【自主レポート】

第34回兵庫自治研集会
第4分科会 自治体がリードする公正な雇用と労働

我が国の賃金決定方式と公契約
公契約条例こそが、公正、公平、自治をつくる、大阪の取り組み

大阪府本部/NPO労働と人権サポートセンター大阪 橋本 芳章

1. はじめに

 昨年、泉南市のプールで小学生がおぼれて死亡した。さらに5年さかのぼると、ふじみ野市でもプールで死亡事故が起きている。自治体は、その大部分が、仕様書に労働法令順守を明記している。そして「それが、法令順守を自治体が実行している証拠だ」と主張する。しかし競争入札のもとで、遵守できない価格で発注し、二律背反(プール事故で小学生死亡事故)を生み出している。
 安全で法令順守ができないのなら落札した企業が悪いといわんばかりだ。また、手抜き工事、産地偽装などが公になり、強度の足りない住宅、何も信用できない食品など、この国で何を信用していけば一番確実なのか、そのすべてのしわ寄せは市民にのしかかっている。マスコミは公務員攻撃をする一方で、公契約については何ら検証しようとはしていない。
 さらに、働いても、生活保護水準(生活扶助8万円住宅扶助5万円=手取り13万円)を超えない賃金が据え置かれていることに対して、「だから働かない層を作り出している」と言うすり替えを行い、一部のメディアや評論家は、生活保護基準の引き下げを主張するありさまである。TPP、グローバリズムが言われるが、世界60か国以上が批准するILO国際条約(94号「公契約は同種の民間賃金を上回るものでなければならない」84号「公益事業や国や自治体が補助金を出している事業も94号条約を準用」)では、公務員及び公契約については、民間同職種賃金以上の賃金水準を求めている。1949年に作られた、この国際条約については、日本、アメリカなどは、批准しないまま、国内に富裕層と貧困層を作り、グローバル競争を進めようとしている。彼らこそが「アンフェア」である。


2. 世界の労働組合組織率と労働協約カバー率

 前述のように、ヨーロッパを中心に、ILO94号条約、ILO84号条約が批准され、さらには、産業別労組、業種別賃金が機能している。(産業、業種で同一賃金を適用。)
 フランスでは組合の組織率は7.7%であるが、労使が決める労働協約のカバー率は、なんと90.0%である。オーストリアでは、組合の組織率はほぼ日本と同じ18.7%であるが、労働協約のカバー率はなんと99.0%である。2009年3月にフランス全土で起こった若年者の就労確保を求めたゼネラルストライキは記憶に新しい。
 日本は、組織率は、18.2%、労働協約のカバー率は16.0%である。アメリカは、ヨーロッパと同じように産業別労組、業種別賃金が機能しているといわれてきたが、非正規労働者の増大、大企業労働組合の崩壊によって、現在、組合の組織率は、日本より低い11.9%、労働協約のカバー率は、なんと13.7%である。韓国も組織率は、10.0%、労働協約のカバー率は10.0%である。
 アメリカでは世界恐慌の中で行き過ぎたダンピング競争を回避するため、業界の支持もあり、デービスベーコン法(1931年)が作られた。その発展が、ILO94号条約だが、当時のアメリカ政府は批准しなかった。そして、一部の州で、リビングウェイジ条例(地域生活賃金を州で決定)に帰結していっている。一方、貧困問題は人種差別問題に発展し、「1の富裕者と99%の貧困」デモが頻発している。オバマ政権が誕生し、就任して最初に指示したのが「委託労働者の継続雇用」であったことは、公契約におけるアメリカの位置が見えていて、興味深い。


3. 官制ワーキングプアを生み出した公務員労働法制

 日本では、公共工事に品質確保など4つの法律(国の工事)が作られ、以前に比べ、ゼネコンから最下請までの縦型重層構造のもとで行われてきた、手抜き工事、労災隠し、賃金や代金の不払いなどが大きく減少した。公共工事の労働者賃金については2省間単価(国土交通省と農林水産省の2省間単価が都道府県ごとに定められている)をベースに算定されている。しかし、談合防止のためとして一般競争入札が行われ、算定価格の70~80%台で落札され、ゼネコンが頭から一定の割合をはねる構造は何にも変わっていない。ダンピングは、下請け企業や労働者にしわ寄せされていることも衆知のところだ。
 業務委託にも、2001年、地方自治法の政令改正が行われて以降、「価格競争だけでなく、自治体が最も有利と思うものに落札できる」という文言が入ったため、やっと最低制限価格、低入札価格調査制度などがすべての入札において適用されることとなり、さらに、大阪府をはじめ各自治体は、入札改革に取り組むことができることとなった。
 合わせて、人事院は、国家公務員非常勤に行政職の初任給の時間給適用(人事院事務局長通知)を打ち出した。もともと、国家公務員法、地方公務員法は、前述の公契約の国際条約の考え方(民間同種賃金を上回るもの)を人事院勧告制度に置き換え、さらにその勧告(民間賃金より5%以上低い場合は勧告する)制度を条件に、ストライキ権を取り上げた公務員賃金政策を作り上げた法律である。地方自治法には競争入札が描かれているが、現在ほど、すべての業務に民間委託が行われることを想定していたのか、さらに言えば、公務非常勤労働者のことを想定していたかは大きな疑問である。その結果、民間におけるパート労働法も適用されない官制ワーキングプアが増大し、正職員としての公務員との労働条件格差が拡大していった。


