【自主レポート】

第34回兵庫自治研集会
第1分科会 「新しい公共」と自治体職員の働き方

 広島県では、2007年3月に、主に経済指標に基づいて、技術分野を重点研究分野、非重点研究分野に分け、重点研究分野の課題に人と金を重点投資するという方針が立てられました。私たちは、今回の見直しは過度に経済指標に依存したものであり、県立試験研究機関の存在意義を無視したものであると考えました。本レポートでは、県立試験研究機関の存在意義の観点から、県立試験研究機関の本来のあるべき姿について提言します。



県立試験研究機関のあり方
~工業技術センターのあり方~

広島県本部/自治労広島県職員連合労働組合・研究機関協議会 坂村  勝

1. はじめに
表1 技術の重要度判定結果
重要度
A 
B 
C 
センター名   内非重点   内非重点   内非重点
保健環境センター
16
農業技術センター
23
畜産技術センター
17
林業技術センター
水産技術センター
食品工業技術センター
西部工業技術センター
17
11
東部工業技術センター
20
合  計
39
113
29
28
14
非重点比率
0.00 
0.26 
0.50 

 広島県では、2007年3月に“県立試験研究機関の総合見直し計画”が策定されました。その中では“選択と集中”をキーワードとして、主に経済指標に基づいて、業種・品目及び技術領域を重点研究分野と非重点研究分野に分けるという方向性が示されました。さらに、2008年4月に策定された“技術力の維持向上に関する計画”ではセンターが保有する180の技術をランク付けし、点数の低い技術(表1中のCの技術)については、技術の保管という方向性が示されました。表1にその結果を示します。表中のA、B、Cは重要度を表し、Aが最も重要な技術を意味します。センター全体で見ると、重要度Aの技術のうち非重点研究分野の比率は0%、重要度Bとなった技術のうち非重点研究分野の比率は26%、重要度Cとなった技術のうち非重点研究分野の比率は50%となりました。このように、非重点研究分野は重要度が低いランクになるという傾向が明らかに認められました。
 広島県職員連合労働組合・研究機関協議会では、過度に経済指標に依存した、今回の“選択と集中”の手法には大きな問題があるとし、2006年11月に自治研“県立試験研究機関のあるべき姿”を立ち上げました。本自治研では、厳しい県・国内の情勢を踏まえた上で、現場で働く業界ニーズに日々、直に接している研究員等の一人一人の意見や考えを集約しながら、“県立試験研究機関のあるべき姿とは?”“経済指標以外の指標がないのか?”等を4年半の間に渡って議論してきました。
 本レポートでは、4年半に渡って行われた議論のうち、工業技術センターに絞って論じることにします。


2. 工業技術センターのあり方

 工業技術センターは、もともと、独自での技術開発や分析機能を持たない県内中小企業等に対する技術支援を行うために設立されました。技術支援は、新しい技術、製品を開発する“研究開発”、材料や製品の性能等を評価する“依頼試験”、技術に関する情報提供や分析装置等を用いた解析、原因解明を行う“技術指導”の3本柱で構成され、これらに対応するために多岐に渡る技術を獲得、保有してきました。ここでは、工業技術センターの存在意義調査結果及び今回の見直し手法に関するアンケート結果から“工業技術センターのあり方”について議論をします。なお、“依頼試験”と“技術指導”を合わせて“企業支援業務”とし、“研究開発業務”と区別して議論することとします。


図1
勤務内容別時間(工業系)

図2
客体のセンター業務全般への要望(工業系)

図3
客体の研究開発への要望(工業系)

図4
客体の技術支援業務への要望(工業系)

