【自主レポート】

第34回兵庫自治研集会
第3分科会 自然災害に強いまちづくり~災害から見えた自治体の役割~

 東京電力福島第一原発事故の発生を受け、岩手県内に放射能が降り注いだことにより牛乳、牛肉から放射能が検出され、国は食品の安全基準の見直しをした中で、牛に給与する牧草についても基準が見直しとなりました。そのため岩手県は牧草地の除染事業の実施、また野菜等の安全を確認するサンプリングの対応、東京電力への損害賠償請求と職員は業務対応を求められる中、自治体の放射能対策への課題が見えてきました。



牧草地の除染事業の課題について


岩手県本部/岩手県職員労働組合・県南広域振興局農政部 小原  大

1. はじめに

 東京電力福島第一原発事故の発生を受け、岩手県では2012年4月から、畜産農家の所有する牧草地の除染を行う牧草地再生事業が始まっています。この事業は、国の指定する除染特別地域となった岩手県南の奥州市、金ケ崎町等において、県が社団法人岩手県農業公社(以下:公社)等に委託して、牧草地の除染(牧草の放射線量を肉牛用で100ベクレル、乳牛用で50ベクレルの基準値以下に低減させる)を行うものです。
 除染方法は、プラウによる30cmの耕起又はロータリーによる15cmの耕起であり、それぞれ、90%、65%の放射線量の低減が期待できます。地表の放射性物質を拡散させるために土の中にすき込み、牧草の根から放射能を吸わせないようにするものです。この事業が完了するまでの間、基準値を超えた牧草を牛に給与することができないため、全国農業協同組合連合会を通じて東京電力に賠償を求めた結果、農家には代替の牧草が配給されています。
 しかし、2011年度に配給された牧草の量は、農家が所有している牧草地から採草できる牧草の数十%に過ぎず、畦畔や河川敷の草を与えていた農家は代替補償の対象とならないなど、多くの農家が賠償への不満を訴えています。
 また、牛はえさが変わると体調を崩すことがあり、肥育環境の変化による影響を受けますが、牛乳の生産減や体調を崩した牛への補償はないことから、農家からは「今まで通りの牧草生産を早期に再開させたい」との声が多く聞かれます。このような中で農家は、牧草地の除染が進まないことのいら立ちや、東京電力に補償費を請求しても支払われるまで時間がかかる、又は支払われないため生活設計が見通せないことで不安を感じています。
 筆者は、この間、現場に出向く中で、農家の方々が生産者として困難な状況に直面しているだけでなく、住民として抱えている苦悩の深さを目の当たりにし、改めて自治研活動の必要性を考えさせられました。


2. 県内の牧草地の除染面積の拡大について

 昨年、牛肉から放射性物質が検出され、厚生労働省は2012年4月から、消費者の安全確保のため牛肉等の食品の基準を見直し、牛に給与できる牧草の基準が、昨年の「300ベクレル以下」から、酪農は「50ベクレル以下」、肥育は「100ベクレル以下」に変わりました。そのため除染しなければ使用できない牧草地は、岩手県内で15,000haを超え、奥州市、一関市、金ケ崎町がその大半を占めています。
 牧草地の除染基準の見直しによって対象地が一気に拡大したため、岩手県では、除染作業の受付、炭カル・種子などの資材確保等を短期間で対応することが求められました。私の職場には、公社施工、自力施工を合わせて農家数1,400戸以上面積約4,000haを超える申し出面積がありますが、除染担当の職員2人と臨時職員3人での対応と県の体制も十分とは言えない状況から、連日夜遅くまでの対応を迫られています。


3. 除染の課題について

(1) 焼却処分について
 牧草地以外では、放射能汚染された草や堆肥、土の処分が必要です。国では8,000ベクレルを超える汚染物への対応は検討していますが、それ以下は自治体での焼却処分が可能との方針を出しています。しかし、ごみ焼却場、最終処分場とも放射性物質を処分する構造になっていないほか、放射能汚染物質を燃やすと、残った灰が高濃度化し、基準を超えると処分場へ埋め立てられなくなることから焼却処分は進んでいないのが現実です。

