【自主レポート】

第34回兵庫自治研集会
第5分科会 医療と介護の連携による地域づくり

 葛飾区地域活動支援センターでは、①高次脳機能障害者の社会参加の場を増やす、②家族会などによる事業主体化を目的に、2010年1月から、当事者・家族会、ボランティア、職員の三者の協働で、ミニデイサービスを実施してきた。その後、家族会から「ミニデイの事業主体にはなれない」との見解が伝えられ、事業主体化構想は挫折するに至った。関わってきたスタッフでミニデイサービスを再出発することになった。挫折に至った経過を振り返る中で、①共通の目標をもつ、②よく話し合うこと、③学びあうことなどが、協働の事業を進める上で重要であることが明らかとなった。



協働による高次脳機能障害者ミニデイサービスの
再出発にむけて


東京都本部/葛飾区職員労働組合・福祉施設分会 井上 洋一

はじめに

 葛飾区地域活動支援センター(以下、地活センターとする)では、2010年1月から、当事者・家族会(「高次脳機能障害者 家族会かつしか」)、ボランティア、職員の三者による協働の取り組みとして、毎月1回土曜日に高次脳機能障害者を対象にしたミニデイサービス(以下、ミニデイとする)を実施してきた(2010年愛知自治研究集会にレポート提出)。
 ミニデイは、①高次脳機能障害者の日中活動の場の拡大と、②家族会がミニデイを将来的に運営していくことをめざしていた。ところが、2011年8月、家族会との話し合いにおいて、「家族会はミニデイには協力はするが、事業主体にはなれない」との意向が、会長から伝えられた。家族会を主体にしたミニデイの事業化の構想はいったん断念せざるを得なくなった。本稿では、構想が挫折した経緯を振りかえり、当事者・家族会、ボランティアとの協働事業の教訓と課題などについて考えていきたい。


1. 高次脳機能障害、失語症とは

(1) 高次脳機能障害
 高次脳機能障害とは、交通事故や頭部のけが、脳卒中などで脳が部分的に損傷を受けたため、言語や記憶などの機能に障害が起きた状態のことである。注意力や集中力の低下、比較的古い記憶は保たれているのに新しいことは覚えられない、感情や行動の抑制がきかなくなるなどの精神・心理的症状が現れ、周囲の状況にあった適切な行動が選べなくなり、生活に支障をきたすようになる。また、外見上では分かりにくいため、周囲の理解が得られにくい。原因疾患は、脳血管障害、脳外傷、脳炎・低酸素脳症などである。
 主な症状は、失行症(一連の動作手順が分らない)、記憶障害(新しいことが覚えられない)、失語症(言葉が話せない)、注意障害(気が散りやすい、集中できない)、社会的行動障害(怒りやすい、幼稚、引きこもり)、遂行機能障害(手際よく作業ができない)、地誌的障害(道がわからない)、半側空間無視(片側の空間を認識できない)などである。
 高次脳機能障害があることで、記憶障害などにより就労や就学が困難になる、感情のコントロールができないことによる家族関係の崩壊などの生活上の困難や問題が発生する。2008年に東京都が行った高次脳機能障害者実態調査によれば、都内の高次脳機能障害者数は49,000人(60歳以上の者が67.2%)と推計されている。葛飾区の高次脳機能障害者数の推計は1,400人である。

(2) 失語症
 失語症とは、主には脳出血、脳梗塞などの脳血管障害によって脳の言語機能の中枢(言語野)が損傷されることにより、いったん獲得した言語機能(「聞く」「話す」といった音声に関わる機能、「読む」「書く」といった文字に関わる機能)が障害された状態のことである。高次脳機能障害のひとつである。「聞く」「話す」「読む」「書く」全ての面が障害される。構音器官の麻痺などによる運動機能障害、先天的な構音器官の奇形などによる器質性障害など所謂構音障害とは区別される。また、声の出なくなる失声症などとも区別される。発症の原因の約9割は脳血管障害であり、 他に、頭部外傷、脳腫瘍などがある。失語症の特徴として、話す、聞く、読む、書く、の4つの言語側面すべてに障害があること、言葉の意味、文法、音韻、語彙のそれぞれの側面に障害があること、言語だけでなく言語を含む記号を操る能力の障害であることなどがある。失語症により、言語伝達が困難になることで、就労や就学が困難になるなどの生活上の困難や問題が発生する。

