【論文】

第34回兵庫自治研集会
第1分科会 「新しい公共」と自治体職員の働き方

 マイカーの普及に伴い、民間路線バスの廃止が相次いでいる。そのため各自治体は市営バス等を運行し、地域の生活交通の確保に努めているが、財政状況の悪化により事業の継続が難しい。
  そこで、本稿では「地域が直接的に公共交通を支える仕組み」と「住民と行政の合意形成を基に運行形態を決定する仕組み」を取り入れて運行を行っている富士宮市の「宮バス」を紹介し、特に住民の意識変革がいかにしてなされたかを中心に論じる。



住民参加による持続可能な地域公共交通システムの構築
バス停オーナー制度

静岡県本部/富士宮市職員組合 高野 裕章

1. はじめに

 2011年3月8日、交通基本法案が閣議決定され、国会に提出された。話題になっていた「移動権の保障」は盛り込まれなかったが、国の交通政策の基本理念が示されることは大きな前進であろう。 (財)日本生産性本部の調査1) によると「バスサービスの供給は原則的に地方自治体に最大の責任がある」に対する賛否は「どちらともいえない」が40.6%で最も多く、「賛成」「反対」がそれぞれ20%台後半で、考え方が二分されている。このような状況で交通基本法に「移動権」を謳うことは、成立後の交通関係個別法における対応や財源確保を考えると一朝一夕に行かないことも理解できる。
 交通基本法案の基本理念では、交通に関する施策の推進は、国・地方公共団体・交通関連事業者・交通施設管理者・住民その他関係者が連携し協働することが謳われている。これはまさに、今、地方が抱えている疑問や課題への光明である。地域公共交通を持続的に支えるために関係者が連携することの必要性については、多くの研究者から報告済みであるが、実際には、国・自治体・交通事業者・地域住民はバラバラの方向を向いてしまっている。国と地方の役割分担が不明確の中、多くの地域で、自治体は旧態依然の方式から抜け出せず、交通事業者は当面の経営に専念し、地域住民は要望だけを訴えかけている。
 静岡県富士宮市では、2005年に財政が危機的状態に陥り、財政健全化計画に取り組む中、職員の給与カットをはじめ、様々な行政改革を推し進め、各種の補助事業の見直しが図られた。交通政策においても、従来のように交通事業者に補助金を交付できる状況ではなく、交通事業者も乗合バス事業の赤字をカバーしていた貸切事業や高速バス事業に陰りが見え始めた。一方で、マイカー依存型の社会構造は高齢者や障害を持った方の孤立化に拍車を掛けている。そこで富士宮市は、地域住民・交通事業者・行政が互いの立場を尊重し、応分の負担を行うことで公共交通を「三位一体」で確保する仕組みの構築に取り組んできた。
 本報告では、この富士宮市の取り組みの有効性と他地域への適用可能性を検証することを目的として、「地域社会が直接的に公共交通を支える仕組み」と「地域住民と交通事業者の合意形成を基に運行形態を決定する仕組み」に基づくコミュニティバスの運行に至る経緯を取り上げ、特に住民の意識変革がいかにしてなされたかを中心に論じる。


2. 富士宮市の公共交通を取り巻く環境

(1) 位置・地勢・産業
 富士宮市は富士山の西南麓に位置し、南は富士市、北は山梨県に接している。古くから富士山本宮浅間大社の門前町として栄え、浅間大社を中心に市街地が形成されている。気候は温暖で、富士山麓の豊富な地下水・森林や緑あふれる朝霧高原など豊かな自然環境に恵まれ、田貫湖や白糸の滝など観光資源も多い。この恵まれた自然環境を背景に、酪農や湧き水を使ったニジマス、多品種の野菜が生産されている。また、2004年から「フードバレー構想」を掲げ、食のまちづくりに取り組んでおり、特に「富士宮やきそば」がB級グルメとして有名である。
 今日では、富士山の世界文化遺産登録を推進する活動に最も力を入れている。

図-1 民間バス路線の1日平均乗車人数の推移2)

(2) 公共交通の現状
 市内の公共交通は、JR身延線、民間バス事業者による路線バス(34路線)、市営コミュニティバス「宮バス」「芝川バス」、市営デマンド型乗合タクシー「宮タク」である。
 JR身延線の駅は市内に6駅あり、通勤・通学・生活交通の根幹を成しているが、路線は市域の南側を横断しているに過ぎず、市内全域を考えると路線バスが主たる公共交通である。しかし、2004年に大幅な運転キロ数の削減が行われ、それに伴って図-1に示すように、利用者数も激減した。富士宮市では不採算路線に対し補助金を交付し生活交通の確保に努めているが、公共交通への投資に見合った利用がなされなければ、納税者である住民の理解も得ることができない。そこで,従来型の補助金制度を見直し、削減した補助金を原資に「宮バス」「宮タク」という新公共交通システムを開発し、住民の新たな足として定着しつつある。


