【自主レポート】自治研活動部門奨励賞

第34回兵庫自治研集会
第3分科会 自然災害に強いまちづくり

 昨年、下水処理場からの脱水焼却汚泥、ごみ焼却場からの焼却灰から放射能が検出され、当初は処分方法に焦点があたり、想定しない放射能汚染物質を取り扱う作業者の安全衛生が置き去りにされていた。
 労働組合から対応の必要性を発信し、現場視察・測定とリスクコミュニケーションを行政の外部の知見も入れて進め、市全体への波及と当該局でのガイドライン策定に至った経過をレポートする。



放射能汚染物質に係る職員の「安心」とは
ごみ焼却工場における安全衛生の取り組みから

神奈川県本部/川崎市職員労働組合

1. 取り組みの契機

 2011年5月、下水道焼却汚泥から東京電力福島第一原子力発電所事故由来の放射性物質検出が大きく報道された。次いでごみ焼却灰についても、地域によっては高濃度の数値が計測され、コンクリート材料としてのリサイクルや、埋立処分ができない状況となり、現在も国からの安全基準は示されているものの、川崎市の海面埋め立てという特殊性や市民感情もあり、埋立処分されず保管された状況が続いている。当初、下水汚泥・ごみ焼却灰ともに「どのように処分できるのか」「できないのであればどのように管理すべきか」に対応が焦点化され、それらを管理する労働者の被ばく防止について、大きく取り上げられることはなかった。
 2011年10月21日から、厚生労働省労働基準局に設置された「除染作業等に従事する労働者の放射線障害防止に関する専門家検討会」において、放射性物質が検出された下水汚泥・ごみ焼却灰を取り扱う労働者の安全衛生管理について議論が開始され、12月13日に出された最終報告の中で、「管理される線源」として電離放射線障害防止規則(以下、電離則)を適用することが明らかにされた。一定の「ものさし」が明らかになったことから、安全衛生管理の議論も進むことが期待されたが、これまで体験したことがない労働環境を強いられてきた現場労働者からすれば、「将来にわたる健康障害リスクを推し量ることができない」という放射線に対する不安を抱え、さらに低線量被ばくに関する専門的な知見も不明確である中、ぬぐい去れない健康への不安感を持ったまま作業にあたっていることに変わりはない。また、安全作業を確保するための基礎である「計測と適切な記録」「作業手順の確立」という前提がまったく議論されない中、手探りで作業方法を構築してきた経過や、現場以外の対応の遅さから「作業者の安全・健康が真剣に考慮されていない」と感じざるを得ない状況が生まれてきた。
 一方で、労働者側から明確な作業を確立するための指標が示すことができたかと言われれば、そもそも想定していない放射性廃棄物の取り扱いについて、対応が遅れてきたことは率直に反省すべき点だ。東京二十三区清掃一部事務組合が2011年10月1日に出した「放射線障害防止実施細則」を参考に、川崎市の焼却工場においても労使共同で、具体的な取り組みにつながるように遅ればせながら検討・対応を行ってきた。

2. 焼却工場を対象とした取り組み

(1) アンケート調査の実施
 川崎市には4施設のごみ焼却工場がある。まず、各施設でどのように実際の作業にあたっているのか、放射線に関する計測や記録が行われているのか、アンケート調査を実施した。
 アンケート結果から、
① ダイオキシン対策、アスベスト対策を進めてきた経過から、呼吸用保護具、化学防護服、保護メガネ等の保護具は必要数の確保ができている
② 作業手順について、4施設での相互の情報交換によって同じような作業手順になっているが、明確化されていない
③ 作業環境における空間放射線量率の測定は簡易的に行ったことはあるが、「定期」「詳細」には行われていない
④ 作業記録書式が整備されていないことから、当日の作業者、空間放射線量、被ばく積算量の記録が残っていない
⑤ 作業者が固定され、被ばく線量低減に向けた一人当たりの作業時間管理の必要性が議論されていない
等の問題が明らかになった。