(2) 最終処分場の問題について
 放射能汚染物の処分場は、県内、全国のどこにもありません。そのため中間貯蔵施設など一時保管が必要です。現在、一時保管が必要な牧草は農家の小屋やラップで包み屋外で保管していますが、今後、牧草地の除染が進み、牧草の刈り取りをすると、農家では保管する場所が無くなります。放射性セシウム濃度が国基準値(1キロ当たり100ベクレル)を超過した牧草は県内で約19,000トンに上り、そのほとんどが農家で保管されています。
 このため岩手県は、農家が保管する牧草などについて自治体と連携して焼却処理する方針を示し、焼却前に牧草の裁断などを行う処理施設の設置や環境影響調査費などを支援しています。焼却処分には施設を管理する市町村の意思決定や住民合意が必要ですが、一関市では稲わらを集中保管する施設の設置をめざしたものの、住民合意が得られず頓挫した経緯があり、設置には時間を要することが想像されます。
 草の焼却処分についても岩手県から農家へ自粛通知があり、例年の畦畔の草刈り作業ができない状況になっています。草刈りをしても中間処理施設も無く搬出できない問題、刈り倒したままでは作物へのカメムシ等の被害が出ることへの不安など、農家は生活設計が見通せず、不満が募っています。


4. 国や県の対応について

(1) 国の対応
 国は、8,000ベクレルを超える汚染物について、環境省の放射性物質汚染対処特措法の中で財源支援の制度を設けていますが、国としての処分場建設など、直接的な処分方針は示していません。また、財源支援も8,000ベクレルを超える汚染物しか補助対象となっていないことから実際には役にたっていません。8,000ベクレル以下の処理に係る費用は、全て東京電力へ賠償請求せざるを得ませんが、東京電力と自治体との間には賠償の協定が無く、補償になるかどうかは国と東京電力への問い合わせ確認が必要で、時間を要しています。
 また、8,000ベクレル以下の処理は自治体における焼却処分が可能とし、処分が進まないのは自治体の対応が原因であるかのような姿勢です。現実には東京電力の賠償の支払いや問い合わせの対応の遅れが原因であるのも関わらず、自治体担当者は、農家からの苦情との板挟みにあい、精神的な負担も抱えながら対応に迫られています。
 国は、国民の権利を守るためにも東京電力が農家への賠償の支払いが遅れていること、自治体から賠償についての問い合わせの回答が遅い等の課題を解決するため、支払期限の明記、自治体や農協の除染対応に要した人件費の補償を行うことといった賠償制度の確立を早急に対応する必要があります。

(2) 岩手県の対応
 東京電力は、福島第一原発事故による放射能被害への社会的責任を果たすことが必要であるにも関わらず、賠償請求への対応しか行わないため、農家からの相談、除染対応は農協、自治体任せとなっています。さらに、この対応にかかる人件費については東京電力が賠償する協定すらない状況です。
 知事は、放射能汚染についての対応は国の持ち分とし国への要望を出しています。財源の問題もあり、岩手県で独自に対応している取り組みは少なく、支援の詳細決定を待てない、汚染状況重点調査地域に指定された奥州市と一関市では、5月25日までにそれぞれの除染実施計画を策定し、独自で対応することを決めるなど、混乱と課題が生まれています。
① 国の財政支援メニューがほとんど無く、東京電力の補償費しか対応できない。仮に補償費が払われないと県費での持ち出しとなり、結果、県財政が圧迫となれば他の行政サービスの低下となります。
② 岩手県は除染作業の作業費や、出荷できない農産物の補償を東京電力に請求しています。しかし、東京電力から「補償の対象となる金額は合理的理由が必要」と算出根拠を請求する側に求めてきます。そのため国に対し補償となるか内容を確認する、また東京電力に確認すると協議に時間を有する、など、結果として除染の対応が遅くなっています。


