1. 臨時職員雇い止め事件の発生
(1) あるエピソード
昼食の弁当を買いに行ったスーパーでAさんに声をかけられた。
Aさんは以前働いていた職場で臨時職員として働いていた女性だ。「元気だった?」と聞いてみた。「もう、あれから落ち込んじゃって、悔しくって悔しくって、1年間もふさぎ込んじゃったよ。」と明るくしゃべるのだが、内容は正反対だ。私が所属していた職場で起きた臨時職員の雇い止め事件、それを食い止められなかった苦い思いがよみがえる。
「働いてるの?」「どこにも行く気がしなくって。」「そうか。」「ちゃんとやってきたのにクビになったんだよ。やる気も出ないよ。」と会話が続いた。
(2) ハローワークで募集するために更新取りやめ
臨時職員の雇用契約期限は3月末までが基本だった。実際には翌年度も希望する臨時職員の雇用は継続されていた。2010年3月、ある職場で、臨時職員の翌年度の募集をハローワークで行うことにしたという通知が、突然、臨時職員に伝えられた。雇用の継続を希望する臨時職員はハローワークを通じて申込み、選考を受けることを求める内容だった。当該職場の自治労組織率は40%程度、埼玉県庁では自治労組織率が高い職場だが、臨時職員を組織化できる状況にはない。組織的な対応が遅れてしまった。その結果、4月になるとほとんどの臨時職員は入れ替えられていた。
雇用の継続を希望して面接を受けた臨時職員に採否の結果が伝えられたのは3月31日で、既雇用の臨時職員に期待を持たせ続けた挙句の雇用打ち切りだった。雇い止めの執行者である所長は、4月1日付で雇用対策の幹部職員として栄転して行った。
(3) 労働者の権利に対して鈍感な管理者たち
この職場では、常に数名の臨時職員が勤務していたが、勤務日は週3日以内であった。臨時職員同士でローテーションを考え、管理者がそれを認める形での勤務日決定が慣行的に行われていた。このことが気に入らない幹部職員がいたようだ。また、臨時職員の若返りのために実施されたとの噂もささやかれていた。
労働者の自主性を封じ込めることを当然とする態度、女性臨時職員に対して若さを求めるというセクハラ感覚が強く疑われる。埼玉県庁は自治労県職労も全労連組織も組織率が低く、各職場での労働組合の活動があまり盛んでない事情がある。そのことが労働者の権利に対して鈍感な管理者を生む土壌となっているのかもしれない。
2. 雇い止め対象範囲を拡大した埼玉県人事課
問題の事件の1年後、2011年4月1日、埼玉県人事課は、「採用期間が通算して2年を超える者は、採用しようとする日前6月以上の期間県に採用されたことのない者でなければ、採用することはできない。」という臨時職員取扱要綱を、「1月の勤務日が12日以内または1週の勤務日が3日以内の臨時職員の採用」にまで適用範囲を拡大する改定を行った。
もともと埼玉県庁において、15年ほど前までは、臨時職員の雇用形態は、5か月勤務+雇い止め空白期間1か月+5か月勤務がセットで、雇用期間中はフルタイムの勤務をする形が一般的だった(資料、臨時職員取扱要綱)。再度臨時職員として働くためには、さらに6か月の雇い止め空白期間を置かなければならなかった。ところが埼玉県内のある自治体が同様の雇用形態をとっていたところ、社会保険料を負担していなかったために行政庁の指摘を受けるという事態が発生した。このことをきっかけに、雇用形態が大きく変わった。
埼玉県では、社会保険負担を行っていた所属所もあったが、そうでない所属所には、違法状態の解消が求められた。ただし当局の認識は、違法状態を解消したいが負担増は避けたいという事なかれ主義に立っていた。たとえば農林部では、主管課の農政課が、社会保険適用のがれのために1月の勤務日を12日以内または1週の勤務日が3日以内という短期にして経費節減の方法があるとの通知を発出した。当時、農林部の交渉で問題視したが、当局側は臨時職員本人も負担がなくていいので喜んでいるなどと回答した(臨時職員への調査は行われていない)。
