1. はじめに
京田辺市では、2010年にスマートフォン用観光案内アプリケーション「iTours京たなべ」を開発し、運用を開始しました。「iTours京たなべ」は「初めて市内を訪れた方が迷わず、楽しく観光できる」をテーマに、従来からの観光パンフレットでは不可能な観光案内を実現することを目的に開発しました。
ここでは、自治体でスマートフォンアプリケーションを開発するに至った背景やその特徴について、市の概要や観光の課題に触れながら紹介します。
(1) 京田辺市の概要
京田辺市は、京都・大阪・奈良の3都市のほぼ中間に位置し、古くから交通の要所として栄えてきました。平城京・平安京よりもさらに古い、筒城宮という都が置かれた地でもあり、古い歴史が残るまちです。
道路網、鉄道網にも恵まれ、京都市内・大阪市内まで30分、関西国際空港にも1時間という好立地環境にあり、人口は6万5,000人とまだまだ少ないですが、現在も増加を続け、近年では製造業を中心とした企業の立地も進んでいます。
また、市内には同志社大学、同志社女子大学などが立地し、多くの学生が行き交う賑わいあふれるまちとなっています。
人気のある観光地としては、アニメで有名な「とんちの一休さん」が晩年を過ごしたお寺「酬恩庵一休寺」や、国宝「十一面観音立像」を安置する「観音寺」など、歴史資源を中心としたものが数多く存在しています。
特産品では、日本茶の最高品種である玉露の生産が盛んで、全国の茶品評会において農林水産大臣賞、産地賞を幾度も受賞し、世界に誇る玉露の産地として自負しています。
(2) 伸び悩む観光行政
このように観光資源や交通利便性にも恵まれていますが、観光客数は年間約40万人で推移し、近年では横ばいから減少傾向にあり、近隣の一大観光地である京都市(5,000万人)、宇治市(500万人)などとは比較にならないほど低く、かねてから誘客の起爆剤を求めていました。
これには2つの大きな課題があると考えています。
まず1つ目として、「総合的な観光プランの提案不足」があげられます。
雑誌に取り上げられるような魅力的な飲食店などが多いにもかかわらず、これらの観光資源を生かしたグルメ、買い物、体験などを含めた、市内で半日あるいは1日を過ごせるような総合的なプランの提案ができていません。
また、従来の本市での観光は、寺社仏閣の拝観がメインであり、利用者は中高年層が中心です。最近では歴女や仏女といった言葉が生まれているように、露出方法の工夫により新たなターゲット層も取り込めるのではないかと考えていました。
2つ目の課題が「まちのブランディング」です。
先に紹介しました一休寺は世界でも知名度が高い「一休さん」のお寺ですが、京田辺が「一休さん」ゆかりの地であるとはほとんど知られていません。
今回のプロジェクトをきっかけに、もう一度まちの強みを再認識し、世界に誇れるものを強く押し出すため、「一休さんと玉露のまち京田辺」をキャッチフレーズに観光振興に取り組み始めています。
(3) ご当地アプリはここから生まれた
市内に立地する同志社大学については先に少し触れましたが、この大学内にはベンチャー企業を育成するインキュベーション施設があります。名称を同志社大学の頭文字「D」と卵の孵化をイメージした「egg」を組み合わせて、「D-egg」と言います。ここでは、大学の研究シーズや地域資源を生かした大学発ベンチャーの起業を支援しており、多くの企業が入居しています。
2006年にオープンしたこの施設のおかげで、市や地元企業、大学間の垣根が低くなり、産業分野での有機的な連携が図られるようになりました。
また近年では、人と人、組織と組織を結びつける交流の場としても役割を果たしています。例えば、月2回開催される「D-eggカフェ会」というイベントでは、入居者はもちろん、行政、市内企業、大学、金融機関など、さまざまな方面から人が集まり、自社の課題や行政の制度の紹介など、情報交換や課題解決、ビジネスマッチングの場として活用されています。このカフェ会で前述の課題について話題にしたところ、この施設の入居企業である「㈱吉蔵エックスワイゼットソリューションズ」社から、当時、世間で流行になりつつあった「スマートフォン」を観光に生かせないかという案が飛び出しました。
当時から、市もその操作性やナビゲーション機能などのスマートフォンの特徴に注目していたこともあり、自治体がスマートフォンで観光振興のためにどういうことができるのか考えてみようということになり、同志社大学などに声をかけ、検討会議を立ち上げました。
これがプロジェクト発足のきっかけです。
2. 「iTours京たなべ」の特徴
実際に完成したアプリケーションの特徴をご紹介します。
(1) イメージされやすいデザイン
トップ画面には一休寺の写真や竹を使い、黒を基調として、京都らしさをイメージしたデザインとしました。
(2) 迷わないナビゲーション機能
掲載コンテンツのメインである「観光Navi」。
このシステムは、地図上に観光地のほか、グルメ、ショッピング、サービスなどの業種の店舗情報を落とし込み、スマートフォンのGPS・コンパス機能を使い、目的地までのルートを検索、好きな場所まで迷わず案内してくれるシステムです。
ここでは、オススメの観光コースを自然、歴史、伝説、文化などのジャンルに分けて、「一休さん」「かぐや姫」など京田辺にゆかりのある5人のキャラクターが案内してくれます。観光地・店舗の情報は、ジャンル別で絞り込み検索が可能で、行きたい場所の情報を確認し、現在地からのルート案内をすることができます。こうした情報に加え、自動販売機や写真撮影に適したポイント、休憩場所、無人の露天野菜販売所など細かな情報も掲載しています。
