【自主論文】

第32回北海道自治研集会
特別分科会 夕張からわがまちの財政を考える

「夕張」の再生にむけて何ができるのか


北海道本部/旭川市職員労働組合 高森 豊広

はじめに

 かつて、九州の筑豊と共に日本の基幹産業である鉄鋼・発電などを支えた北海道の石炭エネルギー供給基地としての夕張市が、財政破綻に追い込まれた。財政再建団体となった夕張に未来はあるのか。それとも再建期間18年の長期に亘り、市民とそこで働く職員にとって市政に展望を持てないのか。支援と連帯の立場から、労働運動の視点で展開を試みる。

1. 明るみに出た財政破綻

 2006年6月、当時の夕張市の後藤市長が、突然夕張市が巨額の財政赤字を抱えており、いわゆる国の財政再建団体指定を受ける(申請する)ことによって、夕張市の再生を図りたいと記者会見した。なんと353億円もの財政赤字が累積されていると言う。
 この借金額を2007年度会計からの18年間で完済するのが財政再建計画である。地方交付税を除く税収が10億円程度の自治体で、毎年平均20億円弱の借金を返済していくのは至難の業だ。そこでは、市民サービスの極端な低下と市税負担の増額、市職員数の半減化と職員賃金の大幅な減額が待ちかまえていた。
 現に、2007年3月末には152人が退職し、2007年度中も退職者が後を絶たなかったと言う。退職者のほとんどは、厳しい再就職先を求めて札幌などの大都市に転出していった。2008年度に入っても職員減から状況は好転せず、残った職員も、連日・連夜の残業で体を壊す人もいる。まさに「去るも地獄、残るも地獄」の様相を呈している。
 炭坑の相次ぐ閉山によって第一次の地域社会の崩壊を見ているが、さらに、小中学校の大幅な統廃合によって二重に地域社会は分断・再編される。つまりは地域・住民自治の及ばない、住民が取り残され収奪されるだけの「限界集落」が現出することになる。
 この財政破綻の根本要因とは何か。明治以降北海道は、資源の供給基地として機能させられた。砂金採掘、金・銀・銅山の開発、石油掘削、石炭採掘、農業開拓、漁業振興などである。ウソタンナイ砂金採掘現場、下川ペンケ銅山・鴻ノ舞鉱山(金・銀の産出)・夕張・歌志内・赤平・芦別・美唄・上砂川などの炭山跡地が、ことを如実に物語っている。
 つまり大局的には、日本政府の「北海道経営」の終焉と破綻にある。国策としての産炭地振興策の廃止、そのことに端を発する三井・住友・鴻池ら「炭坑資本」の産炭地からの撤退=代替え策なしの地域住民切り捨てにある。その象徴的存在として夕張が位置づけられる。
 さらに、小泉首相の財政構造改革路線としての「三位一体」改革(税源の地方移譲とそれに伴う地方交付税交付金・国庫補助金の削減)が、地方財政の窮乏化に拍車をかけた。炭坑の閉山以来これと言った基幹産業を持たない夕張市は、移譲税源とて少なくこの影響をもろに受けたのだ。財政再建団体指定の申請意向時期が小泉政権末期となり、この流れと軌を一にしている。
 財政破綻の直接要因は「市当局の財政運営手法」にあるとされているが、国や北海道とて一時借入金によるその場しのぎの予算編成手法を見抜けない訳はなく、もっと早い時期に是正指導できたはずだ。
 総務省が夕張に課した財政再建計画は、「全国最高の住民負担と全国最低の住民サービス」であり、何の責任もない夕張住民には過酷な、住民丸ごとバッシングと言える代物である。今日、中小地方都市住民の大半は、中央政府によって切り捨てられ差別される存在でしかなくなっている。
 労働法制の相次ぐ改悪(労働者派遣法の成立~派遣期間の延長・製造業への対象拡大など)によって、雇用不安は後を絶たない。年収300万円以下の労働者の全労働者に占める割合は拡大し続け、それらの人達を総称して「ネットカフェ難民」とか、「ワーキング・プア」と言われる。まさに「格差社会」の到来である。
 小泉・安部政権の掲げた「自己責任」原則によって、夕張の財政破綻の付けは地域住民と自治体労働者のみに負わされることになった。住民負担の増加と住民サービスの低下が住民生活を直撃し、労働条件の極端な改悪が市職員の生活を直撃したのだ。
 この状況を労働組合が手をこまねいて見ていることはできない。自治労労働運動の力量が試されていると共に、「自治研」の出番もあるはずである。