(3) 高次脳機能障害者の地域生活をめぐる問題点
 高次脳機能障害があっても、身体に麻痺などがない場合は身体障害者手帳が取得できない。失語症は身体障害者手帳の対象になる(2級、3級)。高次脳機能障害の診断があれば、精神保健福祉手帳が取得できる。わが国の障害者福祉制度は「手帳」制度が基本になっているため、「手帳」が取得できない場合、障害者福祉サービスは限定される。
 高次脳機能障害の社会的理解は進んでいない。外見からは高次脳機能障害であることが分からない、本人に高次脳機能障害であることの病識がないなどの、高次脳機能障害者の特徴はほとんど理解されていない。高次脳機能障害者とその家族は、地域や会社、学校の中で、十分な理解をされることなく、孤立してしまいがちである。
 高次脳機能障害者が利用できる障害者福祉サービスなどは全国的に見ても極めて限定されている。社会資源が未整備なためである。高次脳機能障害者のためのデイサービスなどの日中活動の場が少ない。医療的リハビリを利用できる機関が少ない(また180日間の制約もある)。医療機関退院後の在宅のリハビリの受け皿がない。地域において継続して利用できるリハビリサービスがない。高次脳機能障害者のための作業所や職場復帰支援・就労支援の場の整備も進んでいない。地域生活を継続していくためのグループホームも未整備であるなど問題や課題が山積している。
 葛飾区における、高次脳機能障害者の地域生活を支える社会資源としては、地活センターのデイサービスなどがある。地活センターでは、2007年4月から、高次脳機能障害者を対象にしたデイサービスに取り組み(毎週1回)、2012年7月現在、高次脳機能障害者対象のデイサービス(週4日)、失語症者対象の言語リハビリテーション(週1回)を実施している。葛飾区内の高次脳機能障害者相談支援機関は、保健所、区役所身体障害者相談係、自立支援センター、地域包括支援センター(6ヵ所)などがあり、支援機関で連絡会を設けている。高次脳機能障害者の日中活動の場としては、障害者福祉サービスでは、地活センター、生活介護事業所、介護保険サービスでは、通所介護、通所リハビリなどがある。リハビリの場としては、地活センターのデイサービス、介護保険の通所リハ、訪問リハがある。高次脳機能障害の特性に合わせた日中活動やリハビリの場はきわめて限定されている。
 失語症者への言語リハビリテーションでは、医療機関以外では、地活センターで実施している言語リハビリ、または介護保険の訪問リハなどに限定されている。
 障害当事者、家族の団体として、「高次機能障害者 家族会かつしか」がある。同会は、2000年に結成され、「当事者や家族が励ましあいながら地域で生活していく」をモットーに、月1回土曜に交流会、隔月1回定例会を行っている。「葛飾失語症友の会」は、失語症当事者の団体で、月1回、言語聴覚士を招いて言語リハビリの交流会を行っている。
 高次脳機能障害者、失語症者が、地域で生活をしていくためには、日中活動の場(生きがいや社会参加)、リハビリの場、作業所などの働く場、住み慣れた地域に住み続けるためのグループホーム(生活施設)などが必要である。  
 葛飾区においては、それらの高次脳機能障害者、失語症者の地域生活を支える社会基盤は不十分なままである。


