1. はじめに
これまで公立保育所をめぐっては、小泉政権の三位一体改革による公立保育所運営費国庫負担金の一財化やその後の集中改革プラン等により、公立保育所の民営化・統廃合やそれに伴う正規保育士の削減がなし崩し的に行われてきた。保育サービスの現場は民間に任せるという流れが、現行保育制度において公立・私立の間で可視的なものとして大きな差異を見出すことを難しくしており、公立保育所のあり方が問われながらも、明確な答えが導き出せない自治体も多く存在している。高知市もその一つであり、定員適正化計画により正規保育士が大幅に削減された結果、公立保育所の保育水準を維持・承継するために統廃合や民営化を余儀なくされているが、公立保育所の今後のあり方については具体的な姿が見えていない。
このような中、公立保育所には、地域主権改革と社会保障・税の一体改革による子ども・子育て支援制度改革という二つの大きな流れが迫ってきている。その是非はここでは触れないが、いずれも主体となるのは基礎的自治体であり、地域の自主性と責任において地域の実情に応じた公共サービスを展開するという大きな責務を負うことになる。この重みを受け止め、その責務を果たすためには、やはり直営である公立保育所がその覚悟を示し、イニシアティブを取らなければならないだろう。本稿では、このような問題意識のもと、主に地域主権の観点から高知市における公立保育所のあり方について考えてみたい。
2. 保育制度における地域主権改革
地域主権改革については、現段階では、自治事務に係る法令による義務付け・枠付けの見直しが進められている。保育分野では、いわゆる「第1次一括法」により、保育所などの児童福祉施設における職員配置基準や施設設備基準などを定めた児童福祉施設最低基準を都道府県・政令市・中核市に条例委任することが決定され、高知市においても2012年4月に「高知市児童福祉施設最低基準条例」を制定している。その内容としては、基本的にこれまでの国の基準どおりとなっているが、衛生管理、食育及びアレルギー対応等の観点から、給食の外部搬入の特例は条例化せず、自園調理以外は認めないものとしているので、国の基準との差異もある。
なお、この条例制定の事務は、私自身が担当させてもらった。条例化することの重みを実感しながらの作業で、市民の関心も高く、パブリック・コメントにおいては多数の意見が寄せられ、回答に悪戦苦闘したが、良い経験をさせてもらったと思う。
しかし、同時に、物足りなさや後ろめたさも感じている。それは、この条例が高知市の地域の実情を真に反映したものではないためである。この条例がほぼ国の基準どおりとなっているのは、これまで高知市が国の基準どおりの運用を行ってきたことや、高知市の実情に国の基準を上回る基準を設定するほどの地域性や特段の事情が認められないためであって、施設が守るべき最低ラインを示す条例の性格上、地域性の反映が難しいという側面もある。また、仮に地域の実情に応じ保育士の配置基準を引き上げた場合、国の基準以上に要する経費は、地方交付税を含め国の財政措置の枠外であるため、地方単独事業として財政負担が増加することになり、かつ保育士を確保できず待機児童を増加させる恐れもある。
当然のことながら、そもそも条例化をもって地域主権が完成するわけではなく、地域主権に適した財源保障のあり方など今後整理すべき課題は多く存在している。ただ、これまで国の基準に不備があれば国の責任にして逃げてこられたものもあるかもしれないが、その基準を条例化した以上は、自治体が責任を持って、条例や基準に反映できない地域性や課題に真摯に向き合いながら対応しなければならない。そこに公立保育所に求められる役割と存在意義があるのではないかという認識に立って、以下では、高知市の保育行政(または子育て支援全般)をめぐる地域性や課題を二点挙げて考えてみたい。
3. 地域性と課題から公立保育所の役割を考える
(1) 子育て家庭の状況と支援のあり方
① 高知市における子育て家庭の状況
まず、高知市の全体的な地域性として、子ども・子育て家庭の置かれた状況を見てみる。高知市では、2011年4月現在で、就学前児童のうち約52.4%が保育所へ入所しており、全国平均の33.1%※を大きく上回っている。高知市は、従来から共働き世帯が比較的多く、もともと保育需要が高い地域であるが、特に近年は、就学前児童数の減少にもかかわらず、入所率は増加傾向にある。これは女性の社会進出が進んでいると捉えることができるが、その裏には、高知県の1人あたりの県民所得が全国最下位(2009年度)であることから読み取れるように、高知市における子育て家庭の多くが共働きでなければ家計を維持できない経済状況に置かれているという実態がある。
