分権型社会とは、国の任務を限定させ、それ以外の内政は全て地方が担う社会である。しかし、今の中央政府には国が担うべき限定された自らの役割を示す姿勢・意欲は全く見られない。そうである以上、地方が「都道府県の役割」を示すことにより、国の役割を限定させ、結果として、分権の主役となる市町村の役割を確定するという道筋こそが必要である。この視点から、都道府県が担うべき基本的任務として、以下、5つの行政分野を提案する。
1. 社会保障
分権型社会構築への目標は内政の地方主導確立である。そして、内政の要でありながら最も分権化が遅れている社会保障の分権実現こそ、その突破口と位置付けられる。日本の社会保障は先進諸国内で最低水準ランクにとどまり、貧困・格差を拡大させている深刻な実態はこの分野が分権への優先課題としてふさわしいことを示している。
現在、社会保障の直接的な実施機関は、全て国及び市町村となっている。年金保険・協会健康保険・労災保険・雇用保険は国が実施し、組合健康保険の管理も事実上国である。一方、国民健康保険・介護保険の実施は市町村であり、社会福祉はほぼ全てが国等から補助金を受けて市町村が実施している。都道府県は、これら諸制度の財政負担の一部を担ったり、一定の監督・指導業務を行ったりしているが、直接的な実施責任を担っている社会保障制度はなく、関与・発言権は実態上有していない。しかし、少子高齢化や経済社会の成熟化や中央集権化の弊害などから、現行システムは限界であり、社会保障制度の総合化・普遍化や社会保障財政再構築などの観点から、制度内容の抜本改善だけでなく、都道府県を制度運営主体に加える制度システムの分権改革が極めて重要となっている。
それでは都道府県が担うべき社会保障制度は何なのか。以下のように、医療・介護・雇用の3社会保険だと考える。
まず、都道府県が担うべき社会保障は2つの視点から考える必要がある。ひとつは、国・市町村より都道府県が担うことがその制度の意義・効果が発揮されることであり、今ひとつは、その制度運営には一定の地域単位と規模単位が必要とされることである。これらの視点からいえば、所得の保障や再分配に関わる制度は国が、社会福祉や社会手当などの制度は市町村が担うことが適当である。前者としては年金保険・労災保険・生活保護が、後者としては児童・母子・障害者・高齢者に関わる個別・具体的な福祉給付諸制度が該当する。そうだとすれば、都道府県が担うにふさわしい制度は、現物給付を行う社会保険、すなわち医療保険・介護保険・雇用保険が挙げられる。
第一に、医療保険は都道府県が担うべき制度として最優先されなければならない。医療サ-ビス提供の地域範囲や保険者機能の効果性、さらに保険財政の規模単位などにおいて、都道府県は国や市町村より高い優位性が認められ、加えて、医療計画や健康保健計画の策定権限を有し、県民医療・保健政策との有機的関連が可能となるからである。都道府県が担うべき具体的医療保険は高齢者医療制度と国民健康保険である。既に市町村や国さらに関係団体の多くが都道府県移管にほぼ同意しており、都道府県も国の財政負担拡大等の条件整備を前提に引き受ける姿勢を示唆している。地域健康保険の単位は一定の地域規模が必要であり、医療サービスの提供範囲や、保険者機能の強化という観点からも都道府県が保険者になることが最適である。問題点は、保険料が広域的に統一されることへの住民の合意形成であるが、この点でも、高齢化進行による保険料格差拡大の緩和を図る上で都道府県の役割は大きい。
第二に、都道府県が担うべき社会保障制度は介護保険である。介護保険制度は社会保障制度の歴史を、「措置から契約へ」「福祉から保険へ」という流れに変化・方向づけるものとして、大きな意義が注目されている。この歴史的意義のなかで、都道府県が介護保険を担うべき理由は以下のとおりである。①介護が社会保険である以上一定規模が要件であり、今後の高齢者激増から市町村運営は困難化する、②介護サービスは、医療サービス以上に提供するサービスが多面的であり、提供者も官民共同的性格が必要であり、これらをも管理する保険者機能は都道府県が適している、③加入者の拠出負担である保険料の地域格差が高齢化進展により不可避となり、都道府県移管による保険料の平準化・平等化が必要となる、④介護保険は医療保険とりわけ高齢者医療との関係が重要であり、将来における統合も含めた連携強化の意味からも、高齢者医療、国民健康保険と合わせて都道府県が担うべきである。
第三に、都道府県が担うべき社会保障制度は、現在国が保険者となっている雇用保険である。雇用保険は、一般的には、失業中の生活保障としてイメージが強いが、その本旨は就職という雇用保障である。基本手当給付はそのための手段であり、雇用保障には、技能習得手当や就職促進手当など求職支援に関わる手当や支援金も多くある。そして、これらは、職業訓練や教育訓練という本来は雇用保険が提供すべき現物給付サービスに代替するものと位置づけることができる。このような、雇用保険が持つ現物給付の性格から、社会保障との一体化が必要不可欠であり、医療保険・介護保険と同様に都道府県へ移譲し、地域に根差した雇用保障機能の抜本改善を図るべきである。
