1. 思考錯誤の活動歴
(1) タイとカンボジアで―保育政策ゼロに近い国で保育所自主運営をめざす
住む人の自主を認めない難民キャンプで、私たちは保育者を養成し自主管理の保育の場をつくった。また保育政策がゼロに等しい難民帰還後のカンボジアで、援助頼みの貧しい村民が保育自主運営を選べる道を探ってきた。共に、子どもを独立した人格と捉え、成長の過渡期にある存在と考えた意識改革である。努力は人びとの自助意識を高め、農村、スラム、僻地の子どもの将来に希望を見ている。資金、人材が限られた地で、保育者を養成し運営を託す試みは大きな挑戦である。カンボジア支援21年後の今、幼い難民を考える会の後押しを受けて資格を得た卒園生の努力が地域を支えている。
(2) ビニールテントを役立てた移動保育―阪神災害地とスマトラ沖地震災害地
組織内に緊急援助態勢がなかった17年前、保育士や大学生、海外ボランティア経験者が、神戸の避難住宅近所に仮設テントを張り、子どもがいる地域のあちこちで移動保育を試みた。モデルはインドで建設現場に働く季節労働者の子どものための移動保育だが、会にとって緊急支援時の態勢と活動のありかたを問われる試練だった。2004年末、スマトラ沖大地震・津波被災地での国際的な連携による経験は貴重だった。タイの支援団体との共同作業は、会のカンボジア事務所チームが被災各地で巡回保育の支援を行い、2007年に活動を終えた。
(3) 陽の目を見なかった「あおぞら保育」計画―東北災害地での経験
災害地住民による「仮設住宅の集会所を子どもの保育に使えないか」の訴えは、その「方針が無い」理由で認められなかった。また地元団体が出した「子どもの場」の要求に対しては「避難所の閉鎖を前に子どもが集まり居ついては困る」と管理側が断る事例もあった。緊急事態に際して、政府関係者が成長期の子どもへの対応を軽視した無策の表明である。現場では支援団体に対して避難施設側の制約があり、施設への出入り制限や個々の受け入れ施設側の事情もあった。会の臨時対応としてのテント使用による保育や外遊具の設置についても、望ましくないとする(宮城)など、計画した建物を必要としない保育活動、「あおぞら保育」は実現しなかった。高齢者支援に比べ優先順位が低い幼児対策には、施設側、住民の一部の無関心が一般的で、「6項、1)当会の検証から」に述べる2、3の例外を除いて、接触した災害地4県全体に、青少年期の成長の基礎を創る幼児期の環境問題を無視する政策傾向が見られた。このように行政側の予算が限られているとの事情を受けて、会としては公私の区別なく支援を必要とする施設やグループを支援の対象にした。(人口が少ない福島県沿岸地域で津波・原発事故被災の8町村、川内村、葛尾村など―5項、支援実態表参照)
2. 支援に向けた調査・実践まで
(1) プロジェクトチーム編成
保育士、心理学・社会福祉学・国際政治学者など9人のメンバーが調査・活動計画、予算検討、遊具・教材選定と製作指導、支援物資の相応性などを検討し、支援対象範囲を定めた。支援対象の選定は被害を受けた施設責任者の意識は高いが、保育環境を整えられない施設、とした。また、提供する保育セットは、カンボジアの子どもたちお気に入りの人形や布ボールを含む「手作り遊具」初め、集められた支援金で購入した絵本、遊具などである。手作り遊具の作成には述べ700人のボランティア(会員、支援者、支援企業ボランティア、一般)が関わった。
(2) 東北被災地支援に関する情報集め
当初、支援計画に必要な情報が得られずに苦心している折、会のカンボジア事業支援団体のひとつ、全日本自治団体労働組合関東甲地区連絡協議会の協力があり、被災各地の状況を知るきっかけができた。さらに、大災害以前より子どもの問題に焦点を絞り活動中の団体や個人が結成した「災害子ども支援ネットワークみやぎ」を初め、多くの助成支援団体や企業とも連携を組んだ。結果として、情報集めばかりでなく、相互支援による東北被災地支援資金援助計画が一段と進んだ。また、活発な支援活動をする地元団体が車を持たない実態もわかり、被災施設を訪ねる際の不都合を補うため車購入資金の斡旋をし、相互援助による連携はさらに密になり、支援効果があがった。
