1. 神戸市における公立保育所民間移管
(1) 提案の特徴
神戸市における保育所民間移管の提案は、2005年2月に出されました。それまでに労使で4回にわたり、公立保育所のあり方検討会を行い、公立保育所の現状(建物の老朽化、「超過負担」の増大、待機児童、虐待など子育てをめぐる変化など)については認識を深めてきましたが、民間移管提案に対しては、「これからの公立保育所はどうなっていくのか」、「雇用はまもれるのか」など職場からはたくさんの意見が出されました。
神戸市における民間移管提案の内容は、単に公立減らし財政難解消のひとつにするということだけでなく、これまでの労使の協議を一定踏まえ、「すべての子どもたちのすこやかな成長のために」として今後の公立保育所の充実に向けた取り組みも盛り込んだもので、3点の特徴がありました。
① 「次世代育成支援行動計画(こうべっこすこやかプラン)」に基づき、虐待、子育て不安など時代のニーズに対応した子育て支援策の拡大、充実を行う。ことにこれまで手薄であった在宅児へのサービスの拡大を図る。
② 老朽化した公立保育所の設備改善やこれまでアルバイト対応であった保育士の正規化などハード・ソフト両面の保育環境の改善を行う。
③ これらの新たな子育て支援、保育施策を進める財源を、公立保育所の社会福祉法人への移管によって生み出す。というものです。組合としては子育て支援策の充実と公立保育所の環境改善という点を重視し、保育士の要求を実現することを大事にして運動の展開をしました。
(2) 要求書を作る
この提案の内容を踏まえて、神戸市職労民生支部では全職場での要求議論を2回にわたって行いました。その中では、公立保育所民間移管に反対すると同時に、公立保育所の充実のために、大幅な枠拡大のアルバイトの正規化人員を増やして欲しい、老朽化した設備を改善してほしい、遊具や絵本を新しくして欲しい、など具体的な要求もたくさん出されました。保育士の保育を充実したいという願いは、非常に多様なものでした。
そのひとつに、地域子育て支援センターを公立で作ることができないか、ということがありました。公立保育所の強みは、安定した雇用条件に裏打ちされた保育士の長い経験がはぐくまれていることであり、その結果として高い専門性を身につけることができることです。この経験や専門性を、公立保育所に通う子どもたちだけでなく、全ての乳幼児へと役立て、子育てに悩む親達に届けていくことが、新しい公立保育士の役割ではないか、という意見でした。
労働組合としても、公立保育所の今後のあり方を考える上で、地域の子育てを支えていくというのは一つの大きな柱であると考え積極的に実現に向けて交渉を繰り返しました。
2005年民間移管要求書より
「公立保育所での子育て支援センターの箇所数を増やし、子育て相談に公立保育士の経験を生かすこと」
2006年民間移管要求書より
「公立保育所での子育て支援センターを前区に設置し、事業内容を明らかにするとともに、保育士の専門性を生かし職域の拡大についても検討すること。」
2007年民間移管要求書より
「公立保育所の役割を認め、公立保育士の経験を子育て支援にも生かしていくこと。そのために子育て支援センターを全区に設置し、施設設備の拡充と事業内容の充実を図ること。また、全ての公立保育所で子育て支援ができるように予算を増額し、体制の充実も図ること。」
2. 地域子育て支援センターの公立開設をめぐる議論
(1) 労使協議の中で
これに対し、神戸市当局も当初は消極的でした。労使の議論は整理すると以下のようなものでした。
神戸市担当部局の論点
① この時点ですでに2つの区で社会福祉法人に委託して、地域子育て地域子育て支援センターを開設していた
② 民間によりすでに先行して実績を上げているものを、公立で作ることはこれまでの方針に反する。
③ 公立で開所するとなると社会福祉法人のやっている事業との差別化を図る必要があるのではないか?
④ その具体的な方向や中身がはっきりしない中で、公立でやることに全市的な同意が得られるか?
⑤ なにより人員削減している中で、新規の事業への増員を認められるのか?
