1. 水力発電事業の歴史
三重県企業庁の水力発電事業は、当初三重県内における電力の確保および安定供給を行うために、1952年に長発電所を建設して以降、現在では10発電所、合計最大出力は98,000kW、一日平均で約80万kWh(一般世帯の約8万戸分相当)の発電を行っています。
日本の水力発電の歴史は古くは明治時代から始まり、当初は電力供給の主役として、地域へのエネルギー供給という目的が最大の使命として進められた歴史があります。その後、電力需要の増加と火力・原子力発電所、電力供給網の整備が進み、水力発電は電力供給量ベースで全体の10%に満たない現在、蓄積可能・追随性のよさといった特性を利用したピーク電力供給源としての役目は重要であるものの、単なる電力供給減としての重要度は他の方式に比べて低下しています。
その一方で、近年では再生可能な純国産クリーンエネルギーとしての面がクローズアップされてきました。特に世界的な温暖化問題をうけ、化石燃料・CO2削減といった非常にマクロな公共(環境)貢献を果たしていることが注目されるようになってきました。
水力発電はその意義として単なるエネルギー供給源だけではなく、同時に公共貢献を果たすことが求められ、その部分こそが水力発電の社会的役割の大きなウェートを占めるようになってきたといえます。
そもそも水力発電は河川運用と密接に関連しており、発電所の運用は河川流域の人々の暮らしに大きく影響を与えます。つまり、全国・世界規模の非常にマクロな地域貢献だけでなく、河川流域の住民の生活、自治体レベルでの公共貢献・地域貢献にも大きく関わり続けてきたわけです。
2. 公共・企業にとっての水力発電の意義
水力発電事業には公共主体によるものと企業主体によるものがあります。
戦前まで、電力事業は国により統括実施されており、その後、国家管理が解かれ9電力会社が設立された後も、昭和中期には全国に多くの公営電気事業者が発足し各地の河川総合開発の中で大きな役割を果たしてきました。この時期は、エネルギー確保による地域経済振興と同時に、利水・治水を含めた多目的ダムを設置するための事業費負担の受け皿として、またその巨大な事業費規模からも公共が大きく関わる必要性がありました。
つまりは公共主体といえど、その目的は多分に経済的な理由であり、企業主体の発電事業ともその方向性に大きな差異はなかった時代といえます。
その後、昭和後期から平成にかけて、水力発電の社会的役割が変化し、大規模水力の候補地も開発がほぼ完了しました。現在、水力発電は現在の社会のエネルギー需要に対しもはや主役たりえる発電量を供給できず、新規開発時における発電コスト的にも火力・原子力に大きく劣ることからも、経済的視点からみた場合には、今後新規の水力発電を積極的に推進していくための意義は失われつつあるといえます。
その一方で、環境問題など社会的貢献への要求が高まるとともに、従来果たしてきた役割が再評価されつつあります。近年では小水力発電などでコスト面よりも環境負荷軽減に主眼を置いた建設が行われています。
他の発電方式に比べ経済的意義が大きく後退した現在、水力発電はその社会的意義が重要になってきているといえます。
しかし、ここで企業主体の発電事業と公共主体の発電事業では若干の差異が生じます。
水力発電の社会的意義としては、再生可能な国産エネルギーの確保、CO2削減、水資源の有効利用、流域への公共貢献といったものがあげられます。
企業主体の発電事業にとって、それらは電力というライフラインを担う事業者としての、あくまで道義義務的なものであり積極的な事業目的にはなりにくいのです。なぜならば、これらの推進は、企業に対しなんら直接的な経済的利益を発生するものではないからです。
したがって、火力・原子力を含めた電力供給事業を行うなかで、企業責任として取り組む環境対策の一環として水力発電による社会貢献がなされているとみることができます。
一方、公共主体の発電事業にとっては、経済的意義よりも社会的貢献こそが積極的な事業推進目的としてのウエートを大きくしつつあります。
すなわち、企業主体の電力事業を含めた全体の電力供給事業というライフライン事業の中で、温暖化防止などの公共貢献をいかに増進していくか、地域水資源を有効利用し地域や流域への貢献をいかに増進していくかということが目的となってきているわけです。
3. 三重県企業庁の水力発電事業の地域貢献
三重県企業庁の水力発電の場合ではその役割の評価として
(1) 再生可能な国産エネルギー源、地域資源の有効活用
県内水資源の有効活用、CO2削減により地球温暖化防止に貢献しつつ、国内自給エネルギー確保の一端を担う。
また、その立地により地域税収への貢献等、経済的効果を及ぼす。
(2) 流域開発(ダム建設等)の県負担軽減
(3) 地域貢献
