1. はじめに
このレポートが読まれる頃には、大阪市北区区長に就任している中川暢三前加西市長は、公民連携(PPP)などを声高に掲げて、世間の耳目を集めていることでしょう。彼は、加西市にて2005年7月に当時の現職市長を破って初当選。2007年5月に職員採用問題で議会の不信任により失職し、出直し市長選で再選した方で、市長就任以来、「子どもにツケをまわさない」「低コストでタイムリーな行政サービスの提供」「市役所の民営化」をキャッチフレーズに、民間に任せた方が効率的でサービスの質も高くなるものについてはできるだけ民間に任せるとの考えから、PPPを利用し徹底した民間委託を推し進めていました。
2. たたかいの経過
(1) 突然のマスコミ報道
2010年6月8日、それは突然訪れました。神戸新聞紙上に「本庁の全臨時職員を対象に、民間の人材派遣会社への転籍を計画している」との記事が掲載されたのです。加西市職員組合には、全く寝耳に水の話。早急に、嘱託3単組(加西嘱託事務労組、加西調校員労組、加西幼保労組)、そして、自治労兵庫県本部、同播磨ブロックとともに事実確認を進め、緊急の取り組みを始めました。
加西市当局は、労働組合への事前の説明を一切することなく、6月7日、本庁臨時職員33人への公民連携(PPP)当局説明会を実施し、民間会社への転籍などの説明を行っていました。
これは、地方自治体公民連携研究会(会長:塩川正十郎)が進める公民連携(PPP)における「加西市モデル自治体研究会報告書」に基づき、「市役所業務の包括民間委託」を進めるとして、まずは本庁臨時職員の「人材派遣会社への転籍」を実施するというものです。市当局は、6月22日に、第2回となる臨時職員向けの説明会を開催するとともに、6月23、24日には加西市及び東京・東洋大学において業者対象に「競争的対話の説明会」も実施。また、報道によると「包括的民間委託を行い、正規職員を3割減する」との姿勢も示しており、市役所業務全体の包括的民間委託が進められ、正規・非正規を問わず加西市職員の雇用と公共サービスの破壊が進められていくことが明かとなりました。
(2) 市役所包括業務委託とは
加西市が考える市役所包括業務委託とは、定義を「地方公共団体が行政責任を果たす上で、必要な監督権などを留保したうえで、その事務を包括的に民間企業、外部団体及び個人に委託すること」として、公務員でなければ提供できない事務以外は、市役所業務のすべてを対象に包括業務委託を進めるというもの。
具体的には、市が直接実施主体とならなければならない業務は、①法令上行政職員が直接実施することとされているもの ②公権力行使のうち許認可等の裁定業務 ③政策・施策の大きな判断が必要とされる業務 ④個人情報保護のため市が自ら実施することが必要と認められる業務 ⑤公平・公正の確保の点から市自らが実施することが必要と認められる業務として、これら以外はすべて包括民間委託することとしている。
市長は、市役所業務の包括民間委託により651人(病院、消防を除く)(正規職員331人、嘱託職員85人、臨時職員235人)の職員を、中川プランでは585人(正規150人、業務委託435人)にすることができ、7億円の人件費の削減効果が期待できるとし、この包括民間委託の手始めに、今回の臨時職員の民間転籍と水道事業の民営化を進めるとして一方的にマスコミ発表を行ったのです。
(3) 加西市職員ユニオンを結成
加西4単組・自治労県本部、播磨ブロックは、6月17日に臨時職員全員集会を開催し、意見交換を行いました。集会では、多くの臨時職員から「これからも“加西市”で働き続けたいです」、「首切りしないでほしいです」、「情報ばかりが先行して、当時者の私たちに説明がなく、不安です」と言った不安や動揺、怒りの声が出され、「労働組合を結成し民間転籍に断固反対しよう」との呼びかけに対し、全会一致の賛同が得られ、即日「加西市職員ユニオン」を結成することができました。また民間転籍問題が決着するまでの間、市職の委員長、副委員長がユニオンの委員長、書記長を務め、嘱託3労組の委員長が副委員長を務めることとし、加西市の労働組合全体でこの問題に取り組むことを確認しました。
そして、6月21日に当局に対し、加西市職員ユニオンの労働組合結成通知を提出するとともに、加西市5単組委員長連名による「加西市臨時職員民間転籍提案撤回を求める要求書」を提出し、労使交渉の申し入れを行いました。
(4) 市当局のウソの発言とずさんな計画
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市当局を追及する交渉団(右)
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こうしたなかで、加西市長をはじめ加西市当局は、労働組合と誠意ある交渉を実施するどころか、7月21、22日には市長自らが臨時職員に説明会を実施し、また8月29日には市民会館小ホールにおいて市民に対するPPP市民説明会を実施し既成事実を積み重ね強引に推し進めていきました。説明会の中でも「自治労が乗り込んできて臨時職員をそそのかし労働組合を結成した」と労働組合批判を繰り返しています。