このような経過を経て、1月の勤務日が12日以内または1週の勤務日が3日以内という短期日数の臨時職員の雇用が主流となった。2010年5月1日現在、埼玉県知事部局(定数7,005人)に708人の臨時職員が雇用されており94.2%が週3日以内である(2010年の夏休・一時金交渉で明らかにされた。後述)。
臨時職員取扱要綱は1982年3月25日に制定されているが、対象者の少ない週3日以内の勤務日の臨時職員には6か月の雇い止め空白期間を適用しない条項が置かれていた。短時間勤務の臨時職員への適用は必要ないと、当局も考えていたのだろう。私たちの要求で調査した結果、臨時職員の雇用実態が大きく変わっていることに当局も気が付いたからなのか、私たちの考え方とはまったく反対の対応が結果として出てきたのだ。
3. 埼玉県職員労働組合の取り組み
(1) 臨時職員取扱要綱改定までの取り組み
県人事課は、臨時職員が臨時的な業務に伴う補助的な役割を担っているという主張をするが、年間を通して毎日勤務している職場が数多いことは、恒常的な労働力として期待されている事実を示している。また、年間のうちに1か月の休業期間を置くとはいえ反復雇用のベテランの臨時職員も多い。ベテランの臨時職員は雇用更新への不安を抱えていること、予算の都合で週3日どころか週2日勤務にまで突然変更された事例があることから、私たちは、臨時職員の雇用の安定と一方的な不利益変更防止をめざして交渉や協議に取り組んできた。
例えば、私たちは自治労県本部の要求書を基本に交渉を行っているが、一時金についてであれば「臨時職員にも一時金を支給すること」といった項目がある。要求の主張は当然なのだが、雇用が不安定である実態の解消が先決である。そのため、臨時職員に関する交渉項目では、ディーセントワークの考え方がパート労働法にも反映されてきていることの説明、自治労も連合もパート労働法の公務への適用を求めており、官製ワーキングプアをなくしていく取り組みには当局側も責任を持って参加すべきであるとの主張を、交渉の中心に据えてきた。
2010年の夏休・一時金交渉では、冒頭の職場での事件を受けて「非常勤職員・臨時職員の雇用継続について、雇い止めやこれに類する運用を行わないよう制度を改めること」という項目を設けて交渉を行った。回答は「職の必要性や内容を見て雇用について決定している。臨時職員は雇用の継続を保証する制度ではない。」という形式的なものだった。交渉では、臨時職員が継続的に雇用される必要性を訴えたが、彼らの耳に届いたのだろうか。
前述のとおり、交渉過程での雇用実態調査を経て、2011年4月1日に、雇用期間を事実上2年間に制限する改定を当局は強行してきたのである。おりしも、自治労では臨時・非常勤職員の処遇改善、雇用安定に向けた法改正の署名活動を進めており、私たち埼玉県職労でも精力的に取り組んでいた。
(2) 臨時・非常勤職員の処遇改善に関する交渉(その1)
埼玉県職労では、臨時・非常勤職員の処遇改善に関する要求を提出し、2011年5月27日に交渉を行った。以下に、要求項目ごとの結果を示す。
① 平成23年3月30日付人第1057号の通知により発出された臨時職員取扱要綱の改正について、第3の6項の運用を、労使間の協議が整うまで実施しないこと。
回答は「この改定は、県民の雇用機会の公平性を高め、門戸を開放することで人材を得る効果もあり実施した。県の臨時職員は最大でも1年単位の雇用である。現に長期にわたる臨時職員が存在していることに配慮して施行日を平成24年4月とした」というもの。
私たちは、「臨時職員の仕事でも継続性のあるものが多く、長く仕事を続けてもらっていることで業務の質も保たれている実態がある。回答は職場実態を無視している」と追及した。
② 臨時職員の処遇に関しては、2009年4月24日付総務省公務員課長通知の助言のみを参考にすることなく、ILO「パートタイム労働者の労働条約」及び「短時間労働者の雇用管理改善等に関する法律」(パート労働法)の趣旨を尊重すること。