① 渇水時の柔軟な水運用
発電効率性だけでなく、流域の渇水状況も勘案した柔軟な発電運用により地域に貢献する。
また、異常渇水時には発電用として貯留したダム容量を用水用に融通を行う。
② 洪水に備えた事前放流
台風などにより大量の降雨が予想されるときに、発電用貯水量を減らしてでも事前放流を行う。
予想以下の降雨であった場合、発電量に影響が出るがリスク管理上協力をしている。
③ 上流域の森林保全活動
水資源保全の意味合いから、森林保全活動に協力している。
④ 下流漁業者へ配慮した柔軟な水運用
⑤ 周辺自治体への協力等があげられています。
4. 地域との共生
公共主導の水力発電は地域への貢献を果たしている一方、常に地域の理解を求めながら事業を運営していく必要があります。したがって、普段より地域に密接しコミュニケーションのとれた事業体である必要があります。
三重県企業庁では普段の事業運営において地域と連携しながら発電やダム等の運営を行っています。また、さまざまな事業を通じて地域との交流をはかっています。その例として、
(1) 植林事業への参加
水源である上流域への植林事業を行っています。この事業については地元漁協等と協賛事業として行われているものもあり、職員が主にボランティアとして参加し参加者とともに水環境の大事さと森林保全への意識を高め、地域との交流をはかっています。
(2) 地域イベントへの参加と出展
地域主催のイベント(祭り等)に出展し、イベントを盛り上げるとともに水力発電に関する展示や実演を行い、地域住民へのアピールを行っています。職員も業務・ボランティアで参加し、地域との交流をはかっています。
(3) 発電所公開
発電所施設の公開イベントを開催し、地域住民に水力発電への興味をもってもらい、知識を深めてもらえるようにしています。
などがあります。
5. 三重県の県営水力発電の今後について
三重県では2007年2月に知事方針として県営水力発電事業について民間譲渡を最初の選択肢とする旨が出され、現在、譲渡に向けて民間電力会社と交渉中です。
この方針は2007年1月に出された第三者による知事諮問委員会「公営企業(企業庁)のあり方検討委員会」の最終報告書を受けてのものです。
この報告書では水力発電事業への評価として、上記3.の内容などをあげ、その必要性とそれらへの県の関与の必要性を認めながらも、それらは民間譲渡を行っても継続が期待できるとしています。その上で、「すべての発電所の運用継続」「地域貢献の継続」「適正な譲渡価格」を基本条件に民間譲渡を検討することと結論づけています。
しかしながら、民間譲渡を行った場合、それらの条件がクリアされるかは疑問を生じざるを得ません。三重県の水力発電の売電単価はこのような地域に配慮した運用を行っているにもかかわらず、7.69円/kWhと水力発電事業としては非常に低廉なコストでの発電を行っています。
これは長年にわたる我々のノウハウの蓄積と人材資源の育成によるものであり、全国的な水力の発電単価は一般には10円/kWh程度あるいはそれ以上であることを考えると、仮に民間譲渡をした場合にこのコストでの運営の維持は難しいものと思われます。また、仮に現在のコストを維持できたとしても、これは県営発電事業全体での計算であり、それぞれの発電所で見ればもっと発電コストの高い発電所もあります。
火力・原子力のコスト(火力5~10円程度 原子力5~6円程度)を考えると民間企業であれば、発電コストが高く発電容量の小さな発電所については整理したいと考えるのが当然であり、すべての発電所を将来にわたって運用されることを期待できるか、再生可能な国産エネルギーの保全という役割を果たし続けるか疑問が生じざるを得ません。
地域貢献の継続についてはさらに疑問が残ります。
民間電気事業者にとって地域貢献は道義義務的なものです。電気事業者はその性格上一定の社会的責任を負うべき存在であるので、地域貢献については事業譲渡がなされた場合でもある程度は維持されるのではないかと思われます。しかし、そのどこまでが維持されうるか、地域貢献と発電効率などの経営的要素が相反する場合に地域貢献がどこまで尊重されうるか、非常に疑問が生じざるを得ません。
また、三重県全体の発電量に対する企業庁水力発電の発電量はわずか1%にすぎず、巨大な電力会社の一部となったとき、今までのような地元密着・共生的な事業であり続けることは難しいと思われます。
三重県の県営水力発電事業のありかた問題については、いまだ結論が出たわけではありませんが、発電所の継続や地域貢献の継続をいかに確保し担保しうるか、どのような結論となるか、今後とも注目していただきたいと思います。
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