などです
労働組合の主張
① 今回の民間移管提案は、生み出した予算により公立保育所の充実のための人員増と予算増を行うことを約束している。
② これまでの「あり方検討会」でも虐待件数の増加や子育て不安を訴える親の増加など、社会の変化に対応する必要があると労使で確認してきたはず。
③ 公立保育士の最大の特徴である、長い経験を全ての子育て世帯、全市8万人の乳幼児のために生かしていくことが、公務員保育士の使命である。
④ 社会福祉法人で行っている地域子育て支援センターは、その法人の運営する保育園の中にある保育園併設型であり、その保育園の中で自己完結する事業であるが、公立で行う支援センターはその区内全域の子ども関連機関・施設と連携して事業を行い、広く面として地域を支えることを目的としている。社会福祉法人が運営する場合は、行政内部(保健師との連携、児童相談所との連携など)、区社会福祉協議会や児童館、それに公民の保育園(所)と連携することは困難。行政的役割を持つのが公立保育士である。
労使の協議を繰り返し保健福祉局子育て支援部(当時)、人事・予算部局の同意を得て、公立での地域子育て支援センターの設立となりました。しかし、当初は手探りの状態で、業務内容を確立するためには3年ほどかかったと思います。
(2) 公立地域子育て支援センターの設立状況と変遷
2000年4月開設 東灘区地域子育て支援センター (住吉公園保育所内→2009年4月~東灘区役所内に移転)
2006年4月開設 北区地域子育て支援センター (桜の宮保育所内)
灘区地域子育て支援センター (西灘保育所内→2010年7月~灘区役所内に移転)
2007年4月開設 兵庫区地域子育て支援センター (小河保育所内)
垂水区地域子育て支援センター (川原保育所内→2008年4月~垂水区役所に移転)
2008年4月開設 中央区地域子育て支援センター (中央区役所内)
長田区地域子育て支援センター (長田区役所内)
2010年4月開設 北区北神地域子育て支援センター(北神出張所内)
2012年4月開設 西区地域子育て支援センター (西区役所内)
須磨区地域子育て支援センター (須磨区役所内)
地域子育て支援センターは、4類事業所として独立したひとつの事業所という性格を持っています。所長として係長級保育士と担当保育士1人の2人の体制です。係長級所長の負担は大きくなりますが、ひとつの独立した事業所であることで、判断機能や調整機能を持っているため機動的な動きができるメリットがあります。
その後、事業のうちの相談事業を行うには、2人の体制では不在になりがちで、電話対応が不十分であることから、市内を東西2つの区域にわけ2箇所のセンターに嘱託保育士を配置し、不在時の電話は全てこの2箇所に転送されるようになりました。
2010年の中央区地域子育て支援センターの開設から、区役所内に支援センターを設置するようになりました。これはよりスムーズな行政内連携の確立と、より広く市民からの相談を受けつけるために変更したものです。
現在は兵庫、北の2箇所を除き、区役所内に設置されています。それにより名称もより身近に感じてもらえるように区役所内に設置したセンターは「地域子育て応援プラザ○○」という名称に変わっています。
3. 現状と課題
(1) 現在の業務内容(2011年度報告書より)
この基本業務内容は、標準的なモデルを示すものであり、実際の運営にあたっては、各区の状況に応じて、業務内容を構築するものとする。
【神戸市地域子育て支援センターの機能】
地域の子育て支援情報の収集・提供に努め、子育て全般に関する専門的な支援を行う拠点として機能するとともに、既存のネットワークや子育て支援活動を行う団体等と連携しつつ、地域に出向いた地域支援活動を展開する。その中で、継続した支援が必要な場合には、関係機関との情報共有・連携により支援を行う。
① 子育て親子の交流の場の提供と交流の促進
育児の孤立化や虐待の予防、育児不安の緩和、子どもの育ちを支える観点から子育て親子が気軽にかつ自由に利用できる交流の場の設置や、子育て親子間の交流を深めるための取り組みを実施する。実施にあたっては、仕組みづくりや関係機関との調整を合わせて行うとともに、保育に関する専門的知識や技術の提供を行う。また、既存の施設、社会資源を活用する。
(具体的事業例)
・体験保育事業
・子育てひろば事業
② 子育て等に関する相談と援助
保育の専門的知識や経験に基づく対人援助技術を活かし、子育て全般に関する相談に応じる。内容により必要な場合は、具体的なかかわりの方法や子育ての手がかりがえられるよう援助する。また、関係・専門機関を紹介し、連携して援助を行う。
(具体的事業例)
・電話相談
・面接相談(来所・窓口・出前保育時)
③ 地域の子育て関連情報の提供
育児の孤立化や虐待を予防し地域の子育て力を高めるため、地域の親子が必要とする子育て支援に関する情報を発信する。
また、子どもをすこやかに育むために、育児に関する情報を提供する。
(具体的事業例)