5. 東京電力の補償支払状況

 東京電力に農協、農家が請求しても実際に現金が振り込まれるまで3か月を要しています。そのため農家から「早く除染作業を進めるために個人で申請したいが、費用が払われるのか不安」「補償についていろいろ聞きたいが問い合わせが近くにない」「補償額がなぜこの金額か説明が農家になく、不満が言えない」といった補償額への不満が出されています。また、放射能に対し「福島第一発電所から放射能は漏れていないのか」「除染をしてもまた放射能が落ちてくることはないのか」「牧草や野菜の検査は、いつまで続ければ安全となるのか」といった声がだされており、原発事故の情報不足が今後の生活設計への不安を助長しています。
 農家は、出荷しても金額が安い、その差額の補償費用の支払いが遅い、除染後の生産計画を立てられないといったことから資金繰りも悪化しており、結果として農家を辞めた人、離農するか考えている人も出てきています。


6. 放射能汚染対策において現場で対応している課題

(1) 汚染された牧草、稲わら、牛糞などの処分施設がない
 放射能汚染された牧草など、焼却のため受け入れる施設がありません。そのためこれから牧草地の除染作業が進んでも、倉庫には昨年汚染により使えなくなった牧草を保管しているため新たな牧草を置く場所がありません。中間処理施設などを早急に作らなければなりませんが、設置場所をどうするかなど課題があります。

(2) サンプリング検査の内容
① 牛乳のサンプリング:毎週月曜日に滝沢村にある岩手県畜産研究所に持ち込みか郵送をしています。
② 牧草のサンプリング:2011年度に草地更新をした牧草地の安全確認のため試験を行っています。今後、春に除染したほ場の牧草検査があります。これまでの検体は県南広域振興局農政部で1,000を超えています。
③ 堆肥のサンプリング:堆肥を処分できるかサンプリングを実施しました。
④ 野菜のサンプリング:地域で生産されたネギ等の作物が市場に出荷できるか、簡易検査によりベクレル数を確認しています。
⑤ 椎茸のサンプリング:シイタケが出荷できるか調査(農林部が対応)しています。また、ほだ木の汚染状況も調査をしており、木をチェンソーで切りおがくずを採取し検査をしています。

(3) 検査機器の不足
 現在、放射性物質の測定は岩手県農業研究センター、岩手県畜産研究所、岩手県工業技術センターで行っています。ベクレル数を計測する検体は、約200グラムの量を検査器にセットし計測する簡易検査(シンチレーション)は1検体15分の計測時間がかかり、1日32検体の検査です。ゲルマニウム検査器による精密検査は神奈川県の研究所に検査を依頼しています。県南局の4月から7月までの検体数は1,000検体を超え、盛岡広域局では3,000検体を超えています。それが、この3か月に集中したため放射性物質検査は連日検体の対応をすることとなりました。さらに検査結果について、農家は牧草の適期に牧草の刈り取り作業を行うため早く知りたいのですが、簡易検査の結果が出るまで10日ほどかかり、さらに基準値を超えると精密検査に出し検査結果が分かるまで1週間ほどかかるため、農家への通知は長いと20日程度かかっており、農家からは時間がかかると不満の声が出されています。

(4) 職員の不足
 牧草地の除染対応は、牧草の放射性物質の検査対応、除染事業の推進、住民説明など職員がかかりきりにならないと進まない状況です。農家からは「4月に申し出を出したが、2か月たっても連絡が来ない。どうなっているのか」「草刈りをして除染作業を待っているが連絡が無い」「炭カルや種子の配送は何時くるのか」と問い合わせが多くあります。しかし1,500人を超える名簿の整理、申し出の書類の間違いの訂正、必要な資材の発注計画を整理しなければなりませんが、農家に電話をしてもつながらない等整理に時間を要したため、結果として資材が農家に届かない状況が続いています。また、事業制度の補足として追加作業が増えたため、内容の周知、事業への不満に対する苦情電話の対応、県庁との調整、また5月以降の除染作業の名簿受付整理と業務は減ることはありませんでした。
 さらに、職員は通常の業務も進めなければならないため、職員からは「県庁では廃用牛担当、除染事業担当、サンプリング担当と分けているが現場は一人で行っている体制で大変だ」「農家からの問い合わせ、県庁からの問い合わせと一日中電話対応になっている」との声が出され、残業しなければ業務の対応ができず業務量と人員があっていない状況が続いています。
 また、農家から除染作業が進まない不満が市議会議員、県議会議員に寄せられ、議員から「何で早急の対応をしないのか」「除染計画を6月になっても提示できないのはやる気の姿勢がないのではないか」と市や県で対応の遅さを追及されています。マスコミ報道でも県の対応の遅さが指摘され、現場では早期の対応を求められていますが、上記の作業が進まないため解決は難しい現状です。