4. 起こるべくして起こった労働組合バッシングと公務員バッシング
 「行き過ぎた貧困」の対策には、前述の世界の労働協約カバー率でもわかるように、企業内組合の日本においては、組織率以上にはカバーできない。唯一可能性が残っているものに、労働基準局が管理している産業別最低賃金がある。しかし、これも過去の遺物だといわれている。毎年改正されるものの、その地域における労使のカバー率が影響し、風前の灯である。奈良県吉野の窯業、大阪では塗料などがあるが、今後増えていくことは考えられない。
 自分たちの労働条件とは関係のない労使協議ほど、みていて、ばかばかしいものはない。フランスでは国民一人一人が、自分自身の問題でゼネストに参加するが、日本では自分たちのエゴでしか、デモが行われないという姿を、国民は知っている。公務非常勤労働者についても、同じことが言える。つまり、われわれの運動は理解されないのではなく、理解するに足る運動をしていなかったと考えるのは間違いか。もちろんマスコミの評価には大きな誤解がある。彼らは口を開けば、労働組合は一部の労使のエゴの問題、大企業の労使の問題であり、その内容に耳を傾けようとしない。「公務員労働組合は選挙闘争に明け暮れ、労使が馴れ合いで税金を湯水のように、既得権と労働条件改善に使っている」と報じるのだ。


5. 公契約の本来の姿は何か、契約こそが政策

  公契約の本来の姿は、市民、契約当事者、公共物件の3つの安心、安全をめざすものでなければ、ならない。ある仕事を委託するとしよう。何より重要なのは価格ではない。地方自治法が求めているのは、市民、府民が負担している税金で行う以上、公正、公平でなければならないということであり、何よりも、その事業が、安全、安心なものでなければならない。不幸な事故が起こった場合は、だれがどのように責任を負うというのか。それは契約当事者においてもしかりである。建物などは市民の共有財産であるがゆえに、請け負った会社などが手抜き工事をして許されるものではない。
 また契約そのものが、技術で、労務管理で、公正競争で、社会的視点で、企業を育てるものでなければならない。また、大きな契約はそれ自体が地域の経済政策、雇用政策と無縁ではない。国、自治体として、障がい者、母子家庭、ホームレス、就職困難者を、福祉政策の対象から雇用施策へ政策誘導したり、環境などの政策誘導を行う機会でもある。
 契約そのものが「政策」だと理解した時、いろいろな視点が展開する。そしてそれこそが日本の賃金決定機構の改善につながること、これまですすめられてきた公務員制度改革と真っ向から取り組むことにつながるのである。


6. 公契約条例の現状

 大阪府においては、2003年、「行政の福祉化」の理念から、契約を一つの福祉施策実現の機会ととらえ、総合評価型一般競争入札として実現した。
 当時、契約を中心とした課題に取り組んでいた自治労大阪府職員労働組合も、この取り組みを歓迎、さらに雇用の継続性、物件の拡大に取り組んだ。結果、物件数は30を超え、雇用された障がい者や就労困難者も3ケタになった。しかし、この入札についても10年近い取り組み経過の中で、ワーキングプアが解消されることはなかった。さらに、継続雇用の観点から、契約年数を引き延ばす(1年から3年へ)中で、金額は大きくなり、WTO物件と呼ばれる自治体の自由度が抑制される契約になった例もある。
 昨年、労働と人権サポートセンターは、「公契約研究会」を立ち上げ、大阪府の総合評価方式のさらなる発展と、拡大、さらにその先にある公契約条例を求める取り組みを開始した。