これらの情報収集のために、私も含めたメンバー全員で、2年前の猛暑の8月、市内を約200㎞歩き、撮影、資料収集を行いました。
(3) 京田辺の魅力満載のスペシャルコンテンツ
こうしたナビゲーション機能以外にもスペシャルコンテンツとして、「京田辺かぐや姫伝説」のオリジナル絵本、年に一度しか見られない貴重な舞の映像を見ることができる伝統芸能「大住隼人舞」に関するクイズ、地名の由来や地域の伝承などの郷土資料を閲覧できる「郷土史ライブラリ」といったスマートフォンの操作性を生かした各種コンテンツを設けました。
特にスペシャルコンテンツには、京田辺の強みや隠れた魅力を出せるよう力を入れました。
(4) ブラウザを使った簡単管理システム
一般的には、情報の修正・更新は業者に委託するものですが、このアプリケーション内のほとんどの情報は、インターネット接続環境さえあれば、管理画面で簡単に修正・更新ができるため、担当者が代わっても簡単に運営を引き継ぐことができます。また、掲載している観光地・店舗ごとにID・パスワードを設定し、それぞれで管理できる仕様にしています。
3. 製品としてのiTours
(1) ご当地アプリのスタンダードを目指して
京田辺市をフィールドに実験的に進められた今回のプロジェクトは、新産業創出による地域経済の発展を目的としたインキュベーション施設での取り組みということもあり、全国の自治体をはじめ、さまざまな業種で導入されることを想定し、汎用性のあるシステムとして開発しました。
全国どこでも簡単に完全オリジナルのご当地アプリを作ることができる「iToursシステム」。このシステムを使い、低コストで地域情報が発信できる、非常に魅力的な製品となりました。
(2) 全国に広がるiTours
2011年度には、本プロジェクトが官民協働の先進的なまちづくりの取り組みとして、日本経営協会主催の第3回活力協働まちづくり推進団体表彰優秀賞を受賞、総務省の「市町村の活性化施策77事例」にも選定され、メディアにも多く取り上げられた結果、関東、近畿、四国、九州、沖縄などのいくつかの都市で「iToursシステム」を活用したアプリケーションの導入、リリースに向けた製作が進んでいます。
4. 今後の課題とまとめ
(1) 今後の課題
やはり、アプリケーションは「利用してもらってなんぼ!」のものですので、リリース後も継続的にアプリケーションを活用したイベントを実施しています。
昨年は、誘客のターゲットであった外国人や学生を対象に「Kyotanabe Mystery Tour」と題して、スマートフォンのカメラ機能を使い、アプリケーションのオススメコースを巡りながら、指令書に描かれたスポットを見つけて撮影し、その点数とタイムを競うゲーム性のあるイベントを開催し、参加者の皆さまに非常に好評をいただきました。
他にも位置情報を利用したスゴロクゲームや、AR(拡張現実)技術を活用した遊び要素のあるコンテンツの実装を行いました。
また、システムの更新はもちろん、今後も色々な方面に露出し続け、スマートフォンを使った観光の楽しみ方を提案していく必要があると考えています。
(2) ご当地アプリ開発の意義
インターネットの普及により情報化が進むなか、過剰に供給される情報から必要なものを選別しなくてはならない時代に入ってきています。
GPS機能や大画面、高速通信機能を持ち、「ポケットに入るパソコン」とも言えるスマートフォンは、移動中の情報収集ツールとして非常に適しています。観光パンフレットや旅行情報誌を片手にといった、これまでの観光の方法もスマートフォンを利用したものに大きく変化していくのではないでしょうか。
地元ならではのホンモノの情報力により、価値の高い有益な情報を発信することが、ご当地アプリの価値を高め、観光客の利便性の向上に繋がります。この点に、地域でこうしたシステムを運用する意義があるのではないかと思います。
また、「必要な情報を地図上に表示させ利用者をナビゲートする。さらにこれらの情報を簡単に管理できる」、このプラットフォームを開発したことで観光以外の行政サービスにも幅広い応用が効くのではないかと考えています。例えば避難所への誘導を目的とした防災情報、道路等の危険箇所情報など市民生活に直結した情報についても、このアプリケーションを使えば、新しい発信の形が可能になります。
(3) 結びに
事業企画からシステム仕様・コンテンツの検討、情報収集、プログラム作業、実証実験、リリースまで、1年あまりかかりましたが、本プロジェクトは、同志社大学をはじめ、事業趣旨に快く賛同し、参画いただいた団体の皆さまのおかげで実現できたものと感謝しています。
こうして、たくさんの組織からさまざまな立場の方に参画していただきましたので、プロジェクトに参加するメリットを少しでも見出していただくことに注意を払いました。そして、プロジェクトを進めるうえで常に意識したことが、「まちのブランディング」でした。
「市として誰をターゲットに何を売り出すか」、これをメンバー全員で共有できたので、デザインやコンテンツ内容など重要な事項もスムースに決定することができました。
このプロジェクトは、ベンチャー企業を支援する「D-egg」で生まれたものですが、地方分権が進み、特色を生かした独自性のあるまちづくりが求められるなか、自治体においてもベンチャーマインドを持って何事にも恐れず挑戦していく必要が出てきます。
自治体でスマートフォンアプリケーション開発に取り組んだ先進地として、常に一歩前に出られるように、新しい情報やニーズにアンテナを張り、固定観念に捕らわれない発想で、アイデアを形にしていきたいと思います。 |