【自主レポート】

第32回北海道自治研集会
第Ⅴ統合分科会 環境と調和する地域

環境農業推進と自治体の役割
―― 自治体"農"ネットワークの成果と現場運動の方向 ――

茨城県本部/茨城県職員組合普及評議会
自治体"農"ネットワーク

1. 自治体"農"ネットワークとは

 1991年三重で開かれた自治労全国自治研集会・農林業分科会参加者からの「2年1回の集まりだけでは論議が不十分、また、組合組織が縦割りであるため他の職場との交流に限界がある。これを契機に日常的な、農林業に関係する自治体職員の横のつながり"農"ネットワークをつくろう。政策について意見や情報の交換、交流・連携の場をつくろう」という呼びかけから始まりました。
 その後、新潟市・福岡市・横浜市・郡山市と自主的な交流会、政策論議を積み重ねてネットワークを拡大してゆき、阪神淡路大震災直後の1995年1月、東京に於いて設立総会・シンポジュームを開催し正式に旗揚げしました。
 以降、自治労の全面的な支援を受けながら、一方で農林業分野に横断的な組織をもたない自治労の農林業政策を担ってきました。

2. 農林業政策提言と運動の展開

(1) 運動の経過
 自主的な交流会、集会の積み重ねの中から、1994年8月に「みらい農業政策提言」をまとめ、9月には自治労本部及び農ネットメンバーで農林水産省吉田政務次官に要請行動を行い、それ以降農林水産省との定期的な意見交換の場が設定されました。
① 「みらい農業政策提言」
  1993年12月ガットにおいて衝撃的な米の市場開放が決まりました。ガット協議で抜け落ちた「いのちと環境」を柱に、「農」を「社会的共通資本」と位置づけて国民全体でささえるしくみづくりを提唱しています。
② 「アグリチェックによるアグリミニマムの提唱」
  農業の営まれている地域に於いて、地域ぐるみで守るべき環境を「農的環境」と表現し、その実態調査による保全を提唱しました。具体的には、アグリチェック(調査)によって過去と現在の農的環境を明らかにし、守るべき(回復すべき)最低限の農的環境(「アグリミニマム」)を設定し条例で定めようという呼びかけです。農ネットは、この運動を「実践運動」の柱にすえて展開しました。
③ 現場運動の限界
  時代が変わり、社会的にも環境保全の取り組みに対する見方が好意的になっています。しかし、いざ農業生産になると「環境では飯が食えない」「環境、環境ばかり言う変わり者」の感覚は、いまだに根強く残っています。それが、農家の意識だけではなく、農業行政に携わる職員、さらには普及指導員にも残っています。
 このような、実態が現場運動推進の足かせとなっていることは否定できません。
 このレポートでは、普及現場の意識を浮き彫りにし、農ネットの運動理念を農業・普及現場にいかに浸透させるべきかを検証します。
④ アグリチェックの方法
 ア 自治体、普及センター等にある統計数値の掘り出し
 イ 観察による点検(生き物調査、集落点検、等)
 ウ 聞き取り(歴史、文化的な伝承、過去との様々な比較)
 エ その他

⑤ 「農的環境」の内容(抜粋)

項   目
内     容
① 大地 水田・畑・山林面積と作付け率の維持。(広がり)手入れ状況(くろ塗り、あぜ草刈り、下刈り、間伐等)
② ひと 農家数・新規就農者数(地域社会の活性化、支障等影響)おもしろ百姓の数(未来につながる新しい動きの芽)
③ 環境(農業生物) めだかや赤とんぼ等実は水田があるからこそ安定して、生き、増殖している生物を「農業生物」と呼び、農的環境を測るバロメーターとする。
④ 環境(風景) 大木・あぜ草刈り・耕作放棄地・道ばたの花・街並み(生け垣、ブロック塀)水路(自然水路、コンクリート)

(2) 運動の事例(農ネット新潟の取り組みから 堀井氏提供資料)

農ネットでは、手始めとして聞き取りによる全国調査を実施しました。
下記の報告は、全国データと新潟の比較を試みたものです。

<調査の方法>
① 平地と山間地に分けて比較した。比較項目は生き物と農村景観に分けた。
② 分析配点は 生き物 いる=2点 少しいる=1点 いない=0点
集落環境
集落の樹木 ある=2 少しある=1 ない=0
  畦草刈 している=2 少し=1 していない=0
  荒れ地 ない=2 少し=1 多い=0
  道の花 ある=2 少し=1 ない=0
  集落の生け垣 多い=2 少し=1 ない=0
  農業用水路 土水路=2 少し=1 コンクリート=0
             