その上で、これら3つの保険の移管の具体化と円滑化にあたっての課題は、基礎自治体である市町村との役割分担と連携である。制度全体の運営責任を持つ保険者となる都道府県が、給付と負担の両面において財政責任を有するのは当然であるが、収納事務を市町村に分担あるいは受託してもらうことは、より効果的な自治体間協力として促進されるべきである。今ひとつの課題は制度運営の形態である。基本となるのは都道府県の直接運営であるが、幅の広い制度設計も展望し、都道府県が主導する「公法人」を設立する制度運営も検討の余地があると考えられる。
2. 雇用保障
国と地方の二重行政の典型と言われる国出先機関であるハローワークの移管問題は、日本の雇用政策の改善と不況克服のための経済成長戦略に欠かせない緊急課題であり、同時に、地方分権の鍵を握る最大課題としても主要な位置を占めている。今日的課題としても、失業を契機とする貧困・格差問題が蔓延し、それを解消する施策が緊急となっており、安心して就労に復帰できる新たなセーフティネット型社会システムの構築が重要になっている。
具体的には、職業・教育訓練体制の飛躍的拡充による就労能力の向上と雇用保険や生活保護を中心にした社会保障による就労までの生活保障など、多面的制度利用を可能とする社会システムへの転換である。このためには、中央政府に代わり、広域自治体である都道府県がこれらの総合的支援サービスを主導するのが最適だが、全てを担うには限界があり、基礎自治体である市町村との連携も不可欠となる。この相互補完により、雇用保障・社会保障・産業政策が連結したワンストップサービスを行うことが可能となる。「雇用保障は地方団体が実施すべき」という動かしがたい時代背景を迎えているなかで、国は、半世紀前に定められた国際条約(ILO第88号)の一面的解釈を盾に、地方との「二重行政」の典型・象徴である現在の雇用制度の中央集権維持と中央省庁擁護に奔走している。また、労働界・法曹界の一部からは「ナショナルミニマム論」を掲げた中央管理の雇用制度維持を求める声が生じるなど、依然、国直接執行が「ミニマムや国責任のあり方」と捉える主張も存在する。まさに、雇用保障は内政地方主導の最初の関門であり分権型社会の道への分岐点である。
現在、政府は国出先機関「ハローワーク」の地方移管引き延ばしに向け、当初の国アクションプラン構想を後退させ、当面、国・地方の「合同実施」によるハローワーク運営形態を志向するなど、地方の運営主導提案と対置するかたちで、国の関与強化を画策している現状にある。これに対し、全国知事会などの地方団体は、各県1カ所以上のハローワークの地方移管を中心とした具体的な試行提案を行い、41都道府県が多様なプランを提案している。
この状況下、自治体は国の「合同実施」提案募集に対しても応じて、現状、国と地方が直接協議しているのは、5府県、22市区とされている。各団体の提案の概要をみると、①福祉事務所にハローワーク部門を併設して一体的な就労支援実施、②市役所庁内にハローワークコーナーを設置し、窓口を充実した就労支援を実施、③市区独自に支援センターを設置し就労相談・紹介を一体的に実施、④自治体の起点であるジョブ・サポートセンターを活用し段階的に事業展開拡大、⑤総合特区制度を利用した就労支援、等々となっている。このように、各自治体は、国からの提案・取り組みへも対応し、特区のローリングイメージを提案した各自治体の姿勢は、国のハローワークと同じ条件でも、より優れたサービス提供を模索していることを明らかにしている。まさに、地方は、国の分権サボタージュに抗議しつつも、地方分権への実践的取り組みを地域の実情に合わせ、独自の事業とタイアップさせ、求職者のワンストップサービスを視野に入れた施策を展開しているのである。さらには、本来は国が行うべき国からの移管に備えた人員の配置、身分、処遇などの受け入れ策を検討し地方が提案しているのが実態である。
現在、国は地方とハローワーク業務を「合同実施」することで、国の関与・影響力を確保しようとしているが、「合同提案」こそ、国が雇用保障を最早担えないことを示すものであるとともに、「合同実施」は現行憲法が地方自治の本旨としている自治体の主体性を歪めることになることの問題性を認識し、早期分権化を決断すべきである。
3. 社会資本