また、市長はマスコミに対して臨時職員の雇用が採用期限を定めた地方公務員法第22条に違反している状態であることを強調し、「このままでは現時点から1年を超える臨時職員は解雇せざるを得ない」「臨時職員がハッピーな転職ができ、より良い条件で働けるような環境をつくる」と述べています。そして、市の臨時職員が半年雇用を繰り返す不安定な立場に置かれていることを逆手に取り、2009年4月の「総務省の通達」の内容を引用して「臨時職員の存在は法律違反だ」と自らの雇用者責任は棚の上に置き、あたかも臨時職員のみなさんが悪いように発言、不安をあおり、そのうえで「本当なら雇い止めだが、民間会社に転籍できるようにしているのが今回の案」と説明しています。
労働組合との話し合いを行わない態度に終始したため、私たちは9月14日には闘争通告を行い、9月30日に協議の場がはじめて設けられました。しかし、この協議も当局側は団体交渉ではなく、説明会との姿勢を崩しませんでした。
「臨時職員の雇用の安定のために」と言っていた臨時職員の雇用問題では、交渉では「いったん退職して、民間会社への採用になる」と回答。組合からの「市として処遇改善となることを100%約束できるのか」という追及に対し、「市としては法律上、約束できない」「絶対に処遇改善になるとは言えない」「残念ながら信用してもらうしかない」という回答でした。それを臨時職員の前ではのうのうと「命をかけて守ります」とまで発言していたのにもかかわらずです。待遇改善の具体的な根拠はなく、「競争的対話のなかで処遇改善になるという心証を得た」「業者選択のなかで、処遇改善となるよう話をする」というもので、組合の追求に、市当局は「絶対に処遇改善になるとは言えない」と認めざるを得なかったようです。
また、「総務省の通知」を理由にしている地公法適用の問題について、組合からの「計画は総務省通知以前から企画されている」との指摘には回答できず、「地公法を厳格に適用するなら、臨時雇用から正規雇用に改めるのが本来だ」という追及には、「そんなことをしたら市役所がつぶれる」との見解に終始しました。
さらに、「なぜ包括業務委託か」という問いに対し、「コンパクトな市役所で質の高いサービスを」というだけで、市当局としての具体的な計画はなく、業者に「良いプランを提案してください」と丸投げしたのが「競争的対話」の内容であることが明らかになりました。
経費について「短期的にはコストアップするが、3~5年後には黒字となる」との説明、組合が追及すると具体的な裏づけはないことが明かとなり、また、偽装請負が発生するとの指摘に対しても曖昧な態度で、結局何の根拠も計画もないまま発表するという市長のパフォーマンスのためだけの報道であることがわかりました。この説明の報告が、臨時職員を不安に陥れ怒りを爆発させたことは言うまでもありません。
(5) 第一回交渉結果
12月7日にようやく第1回目の交渉が実施されました。交渉団は、①実施スケジュール、実施事業など、加西市包括業務委託計画の全体像の説明、②包括委託といいながら、一方で市立幼稚園・保育所の統合民営化を計画していることなど市としての統一した方向性が欠如していること、③臨時職員の転籍問題について雇用と労働条件の明確な約束ができないこと、④地公法の適正運用といいながら、恒常的業務に臨時職員を雇い、地公法第22条の市の一方的な解釈で、あたかも当該臨時職員が法違反を犯しているような説明を行ったことについて見解を求めました。
これらに対し、加西市当局は、概要以下のとおり回答しました。
① 具体的な実施事業の内容は、あくまで民間事業者が提案するものとしており現段階では分からない。3月には実施方針や要綱を策定し、その後、委託する事業者を選定していく。
② 幼保問題は施設の統合民営化というもので別のもの、一線を画していると理解している。
③ 市は該当職員の処遇について言及できないため、事業者選定の中で、処遇改善が図られる提案事業者を判断する。
④ 地公法第22条を厳格に運用するためのひとつの手法としてこれを考えている。
交渉団は市に対して、「包括業務委託の全体像も含め現段階では全く理解できないのでいったん引き取り、課題の整理を行い再度提案・説明すること」を要請し、当局は、①あくまで、より良い処遇にしようとの思いである、②3月に実施方針、要綱を策定し来年秋以降の実施というのがスケジュール、③来年にむけ、妥結点を見いだせないと実施できないと思っている、④6月以降、皆さんに不安を与えたことにお詫びすると回答し、交渉で指摘した事項について今後の交渉で明らかにしていくことを確認しました。
(6) ユニオンのたたかい
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2・26総決起集会の様子
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加西市職員ユニオンは、当初は一人ひとりが立ち上がって出来た組合ではなく、市当局の横暴の中、自治労県本部や加西市職の呼びかけで急遽作った労働組合でした。だから、当初、組合員は「お客さん」のような状態でした。
しかし、市長をはじめ市当局の横暴が強まるなかで、組合員一人ひとりの強さを作りだしていくことを意識しだし、月1回の全員集会の開催を続けるとともに職種別の交流会を実施し、実態を出し合いました。そして、加西市職員ユニオンの「要求づくり」を始め、交流会では、「忌引休暇がない」「通勤手当がない」「夏休みがない」などへの改善要求とともに、今回の転籍問題への怒りや不安の思いが出されました。