3. 支援計画の柱
(1) 当初の計画内容
① 活動拠点数ヶ所を定め、幼い子どもたちを中心に、建物のいらない「あおぞら保育」を行う。
② 子どもたちが一日数時間、保育者や友だちと遊具や絵本で遊んだり、軽食を楽しむ場を用意する。
③ 他団体と協力の上、地元の保育士・保健士等を有償ボランティアとして募り、活動への参加を促す。
④ 保育スペースは、屋外の場合、ビニールテントを用いたり避難所の一角を借りるなどして確保する。
(2) 被災地の主体性を支える
当会が一貫して守ってきた「地元が育て周囲が助ける」パターンを踏襲することで、将来の地元文化の担い手となる子どもの帰属意識を育てる。子どもたちの声を聞き、その考えを生かす方法についての検討は今後の課題としてある。
(3) 壊された保育環境を整える
被災直後は人々の精神的動揺が大きく、保育再開に自ら係わろうとする人材が見つからなかった。数ヶ月後、状態が落ち着き始めると、「保育の仕事を続けたいが施設が無くなった」人や、被災転地による職探しをする有資格者があらわれた。
これらの経験者を施設が採用し、施設に対し給与基金を援助した。(5項、被災地支援実態参照) 施設全壊または流失の場合は代替地の経費と職員給与の補助をしている。(5項、支援実態一覧に記載)
(4) 適切な遊具・教材を生かす
大勢のボランティアによる手作り遊具や教材を組み合わせた「保育セット」は用途別にA/Bの2種類に分け、用途と使用環境、頻度を考慮のうえ4県32施設に配布した。用意した保育遊具の生かされ方は施設名ともに支援実態表に記した。
① (A)読み聞かせ用の本・絵本・CDなど、体を大きく動かすグループ遊び用具と遊具。
② (B)小グループ向けや子どもの一人遊び用遊具、教材。
(5) 被災児の就学支援
保育支援と関連づけ補助金支払い対象を支援施設卒園児とする。
① 2011年度受給者14人。(世帯ごとに20万円支給)
② 2012年度支給対象予定数は25人。
4. 予算・資金
(1) 2011年度 計上予算5千338万円
施設資金援助費目
① 地元保育者雇用補助
② 環境整備(保育の場賃貸料、器具備品、外遊具、屋内外整備・消耗品費等)
③ 遊具・教材費(絵本購入、材料代、運搬費)
④ 給食費(原発事故被災地区用飲料水等)
⑤ 調査費(交通、宿泊、追跡調査費等)
⑥ 人件費(担当職員・チーム員 諸経費)
⑦ 車両購入費(地元団体への寄付車両)
就学支援金
① 支援施設卒園児を対象とする4月入学を控える子どもの学費補助
(2) 資金源
補助金申請―申請先は助成団体、ボランティア協賛企業など、震災募金(会員、支援企業、一般)
5. 実践した地域と対象施設・グループ
(1) 訪問・支援施設と支援実態
2011年度 被災地施設支援の実態 (2011年4月~2012年3月現在)
|
県 名 |
訪問施設数 |
訪問度数 |
資金援助施設 |
教材・遊具提供施設 |
訪問時期 |
茨 城 |
0 |
1 |
0 |
0 |
2011. 4. 2 |
千 葉 |
0 |
1 |
0 |
0 |
2011. 4. 2 |
宮 城 |
17 |
22 |
7 |
15 |
2011. 5.12-2012. 3.28 |
福 島 |
13 |
26 |
1 |
11 |
2011. 5.15-2012. 3.14 |
岩 手 |
5 |
5 |
0 |
5 |
2011.11.26-2012. 2.22 |
埼 玉 |
1 |
5 |
0 |
1 |
2011. 6.15-2012. 1.14 |
計 |
36 |
60 |
8 |
32 |
2011. 4. 2-2012. 3.28 |