調査数
:全国775箇所
平 場
:486
用 語
:平場 主観による
   
山間地
:289    山間 主観による
   新潟232箇所
平 地
:143      
   
山間地
: 88      

(1) 動物 (調査項目の説明のみ)
  ① 赤トンボ: 赤トンボは産卵の時、ヤゴを経てトンボに羽化するときに水が必要、冬期間の卵の時に水は必要でない。現在の農法にマッチしている。
  ② メダカ: 水田が乾田化することによって、産卵場所、餌取り場所がなくなって、絶滅に瀕している。
  ③ ホタル: 湿田の減少、1年中水の切れない土水路などの減少で減少している。
  ④ タニシ: 少しの水があれば生存できる。3面コンクリートでも生きていくことが出来る、他の動物よりも環境適応力が大きい。
  ⑤ ヤマカガシ: 田んぼ、水路に住む動物。乾田でも湿田でも住めるがトノサマガエルなどの餌が減少してその数が減っている。
  ⑥ コサギ: 飛んで移動するので餌さえあれば環境適応能力は極めて高い。今回の調査の中で唯一過去に比べると増えている生きものである。
  ⑦ カブトムシ: 里山に住む昆虫で、水田や水路などとは関係がない。しかし、里山の管理が放棄されている現在その状態が推測できる。

(2) 農村環境
  ① 集落に樹木ありますか。: 集落の鎮守の森など緑の多さを聞いている。
  ② 畦草刈りは行われていますか。: 畦草刈をした後の景色は農村を代表するものである。
  ③ 集落内に荒れ地がありますか。: 農地の耕作放棄が問題になっている。これを防止するために実態を把握する。
  ④ 道ばたの花はありますか。: 道ばたの草は邪魔者とされ、除草剤などが撒かれている道ばたに咲く名もない花をどう知ってもらうかが問題。あぜ草刈りの回数に応じて草花の種類が豊富になると言われている。
  ⑤ 集落に生け垣はあるか。: 集落の景観を決める家を囲む垣根や屋敷林を聞いている。
  ⑥ 集落内の水路は: (土水路とコンクリート)コンクリート水路は流れが急、その上水田に水が不用な時期は水が切られる。生物の生息を全く許さない水系になっている。


3. 農ネット農林業政策の波及

 「みらい農業政策提言」の実現目指して、アグリチェック運動を柱に運動を展開しました。
 調査方法の試行錯誤を繰り返し、当面の取り組みを環境(農業生物)の調査に絞って展開した結果、以下のような波及(成果)がありました。

(1) 市民(消費者)団体の取り組み
 生活クラブ生協かながわをはじめ、生協単位での「農」との連携をつなぐ一端として取り組みが始まりました。

(2) 全農の取り組み
 「全農安全・安心システム」構想の一環として私たちが提唱したアグリチェックの「生き物調査」が取り入れられ、現在は「全農SR推進事務局」が「人と生き物にやさしい農業」を支援する活動の柱として位置づけられています。
 現事務局長の原耕三氏からの申し出により、取り組みの手法を提供しました。

(3) 農林水産省の政策・事業
 国との農業政策論議を重ねる中で、当時の意見交換の窓口となっていた皆川芳嗣氏(現林野庁次長)が土地改良課長着任を期に、全国の土地改良区で「生き物調査」を事業化しました。これにより土地改良の世界に環境の視点が本格的に導入されました。
 2006年の食料・農業・農村基本計画見直しにあたって、「品目横断的経営安定対策」による直接所得保障(直接支払い)の導入、さらには「農地・水・環境保全向上対策」による環境支払いが実現しました。「自然を生み出し、保全している"農"の営みに対して、国民が支援するしくみをつくろう」という我々の提言が「農地・水・環境保全向上対策」によってやっと表舞台に現れました。

4. 環境支払の実現(農地・水・環境保全向上対策)