こうした取り組みとともに、全国や地域の取り組みにも参加し、組合員自らが支援要請を続け、最初は、「組合員であることがわかると嫌がらせがあるのでは」と躊躇していた組合員もみんなで取り組みを進める中で様々な行動に参加していきました。
1月19日には、2011年度の雇用継続にむけた取り組みとして、「引き続き加西市で働く」とした意思表示を示す「継続就業申出書」を全組合員で提出しました。また、2月25日には、本庁全組合員による朝ビラを実施し、自らがたたかいの先頭にたつ姿を見せることができました。
(7) 一歩前進
当面の課題は、2011年度への雇用継続でした。民間転籍問題の実施時期が先延ばしされる中で市当局が「地公法上半年雇用の1回更新」を声高に言ってきたことから、組合員の不安も大きいものでした。私たちは、2月26日に「加西市臨時職員の雇用継続を求める総決起集会」を設定し、断続的に市当局との協議を進め、2月25日に実施した交渉において、市当局より、基本的な考え方として「現在勤務している臨時職員で希望する者は引き続き雇用する」との見解が示されました。
また、4月1日からの勤務条件についても急きょ3点について改善の姿勢が示されました。1つには、時間単価について、1,000円未満の時間単価を10~15円引き上げる、2つには、通勤手当について2キロ以上上限20キロまで2,000円~11,300円を5段階で支給する、3つには、忌引休暇について制度化をするというのです。
以上の成果は、市長選までの事態の収拾とご機嫌取りの一様もあるとは思いますが、何より加西市職員ユニオン組合員の団結の力が市当局の譲歩を勝ちとったのだといえるでしょう。この間にも市民の皆様に理解を求めるビラまきを行ったり、全員集会を重ねるなどした努力の結果として、自信にも繋がりました。
(8) そして政治決着へ
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5・22市長選勝利により決着
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中川暢三加西市長(当時)は、6年前の市長選挙で改革を掲げ当選し、その後、議会や組合などを市民の敵として攻撃を続け、市政を私物化した運営を続けてきました。4年前には職員不正採用問題がおこり一旦は失職したものの、出直し選挙で当選し、市民、職員不在の市政を続けてきました。臨時職員転籍問題についても、市長をはじめ市当局の頑なな姿勢により労使交渉での決着を図ることはできず、市長選挙において政治決着を図ることとなりました。
2011年5月22日投開票で実施された加西市長選挙は、自治労組織内候補として出馬した元加西市職員組合委員長の西村和平さんが16,475票を獲得して初当選を果たしました。現職の中川暢三市長が進めてきた6年間の失政を厳しく批判し、独断専行の市政運営から「対話と協調」を重視し、「絆」を大切にする市政を取り戻すことを訴え、5,500票の大差をつけ勝利することができました。
今回の市長選挙は、市民、職員不在の市政運営を続けてきた中川市政の転換を求める市民のたたかいでもありました。また、自治労にとっても臨時職員の民間転籍問題のたたかいの最終決着の場として全力をあげることとなりました。選挙は、議会や組合などを市民の敵として攻撃を続け、市政を私物化した運営を続けてきた現市政に対し、「5万人都市の再生」「対話と協調」を掲げ市政の民主化を取り戻し、加西市の未来を市民とともに作りあげていくことを訴え有権者の支持を得ることができたと思います。
西村市長誕生により、市政民主化の一歩目を踏み出すとともに、1年間にわたりたたかわれた臨時職員の民間転籍をはじめとする市役所業務の包括的民間委託の問題は、2011年7月15日に「包括業務委託の白紙撤回」を自治労県本部委員長と加西市長の間で確認書を交わし全面的な解決となりました。
3. おわりに
この加西闘争には、多くの成果を確認することができます。もちろん「白紙撤回」を勝ちとったことが最大の成果ですが、自治労として今後のたたかいへの展望も確認ができたと言えます。
1つめは、雇用形態の違いを超えた同じ働く仲間としての団結づくりが進められてきたこと。2つめは、臨時職員の処遇が改善されたこと。そして3つめが、中川前市長が、議会や組合などを市民の敵として攻撃を続け、市政を私物化した運営を続ける中で、中川前市長が破壊した地方自治を守り拡充していくことは、自治労の課題であるとともに地域住民の課題であるということを明確にし、ともに市政民主化のたたかいを進めることができたことで、市長選はこれを通してできました。これは、県本部の運動基調である「地域の暮らしを考える住民協働運動」そのものであり、自治労、公務員バッシングの中で厳しいたたかいを余儀なくされましたが、市政民主化に向けて地域住民と連携して取り組み、地方自治を守り発展させる運動を進めることができたといえるでしょう。
そして今、市全体でヒト、モノ、カネが循環するシステムを構築し、人間が人間らしく生きられる溜めのある社会を築き上げるための公契約条例制定を目標に、地域市民と一緒になって連絡会議を結成したところです。
改革派市長がはびこる世の中を変えるのは、市民と組合員の信頼関係の構築であると断言します。これからが、加西市5単組の本当の自治研活動の始まりであるといえるでしょう。 |