2. 自治体労働者・自治労攻撃としての夕張問題

 2006年9月に成立した安倍政権は、その6月に表面化した夕張市の財政破綻を、地方自治体再編・自治労解体の好機到来と考えた。予算編成をはじめ市役所の仕事がいかにでたらめで、そこで働く職員の仕事ぶりの怠慢さに起因するものと宣伝した。
 財政再建年次計画では、市は当初毎年10億円返済し、36年の再建計画を立てていた。しかし、それでは長すぎると総務省の指導があり、最終的に半分の18年に短縮されたと言う。つまり、夕張市の財政再建プロセスをソフトランディングからハードランディングに国家が変更し、地方自治を事実上否定する過酷な再建計画を押し付けたのだ。
 夕張市の命運は、普通の自治体運営であれば、最終的な炭坑閉山の時点ですでに尽きていた。炭坑資本は、炭鉱住宅とその跡地を市に買い取らせるなど、膨大な負の遺産を置き去りにした。残された住民は、経済生活の維持と生存権の補償を求めて、市に政策の新たな展開を求めた。それが、1980年代前半の国の通称リゾート法制定に沿った、石炭博物館やジェットコースターなどの遊具を備えた遊園地を含む「石炭の歴史村」整備であったり、「マウント・レースイ・リゾート計画」だったりした。
 石炭産業から観光産業への転換は、何も故・中田鉄治市長の強烈な個性にのみ因るものではない。それは、金持ち有閑階級をターゲットにし、余暇の有効活用とそれに伴う消費支出をあてにしたバブル期の形成に向けての経済界の要請と、政府の政策とにマッチしていたのだ。
 それが、1990年末に訪れた経済バブルの崩壊に至り、観光産業に重きを置いた夕張の財政危機は、取り返しの付かない段階に達したと見るべきであろう。テーマ・パークなど地方のリゾート施設は軒並み破綻している。つまり夕張は、地方が国の経済政策に振り回され、これがつまずくと容赦なく見捨てられる典型例なのだ。
 再建計画の策定過程で総務省が特にこだわったのは、市職員の削減だったとされる。「類似団体」として比較対象された都市は岡山県里庄町で、この町の職員の2倍いるとされた。
 里庄町の面積はわずか12平方キロメートル、一方の夕張市は760平方キロメートルと人口は同程度だが、行政区域(面積)の差は、実に64倍なのである。狭隘な炭鉱跡地集落が何ヵ所も点在する地理的・地勢的条件を無視して里庄町に合わせるのはそもそも無理があった。
 なのに、恫喝に屈するかのように、多くのベテラン職員が市役所を去ったと言う。「全国最高の住民負担と最低の住民サービス」が計画の基本である以上、人口流出は加速し、職員減から市役所の機能低下も避けられない。国や北海道が強制した再建計画は、単なる「借金返済計画」であり、その枠組みに従う限り地方自治の再生は望むべくもない。
 さらに問題なのは、市職員に対して劣悪な労働条件を強制したことだ。給与の30%削減と一時金の60%カットにより、職員の年収が40%~最大49%削減され、退職金も月給の57ヵ月分(この値も独自削減されている)から20ヵ月分へとべらぼうな額が削減された。
 結果として、2007年度当初から前年度比半数以上の職員が退職を余儀なくされた。前年度当初259人から(消防職を除く)2007年9月現在126人になった。さらに、近く退職を考えている職員が後を絶たないと言う。
 消防職はさらに深刻で、前年度当初49人が2007年9月末で32人になった。救急救命士は6人になり、これでは2台の救急車も運用できない。新規採用への応募はあるが、救命士有資格者は少なく、ベテランがこれだけ去ると消防・救急体制は崩壊したも同然だ。
 退職希望者の半数は、その理由に連日の残業続きで体が持たないことを挙げている。残業量減少のため、さらなる機構改革も検討されているが、今後も退職者が続出すると機能しない。この期に及んで、「北海道庁」が混乱の続いている徴税業務に数人の職員を派遣(後に東京都庁が2人の職員を派遣)しているに過ぎない。
 全道庁や他の自治体の労働組合も「明日は我が身」と危機感を募らせている。が、具体的対応となると、高齢者宅の屋根雪おろし・敷地内除雪支援ぐらいで有効策を模索している。