2. 当事者・家族会、ボランティア、職員の協働がうまくいかなかった理由

 家族会、ボランティア、職員の三者の協働による、デイサービスを行ってきたが、この協働事業には2つの目的があった。第一に、高次脳機能障害者の日中活動の場の拡大である。とくに重度の高次脳機能障害者の日中活動の場はほとんどないのが現状である。第二には、家族会を主体に高次脳機能障害者支援事の事業主体となっていただくことである。高次脳機能障害者の社会参加の場はまっていても実現することはない。それならば家事会が主体となって建設し、それを行政と市民が支援しようと考えたのである。
 2009年度にボランティア養成講座を開催し、その修了生の中から、7人の方が、協働のミニデイのボランティアスタッフとなった。職員側は、比較的自立度の高い方を、ミニデイの対象者にしたいと考えたが、希望する人は誰でも受け入れたいという家族会の意見に従い、家族会に利用者の募集をしてもらった。重度の方の参加も考え、参加者は家族付き添いの形とした。当事者・家族16人(8家族)、ボランティア7人、職員4人というメンバーで、2010年1月から協働型ミニデイがスタートした。
 ミニデイの内容は、午前は、創作活動、計算・間違いさがしなどの脳トレ、調理活動などを行い、午後は、体操、音楽、体を動かすレクリエーションなどを行った。その一方で、次回の運営担当を決め、運営担当者が活動内容を決めるための会議を行った。
 ミニデイに取り組むことによっていくつかの成果もあった。まず、高次脳機能障害者のもう一つの活動の場になったことがあげられる。介護保険のデイサービスにはいきたがらず、家に引きこもっていた当事者が奥様に連れられて参加するようになったこともあった。また、当事者、家族、ボランティア、職員が、今までと違った形で相互に交流することができた、などの成果があった。「家族が通っているデイサービスがなんだかわからなかったが、やっていることがわかってよかった」「普段、家庭では見せないデイサービスでの表情や職員とのかかわり方などを見ることができてよかった」などの感想をいただいた。
 このように順調に進むかのように思われたミニデイであったが、2011年8月、家族会との話し合いの中で、「家族会としてミニデイに協力していくが、ミニデイを家族会が運営していくことはできない」という見解が会長から伝えられた。その理由は「これ以上、家族会のメンバーに負担をさせるわけにはいかない」というものであった。
 家族会を主体にしたミニデイの事業化の構想はいったん断念せざるを得なくなった。ミニデイについては、それまで関わってきた当事者、家族、ボランティア、職員で話し合いを重ねた。「ここまでやってきたのでなくしてしまうのは惜しい」という意見もだされ、今後は、家族会には協力してもらうことにして、関わってきた当事者・家族(4家族)、ボランティア5人、職員で運営していていくことを確認し、再出発していくことになった。
 家族会事業主体化構想の挫折を招いた原因を考えてみたい。当事者・家族会、職員、ボランティアのそれぞれが違った思いからミニデイに関わっていたことにあると考えられる。そこから、ミニデイをやることは一致していたものの、共通の目標(ゴール)は同じではなかった。
 家族会にとっては、当事者が参加できる新しい活動の場ができたということでの参加であった。事業主体化まで考えた上でのことではなかったと思われる。
 職員側は、地活センターの高次脳機能障害者デイサービスや言語リハビリは定員がいっぱいであり、他には高次脳機能障害者の日中活動の場がないといった社会資源がない状況の中で、活動の場を確保するためのミニデイの事業主体化を急いだという側面があった。
 高次脳機能障害に係る家族会には、①交流型、②要求型、③事業型などのタイプがある。交流型は最も基本的な活動の形であり、経験や情報を交流していく活動である。要求型は、要求を取りまとめ、国や行政に、要求や要望を伝え、その実現を図っていく活動である。事業型は、自分たちで、デイサービスなどの活動を運営していく活動である。職員側には事業型になってほしいという思いがあったが、それは家族会にとっては押し付けであり、負担に感じられたのではないかと思われる。


3. これからやること

 これからのミニデイを進めていく上で、心がけていくべき点は以下のとおりである。
 第一に、当事者・家族会、ボランティア、職員が共通の目標を持つことである。高次脳機能障害者の日中活動の場は、障害者福祉サービスと介護保険サービスの2つがある。40歳以上の脳血管性による高次脳機能障害者は、介護保険を利用できる。65歳以上の高次脳機能障害者は、介護保険サービスの利用が優先とされる。年齢で分けられるデイサービスではなく、切れ目のない連続した支援による、デイサービスの実現をめざしていく必要がある。 
 第二に、よく話し合うことである。これまでの活動では、当事者、家族、ボランティア、職員が話し合う機会が不足していた。ミニデイの運営や進行は、主に職員側によって進められたが、参加者全体での十分な意思疎通はできていなかった。話し合いの機会は、月に1度しかなく、メンバー全員が集合するその時に十分に話し合いの場をもつことが必要であった。その上で、当事者・家族会、ボランティア、職員がそれぞれの立場で、できることは何かを見極めて、役割を分担していくことが必要である。
 第三に、学びあうことである。職員側からは、当事者、家族を支援の対象だけに見てしまうところがあり、対等のパートナーの立場に立っていなかった。家族やボランティアの側も、細々としたことや面倒な事案は職員におまかせという姿勢もあったように思える。お互いが学びあい、理解しあうような姿勢が必要である。
 最後に、ミニデイの方向性も含め、協働にかかわる方向性を提示したい。
 第一に、ミニデイの自主団体化である。現在、関わっているスタッフで、2013年4月を目途にして、ミニデイの自主団体をめざすことになった。
 第二に、「失語症パートナー」を養成することである。地活センターの言語リハビリの1日の定員は24人であるが、常時定員一杯である。新しい利用希望に応えることができない。そこで、言語リハビリに「卒業」を設け、「卒業生」に自主グループを作ってもらい、言語リハビリの活動の場を作ってもらうことにした。「卒業生」の自主グループによる言語リハビリの場を手助けするボランティアとして「失語症サポーター」を養成することにした。自主グループによる言語リハビリについては、ミニデイの教訓をいかして、卒業生の自主性に任せて進めていただくことにする。「失語症サポーター」は、長期にわたる言語リハビリの回復過程に対応した、言語リハの場の形成を手助けすること、失語症者とその他の人との会話の仲立ちをして、社会参加を手助けすることを目的にしている。2012年11月から養成講座を行う。自主グループによる言語リハビリの場の形成は2013年4月からスタートさせる。
 第三に、理解者を増やすことである。「高次脳機能障害者ボランティア養成講座」「失語症サポーター養成講座」ミニデイなどを通じて、市民の方が高次脳機能障害者や失語症者と実際に活動をともにするなかで、高次脳機能障害や失語症についての、理解を広げていきたい。