2. 高齢者の住まいとしてのシルバーピアの優位性
大都市東京においては、自分の家を持てない高齢者が地域で暮らし続けることは非常に困難と前述しました。また、要介護状態になった場合、施設入所が困難なのは、その待機者数からも明らかです。
都内で特別養護老人ホームを建設するコストは一人当たり2,000万円。排泄や入浴などに全面的介護が必要な要介護4と5の高齢者18万人(2025年の見込み)を入所させるためには、今後必要となる建設コストは3兆円と試算されています。だからこそ『暮らし続ける』機能を有するシルバーピアの活用が必要であり、住宅の更なる拡充が求められます。※資料:「少子高齢時代にふさわしい新たな『すまい』の実現PT報告書」(東京都2009年11月)
シルバーピアは、高齢者の住まいとしてのハード面が優れています。しかし最も優れているのは、高齢入居者を日々見守り、いざという時に駆け付け適切な支援に繋げるという役割を担う、ワーデン(LSA)が配置されていることです。高齢者の日々の暮らしに寄り添い、適切な支援に繋げるワーデン(LSA)によって、地域で安心して歳を重ねる暮らしの場として、シルバーピアがより有効に機能することとなります。
特別養護老人ホーム・グループホーム・小規模多機能住宅等、介護保険上の『心身状態の区分』による選択ではなく、元気高齢者から特養入所対象(直前)まで様々な心身状況にある高齢者が、ワーデン(LSA)の見守りのもと、介護保険制度を利用しつつ、老いと向き合う仲間と共に、時には助け合いながら暮らす『住まい』という選択肢です。シルバーピアは、この『高齢者の暮らしの場』として他に類を見ない制度であり、もっと活用されるべき有効な社会資源です。
(1) シルバーピアでの暮らし(私の担当する住宅の具体例を挙げます)
① Aさんの場合
91歳のAさんは、50代で失明し全盲です。若い時から家族と住んでいた団地に、その後も一人で住み続けていましたが、団地建て替えのためシルバーピアに83歳で入居しました。新しい住環境を受け入れ、構造、システムを理解し記憶するというのは、非常に大変な事です。全盲の方ですので、聞いて覚える、触って覚える、全てに記憶が頼りです。他の高齢者の入居時とは比較にならないほど多くのサポートが必要でした。入居から8年を経て、加齢と共に、聴力の低下も著しく、理解力、記憶力のレベルもかなり落ちています。
ある早朝、Aさんの居室より緊急通報が入り駆け付けると、トイレからの声は呂律が回らず、便座から腰を上げることも下着を上げることも出来ません。脳梗塞でしたが早い発見が適切な治療に繋がりました。現在要介護4、1日に2回・3回(隔日)ずつ訪問介護が入っています。最近、方向がわからなくなり共用廊下を四つ這い状態で動き回り、他の入居者に保護されることが頻繁になっています。近くに階段があり注意を要しますが、週末に訪ねてくる家族は「母の暮らしは心身とも安定しており、心安らか」と言っています。
② Bさんの場合
Bさんは、小脳梗塞による入院時に、重ねて肺気腫と診断され在宅酸素使用になりました。3ヵ月の入院後、市のワーカーは独居は困難と判断し、数十ヵ所の施設にあたりましたが入所先は見つけられませんでした。身寄りが無く緊急時の連絡先は近所の知人で、退院数ヵ月後に生活保護受給が認められたほど年金は僅かであり、認知症で酸素のカテーテルを外すのは頻繁な状態です。施設が入所させたい対象ではないでしょう。入院時、深夜に全裸で病院内を歩き回ったり看護師に暴言を吐く等の行為もあり、退院を求められたそうです。施設で受け入れられない方が、シルバーピアで独居生活の継続です。しかし10年以上暮らしているピアでの生活再開は、気持ちの安定に繋がり、妄想からの攻撃的言動はなくなりました。ただ、在宅酸素の重要性の認識は困難です。酸素のカテーテルを外しては仲良しの方の部屋でお茶飲みです。この方も認知症なので、酸素吸入の大切さは理解できません。酸素の血中濃度が低くなると気分が悪くなり、ワーデンが呼ばれて部屋に連れ戻し、酸素カテーテルを装着するということの繰り返しでした。その後、カテーテルを外すのが頻繁になり、酸素機器からの警報で駆け付けるのが日常的になっていきました。生活リズムも昼夜逆転で深夜早朝の呼び出しも頻繁になりました。シルバーピアでの生活も限界をむかえ、部屋の中で転んで起きあがられずに発見されることが増えて再入院、1週間で亡くなられました。