使用したアンケート書式


(2) 「安心」できる職場環境保全に向けて
 焼却工場を所管する環境局では、2011年4月からすでに産業医による学習会を複数回、職員向けに開催しており、基礎的な放射線・放射能に関する知識を共有化する取り組みは行ってきた。しかし、放射線・放射能の特性や「シーベルト」「ベクレル」など単位・数値の持つ意味、電離則における線量管理や医療分野における取り組みなどが理解できたとしても、職員の将来に渡る不安を取り除くことはできなかった。
 職員の「安心」を確保するための具体的な手法は労働組合としても不明確であったが、職員が抱える不安や必要とする援助は何かを聞く機会が必要と考え、現場での作業状況を直接、確認することにした。
しかし、放射線についての知見を持ち合わせているわけではなかったことから、横浜市の状況を視察してきた経過もある神奈川労災職業病センター※1の協力も得て、焼却灰保管作業の実地検証を実施した。

※1 神奈川労災職業病センター
 労働災害や職業病で苦しみ、補償も受けられずにいる……そんな方々の「かけこみ寺」として、心ある労働組合関係者、医師、弁護士、被災者らが連携して、1978年に設立。
 相談活動による会社などとの交渉はもちろん、働きやすい職場づくりをめざす調査、啓発活動や、よりよい労働行政を実現するための要請、政策提言など、幅広い活動を繰り広げてきました。(団体HPより引用)

3. 実地検証

 実地検証では環境局担当者と現場職員、産業医、労働組合代表者、労災職業病センターなどを交えて意見交換、空間放射線量率の測定、作業状況の確認などを行ってきた。保護具等については、ダイオキシン類対策、アスベスト対策によって確保され、内部被ばくを防止できる体制が整っていた。問題となる外部被ばくに関しては、
① 焼却灰をいれたフレコンバックと作業者が密着する作業がある
② クレーンバケットから灰を落とすときの飛散状況から、灰の湿潤化の必要性
③ 肌の露出(ゴーグル、マスクで覆いきれない顔、首部)

等が指摘され、必要となる測定のあり方についても議論が行われた。また、雨どい等の局所的に空間放射線量率が高くなる場所の調査と掲示によって、線源からの距離をとる、接触時間を短縮するなど、労働者が自ら外部被ばく低減行動がとれる環境整備の必要性が提案されるなど、具体的な作業管理、作業内容と施設改善のヒントとなる議論ができたことは大きな収穫となった。
 空間放射線量率については、焼却灰の入ったフレコンバックから0cmでも1μSV/hに満たない数値であり、2m以上離れると、川崎市内で計測される一般的な空間放射線量率(0.05~0.08μSV/h)と差がなくなる状況や、作業時間が概ね1時間程度であり、フレコンバックに密着する作業は極めて短時間であることから、想定したよりも人体への影響は軽微ではないかとの印象であった。しかし、当該の作業にあたる労働者の不安を数値的な根拠だけでなく「安心」につなげるためには、引き続き労使による議論が必要であると同時に、できる限り早期に環境局として作業管理手法の確立(ガイドライン化)が必要であると感じ、実地調査結果を活かした対応を要請した。
 また、実地検証では産業医から放射線に関する基礎知識のミニ学習会、現場職員・管理監督者からの放射線に関する疑問に答える時間も確保されるなど、リスクコミュニケーションを進めようという取り組みも行われた。


焼却場内に仮置保管される焼却場の山
焼却灰袋詰め作業時、直近での線量測定
クレーンバケットに残った焼却灰を落とす作業員
現地調査後、産業医によるミニ学習会


4. 市全体への波及

(1) 中央安全衛生委員会での情報共有から、職員間の情報共有へ
 環境局での実地調査、産業医による学習会の開催について、川崎市職員中央安全衛生委員会の中で取り組みの報告が行われ、下水処理場、消防局での対応も報告を受け、当該職場だけにとどまらない情報共有が進められた。また、放射能汚染物質を直接、取り扱う作業者・職場だけでなく、市民から放射能・放射線に対する問い合わせを受ける職員の心理的な負担へのフォローや、空調フィルターなど局所的に高線量となる職場環境にも何らかの対応が必要であることが議論された。
 それを受け、後に職員中央安全衛生委員会が放射線に関する学習会を企画し、広く職員研修の場として参加者を募り、環境局・下水処理場での取り組み報告、産業医からの放射能に対する学習会、参加者によるグループ討議が行われた。参加者によるグループ討議では、市民からの問い合わせに苦慮してきた職員の胸の内、自分の部署以外にも多くの苦労をしてきたことが共有化され、市全体での対応が必要不可欠であったことが共通認識とされた点は大きな成果となった。また「放射線に対する職員の安全衛生管理が積極的に行われていることが、対外的に公表されれば、それが市民の安心にもつながるのではないか」との意見があり、職員の意識を前向きにさせる貴重な場となった。

