住民との協議が行われないまま水道料金の値上げなどの不当な料金設定や、料金滞納者への給水停止に関する問題が発生しています。
⑤ 次に国内では、どのような動きがあるのでしょう。先述したように、国内ではまだ大きな動きとしては無いものの、民間レベルでは既に外資企業と国内商社による新会社設立の動きが進んでいます。
⑥ また、これまで行われてきた民間への委託業務は、検針業務や料金徴収業務などの労務的な分野に限られていましたが、群馬県太田市、広島県三次市などでは、2001年の改正により、浄水場の管理について民間への全面委託を行っています。
⑦ このように国内でも民間参入が進みつつある背景には、施設の老朽化による将来的な維持管理費の増大が予想されることと、事業者である自治体の財政悪化も大きな要因と思われます。
    参考文献:2003.12論文「水道事業の民営化~地域住民にとって望ましい水管理のあり方~」上智大学外国語学部 下川雅嗣
        :「知的資産創造」2001年10月号「上下水道の民営化に向けて」石上圭太郎

4. 政策提言

① このように国内でも、民間レベルでの委託・移譲に向けた動きが私たちの見えないところで着々と進んでおり、やがてこの民営化への動きは私たちの自治体へも波及してくると思われます。
② 現在行われている自治体業務の民営化は、「コストの削減」と「住民サービスの向上」をうたい文句に進められています。確かに民営化した方が自治体にとっても、また住民にとってもメリットの多い分野もあるでしょう。しかし、私たちの生活において欠くことのできないライフラインである水道事業を、民間の巨大企業に委ねてしまって果たしていいのでしょうか。
③ 水道事業は皆さんがご承知のとおり、それぞれの事業体における事業地域いわゆる給水地域が限定されています。そのため、その事業地域内における民間企業間での競争原理が、他の産業分野に比べ働きにくくなっています。したがって一度契約すると他社の参入が殆ど無い寡占状態になりうるのです。このことから、水道料金の不当な設定や変更が行われかねないことも、諸外国の実情から容易に想定できます。私たちが、蛇口から出てくる「水」を気兼ねなく安心して飲めるのは、自分たちが住んでいる地域の自治体が管理・運営する「水道」だからではないでしょうか。もし、諸外国のように巨大企業のビジネスに私たちの「水」が利用されるようになると、都市部などの需要の大きいところの供給が優先的になり、需要の少ない周辺部や山間部では、老朽化した施設の更新が行われず、給水に支障をきたす事態も想定できます。また、災害時おける被災地への迅速な飲料水の供給や、施設復旧活動なども都市部と山間部とでその対応に差が生じるのは必至であります。更に、渇水時における取水・給水等の水利権行使に関わる問題も出てくるでしょう。
④ 自治体事業の民営化には必ずメリットとデメリットがあり、先のアンケート結果にあるように、すでに水道業務の一部を民間委託している自治体もあります。理想とすれば事業の完全直営が望ましいのでしょうが実情を考慮すると、ここで民間導入を完全に否定することは困難です。民営化のメリット・デメリットを天秤に掛けるような判断が適切かどうかという意見もあるでしょうが、事業そのものの維持のためには、事業を運営する自治体の財政が将来にわたり健全で有り続けることが前提です。私たちの生活において最も重要なインフラである水道事業を、現在のように「安心・安全・安価」で将来的に維持するためには、どうあるべきなのかを各自治体で住民と一緒になって検討する時期にきているのではないでしょうか。
⑤ 表1を見てわかる様に、民間導入をするにしてもどの分野を委託又は移譲するかによって、その後のライフラインとしての水道事業の有り様が大きく変わってきます。したがって、水道事業における民間導入は、施設の維持管理や検針・料金徴収といった労務的業務の分野にとどめるべきで、事業計画や資本投資・所有資産までも民間へ委託・移譲することは、民間企業側へ管理運営に関わる責任や諸権限までも移ることになり、将来的に大変大きなリスクを負うことになりかねません。このようなリスクを少なくするために、「民間と自治体との間に第三者による監視機関や規制機関を設置すれば大丈夫だろう」という意見もあるでしょう。しかし、仮にその様な機関を設置したとしても、民間企業に大きな責任が委ねられると、次第に民間企業側が優位になり、やがて規制は効かなくなる可能性があります。あくまでも「民間企業は利益を最優先に追求」する団体です。民間レベルが実際に動き出してからでは、「民営化有りき」の風潮により手遅れに成りかねません。一旦、民間の手に委ねられたものを、再び公営化するのは不可能に等しいことであります。単に財政の健全化を理由に「とどまることの無い民営化」へ走らせぬよう、住民と一緒になり自治体としてのスタンスをしっかりと持ち、民営化への動きに注視していく必要があると思います。住民の安心・安全な生活を護るためには、たとえ採算が合わない事業でも私たちの手で運営していくことが、私たち自治体としての存在価値であると同時に使命であると思います。
 1957年制定された水道法の理念を見失ってまで進められる事業の民営化は決してあってはならないと思います。