はっきりした回答がない。厚労省のパート労働法指導指針「一方的不利益変更の禁止」についての考えを示すように、交渉前に申し入れたのだが。
③ 臨時・非常勤職員の処遇決定にあたっては、労使協議の対象事項であることを確認するとともに、労使協議なしの不利益改定を行わないこと。
回答は「処遇決定にあたっては、意見を聞いて決定したい」というもの。事実関係と矛盾しているが、交渉による決定は困難との発言もあった。意見は聞くだけなのか。
④ 勤務条件通知書の交付を雇用期間の初日までに行うこと。また、雇用条件通知書交付後の不利益変更や雇用期間中解雇を行わないこと。
回答は「雇用期間中の解雇がやむを得ず行われる場合には、対象者に説明して納得を得ている」というもの。過去に解雇予告手当なしに解雇が行われたことを疑わせる事例を聞いていたが、交渉では指摘する時間がなかった。
⑤ 雇用の決定にあたり選考を行う場合には、機会均等を理由にした恣意的な選考を行わないこと。また、選考の結果を速やかに被選考者に通知すること。
「恣意的な選考を行うようなことは考えていない」「選考の結果は速やかに通知するように努力する」との回答。
しかしその後も選考の結果通知が十分に早くなったとは言えない。所属長には人事課の意図が伝わっていないのか、人事課が指示を徹底していないのかは不明である。
また、高齢者を雇い止めにしてハローワークで募集をかけて臨時職員の若返りを図るような実態を指摘したが、当局は理解しなかった。「若年層の職員を雇用したい」という所属長の発想が見え隠れする事例を人事課は恐れたのだろう。冒頭で紹介した事例では、この発想が背景にあった可能性が大きいのである。セクハラ&パワハラの温床にもなりかねない要綱改定であることが、人事課の立場では、認めるわけにはいかないのだろう。
(3) 臨時・非常勤職員の処遇改善に関する交渉(その2)
2011年10月11日に臨時職員問題での2回目の交渉を行った。人事課から実施可能な改善策の回答を用意するという提起を受けて妥結点を確認する最終の交渉となった。
この問題で、組合との協議を行わなかったことへの反省の弁があったが、「本来の“業務の補助”というあり方を前提としたうえで、特別な知識・経験等を要する業務を主として行う職については、必要に応じて非常勤職員の配置とする」「地域性や業務内容などから人材が集まらない場合が予想される勤務課所について、『公募をしても募集人員に満たない場合は、(現任者を)引き続き1年を上限として採用できる』取扱いにしたい」「県を離れていく方については、個々の臨時職員の方に対して、職の確保につながるよう、様々な求人情報を把握した上で、丁寧に提供するなどといった最大限の配慮をしたいと考えている」と言った内容の回答に止まった。非常勤化のように前進した回答に見える部分でも、きわめて条件を限定しているし、当局の努力目標を示すだけで実効性のある担保をとれない内容だった。
勤務日数が少ない臨時職員について雇用期間を2年間に制限するという当局の提案そのものの基本的な骨格を覆すことはできなかった。
4. 理解できない当局側の真意
臨時職員の雇用期間制限問題での交渉では、当局の提案を跳ね返すことはできなかった。2回の交渉であったが、半年という期間をかけ、事務折衝のなかで私たちの主張を伝えてきた。しかし、なぜ制限をしなければならないのかという組合側の質問に、人事課長は「広く県民に雇用機会を与えるために制限を課した」と繰り返すだけだった。次々と臨時職員を入れ替えていけば臨時職員になれる県民が増えるかもしれない。しかしそれが、県庁が提供する県民サービスの一つであると当局は本気で考えているのだろうか。臨時職員の雇用は、県民に恩恵的に与えられる身分なのか?このような認識そのものがおかしい。
「少ない職員数で仕事を円滑に回すために、職場は臨時職員を必要としている。臨時職員自身は、収入が少なくても勤務時間が安定している職場に魅力を感じて働いている。長い期間仕事をしている臨時職員は、職場のさまざまな事情に精通し、貴重な戦力と認識している職場も多い。」臨時職員に仕事を委ねる職場の実態は、そんなところにあると考えられる。労働組合的に付け加えるなら、臨時職員の身分そのものが不安定であり、権利主張のチャンネルすら整備されていない。だからこの実態を是正し、権利そのものを獲得する課題が加わる。