3. 「宮バス」における三位一体の取り組み

(1) バス停オーナー制度
 図-2に宮バスの路線ならびに車両を、図-3にオーナーバス停を示す。富士宮市ではJR富士宮駅~総合福祉会館の路線バス(民間4条路線)に補助金(430万円/年)を交付し会館利用者の利便性を図っていたが、バス利用者が少なく費用対効果が疑問視されていた。そこで、市は2007年にその補助金を原資に宮バスのシステムを開発し、2008年4月から宮バスの運行を開始した。
 宮バスは総合福祉会館を起点にし、中心市街地を1乗車200円で巡回する一般的なコミュニティバスであるが、運営面において独特な方法が導入されている。日本でコミュニティバスと言うと、一般的に自治体が運行する路線バスを表すが、欧米では語源のとおり地域住民がボランティア等で支えるなどして運行するバスとされている。富士宮市では、このような本来のコミュニティバスの在り方を追求する手法の1つとして「バス停オーナー制度」を導入した。これはバス停の命名権(ネーミングライツ)を販売し運行経費の一部に充てるものである。2012年4月現在、42事業者が年間723万円のバス停オーナー協力金を支出している。図-4では2010年度までの財政負担の推移を示しているが、2010年度の市負担額は0円であった。オーナーは病院や大規模集客施設が多く、自らの施設利用者増を図る目的のほかに、社会貢献の立場で市営バス事業を支え地域住民の生活交通を確保することに大きな意義を感じているようである。


図-2 宮バスの路線ならびに車両

図-3 オーナーバス停(1基18万円/年間)

図-4 宮バス事業費の推移3)

(2) 住民主体による路線拡大の検討
 宮バスの運行開始以来、市内各地から宮バス拡大の声が上がった。しかし、住民の要望で立ち上げたコミュニティバスが疲弊している例は全国に数限りなくある。そこで、富士宮市では、地域公共交通の活性化及び再生に関する法律に基づき2010年1月に策定した「富士宮市地域公共交通総合連携計画(以下,連携計画)」の中で、新路線設定に係る評価指標を表-1のとおり定め、目標値が達成できる見込みの場合に限り実証運行を行うものとした。その検討のため、2010年6月に「宮バスの路線拡大調査会(以下、調査会)」を立ち上げた。メンバーとして中心市街地に隣接し、特に要望が強かった地域から選出した51人の調査員、および交通事業者が参画し、ワークショップ形式で行った。その検討状況を以下で説明する。

表-1 宮バスの新路線設定に係る評価指標

指  標

理  由

目 標 値

事業費に対する運賃収入等の割合

新路線が利便性向上に資するものであること。また、持続可能な運行に向けた市の財政状況を踏まえ、事業費に対する負担割合を設定

50.0%

1ヵ月当たりの乗車人数

現在運行している「宮バス」の収支率や全国的なコミュニティバスの収支率の状況等を参考に、運賃収入に限った場合の収支率を設定し,右式により設定

新路線の運行経費 × 仮の収支率 ÷ 乗車運賃÷ 12ヵ月(人)