これまで国が担ってきた社会資本の大部分は地方自治体で担うことができるものであり、国が担うべきものはむしろ限定的なものということができる。例えば、「道路」については、すべての国道と都道府県道を都道府県が担うべきものとするだけでなく、さらに、市町村への移管も考えてよいと思われる。また、「河川」についても、一級、二級にかかわらず、自治体内(県)で起点・終点のある河川は都道府県が担うことにし、起点・終点が自治体内にない場合であっても、その延長内にある自治体の協議による移管は可能である。「海岸整備」「港湾整備」「空港建設」は、極めて大規模なものを除き原則的に自治体が担うべきものであるし、「都市計画」「幹線上下水道事業」などは既に事実上は都道府県が担い、国は関与のみという実態も少なくない。そうであれば、都道府県の判断で推進できるような法整備をすることが求められる。このように、国実施部分の多くを都道府県が新たに担うことになれば、これまで都道府県が担ってきた事業の市町村への移管が可能となる。
以上のような地方移管を行えば、国が担うべきものは、①全国的規模に及ぶもの、②国の根幹をなす重要施策となるもの、③事業費が多額に上り自治体では担いきれないもの、などに集約される。例示すれば、「国土保全」「地震・災害対策」「震災復旧・復興」「主要エネルギー政策」「高規格道路」ということになる。また、「河川管理」については、数県にまたがるものは国が担い、「鉄道」については、その大半が既に民営化されているが、整備新幹線関連事業は国の関与が必要である。「港湾」「空港」については、特定重要港湾や第1種空港などに限定されるべきである。一方、1つの都道府県で担うことができない場合で、国がやるべきものとされたものの中には、都道府県レベルの広域連合により担うことができるものも少なくない。都道府県がまたがる河川の管理も同様に広域連合が担うという方法が検討されるべきである。
これら公共事業の地方移管に際しては、当面は別枠の交付金により財源措置をし、将来的には事業の移管に伴い税財源そのものを移管することが必要である。安定財源である所得税、法人税など大部分の税財源が中央に集中している方式を地方課税に改めることが必要だが、その場合であっても地方の財源の格差を埋めるための調整機能も必要である。社会資本整備を都道府県が担うことは、市町村が担うことにも連動する。
地域経済の発展と、それに連動する雇用拡大という意味からも、ハローワークの都道府県移管が現実になろうとしている今、まさにこれらの課題とタイアップした社会資本の分権戦略の構築が重要である。
4. 防災管理
3・11東日本大震災を契機として、全体的防災行政と原子力防災行政における都道府県の役割が問われている。
第一に、全体的防災行政における都道府県の役割を考えることにする。現行都道府県制は1890年から120年余の歴史を有し、かつ文化、経済、県民意識等も含め一定の地域的まとまりをもち、今回の大震災対応でも重要な役割を果たしてきた。しかし、東日本大震災を受け、都道府県は、これまで以上に市町村とともに住民の生命・身体・財産と地域を守る機能を強化しなければならず、そのためには、道州制導入とか効率一辺倒の行財政改革でなく、現行都道府県組織をベースにその内実を強化する方向に転換を図らなければならない。例えば、河田恵昭氏(京都大学防災研究所巨大災害研究センター長)は、今回の大震災による間接被害の発生要因として専門家不在を挙げている。市町村において災害の専門家が不足していたことから、災害直後の被災者対応や、被災者状況把握、ライフラインの復旧などについての十分な情報を提供できず、被災者の救出、災害医療、救援物資などでも的確な手を早く打つことができなかった、というものである。規模の小さな市町村では採用しきれない専門家の支援や人材育成はまさに今後の都道府県の最大任務である。放射性物質の調査の際、本県でも機器や体制の不足から困難をきたしたが、自治体の存在を意義づける防災行政の展開にこそ、これを担保する人員・人材・予算の配置は不可欠であり、国の財政措置のもと整備を急がれなければならない。また、広域的な連絡調整機能、支援システムの充実は当然である。さらに、県内市町村や県全体の具体的被災状況や住民の声に基づき、国に積極的に政策提案し、実行を迫ることも都道府県が担うべき課題である。この点では、今回の大震災において、被災県の県議会議論に基づき、被災各県が県内市町村の状況をトータルに把握し、個々の自治体では対応しきれない課題を国へ政策化要求したことなどは、被災各県が広域自治体としての役割を果たした先例である。まさに、「国と専門家の活動に、司令塔として方向性と指示を与えるのが、被災自治体為政者の任務」(金井利之東大教授 ガバナンス2011.8)である。東日本大震災の経験を生かし、より効果的な救援・復興支援のために必要な都道府県の権限拡大は待ったなしである。