・地域活動における情報収集(親子の状況及び子育て支援状況の把握)
・子育て情報紙に発行
・HPの作成更新
・会議等における情報交換や報告
④ 子育て及び子育て支援に関する講習等の実施
親や地域の子育て力を含め、子どもがすこやかに育つために、親子や将来的な子育て支援者も含めて対象とし、保育の専門的認識と技術を活かした子育て全般に関する講習・講座や、子育て関係(専門的)機関と連携した講習・講座を開催する。
実施にあたっては、子育てをすることの喜びを、親も地域も味わい生きがいが得られることにつなげるものとする。
(具体的事業例)
・親子セミナー
・子育てセミナー(母親・父親・両親)
・子育て支援者セミナー(専門職・ボランティア)
・子育て支援者養成セミナー
⑤ 地域活動に対する支援
保育の専門的知識と経験に基づき、その技術を活かして、地域において親等が行う子育てサークルや親子交流の活動など子育て全般に関する活動に対し、健全な親子関係を築き、子どものすこやかな発達を促す支援を行う。
(具体的事業例)
・サークル活動支援
・サークル、サロン立ち上げ支援
⑥ その他
・子育て支援ネットワーク会議等への出席
・新たな子育て支援の取り組みについての提案
・保育士としての資質向上のための研修参加及び自己研鑑
・全市、区内保育所長会議への出席
・日常の庶務的事務
※ 事業実施する中で業務内容が連動的に行われることは常とする。
(参考)各区においては、この基本業務内容以外にも既に実施されている事業・業務がある。
(2) 市民の認知度の高まり(拡大する業務量)
資料参照
(3) 今後の課題
現在、支援センターは、区保健福祉部こども家庭支援課の保健師、児童ワーカー、社会福祉協議会、民生・児童委員、児童館、地域の子育てサークル、大学、そして公民の保育所(園)と連携して、多様な子育て支援事業を展開しています。点在していた支援を線として繋げ、在宅親子にとっては、子育てに関してのワンストップサービスの中心になっています。
近年、検診でハイリスクと判断されたような、支援に来ない、来れない親や子をどうして行くかが大きな議論になっています。事業の支援の場に出てこれないような、子育てに悩んでいる親、人間関係が苦手な親、引きこもってしまっている親が、子育ての輪の中に入っていくには、きめ細やかな対応が求められます。
地域の親子が安心して身近な場所で、子育てコーディネーター(支援者)とつながっていく為には、公立保育所を中心とした「子育てコミュニティー」を作り上げていく必要があるのではないかと考えています。これまで点在していた支援が、線としてつながり、それを更に面化していくためには、中心機関としての公立保育所と、そことつながる様々な社会資源が網の目のようにつながりあうことが必要なのです。それを「子育てコミュニティー」と言い表したいと思います。「公立保育所を中心とした」コミュニティーづくりを考えているのは、公の機関がコミュニティーの中心にあることで、そこに関わる機関全体の信用創造がなされ、支援者(機関)と在宅親子との間に信頼関係をつくれると考えます。援助や支援は信頼関係なくして成立しないものです。
しかし、コミュニティーは一朝一夜でできるものでもなく、核家族化の進んだ都市部にあっては自然発生的にはできません。そこで、地域子育て支援センターがそのためのコーディネートやネットワーク作りを行うことが必要になると考えています。地域子育て支援センターが「子育てコミュニティーの中心」になるのではなく、公立保育所を核となりながら、既存の施設(民間保育園、児童館、学校など)と組織(婦人会、老人会、NPOなど)、個人(ボランティアなど)がつながりあって、地域の子育てを支える仕組みを作っていくことが、永続的できめの細かい支援を可能にすると考えられます。地域子育て支援センターは「子育てコミュニティー」形成のためのネットワーカーであり、援助者であり、相談役と位置づけられます。
このように考えると、地域子育て支援には、①いながらにして親子を楽しませる保育力と、②身体面だけでなく精神面からも個人を理解する力と、③「子育て地域全体の課題として応援しよう」という地域づくりの力とが必要になります。しかし、現在の2人の体制ではとても不備で、事業に追われて他機関との連携を広げたり困難な在宅支援の底上げをしていく余裕がありません。また、労働条件にも問題を抱えています。核となるべき保育所の側も日常の保育に追われて、支援センターとかかわる専任となる窓口を持っていません。一つの大きな課題は、人員の増です。地域子育て支援センターの3人体制への充実と、各保育所への子育て支援保育士の配置を訴えています。
もうひとつの課題は、地域子育て支援センターの組織上の位置づけです。現在の位置づけは4類事業所として独立的な運営になっていますが、コミュニティーづくりを行っている部局は区の他のセクションにもあるし、社会福祉協議会などとも関係する課題です。どのように位置づけるのが子育て支援を面化していく為の連携がとれるのか、議論をしていきたいと思います。 |