7. 各自治体要請行動の回答から見える今後の展開

 研究会は、1年の議論経過を経て、今年から大阪府内自治体に対して、文書による要請を実施してきた。これまで文書回答があったところは別添のとおりであるが、それらの回答は、ほぼすべてにおいて、次の点で共通している。
① 公契約法は国の課題である。
② 賃金決定は、国の法律として、最低賃金法があり、個々の賃金決定については、当該労使の自主決定に委ねるものである。
③ 法令順守義務を、契約に明記しており、法令は遵守されているものと考えている。
④ 検討に値するのは、総合評価方式の改善で足りるというものであった。
 しかし、千葉県野田市が、「本来、国が法で決めるべきものであるが、これを促進するためにも、この条例を制定する」として公契約条例を制定したことを受けて、国会で首相自らが答弁で「最低賃金を超える賃金を自治体や企業が設定することについては、何ら問題はない」としたように、「最低賃金法」「労働基準法」は、憲法の具現化を担保するため、国民すべてが 「労働」の対価として、最低受け得るべき労働条件を明記した法律であり、これが「遵守」されているからと言って「労働関係法が順守されているとするのはあまりにも現実離れした回答」である。
 ある市の回答を見ると、最低賃金法の趣旨を述べることによって、法令上の責任はすべてが、受託者の責任であると契約書に明記していることが「適切な労働条件と賃金水準の確保が図れるようにしている」と言い切っているのである。ここには発注者責任のかけらも見られない。 
 民間企業でも、公務員労働者でも、仕事についてから一定の昇給や昇格を経て、最低賃金以上の給与制度があり、年次有給休暇も勤続年数によって増えていくのが労働基準法の趣旨である。その最低基準を表した法律を盾にして、順法精神を説くこの回答はまさに「仕様書に労働法令順守を明記 → 法令順守を自治体が実行している → 競争入札ののもとで、遵守できない価格で発注 → プール事故で小学生死亡事故を生み出すなど → 安全で法令順守ができないのは落札した企業が悪い」といわんばかりの二律背反を犯しているのだ。まずは落札者に対して、労働条件実態調査をする必要がある。
 ただ、それは発注部局としては、現状の総合評価ですら気の遠くなるような作業である。それなら最低、社会保険労務士や弁護士などによる労働条件審査の認証を義務付けるところから始めてはどうか。
 さらに、賃金制度である。誰でも最低賃金ということは、だれを雇用するかは受注企業の責任ではあるが、委託契約をする以上、その業務に精通している人と未熟練労働者は同じ賃金、処遇なのかという想像力がここには欠けている。そのため、公契約条例を制定した野田市、川崎市、相模原市など、多くの市では未熟練労働者を生活保護水準以上に設定し、一番最近の多摩市では報酬審議会の中で、生活保護基準895円のところ、公契約条例の最低下限額を903円に設定している。総合評価方式による「自治体が最も有利だと考えるところに受託することができる」の基準については、自治体として概念を決定し、その評価を、評価委員会を設置して決めなければならない。概念を本当に「法令順守におくなら労働基準法を完全にクリアするための標準賃金(最低賃金ではない)はいくらになるのか、年次有給休暇を使用させるには何人が適当なのか」最低ではなく「標準」を決めなければならない。これができないから国で決めさせようとするならば、国に対して明確に意見書や要望をしなければならない。それこそが行政として市民を守ることとなる。今のままでは不作為と言われてもしかたがない。


8. 公共サービス条例、公契約条例などは、本来の自治を勝ち取っていく課題

 過日、大阪府議会民主会派は、別紙のような要望書を府に提出した。
 ちなみに、大阪府最低賃金は、時間給で786円、生活保護の平均水準で約920円、大阪府非常勤作業員の時間単価は約945円となっている。公共工事契約については国交省、農水省の2省間単価が、公共工事の積算に使われているが、大阪の場合、軽作業員の日給が10,600円、交通誘導員が7,400円である。これらの数字の中で、下限額を設定していくためには、報酬審議会を立ち上げ、賃金に加点をした総合評価方式にするのも一つの考え方であるが、直近の大阪市のように1,000円を提示して1000分の2点を加算するやり方よりも、あくまで総合評価方式は、行政の福祉化に焦点を据えた、障がい者など雇用に重点を置いた落札者決定方式として継続し、報酬下限額や継続雇用については、企業および労働者、技能者を育成する観点から、事業者選定時における労働条件審査の義務付け、公平、公正、安心を求める戦略として機能させていくことが重要である。そういう意味において、前述のように、契約こそが自治体の政策であり、その政治的姿勢を明確にするものである。
 地域住民の安全、安心、地域経済の公正、公平な活性化をめざす公契約の改善に地方分権の未来が見えるというのは言い過ぎだろうか。