(1) 工業技術センターの存在意義調査
① センターに求められているもの
  図1は工業技術センター職員の日常業務に占める各項目の割合についてのアンケート結果です。図から分かるように、工業技術センター職員の日常業務は研究が44%、行政対応が4%、依頼試験、技術相談等企業支援関係が39%、事務、その他が13%となっています。これらの結果により、かなりの時間を“企業支援業務”にも充てていることが分かります。なお、図中の“ギカジ”は技術的課題解決支援事業の略称であり、短期間の受託研究的な支援のことを意味します。
  図2は工業技術センターを利用されている企業等ユーザーが、工業技術センターに何を望んでいるか、について職員にアンケートを行った結果です。この結果から、研究開発よりも技術指導や設備の更新に対する要望が大きいことが分かります。図3は工業技術センターを利用されている企業等ユーザーが、工業技術センターの研究開発に対してどのような要望を持っているのか、について職員にアンケートを行った結果です。この結果から、実用化能力が最も要望されている結果になりました。研究が研究で終わっており、企業が要望する実用化にまで到っていないと感じている職員が多い現状が分かります。また、研究開発能力の要望も高く、このレベルアップも必要であることも分かります。研究開発に関する実用化能力向上対策としてMOT研修がすでに実施されています。研究が研究で終わってしまわないよう、職員自身も意識改革を行い、自己研鑽を行うことも必要ですが、組織として研究開発能力向上につながる制度を構築することも必要です。
  図4は工業技術センターを利用されている企業等ユーザーが、工業技術センターの技術支援業務に何を望んでいるか、について職員にアンケートを行った結果です。この結果から、技術力の向上に対する要望が大きいことが分かります。技術指導に関する要望に対しては、より細やかな技術指導ができるように、2008年度からギカジ(技術的課題解決支援事業)が創設されました。一方、センターへの要望の高い設備の充実に対しては、厳しい県財政という背景から、十分に対応できていないのが現状となっています。企業支援業務には設備は不可欠であるため、サービスの品質維持の観点から、できる限りの対応をしていく必要があります。
  ところで、技術支援に対する要望はどのような業界から寄せられるのでしょうか。図5に工業技術センター全体での業種毎の技術相談件数を示します。データは2009年度の実績です。図より広島県では機械、金属、プラスチック及び食品関係の相談が非常に多いことが分かります。しかし、センター毎に見ていくと、食品工業技術センターでは食品関係、西部工業技術センターではプラスチック関係、東部工業技術センターでは繊維、木材関係の相談が多く、各センターの特長を象徴する結果になっています。
② 県の独自性
  図6には広島県工業統計による産業別特化係数を示します。特化係数とは、ある業種の広島県内での出荷額比率を全国の出荷額比率で割った数字のことを言い(特化係数=県内総生産構成比/国内総生産構成比)、この数字が大きい業種ほど、その県独自の産業であると言うことができます。図より、広島県では鉄鋼業が県を代表する産業であると言えますが、これは大手企業が存在しており、生産量が非常に多いことに起因していると思われます。
  一方、木材・木製品は特化係数が1.78と二番目に高く、県を代表する産業となっていますが、これは木材・木製品製造業の中小規模の企業が多く存在し、個々の企業の規模は大きくないものの活発な生産活動を行っていることに起因していると思われます。
  昨今、繊維関係や木材関係のような古くからの地場産業については、国レベルでのサポート体制が弱体化しつつあります。このような観点から、それぞれの地域特有の地場産業については、生産出荷額の大小や増減傾向に関係なく支援していくことも公設試験研究機関に課せられた使命であると考えられます。






図5
 
図6
業種別指導実績(工業系)
 
広島県業種別特化係数(2007年度)


図7
重点研究分野の切り口「業種・品目」「技術領域」
 
図8
技術そのものの選択と集中について
 
図9
技術の保管について
 
図10
効果測定の視点として重要か(工業系)
 
図11
重要度に見合って、評価に反映されているか(工業系)