(1) 農的環境を維持する活動に直接支払いが実現

<制度の概要>
 ① 共同活動(制度の1階部分) 
   「農地、農道、水路等を地域ぐるみで維持する活動に補助金を出しましょう。」つまり、生産物の販売とは切り離した財政支出が実現したのです。
 ② 営農活動(制度の2階部分) 
   共同活動を実施している地域にあって、「エコファーマー」の認定を受けた人が、農薬と化学肥料を削減(原則50%以上)して生産した場合、面積に応じて補助金を出しましょう。(ただし、一定の地域的なまとまりをもって実施する必要あり。)


(2) 土地改良区を受け皿とした事業展開
① 農地、農道、水等の維持管理を主とすることから、全国的に土地改良区を母体として実施されています。県の機関では、土地改良事務所が担当しています。
② 2階部分は栽培技術の支援等が必要であることから普及センターの関わりが期待されます。

(3) 制度の評価
① 支払い単価
  10a当たり水稲6,000円、麦豆類3,000円、果菜類18,000円(施設栽培40,000円)、果樹12,000円
  再生産に必要な所得支援としては十分とは言えない。
② 地域ぐるみを条件とするなど取り組みの困難さがある。
③ 名称が分かりにくい(単純に環境支払いと言えばよい)
④ 申請等事務処理が煩雑で負担が大きい。
⑤ 交付金に自治体の負担があり、財政難の折自治体の腰が重い。
⑥ 課題は多いが、大きな一歩を踏み出したことは評価できる。

5. 自治体と協同農業普及事業の役割

 「いのちと環境」を柱とした政策の実現にあたって、最も期待され、かつ、最も障壁となる可能性のあるのが自治体農政職場の職員であり、普及員であろうと考えます。
 環境に対する視線は、「金にならない」「環境ばかり叫んでいる変わり者」から、急速に転換してきました。感覚的に追いつけないのは、自治体職員であり、我々普及員であることを自覚できるかどうかが鍵を握るのではないかと考えます。

(1) 茨城県における環境支払(農地・水・環境保全向上対策)の実施状況

2007年12月20現在の実施予定(農林水産省集計)
 

農振面積

  共同活動(1階)

   営農活動(2階)

組織数

 面積 ha

組織数

面積 ha

茨 城

129,431

229

13,059

10.1

2

52

0.04

全 国

4,065,108

17,144

1,162,841

28.6

2,042

46,119

1.13

2007年11月現在の実施予定地区 (茨城県集計)

 

市町村数

地区数

水田
ha


ha

草地
ha


ha

交付金
千円

営農活動
ha

県 北

10

71

2,510

342

2

2,854

120,045

 

鹿 行

11

640

 
 

640

28,156

 

県 南

13

72

4,573

288

 

4,861

209,269

29.3

県 西

75

2,578

262

 

2,840

120,768

22.38

36

229

10,301

892

2

11,195

478,238

 

(2) 茨城県の特徴
 茨城県の実施率は、東京、大阪等の都市部を除くとほぼ最下位に近い。その要因として、
① 水田面積が多い割に、米に依存する割合が低いことから、問題意識が低い。
② 首都圏に近く、比較的経営規模が大きく、個別志向の強い農家が多い。
等の事情があり、地域ぐるみの取り組みが得にくい地域がらもあるようです。



地域
集落営農数
比率%

茨 城
162
1.34
関 東
772
6.4
全 国
12,095
100

<参考:集落営農数>
(農水省集落営農調査)
 
H19年2月
近畿、中国、九州で多い。
 
    

(3) 農業改良普及センターの関わり
12普及センターについて、農地水環境保全向上対策への対応状況を調べました。
① 1階部分(共同活動)
  事業担当である土地改良事務所が、土地改良区を母体として推進しており、農業改良普及センターの関わりは皆無に等しい状況です。
② 2階部分(営農活動)
  営農活動を実施しているのは、2地区52haにとどまっている。普及センターの取り組みとしては、従来から進めてきた産地づくりの延長で、事業要件に合致した組織に本対策の網をかけたというのが実態です。
  また、共同活動実施地区を対象に、営農活動への発展を推進している普及センターも見られません。
③ 全国の状況(自治労農業改良普及評議会調べ 回答数34県 08年1月実施)

<共同活動に対する対応>

対応状況
県数
比率

①ほとんど対応なし
13
(41%)
②積極的に計画活動展開
(8%)
③要請に応じて対応
17
(52%)
④その他
(3%)

<営農活動に対する対応>

対応状況
県数
比率

①ほとんど対応なし
(0%)
②積極的に計画活動展開
13
(41%)
③要請に応じて対応
18
(56%)
④その他
(3%)