3. 自治体財政健全化法による制約

 2007年3月、夕張市が財政再建団体に移行したのと軌を一にして、自治体財政健全化法案が閣議決定された。衆参とも圧倒的多数を占める自・公安倍政権政権下ではろくな審議もされず、6月に早々と成立した。
 1年間の周知期間をもうけ、2009年度から施行される。この法律は、自治体の財政状況を各種指標からつまびらかにし、財政破綻を未然に防止することを目的としたものだ。だが、実際には財政状況の良くない自治体をこの法を適用することによってあぶり出し、財政破綻予備軍の烙印を押すことにある。夕張市と同様に総務省の「指導」の名目で自治体財政に介入し、職員の人件費の削減、住民サービスの低下など地方自治を否定すると同時に、自治体労働運動を解体するものだ。
 財政が破綻したか否かを判断する4つの指標の数値は、法の本文には盛り込まれていない。総務省が政省令で定めることになっている。つまり、そのさじ加減次第で自治体の命運が左右される。「総務省が自らの都合の良い政策に自治体を誘導するため、指標設定を変えられる」(慶応大学・片山教授)のだ。
 一般会計と全ての特別会計を併せた財政状況を見る「連結実質赤字比率」については、25%をボーダーラインとするようだ。だとすると、すでに道内では夕張市を始め10市町がその線を越えている。これはおどしではない、実態なのだ。
 夕張市は財政再建団体になるために、「国や北海道には責任はなかった」という確認を迫られた。だが、国や北海道には本当に責任はなかったのか。国は地方財政計画に基づいて、基準財政需要額に見合った地方交付税額や補助金を支出する際に地方税の額を掌握している。北海道の地方振興局は、市町村に対しラスパイレス指数の是正(国と地方の給与水準比較)とか、退職金制度の上乗せ基準の廃止などを指導しているのだから、その都市の財政概要は捉えているはずだ。
 国や北海道の責任を曖昧にしたのは、「自己責任」と「財政自律」原則を都合良く持ち出し、夕張問題を全国の自治体と自治体労働者の見せしめとするためだ。現に、「第2の夕張になるな」のかけ声のもとに、全国の8割(北海道では7割)近くの自治体で賃金の独自削減が行われている。
 つまり、夕張問題が自治体労働者の労働条件の軛(くびき)とされようとしている中で、これを桎梏としてただただ受け入れるのではなく、労働組合の起動が待たれている。

4. 夕張再生の具体的方策

 2007年1月の自治労北海道本部主催の「07春闘討論集会」で、夕張市職労の厚谷委員長は、「再建計画の策定には総務省から指導という名の強制が働いていることは明らか、単組として希望退職など苦渋の選択をせざるを得なかった」と述べた。また、「マスコミは市民や組合員の訴えに反し、報道する側に都合の良い映像だけを流している」と、国の圧力で労使関係が正常に機能しない現状や、意図的なマスコミ報道を批判した。今後について、「組合員の状況に応じて、組織としてできることを全力で取り組む」と述べた。
 これを受けて北海道本部の高柳委員長(当時)は、「夕張問題は、全ての自治体の問題」だとして、「総務省対策など政策面と併せ、07政治決戦を全力でたたかい、地方自治の確立へ全員で取り組もう」と訴えた。また、8月盛岡の全国大会で自治労中央本部の菅家企画局長は、自治労は向こう2年間の運動方針で、「夕張対策」を重点項目として掲げるとした。「夕張対策」では、北海道本部と連携して総務省に夕張市に対する国の支援策の充実・強化や、サービス残業など過酷な市職員の勤務実態の対応策などを求めている。
 さりとて、具体的な実効策をどう立ち上げ、その経過と総務省などに対する要求結果はとなると、大会から1年近くが経過したというのに単組にはトンと伝わってこない。組織的討論は、その場しのぎの繰り返しではならない。具体的にどのような要求をして、何を獲得するのか。その行動と結果責任が問われる。
 そこで、「月刊自治研」2007年11月号で須田自治研編集委員が提起しているように、353億円の借金を三等分して国と北海道と夕張市で負担を分かち合う手も有りだと思われる。どのみち監督官庁として国と北海道の行政責任は免れないのだから。小泉政治の掲げた「自己責任」原則(イラクに旅行していた香田証生さんは、この原則によって日本政府に見捨てられ殺された)から、発想を「連帯責任」原則に変えると説明がつく。
 ほかには、地方自治体各道府県・市町村で、「地方財政破綻対策基金」なるものを積み立て、やむなく破綻に至った自治体に財政援助する制度を設計してはどうか。自治体の負担割合の設定など難しい課題もあるだろうが、知恵を絞って実現したらうれしい。
 企業に対しては、地域に依拠して利潤を上げた北炭など大資本・旧石炭資本の倫理的責任を問えるのではないか。つまり、企業メセナ(文化事業)として夕張に文化会館、公民館・図書館など、今必要に迫られている公共事業の事業費負担をしていただいてはどうか。
 月並みだが市職員に対して、国労など闘争団支援策として定着した消費生活物資斡旋によって、労働組合員全体の支援と協力を受けてはどうか。営利活動が許されない公務員としての性格からこれができないとすれば、どこかに受け皿を作ることにより可能とはならないか。法に抵触しないよう検討するべきである。
 ともあれ、このままの財政再建計画の実行では、夕張の「明日はない」と思われる。