バス停オーナー数

平成21年度のバス停オーナー数(15人)、宮バス沿線の施設数等の状況を踏まえ設定

20人


① 第1回調査会:2010年6月3日
  市担当者から、公共交通の必要性と市内の公共交通の実態を説明した上で、調査の期間と目標を設定した。調査員は殆ど素人で、当然ながら道路運送法も理解していない。市が新路線設定に係る評価指標を掲げ「皆さんで路線の位置・運行回数・料金を決めましょう」と投げかけたところ、「無茶を言うな」「市の仕事を丸投げするのか」「俺はバスに乗らない」等の意見が噴出し、地域住民VS行政の構図になってしまった。市では交通弱者の立場で考えてもらうことを強調し、システム構築のプロセスを段階的に積み上げていくことを提案した。各段階において様々な可能性を追求し、調査員が市の提案を修正・選択する方式にし、ようやく地域住民・交通事業者・行政が同じ方向を向いてスタートラインに立つことができた。
② 第2回調査会:2010年7月5日
  調査会を北循環、南循環、東循環の分科会に分け、グループ討議を行った。実際の作業は各分科会をさらに2~3班に分け、路線の位置を決定するコンペを行うことにした。市は1周に要する時間の目安、安全に運行するための車道幅員等を定義し、それに基づいて各班が提案する運行ルートをプレゼンテーション方式で説明し、参加者全員による投票で3路線の経路が決定した。
③ 第3回調査会:2010年8月5日
  第2回に引き続き分科会によるグループ討議を行い、運行日・運行回数・乗車賃・収支バランスについて検討した。市では「作業の手引き」を作成し、運行経費のキロ単価や収支のシミュレーションを提案し、各分科会において評価指標が達成できる運行形態を検討した。この頃から自己主張の強い調査員が数名現れ、市の「作業の手引き」に対する批判や、収支シミュレーションが誘導であるとの意見が出され、分科会は紛糾してしまった。市は調査員の負担をなるべく軽減しようと「作業の手引き」を作ったが、踏み込みすぎると調査員の反感をかうことになる。市民協働の難しさを痛切に感じた場面である。結局、運行形態案が決まったのは北循環だけで、南循環、東循環は仕切り直しになった。
④ 第3回の2調査会:2010年8月18日
  第3回調査会で寄せられた意見を集約し、再度、南循環、東循環は運行形態の検討を行った。前回、一部の委員の意見で紛糾した経緯もあり、今回は住民どうしが着地点を模索する状況も見られ、十分な意見交換を行い南、東循環の運行形態案が決まった。今回は調査員のガス抜きの作用があったと言える。市は、「第3回の2」という名称からも分かるように、当初計画に無い余計な調査会と考えていたが、結果的には今後の作業を進めるにあたって重要な会になった。
⑤ アンケート調査:2010年8月~9月
  調査会が作成した路線・運行形態でどれだけの住民が宮バスを利用するのかを把握することが必要である。そこで調査会は運行形態案を住民に示し、拡大路線沿線の全世帯でアンケート調査を行い、その結果で目標値を達成できなければ、再度運行形態を見直すことにした。
⑥ 第4回調査会:2010年10月7日
  アンケートの結果から、利用者数・フリーパス券の販売枚数・回数券の販売枚数による収入見込み額を算定し、提案した運行形態の事業費に当てはめた。分析の結果、運転手として契約社員が見つかれば運行可能との判断に至ったため、この運行形態案を、上部組織である「富士宮市地域公共交通活性化再生会議(以下、再生会議)」に諮ることにした。
⑦ 再生会議:2010年10月29日
  再生会議において調査会の検討内容を報告し、満場一致で宮バス拡大路線の実証運行の実施が承認された。なお、運行形態の詳細については2011年5月の再生会議で決定することにした。
⑧ 第5回調査会:2011年3月25日
  運行形態の詳細(バス停の位置・バス停の名称・時刻表・乗継割引・バス停オーナーの勧誘方法等)についての最終確認を行った。その際、市が提案した時刻表案(路線の回り順)に疑問が生じた。市は年度内の決定を焦るあまり、住民主体の原則を怠ってしまっていた。結果的には事務局案は合意に至らず、再度、調査会を開催することにした。
⑨ 第6回調査会:2011年4月18日
  実証運行の期間及びPDCAサイクルの考え方を説明した上で、前回の調査会で指摘を受けた部分を修正した2つの時刻表案を提示し検討した。意見は拮抗し話し合いでは合意に達することができなかったため、多数決で時刻表案を決定した。半数近い調査員の意見は通らなかったが、この決定のプロセスが重要である。市の案を1つ提示し合意を求める形ではなく、複数の提案を住民が議論し決定したことには全員が納得した。
  調査会は本案を再生会議に上程することで、全ての作業を終了した。閉会にあたって市担当者が調査員と交わした握手は、1年をかけて培った互いへの信頼と尊重の証として心に深く刻み込まれた。
⑩ 調査会の総括
  調査会の委員の殆どは自治会の役員であり、彼らの大半は、市からの依頼仕事として当初は受け止めていた。しかし、会を進めるに従って、自分たちの公共交通は自分たちがつくるという意識が芽生えてきた。運行経費の2分の1以上を運賃収入等で賄うという高いハードルを設定することで、従前は市に要望・要請だけを投げかけていた市民が、経営という立場で真剣に取り組むようになった。委員自らアンケートの内容を考え、地域の意見を集約し、病院やコンビニエンスストアへバス停オーナーの勧誘に足を運ぶようになったのである。
  すなわち、自治体の思いが地域住民に通じ、地域住民の思いを自治体が重く受け止めているという状態である。このような意識共有に基づいて実証運行が実現に至った。


4. おわりに

 本稿では、富士宮市の公共交通確保の取り組みにおいて、住民と行政が連携し協働するに至ったプロセスを概説した。その結果、行政主導でも住民主体でもなく双方のバランスが重要であることを見いだした。地域の特性やタイミングによっては行政主導が功を成す場合もあるし、逆に反感や住民不在の仕組みになってしまうこともあるからである。転んで骨折して痛がっている人を目の前にして「食生活を改善しましょう」「定期的に運動をしましょう」と言っても意味がない。まずは添え木を当てて患部を治療することが必要である。富士宮市が当初立ち上げた「宮バス」「宮タク」は患部に添え木を当てる対処療法にあたる。そしてある程度怪我が治ってきたら、リハビリに入る。これが「宮バス」「宮タク」の拡大である。リハビリには多くの人の知恵や協力が必要である。地域住民、交通事業者、行政が一緒になって支えないと、いったん良くなってもまた骨折してしまうかもしれない。根本的な解決は食生活や運動といった体質改善にある。すなわち、モビリティ・マネジメントを充実させ、過度にマイカーに依存する体質を改善する必要がある。そのきっかけとして、自治体職員が「おじいちゃん・おばあちゃん・こどもたち」と顔を突き合わせて話をすればきっと素晴らしいアイデアが浮かんでくるという実感を持っている。




【参考文献】
1) バス事業の活性化に関する調査研究 平成22年度報告書:公益財団法人 日本生産性本部, 2011年
2) 富士宮市の統計平成22年版, 2010年
3) 富士宮市都市計画課資料