④ 分析
  全国的な対応状況をみると、県による取り組みの格差が大きい。
  この傾向は、集落営農の取り組み状況、米に対する依存度と関連づけられます。
 茨城県は、その中でほとんど対応していない県のひとつです。
 これは、県としての取り組み姿勢が反映しており、普及組織に対して積極的に関与すべきという業務命令、要請等も見られません。普及組織としても、新たな取り組みをする余裕がないのが実態です。

(4) 県独自の環境支払制度の創設(エコ農業いばらき)
① 国制度に準じた環境支払いを導入
  国の基準では、集落ぐるみでの農地水環境保全向上対策の営農活動(制度の2階部分)の協定を結ぶ地域が皆無に等しい(2集団52haの実績はある)こともあり、推進に向けた県独自の制度を立ち上げました。(通称:エコ農業いばらき)
  全国的には滋賀県、福岡県で環境に配慮した生産方法を導入する個人に対する環境支払いの制度が導入されています。本県の制度は国の制度(農地水環境保全向上対策)土台にして、その支給要件を緩和していますが、地域のまとまりをもった取り組みを条件にしています。そのためハードルが高い割に支払額が低額という特徴があります。
② 農ネット思想の反映なし
  県独自の制度は、県産農産物のイメージアップが目的であり、農ネットの提唱した「いのちと環境」を守る視点が欠落しています。

(5) 環境農業に対する普及指導員のとらえ方。
① 拡大する環境農業関連業務
  減農薬、減化学肥料を条件とした認証制度(特栽認証制度)及びエコファーマー制度の取り組みにより、支援を担当している普及センターの業務量は激増しています。その意味では、普及センターの業務が環境農業に大きくシフトしていると言えます。
  しかし、内容は「付加価値を付けて如何に商品を売るか」に主眼がおかれ、「いのちと環境」に対する視点はここでも置き去りにされています。
② 有無を言わせぬ上意下達の事業推進が理解の妨げに
  茨城県では、知事の号令の元「茨城農業改革」と称して様々な事業を展開しています。そして、中心は現場にいる普及指導員であり、その活躍は大いに評価されています。
  しかし、有無を言わせぬ上意下達の推進体制になっており、「何でも屋の普及」現場に少なからぬ混乱が生じています。
  そのような中、「エコ農業茨城」も、同様の手法により新たな仕事を現場に強要しています。その事業理念は否定しませんが、このような推進手法が、「環境農業」に対する普及現場の理解を妨げる一因になっています。
③ 根強い有機農業に対する「色眼鏡」
  減農薬減化学肥料栽培(いわゆる減減栽培)が普及し、環境負荷の高い技術からの脱皮に対する理解は進んでいますが、無農薬で作物を作ることに対する抵抗感は根強く残っています。
  背景には、
 ア 近代農業技術を前提とした技術指導者としてのプライド。
 イ 有機農業推進者の強力な個性に対する抵抗感が消えない。
 ウ 農家所得の向上を最優先で求められるため、経済効率の悪い技術は扱いにくい。

(6) 普及事業の果たすべき役割
① 基本的な考え方
  農政の課題は、担い手の不足、生産構造の脆弱性等が取り上げられていますが、本質にあるのは生産者と消費者(国民)の相互理解と考えます。これが解決されれば、前者の課題は解消に向かうでしょう。
  いのちと環境を支える農業生産に国民の理解が進み、その生産の持続を支えてくれれば、農家の生活が成り立ちます。そのためには、いのちと環境を支えていることを農家自身が自覚し、国民に対して発信する責任があります。
  現在、絶対的に不足しているのは相互理解のための橋渡しの機能です。様々なチャンネルを使っての畑と食卓、その背景にある「ひと」の生活をつなぐ役割が必要です。
② 思い切った事業の転換
  普及がもっとも力を発揮できる分野として、以下のような業務が想定できる。
 ア 有機栽培等特栽認証技術の改善(特殊な技術からの脱却=取り組みやすい技術)
 イ 食農教育のノウハウ開発、収集。
 ウ 農のめぐみ啓発(農家向け)
 エ 農のめぐみ発信(国民向け)
 オ 都市と農村をつなぐ場の設定
  これらを、農の技術を持った「いのちと環境」のコーディネーターとして、新たな職域を開拓し、思い切った転換が必要と考えます。