所得水準の低さや経済的な地域間格差は、高知県の地理的条件や産業構造などが要因で、今に始まったことではないが、近年は深刻化しているうえ、社会的な歪みをもたらしている。すなわち、全国平均以下の有効求人倍率、高い離婚率やひとり親家庭の多さ、そしてずば抜けて高い生活保護率36.0‰(2010年度)に象徴されるように、高知市は格差社会や貧困といった社会経済上の負の側面において全国の一歩先を進んでいる。
一般的に家庭の経済状況が子どもの発達や育成に影響を及ぼすことは多方面で指摘されているとおりであり、高知市における子育て家庭の多くが直面する経済的な厳しさを考えると、保育を行う上で家庭環境や養育面に一定の配慮や支援が必要な子ども・子育て家庭が多くなるのは必然である。それに加えて、核家族化が進行し、地方都市においても地域コミュニティとの関係性が希薄化しているため、子育て家庭が地域から孤立する傾向にあり、家庭や地域における養育力が全体的に低下してきている。特に、厳しい経済状況にある家庭ほど養育困難や児童虐待に陥る危険性が高くなるため、高知市のような経済状況にあっては、地域全体としてそのようなリスクの高まりを抱え込んでいる状況にある。いずれにしろ、どんなに厳しい家庭環境にあっても、人生のスタート時点という人格形成上重要な時期において、子どもの健全な育成を保障することは社会全体の責任として当然のことであって、高知市では、その支援の度合いや密度が高いという地域性を構造的な問題として抱えていると考えられる。
※ 保育所関連状況取りまとめ(2011年4月1日)厚生労働省雇用均等・児童家庭局保育課
② 家庭環境に配慮した支援
保育所は、保育に欠ける子どもの養護と教育という本来的機能はもとより、家庭での養育支援や保護者支援などに取り組んでおり、地域における子育て支援の第一義的な機能を担っている。しかし、上記のような地域性や支援の度合いによっては、最低基準により配置される保育士だけで対応することが難しいため、高知市では家庭支援推進保育(子育て支援交付金事業)を積極的に推進しているところである。これは、同和保育所における加配制度を一般対策化したもので、家庭環境等により配慮が必要な児童が一定割合以上入所している保育所に保育士を加配し、対象児童に対する個別の支援計画や家庭訪問などを通して養育支援を行うものである。なお、高知市では、対象児童の定義を生活保護受給者などの低所得者、ひとり親家庭、保護者が病気や障害を持つ者及びその他支援が必要な者としており、対象児童の割合を国庫補助対象の基準よりハードルを下げて幅広い保育所を対象として実施している。
高知市の地域性から考えるとこの家庭支援推進保育は欠かすことができないものである。公立・私立を問わず園長先生からは「どこの保育園も支援の密度が高まっているので家庭支援推進保育士を全園に配置すべきでは」という意見もあるように、対象児童の割合により加配が承認されなくても、現場としては実質的に家庭支援推進保育と同じ業務をこなさなければならないのが実情である。本来的には最低基準(保育士配置基準)を引き上げるに足る地域性があるかもしれないが、財源と保育士確保の問題から実現は難しいだろう。
③ 地域の実情に見合った支援の仕組みづくり
しかし、支援のあり方について言えば、私立保育所では施設によって取り組みに温度差やムラがあったり、現場からは「支援が難しいケースが急増しており、加配がいるから大丈夫とは言えない」との声があったりするため、そもそも単純に保育士を増やせば済む問題ではなく、支援の質・専門性の向上と現場の負担軽減を図る必要がある。ここに公立保育所が果たすべき役割があるのではないかと考える。これまで公立保育所では、誰かを排除することのない統合保育の理念のもと、家庭支援推進保育や障害児保育などに力を入れてきた経過があり、その技術の蓄積や専門性は私立保育所をリードしている(市民目線では分かりにくいかもしれないが)。また、児童相談所、子ども家庭支援センター、保健所などの関係機関との横の連携が取りやすいという利点もある。このような公立保育所のノウハウや強みを活かし、私立保育所や認可外保育施設に対して、従来型の研修だけではなく、より実践の場に近い位置で専門的な技術支援やケース対応への連携を行うことで、障害児を含め配慮が必要な子ども・子育て家庭に対する支援について全市的な水準を維持・向上させることができるのではないだろうか。そして、そのような取り組みによって、入所・未入所の垣根を越えて地域のすべての子ども・子育て家庭に波及するような支援の仕組みづくりを展望することができるのではないだろうか。
(2) 認可外保育施設の保育水準
① 認可外保育施設の福祉的機能と問題点