(2) 「専門家による知見」への不信
 原発事故由来の放射性物質に係る安全問題については、時に感情的にならざるを得ない市民の不安にどのように答えるのかという側面をもっている。職員は市民の不安にこたえなくてはならないが、「目に見えず、臭いもなく、その存在すらが認識できない」という危険物質に対する恐怖感を解消する回答を、広く一般的に職員が身につけているはずもない。専門的な知見による川崎市全体での統一した見解が求められていたものの、専門家による解説、政府の対応、説明の不十分さから、「専門的な知見」への不信感が募っていた。単に数値を根拠として示すだけの「安全」は、労働者はもちろんのこと市民の「安心」には繋がらない可能性が高いということが明らかとなった。市民への説明責任を果たすという観点からも、職員の心理的な負担を軽減する情報共有のあり方が、通常時から意識されなければならないことが明らかとなってきた。

5. 環境局による作業手順の確立

 その後、環境局の焼却工場における実地検証作業の結果がまとめられ、現場職員からの要望や当該の清掃支部の働き掛けもあり、ごみ焼却工場と埋立事業所に各1つであるが、個人積算線量計が配置された。また環境局でも独自にシンチレーション式サーベイメーターを購入、必要となる計測が行える体制が整えられ、2012年5月、環境局として作業手順が確立された。現実的には、既に作業が淡々と進められており、放射線量も刻々と低下していた状況ではあるが、労使で現場に入りながら作業標準を明らかにしたという行程は、今後も想定しないリスクに対する対策を議論する上で、参考となる取り組みとなったはずだ。
 また、低線量被ばくに関わる危険性について、神奈川労災職業病センターなど、広い枠組みで調査と意見交換ができたことは、作業手法を確立する上で客観性を持つことができるという効果もあり、とかく閉鎖的な議論に陥りがちな行政内部の議論から一歩進んだ協働のスタイルとして参考事例となる取り組みとなった。
 現場で働く仲間の将来に渡る不安を全て解消できたわけではないが、環境局の作業管理において「年間被ばく線量が1mSVを超えない作業管理を行う」という一定の指標を明確化できたことは大きな成果であり、引き続き低線量被ばくの新たな知見など、情報の共有を進める中で「安心」につながる取り組みを継続していくことが重要であると考えている。

6. 取り組みの中で感じた課題

 環境局の4焼却工場のすべてを実地調査しながら職員の率直な意見を聞くと、個人の放射能に対する受け止め方は千差万別であり、「気にしても仕方がない」「仕事として基準をはっきりとさせて厳正に対応すべき」「将来の病気への影響や、こどもへの影響がとても心配」など、温度差は通常の安全衛生の議論以上のものを感じた。この温度差は、作業管理として放射線量の測定、記録、作業者のシフト、作業時間の管理など、これまでにない作業を増やすこととも相まって、必要とされる職場での対応の議論にも波及し「そこまでの手間をかける意味があるのか」という意見もあるのが実態だ。しかし、これまで述べてきたように「安心して働き続けることができる職場環境」が必要であり、長期の低線量被ばくの影響に関する知見は極端に議論が分かれることからも、できる限りの対策を進め、将来に備えておく必要がある。将来的に健康影響がないことを願わずにいられないが、万が一にも災害補償の対象になるような医学的根拠が示されれば、労働者側に立証責任が求められることからも、全国的に公務労働に限らず測定や記録を進めることが必要なのでは、と感じている。
 今回は労働安全衛生という一つの分野の取り組みであるが、「放射線に対する危機意識の温度差」から生まれる“歪み”を感じざるを得なかった。被災地に住む被災者の生活の中や、被災地以外にも同じような歪みが生じている。どのように地域、自治体で住民の「安心」を取り戻すことができるのかは、大きな課題であると身を持って感じることとなり、行政職員として求められること、労働組合として求められること、どちらの側面からもあらためて東日本大震災を捉えなおす必要があり、見過ごしている課題を発掘していかなければならないと感じている。