|
茨城県 ① (神栖)液状化地域の状況を視察
千葉県 ① (銚子、旭、香取)津波被災地・液状化地域の状況を視察
宮城県 ① (仙台・私)災害子ども支援ネットワークみやぎ (資金援助/教材・遊具A研修用)
② (仙台・公)市名坂児童館 (教材・遊具A)
③ (仙台・私認可外)Kid’s Space ピッコロルーム (資金援助/教材・遊具A/B)
④ (仙台・公)のびすく仙台 (面談)
⑤ (仙台・私認可外)託児スペース ポルカ (資金援助/教材・遊具A/B)
⑥ (仙台・私)みやぎいのちと人権リソースセンター
⑦ (仙台・公)コミュニティ・ワークサロン えんがわ (教材・遊具A/B)
⑧ (仙台・公)幸町南児童館 (教材・遊具A 研修用)
⑨ (仙台・公)鹿野児童館 (教材・遊具A 研修用)
⑩ (仙台・公)小松島児童館 (教材・遊具A 研修用)
⑪ (石巻・私認可外)ピノッチオ保育園 (教材・遊具A)
⑫ (東松島・私)のびる幼稚園 (資金援助/教材・遊具A×2/B)
⑬ (東松島・公)大曲浜保育所 (教材・遊具A)
⑭ (東松島・公)鳴瀬地区保育所 (教材・遊具A)
⑮ (気仙沼・私認可外)保育スペースつぼみ (資金援助/教材・遊具A/B)
⑯ (気仙沼・私認可外)キッズROOMおひさま (資金援助/教材・遊具A/B)
⑰ (多賀城・私認可外)おおぞら保育園 (資金援助/教材・遊具A/B)
福島県 ① (福島・公)パルセいいざか【避難所】・二次避難先旅館【飯坂温泉】 (教材・遊具A)
② (福島・公)子育てカフェ・福島市保健福祉センター (教材・遊具A)
③ (福島・私)すけっとくらぶ【あづま総合運動公園 避難所】・県北保健福祉事務所 (教材・遊具A)
④ (福島・公)福島県庁 子育て支援課 (面談)
⑤ (郡山・公)とみたさくら保育施設【富岡町施設】 (教材・遊具A/B)
⑥ (郡山・公)ビッグパレットふくしま【避難所】(面談)
⑦ (郡山・公)かわうち保育施設 【川内村施設】 (教材・遊具A/B)
⑧ (会津若松・私)はまっ子くらぶ (教材・遊具A/B)
⑨ (田村郡・公)葛尾幼稚園三春分園【葛尾村施設】 (教材・遊具A/B)
⑩ (田村郡・公)みはるせきれい保育施設【富岡町施設】 (教材・遊具A/B)
⑪ (安達郡・公)あだたらつつじ保育施設【富岡町施設】 (教材・遊具A/B)
⑫ (川俣町・私)やまゆり保育所【飯舘村施設】 (資金援助/教材・遊具A/B)
⑬ (伊達・個) 仙林寺【子どもの場】 (教材・遊具A)
埼玉県 ① (加須市・公)騎西高校【避難所、福島県双葉町住民】・コープさいたま (教材・遊具A)
岩手県 ① (下閉伊郡・私)山田第一保育所 (教材・遊具A)
② (下閉伊郡・私)豊間根保育園 (教材・遊具A)
③ (岩泉町・公)小本保育園 (教材・遊具A)
④ (岩泉町・公)有芸保育所 (教材・遊具A)
⑤ (岩泉町・公) 国見季節保育所 (教材・遊具A)
注: 教材・遊具 A(大人を含む大グループ遊び用)、B(小グループ、一人遊び用)
6. わかったこと・学んだこと
(1) 当会の検証から
以下は子どもの環境をめぐる一般状況の観察である。
① 外遊びを禁じ放射線被爆から子どもを守ることへの不安と恐怖がある。
② 授乳所や遊び場を設けてない公共避難施設。
③ 学童には学校や準じた場所があるが、幼児にはグループ遊びや保育の場がない。
④ 高齢者が多い居住者の一部の間で、子どもが邪魔な存在とされている。
(2) 災害時・避難生活中の子どもたち
① 寄せられた大量の遊具は室内に積み上げられたまま、使いやすさに向けた配慮がない。
② 放射線への心配から外遊びのできない子どもや、避難所閉鎖を受け転居を繰り返す家庭の子どもの間に、叩く、蹴るの乱暴な行為や口論が増えた。(福島)
③ 寄付されたゲーム機で終日遊ぶ。遊びのなかの地震、津波ごっこに心理的な影響が見られる。