Bさんのシルバーピアでの生活における訪問介護・看護による保険者負担は、8万円前後/月。特養入所であったならその負担額は、おおよそ23万円/月と類推できます。
③ Cさんの場合
Bさんのお茶飲み相手がCさん夫婦です。夫は入居の数年前に、建築現場で転落し脳挫傷による意識不明が続き、諦めていたものの奇跡的に回復した方で、後遺症も抱えていました。入居数年後に妻も記憶障害が顕著になりました。漠然とした不安を抱え「何か変なの」と、一日に何度もワーデンを訪ねて来ます。ワーデンが、部屋で一緒にその不安の原因を探しますがわかりません。気持ちが落ち着くまでの寄り添いが必要です。妻の方が認知症は進行していますが、妻自身は「父ちゃんの世話をしている」と思い込んでいます。夫が通うデイサービスを妻に勧めても「呆けた人が行くところ」と取り合いません。それどころか、通所を妨害しようと迎えの車に乗り込んだ夫を引きずり降ろそうとしたり、走り出した車のドアに手を掛けて止めようとします。この時は、日頃の穏和さが影を潜めすごい形相です。しかし夫は行ってしまい、険しい表情の妻が取り残されます。自室までワーデンが付き添い、話し相手をつとめます。若き日の良き思い出の数々をエンドレスで語り続けているうちに気持ちも和んできます。
ある朝、「父ちゃんが何か変」とCさんが玄関に立ちつくしていると他の入居者から連絡があり、夫を緊急で大学病院に搬送しました。血糖値が計測不能なほど低い状態でした。夫には複数の持病があり服薬が欠かせないのですが、妻が医者嫌い薬嫌いのため、住宅の集合ポストの一つに薬を保管し、巡回ヘルパーが妻の目を盗んで服薬管理をしていました。その朝はヘルパー訪問時、座位が保てない状態でしたが、朝ご飯を食べたと言うので薬を飲ませたそうです。いつでも何でも肯定で答える方に「食べたの?」という問いかけです。いつから食事を摂っていなかったのかが不明の状態で、食後の血糖値を下げる服薬という、命に関わる状況でした。
(2) 自立生活の延伸
シルバーピアにおいては、これら緊急時対応はもとより、日常的に密接な見守りを行っているワーデンが、高齢入居者の心身の状態変化を早期に発見し適切な支援に繋げることにより、心身の状態低下を最小限にくい止め、施設入所の先延べが可能となっているのです。
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「茶話会」
話が弾み時を忘れて…
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「料理講習」
皆で作って皆で食べて
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(3) 居住の継続性
高齢になってからの環境変化が、心身に大きな影響を与えることは周知のことです。住環境の変化は大きなストレスにもなります。「転居」が認知症発症のきっかけになるケースは多々あります。心身の変化に合わせた適切な支援を受けながら、同じ住宅に住み続けられるのであれば、回避可能な事態です。前述の具体例が示すよう、シルバーピアにおいては、それが可能です。
要介護状態であっても、住宅のシステムを理解できる程度の心身状況にあれば、シルバーピアへの入居は可能です。入居以降、自立度低下に合わせ、適切な支援を受けながら住み続けられます。独居であっても、暮らしのなかで培われた信頼が基盤となっているいつでも駆け込めるワーデンが常駐し、日々見守り、いざという時に対応します。「馴染んだ」人間関係、老いの不安や寂しさを共有・共感できる仲間も居ます。「住み慣れた自分の部屋、自分の家で、人としての尊厳を守られながら、その人らしく生きる」、それがシルバーピアでの暮らしの形です。
(4) 地域に開かれたシルバーピア
各シルバーピアに設置されている団欒室は、入居者の交流はもとより、地域の高齢者も交えた趣味やボランティア活動の拠点、交流の場として活用され、住宅が地域に開かれ、地域に根付く一つの要素ともなっています。
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