次に、高知市における保育行政の制度的な課題として認可外保育施設について考えてみる。先述の高知市児童福祉施設最低基準条例は、認可保育所を対象としたものであり、認可外保育施設は条例の枠外としてこれまでどおり厚生労働省の指導監督基準に基づく指導としている。この基準は、もともと最低基準に準拠しながらも緩い基準で設定されていることから、入所児童の処遇には認可保育所以上に十分な配慮が必要である。しかし、これまでの保育行政が市の関与の度合いから認可保育所を中心としたものであったため、認可外保育施設は見落とされがちな存在であったことは間違いない。正直なところ現在でも入所児童の処遇を含め認可外保育施設の実態把握とその改善が十分であると言えないが、その中でも見過ごすことができないものとして認可外保育施設の持つ機能と問題点について述べてみたい。
認可外保育施設が持つ機能としては、①待機児童の受け皿、②認可保育所への入所要件に達しないが保育を必要とする児童を受け入れ、③長時間延長保育、休日・夜間保育など高知市の認可保育所で実施していない保育サービスの補完、多様な保育需要への対応などが挙げられる。
しかし、このような福祉的機能を有しながらも、認可保育所との格差として次のような問題点が散見される。①保育従事者配置の不備(ローテーション要員の不足など)、②保育技術の偏り、保育所保育指針とのズレ、専門的な支援の弱さ、③保育内容や保育料に関する保護者とのトラブル、④給食調理・保健衛生面での認識不足、⑤ハード面の不備 など。
これらの問題点は、認可外保育施設の経営上の問題及び施設側の認識不足や誤解に起因するものが多いが、保育技術の立入調査などスポット的な指導では十分な改善が図られない上、研修を実施しても現場の人員不足のため参加できないなどフォローができていないのが実態である。
② 拡大する公費投入
上記のような問題を抱えながらも、安心こども基金の創設以降、国庫補助事業として認可外保育施設に対する運営支援の枠組みが拡大している。これは、新制度を見据えながら、主に待機児童解消対策として、保育サービスの供給量の拡大と運営支援による入所児童の処遇向上を目的としたものである。高知市では、幼稚園の保育分野への参入が進み、幼稚園が認可外保育施設(保育所機能)を併設する幼稚園型認定こども園が増加しており、2010年度からその運営費補助を行っている。また、従来から市単独事業として一定の基準を満たした認可外保育施設に運営費補助をしてきたが、2011年度からは「待機児童解消『先取り』プロジェクト」に参加し、最低基準を満たした認可外保育施設(地方裁量型認定こども園含む)への運営費補助を開始している。しかし、これらの認定こども園や認可外保育施設は、先述のように認可保育所と比較すると保育技術の蓄積や専門性において弱い面もあるため、公費(国費)投入に見合った保育水準の底上げが必要ではないかと考えられる。
③ 認可外保育施設の保育水準を担保するには
このような変化の中、高知市には様々な実施主体による保育サービスをコーディネートする能力が求められてきている。それは同時に、市内の保育施設であれば認可・認可外を問わず保育の質に大きな格差が生じないように一定の保育水準を担保する責務が伴うものであると考えられる。具体的には、従来の指導監督や研修に加え、認可外保育施設に対して日常的・継続的な保育技術の支援が必要と考えるが、そのためには施設間での保育士の連携やコミュニケーションの積み重ねによる信頼関係の構築が鍵となるだろう。こういった役割は、公的な責務と保育現場を兼ね備えた公立保育所にしか担えないのではないだろうか。
4. 具体的に公立保育所のあり方を考える
では、これまで考察してきた高知市の公立保育所に求められる役割を具体的にどのように形にしていくのか検討してみたい。
まず、公立保育所の強みを整理してみると、①公務員としての安定雇用による保育技術の蓄積・承継・向上、②人事異動や保育所間の横の連携による良い意味での保育の質の均一化・平準化(どの公立保育所でも同質の保育が受けられる)、③家庭支援推進保育・障害児保育・乳児保育・アレルギー対応などの専門性の高い分野のノウハウと実績、④関係機関との連携の取りやすさ等が挙げられる。
そして、このような強みを活かし、私立保育所や認可外保育施設に対して、専門性の高い支援を含めた保育技術全般の支援等を行うことで、地域の実情に見合った支援の充実や認可外保育施設へのフォローを含め、全市的な保育水準の維持・向上が可能となるのではないかと考える。
以上を踏まえ、高知市における公立保育所のあり方を次のとおり提案してみたい。なお、イメージとしては、介護保険制度における地域包括支援センターを参考としている。 |