④ 菓子類が摂取自由になっており暴飲・暴食が目につく。(福島)
⑤ 幼児・小学生用に遊びと勉強の仮スペースを用意した児童館には子どもが毎日集まる。(福島、富岡町)
⑥ 仮住宅では大声を出せず、学校にも慣れず、友達もできなかった子どもたちが1年2ヶ月で少し学校にもなれ、落ち着きはじめた。心配は次の転地避難の不安を抱えていること。(福島)
⑦ 転地被災先で差別を受ける。
⑧ 子どもが「うるさい」「迷惑」とされ、子どもの遊びや行動を控えさせたり、転居するにいたる。
(3) 被災した公私保育施設とその後の行政措置
① 保護者が署名運動をし(行政に働きかける施設長を支えて)、避難所の一部を保育用に借り受けた。(宮城、東松島市)
② 不便な立地の仮設住宅の入居希望者が少なく、借り上げ住宅を増やすため公立保育園予算が削られた。(宮城、東松島市)
③ 役場の保育所予算を守り通し、仮設住宅・集会所で保育所を開設した。(福島、富岡町)
④ 津波で流された公立施設には代替地への公的援助があるが、民間施設は対象外。(宮城、東松島市)
⑤ 物資を含む公的援助は公立の施設が優先され、私立にはほとんどはない。(宮城)
⑥ 公立施設に対する援助は職員給与支給に限られている。(宮城、東松島市)
⑦ 保育用備品、教材は民間支援に頼るとの方針が出された。(宮城、東松島市)
(4) 支援団体間の連携や行政側の統括の仕組み
① 複数の団体がイベント支援などをする地域に、何らかの活動調整機能があれば支援効果があがる。
(5) 施設保育者のレポートから
① 防災訓練に慣れた子どもたちが非常時に落ち着いて指示にしたがった。(福島)
② 防災無線が役に立たなかった。(福島)
③ 「とにかく子どもを守りたい」(福島)
④ 「いつか家にかえる」を励みに困難な時期を乗り越えたい。(福島)
⑤ 子どもの保護者の精神的安定が必要。(福島)
⑥ 原発放射能の影響問題と向き合い、今できることから前向きな姿勢を得ようと努力している。(福島)
7. 地域の子育てー大きな連携の輪で支えよう
(1) 連携の強化と協力のありかた
地方行政機関、自治団体労働組合、地域団体(子どもと保護者を支える)、幼児施設、NGO等とネットワークをつくり、平時、緊急時に対応する。
① 被災地域内外から寄せられる多種な支援活動を総括し、連携を深めつつ統括力のある機構をつくる。
② 支援団体用ガイドラインとチェックリストを用意―「災害子ども支援ネットワークみやぎ」の事例。
(2) 今後の取り組み
支援活動と実態調査の継続、活動評価、活動マニュアル作成
① 避難生活の長期化が予想される地域で、継続できる支援体制を整える。
② 現行支援32施設の支援効果を見ながら、2012 年度は対象施設を絞り、個別の関わりを深める。
③ 災害時に臨機応変な支援態勢のありかたをマニュアルにする。
④ 支援施設を今後の活動拠点とし、めざす保育のありかたを模索する。
⑤ 保育にふさわしいスペースに必要な環境整備(人的環境も含む)への提言をする。
8. まとめ
災害対策に限らず、幼児期の子どもにとって必要な「環境」の教育的な意味は理解されにくい。放っておいても子どもは育つ式の無関心に出会うこともある。育つ子どもの内面でなにが起きているかがわかり、生活することで周囲の事物についての概念を得たり、精神を形づくっている事実に目を向けると、幼児期のひと時の生活のありかたをおろそかにするわけにはいかない。幼児は自分を取り巻く空間と時間、社会の複雑な環境から刺激を受け、無意識に反応しつつ自己の基礎となる部分を創っている。やがて子どもは将来の生産力となり、知性となり、文化の担い手となり、国内を初め、国際社会の将来を動かす力になる。
幼い難民を考える会は、これからも日本の子どもの成育環境のありかたを問い、状況の改善を訴えるなどして、今後の防災対策にも役立てたいと考えている。 (文責・いいぎり ゆき) |