(2) 住民主体による路線拡大の検討
宮バスの運行開始以来、市内各地から宮バス拡大の声が上がった。しかし、住民の要望で立ち上げたコミュニティバスが疲弊している例は全国に数限りなくある。そこで、富士宮市では、地域公共交通の活性化及び再生に関する法律に基づき2010年1月に策定した「富士宮市地域公共交通総合連携計画(以下,連携計画)」の中で、新路線設定に係る評価指標を表-1のとおり定め、目標値が達成できる見込みの場合に限り実証運行を行うものとした。その検討のため、2010年6月に「宮バスの路線拡大調査会(以下、調査会)」を立ち上げた。メンバーとして中心市街地に隣接し、特に要望が強かった地域から選出した51人の調査員、および交通事業者が参画し、ワークショップ形式で行った。その検討状況を以下で説明する。
表-1 宮バスの新路線設定に係る評価指標
指 標
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理 由
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目 標 値
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事業費に対する運賃収入等の割合
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新路線が利便性向上に資するものであること。また、持続可能な運行に向けた市の財政状況を踏まえ、事業費に対する負担割合を設定
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50.0%
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1ヵ月当たりの乗車人数
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現在運行している「宮バス」の収支率や全国的なコミュニティバスの収支率の状況等を参考に、運賃収入に限った場合の収支率を設定し,右式により設定
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新路線の運行経費 × 仮の収支率 ÷ 乗車運賃÷ 12ヵ月(人)
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バス停オーナー数
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平成21年度のバス停オーナー数(15人)、宮バス沿線の施設数等の状況を踏まえ設定
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20人
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① 第1回調査会:2010年6月3日
市担当者から、公共交通の必要性と市内の公共交通の実態を説明した上で、調査の期間と目標を設定した。調査員は殆ど素人で、当然ながら道路運送法も理解していない。市が新路線設定に係る評価指標を掲げ「皆さんで路線の位置・運行回数・料金を決めましょう」と投げかけたところ、「無茶を言うな」「市の仕事を丸投げするのか」「俺はバスに乗らない」等の意見が噴出し、地域住民VS行政の構図になってしまった。市では交通弱者の立場で考えてもらうことを強調し、システム構築のプロセスを段階的に積み上げていくことを提案した。各段階において様々な可能性を追求し、調査員が市の提案を修正・選択する方式にし、ようやく地域住民・交通事業者・行政が同じ方向を向いてスタートラインに立つことができた。
② 第2回調査会:2010年7月5日
調査会を北循環、南循環、東循環の分科会に分け、グループ討議を行った。実際の作業は各分科会をさらに2~3班に分け、路線の位置を決定するコンペを行うことにした。市は1周に要する時間の目安、安全に運行するための車道幅員等を定義し、それに基づいて各班が提案する運行ルートをプレゼンテーション方式で説明し、参加者全員による投票で3路線の経路が決定した。
③ 第3回調査会:2010年8月5日
第2回に引き続き分科会によるグループ討議を行い、運行日・運行回数・乗車賃・収支バランスについて検討した。市では「作業の手引き」を作成し、運行経費のキロ単価や収支のシミュレーションを提案し、各分科会において評価指標が達成できる運行形態を検討した。この頃から自己主張の強い調査員が数名現れ、市の「作業の手引き」に対する批判や、収支シミュレーションが誘導であるとの意見が出され、分科会は紛糾してしまった。市は調査員の負担をなるべく軽減しようと「作業の手引き」を作ったが、踏み込みすぎると調査員の反感をかうことになる。市民協働の難しさを痛切に感じた場面である。結局、運行形態案が決まったのは北循環だけで、南循環、東循環は仕切り直しになった。
④ 第3回の2調査会:2010年8月18日
第3回調査会で寄せられた意見を集約し、再度、南循環、東循環は運行形態の検討を行った。前回、一部の委員の意見で紛糾した経緯もあり、今回は住民どうしが着地点を模索する状況も見られ、十分な意見交換を行い南、東循環の運行形態案が決まった。今回は調査員のガス抜きの作用があったと言える。市は、「第3回の2」という名称からも分かるように、当初計画に無い余計な調査会と考えていたが、結果的には今後の作業を進めるにあたって重要な会になった。
⑤ アンケート調査:2010年8月~9月
調査会が作成した路線・運行形態でどれだけの住民が宮バスを利用するのかを把握することが必要である。そこで調査会は運行形態案を住民に示し、拡大路線沿線の全世帯でアンケート調査を行い、その結果で目標値を達成できなければ、再度運行形態を見直すことにした。
⑥ 第4回調査会:2010年10月7日
アンケートの結果から、利用者数・フリーパス券の販売枚数・回数券の販売枚数による収入見込み額を算定し、提案した運行形態の事業費に当てはめた。分析の結果、運転手として契約社員が見つかれば運行可能との判断に至ったため、この運行形態案を、上部組織である「富士宮市地域公共交通活性化再生会議(以下、再生会議)」に諮ることにした。
⑦ 再生会議:2010年10月29日
再生会議において調査会の検討内容を報告し、満場一致で宮バス拡大路線の実証運行の実施が承認された。なお、運行形態の詳細については2011年5月の再生会議で決定することにした。
⑧ 第5回調査会:2011年3月25日
運行形態の詳細(バス停の位置・バス停の名称・時刻表・乗継割引・バス停オーナーの勧誘方法等)についての最終確認を行った。その際、市が提案した時刻表案(路線の回り順)に疑問が生じた。市は年度内の決定を焦るあまり、住民主体の原則を怠ってしまっていた。結果的には事務局案は合意に至らず、再度、調査会を開催することにした。
⑨ 第6回調査会:2011年4月18日
実証運行の期間及びPDCAサイクルの考え方を説明した上で、前回の調査会で指摘を受けた部分を修正した2つの時刻表案を提示し検討した。意見は拮抗し話し合いでは合意に達することができなかったため、多数決で時刻表案を決定した。半数近い調査員の意見は通らなかったが、この決定のプロセスが重要である。市の案を1つ提示し合意を求める形ではなく、複数の提案を住民が議論し決定したことには全員が納得した。
調査会は本案を再生会議に上程することで、全ての作業を終了した。閉会にあたって市担当者が調査員と交わした握手は、1年をかけて培った互いへの信頼と尊重の証として心に深く刻み込まれた。
⑩ 調査会の総括
調査会の委員の殆どは自治会の役員であり、彼らの大半は、市からの依頼仕事として当初は受け止めていた。しかし、会を進めるに従って、自分たちの公共交通は自分たちがつくるという意識が芽生えてきた。運行経費の2分の1以上を運賃収入等で賄うという高いハードルを設定することで、従前は市に要望・要請だけを投げかけていた市民が、経営という立場で真剣に取り組むようになった。委員自らアンケートの内容を考え、地域の意見を集約し、病院やコンビニエンスストアへバス停オーナーの勧誘に足を運ぶようになったのである。
すなわち、自治体の思いが地域住民に通じ、地域住民の思いを自治体が重く受け止めているという状態である。このような意識共有に基づいて実証運行が実現に至った。
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