人事当局の臨時職員に対する認識は、「恩恵としての身分」、「誰でもできる仕事だから臨時職員は交換可能な機械部品のような存在だ」、「県庁の仕事は1年単位だから臨時職員の雇用期間は1年が限度であるのは当然」だというものだ。交渉では、「会計原則が1年でも、今年道路を作っている職場は来年も道路を作るのであって、役所がなくならない限り同じような仕事が続き、臨時職員の必要性も変わらない」と主張したが当局は理解しようとしない。「臨時職員の処遇に関しては、2009年4月24日付総務省公務員課長通知の助言のみを参考にすることなく、ILO「パートタイム労働者の労働条約」及び「短時間労働者の雇用管理改善等に関する法律」(パート労働法)の趣旨を尊重すること。」との質問にも、最後まで回答を得ることができなかった。雇用期間が最大1年であることにこだわる姿勢からは、この総務省通知に強く束縛されていることは明らかだ。従来から「臨時職員取扱要綱の運用について」という文書には「雇用の長期化を防止するため」と書かれているが、総務省に従った当局側の行政解釈に過ぎない。
もう一つ明らかになったことは、当局側は雇用機会そのものを拡大することが要綱改定の最大の根拠だということである。雇用機会が拡大しても片方で解雇があれば雇用は増えないことを説明しても回答は変わらない。子どもだましのような論理で解雇を正当化するのは問題である。労働者は雇用不安におびえるし仕事へのモチベーションが維持できないとの指摘を、当局がどのように受け止めたのか、最後まで理解することができなかった。
私たちの聞き取りでは、雇用期間制限の説明を受けて新たに採用された臨時職員も、その状況を肯定しているわけではない。組合機関紙への非組合員からの反響も大きい。臨時職員が入れ替わった職場ではベテラン職員の復帰を望む所属長もいるようだ。人事課も、この要綱改定が不評であることを知っているはずなのだ。
5. これからの取り組み
パート労働法の改正からわかるように、非正規雇用の雇用を安定させる方向に雇用形態の改善が進もうとしている。それなのに、公的機関でありながら逆行する規則改定を平気で行う当局の姿勢は不気味ですらある。
2012年4月24日には、人事課長は新たな通知を発出した。臨時職員を2年間採用し6か月の雇い止め空白期間をおいた場合でも、その臨時職員を再度採用する可能性がある場合には人事課職員が臨席するというものである。幅広く募集しているか、公正な任用が行われるか確認するためだと主張している。そもそも臨時職員の任用に人事課が干渉する必然性はないが、この通知は所属長に対する恫喝として機能するだろう。そして、6か月の雇い止め空白期間を仕方なく受け入れた臨時職員の、期間明けの職場復帰への希望を打ち砕くものとなっている。
自治労埼玉県本部は、2012年2月3日に「22条臨時的任用職員の『雇い止め空白期間』と非常勤(3条3項特別職/17条一般職)の『任用回数制限』について」という文書を各単組に発出し、自治体非正規労働者の雇用安定に関するたたかいを強化することを求めている。埼玉県庁の臨時職員任用は、法的には22条臨時的任用とは異なるとされるが、「雇い止め空白期間」の適用強化で雇用の不安定化を促すものである。埼玉県庁の動きは、県内市町村への悪影響という意味でも看過できない。私たちも県本部方針を強化する取り組みを進めたい。
職場に混乱をもたらすだけで臨時職員の希望を踏みにじる「雇い止め空白期間」の適当拡大を、なんとかして撤回さなくてはならない。次回の自治研集会では勝利の報告ができるように、単組に帰って活動を続けることを誓い、本報告の結びとしたい。
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