(2) 今回の見直し手法に関するアンケート
① 重点研究分野の設定
設問 重点・非重点を振り分ける基準として「業種・品目」および「技術領域」が用いられていることについて、どのように感じていますか
 両方妥当と回答した職員が約20%であるのに対し、両方問題と感じている職員は約40%と、両方妥当と回答した職員の約2倍となっています。(図7参照)
② 技術分野の選択と集中
設問 県当局は、保有技術の重要度判定を行い、技術の序列化(A、B、C判定)を行いました。その結果、順位が下位の技術(C判定)の扱いは、“技術の保管”と位置づけられました。このような状況をどのように考えますか
 約20%の職員が“やむを得ない”と感じているのに対し、40%以上の職員は“選択と集中は研究課題に限定すべき”と感じています。(図8参照)
③ 技術の保管
設問 当局案では、技術の保管の対象となった技術については技術継承を行うのではなく、何らかの媒体にノウハウ等を保存しておき、必要なときに取り出せるようにしておくとしていますが、技術の保管についてどのように考えますか
 従来通りの人役は無理としても、それなりの人役が必要と感じている職員が60%弱に達しています。その一方で、15%程度の職員が、判定度が下位の技術は県として放棄すべきと考えています。この結果は、技術は何らかの媒体に保存できないものが多分にあるということを反映したものとなっています。(図9参照)
④ 研究の効果測定
設問 研究の効果測定の視点(直接効果)の、重要度や評価について、お答えください。
効果測定の視点として重要と思いますか
 研究効果の測定の項目として、一般的な指標にされる、経済的効果、省力化効果だけでなく、数値などでは表しにくい安全・安心などの県民生活に関る効果、環境などの公的機能の効果、豊かな地域づくり効果、社会・行政的効果のいずれの項目も研究の効果測定の項目として重要であると認識していることが分かりました。(図10参照)
設問 前設問の効果測定の視点について、重要度に応じて研究の評価に反映されていると思いますか
 実際の研究評価には経済効果は反映されているものの、それ以外の効果についてはあまり反映されていないと認識していることが分かりました。(図11参照)
⑤ アンケート結果から見えてきたもの
  このアンケート結果から、多くの職員は次のように考えていることが分かりました。
 ・ 今回の総合見直し計画で行われた重点研究分野の設定の指標(業種・品目及び技術領域)は問題である。
 ・ 選択と集中は業種・品目及び技術領域に対して行うのではなく、研究課題に限定して行うべきである。
 ・ 技術の保管は、媒体などに保存できるものではなく、人役が必要である。
 ・ 研究効果の評価には経済的効果しか反映されていない。


3. まとめ(提言)

(1) 工業技術センターは、県民ニーズに対して敏感に反応できる機関とすべきである。
そのために組織は、
県立の試験研究機関に対するニーズについて、常時把握し、検証する機能を強化する。また、各関係部局と連携を密にして行政面からのニーズ把握も行う。また、現場第一線の研究員と本庁、管理職の意思の疎通を図り、方針決定およびその後のチェック機能を強化する。


(2) 工業技術センターが持っているシーズ・人材と地域に根ざした領域の県民ニーズをリンクさせ、選択と集中による効果を最大限発揮する体制とするべきである。
現行の重点研究分野の設定は、保有シーズ・人材が充分生かせない場面があり、また、必ずしも県民ニーズにそえるとは言えない。また、職員の納得性が非常に低い。
そのために組織は、
選択と集中は、重点研究分野の設定(業種・品目や技術領域での振り分け)によらず、研究課題に限定して行う。
また、重要判定度で点数の低い技術についても、人材育成の観点から、技術継承を行うための人役と予算の確保を行う。


(3) 工業技術センターは、地域に根ざした「県立」の機関である強みを最大限発揮するべきである。
そのために組織は、
技術支援業務の重要性と緊急性ならびにニーズの高さを考慮し、「開発研究」と「技術支援」のバランス(組織体制、業務配分)を最適に保つ。また、「技術支援」についても「開発研究」と同様に評価する。
研究に関する課題提案および実績の評価は、数値で表しにくい「環境など公的機能」「安全・安心など県民生活にかかわる効果」「自給率の向上など社会・行政的効果」「豊な地域づくり効果」を充分反映させる。
(現状では、「経済効果」「省力効果」の評価に偏重している。)