(5) 職員の安全対策が未対応
 検体作成にあたっては、手袋、マスク、防護服を着用して作業をすることとしていますが、そのような対応をとっていない職場もあります。理由は、作業の注意が通知文書だけで詳しい注意点が当局をはじめ説明が不足していること、除染事業に係る職員が限られていること、8,000ベクレル以下の作業安全基準の定めがないことが挙げられます。今後は、作業に従事している職員を含め作業の安全対策の研修を職場で行うこと、従事した職員の健康診断を数年間受ける体制を確立するといった継続的な対応が必要です。
 また、安全基準が示されない中でも、8,000ベクレル以下の放射性物質を帯びた作業を行わなければならない実態は続くことから、補償や設備を改善する必要があります。
① 検体から何マイクロシーベルト出ているかを把握できるよう、計測機械の設置。
② 作業に従事した職員が放射性物質対策の健康診断を受ける制度。
③ 臨時職員が従事していることから、退職後も含めた健康診断など補償の整備。
④ 検体作成のための、作業部屋の確保と空調設備等の作業環境整備。


7. 国民生活を守るために国に制度確立を求める課題

(1) 原発事故による賠償制度の確立
 放射能汚染された牧草や野菜、しいたけは放射能により汚染され出荷できなくなって生産者の所得が入ってきていません。しかし東京電力は、放射能は東京電力の所有物ではないとして、農家から損害賠償請求があり、その内容が合理的である場合にのみ支払うというスタンスをとっています。
 本来、原子力発電所は東京電力が所有し利益を上げていた訳ですから、爆発し放射能が飛散し様々な国民生活に影響を及ぼしている現実への対応は、原告からの訴訟ありきではなく、支払う協定を国と結び、速やかな補償費用の支払いを行うべき課題です。現在の仕組みでは、お金や時間もない国民は訴訟を起こす書類を作成できないことから泣き寝入りになる形になっています。

(2) 放射能汚染に対する汚染物の処理場の設置について
 放射能汚染された土や雑草などを焼却処分する施設がありません。そのため汚染された土や草の処分に時間を要して、被害を受けている国民が生活再建の計画を立てられない状態です。高濃度、低濃度汚染物資の処理を進める指針が必要です。

(3) 電力会社の情報開示の徹底について
 電力会社は発電施設をどのように管理しているか、また水力発電、火力発電、原子力発電をどのように組み合わせて必要電力量を算出し発電計画をどのように計画しているか国民は知ることができません。これでは、電力会社の都合のいいように原子力発電が必要であることだけが強調されます。発電施設の発電を計画する優先順位を国民が誰でも見られる情報開示が必要です。

(4) 原子力発電所の労働環境の開示について
 これからも原子力発電所は廃炉に向けた作業が必要であり、その期間は何十年にも及ぶことから、多くの労働者が放射線量の高い地域で働くこととなります。
 これまで以上に労働者保護の視点から、健康診断はもちろんのこと毎日の安全管理をどのようにしているか、定期的な調査が必要と考えます。そのためにも原子力施設で働く労働者の安全を点検する専門の機関を国で設け、だれでも労働者が安心して働ける環境を確保する必要があります。

(5) 社会的構造の矛盾を考える
 このような大きな事故にも関わらず、夏場の電力供給不足が企業経営に及ぼす影響が大きいと、財界を中心に原発再稼働を求め政府がこれに応える形で大飯原発の再稼働を認めています。二度と福島の事故を繰り返さないための新たなエネルギー政策や国民全体の節電の取り組みといった施策よりも企業利益の確保が優先され、「被災者への補償対応に全力を尽くす」姿勢に立っていないと言わざるを得ません。経営競争の原理が徹底され、安全確保や補償までもがないがしろにされる現在の社会的構造を見つめ直す取り組みが、何より大切なのかもしれません。