第二に、原子力防災行政における都道府県の役割を考えることにする。現行法上、電気事業者の原子力施設に関する許認可権限、安全に係る規制権限は国が一元的に有している。わずかに原子力災害対策特別措置法で防災面に関して事業者に対する立入・質問調査権が関係自治体首長に付与されている(第32条)のみである。しかし、立地自治体の住民・自治体の危惧や度重なる各地の事故発生のなかで、関係自治体が事業者との間で「安全協定書」を締結して運用しているのが実態である。現在停止中である本県の浜岡原発再稼動に関しても、この過程で「安全協定書」により担保されている「事前協議」が運用され、実質的には自治体側の了解が必要となる構図になっている。
しかし、法的には権限のない自治体が「安全協定書」により運用面で関与することについては、積極的に評価する反面、問題点との指摘もある。それは実質的権限(自治体の関与)の正当性の問題であり、福島原発事故での一連の悲惨な事態を招いた要因のひとつでもある自治体の意思決定プロセスや判断基準の不透明さである。このことから、これまでの「安全協定書」の実績、役割を踏まえつつ、関係自治体が拒否権を含む法的関与ができる制度に改善することを提言したい。また、法的関与のもとでは、自治体側には現状に比して格段な専門的知識、技術が求められるが、自治体のなかでその役割を担いうるのは都道府県であることも強調しておきたい。
5. 地方財政
ここまで都道府県の果たすべき役割として4分野を提示した。しかし、財源が中央政府に握られている状況では「分権」も絵に描いた餅に過ぎない。中央政府に依存しない財政運営を可能にする地方税制度確立が重要となる。そのためには、課税自主権と地方税源充実が必要であり、以下、条例主義・地方税制・住民参加の3点から考える。
第一の条例主義の徹底は、各自治体における課税の裁量権拡大と連動する最大の鍵となる。また、地方自治の根幹である団体自治と住民自治を確立するためにも、財政民主主義が必要であり、条例主義の徹底が不可欠である。
そのためには、地方税法を「標準法」にとどめ、「地方税法」に関連した「施行令」や「施行規則」は撤廃し通達もその効力を停止し、これらは全て条例化する。これにより、地方税法が各税目に関して設定している詳細な「制限税率」「一定税率」「任意税率」等は「標準税率に一本化」し、各自治体の自由裁量が拡大することになる。
第二は地方税の拡充である。具体的には、法人事業税の外形標準化や地方消費税の税率配分引き上げに加え、個人所得税と住民税を統合化して共通税化し、課税権は地方自治体とし、税収の一部を逆交付税のかたちで地方から中央へ必要分を配分する方式を検討すべきである。その場合、住民税も比例課税から累進課税に変えることを含め、税率は各自治体の条例で定めることになる。同時に、地方自治体と国の代表で構成する「地方財政委員会」をつくり、国への配分基準、税率の地域間調整、等の協議が必要である。地方消費税の配分調整もここで行うことになる。
法人関係税(法人事業税を除く)は国の課税として地方交付税の配分率を増やし、地方交付税制度については、地方公共団体の意向を取り入れるかたちで、算定基準の簡素化や交付税率・配分基準の抜本改革を進める。また、「国庫補助金」は廃止し、地方交付税に組み入れ一般財源化する。「国庫負担金」については、当面、国が責任を負うが、国・地方が合意したものは、過渡的に算定基準の簡素化を行い包括的交付金化する。
第三は住民参加と地方自治である。具体的には、地方自治法上の直接請求権の対象を地方税や住民負担部分にまで拡大する。また、住民投票制度の導入により、地方税の地方自治拡大と住民の自治能力向上を図る。
最後に課税・徴収体制の拡充強化を提言する。まず、専門的機能の強化について、現行の国税優位の背景に専門職員育成力に差異があることは明らかであり、これを克服するために地方税務職員養成機関を常設化する。具体的には、全国各ブロック別に地方税務大学の開設を提言する。さらに、社会保障行政と一体となった地方税制推進の一環として、地方税徴収と保険料収納の一体化を図り、税や保険料徴収を「地方単位」で取り組み、市町村と合同連携して推進するための「地方歳入庁」創設を提言する。
6. おわりに
都道府県の役割明確化の重要性は、社会保障や災害復興の停滞に示されるように、政局優先で目を覆うばかりの機能不全に陥っている国主導の内政を一刻も早く自治体・住民主導に転換させなくてはならないという情勢認識にある。先進国とは思えないような貧困・格差拡大、災害1年経過後も残るガレキの山、国民合意なき消費増税や原発再稼働、それを隠ぺいするための公務員への圧力強化等々はあたかも「無法状態」の招来すら危惧させる。
この中央政府がつくりだした「国難」の除去を、中央政府に頼ることは無意味である。内政を自治体・住民主導へ転換する分権型社会を地方の力で実現し、地方再編を国や経済界主導で行う反分権的「道州制」に歯止めをかけるためにも、都道府県が担う役割の確認・拡大は急務である。本稿の本旨はその議論高揚の一端を担うことである。 |