1. はじめに
2011年は、失業者の増加等により生活保護受給者が7月に205万人を超え、戦後の混乱期であった1951(昭和26)年の204万人を上回り戦後最高になり、その後も増加傾向が続いている。
保護開始理由のうち、「働きによる収入の減少・喪失」の占める割合が3割を超えていることが裏付けているように、2007年のリーマンショック以降の増加が著しく、世帯類型で「その他世帯」に分類される稼動年齢層の被保護世帯が急増している。保護費総額は、今年度3兆7,000億円に達する見込みで、その4分の1を負担している地方自治体の財政をも圧迫している。
このようなことから、生活保護の適用を厳しくしようとする動きが見られるが、生活保護制度は、憲法25条を具現化した国民にとっての最後のセーフティネットであり、国の責任で慎重に運用されるべきでものである。
当然ながら、運用面において実施機関である福祉事務所間での差異があってはならない。しかし現実には、各福祉事務所により運用が微妙に違い、結果として保護率の地域偏在もみられる。本小論では、山形県内の生活保護の動向を分析することを通じて、生活保護行政における課題の検証を試みる。
2. 山形県内市町村の生活保護の状況
表Ⅰから保護率の推移と地域間格差を見てみると、保護率が最も低いのは、県、全国、そして庄内地区とも1995(平成7)年度になっており、その後、全国も県全体も徐々に保護率が上昇していく。
水際作戦と呼ばれる生活保護の締め付けが強められたのは、 1981(昭和56)年11月に発出された厚生省課長通知(123号通知)に端を発している。まじめな県民性の反映であろうか、国の指導が奏功したのか、全国に比べ1985(昭和60)年度の保護率は大きく下がっていることが目に付く。
この表Ⅰからは、置賜と庄内の保護率が高いことが見て取れるが、表Ⅱではまた違った見方ができる。
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年 度 |
山形県 |
村 山 |
最 上 |
庄 内 |
置 賜 |
全 国 |
1975(昭和50)年度 |
10.0 |
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| 11.4 |
| 12.1 |
1985(昭和60)年度 |
6.7 |
|
| 7.8 |
| 11.8 |
1990(平成2)年度 |
4.2 |
|
| 5.0 |
| 8.2 |
1995(平成7)年度 |
3.4 |
|
| 4.1 |
| 7.0 |
2000(平成12)年度 |
3.5 |
|
| 4.7 |
| 8.4
|
2005(平成17)年度 |
4.2 |
3.02 |
5.04 |
5.76 |
5.04 |
11.6 |
2006(平成18)年度 |
4.3 |
3.06 |
4.31 |
5.93 |
5.19
|
11.8 |
2007(平成19)年度 |
4.4 |
3.16 |
4.88 |
6.14 |
5.39 |
12.1 |
2008(平成20)年度 |
4.4 |
3.20 |
4.65 |
6.19 |
5.76 |
12.5 |
2009(平成21)年度 |
4.9 |
3.59 |
4.93 |
7.04 |
6.70 |
13.8 |
2010(平成22)年度 |
5.5 |
4.06 |
5.65 |
7.61 |
7.76 |
15.2 |
2011(平成23)年10月 |
6.0 |
4.26 |
5.67 |
7.70 |
8.02 |
16.2 |
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注:1)山形県及び全国の数値は各年度の平均。地区別の数値は各年度3月末の数値。
ただし、庄内の1975(昭和50)年度から2000(平成12)年度までの数値は年度平均。
2)2011(平成23)年10月は当月分の数値 |
表Ⅱ 個別自治体の保護率(2011(平成23)年10月時点) |
(単位:‰) |
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村山地区 |
最上地区 |
庄内地区 |
置賜地区 |
11.0‰~ |
|
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米沢市 11.7 |
8.0 ‰~ |
|
真室川町 8.3 |
鶴岡市 8.4 |
|
7.0 ‰~ |
|
金山町 7.1 |
酒田市 7.8 |
長井市 7.0 |
6.0 ‰~ |
|
|
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白鷹町 6.9 |
|
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庄内町 6.6 |
高畠町 6.5 |
山形市 6.1 |
戸沢村 6.0 |
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飯豊町 6.3 |
5.0 ‰~ |
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最上町 5.6 |
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川西町 5.9 |
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鮭川村 5.6 |
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新庄市 5.5 |
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小国町 5.2 |
4.0 ‰~ |
河北町 4.4 |
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遊佐町 4.9 |
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3.0 ‰~ |
大江町 3.6 |
舟形町 3.6 |
三川町 3.6 |
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天童市 3.5 |
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大石田町 3.3 |
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朝日町 3.2 |
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南陽市 3.2 |
2.0 ‰~ |
西川町 2.9 |
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上山市 2.6 |
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尾花沢市 2.6 |
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東根市 2.6 |
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中山町 2.3 |
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1.0 ‰~ |
村山市 1.8 |
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山辺町 1.8 |
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寒河江市 1.6 |
大蔵村 1.6 |
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注:「生活保護の実施状況」(平成23年10月分・県健康福祉企画課)のデータを編集 |
表Ⅱは、県から提供を受けたデータを保護率の階層別に並べた表であるが、一目見ただけで村山地区の自治体の保護率の低さが際立っていることに驚かされる。
表Ⅰと表Ⅱを比較してみると、表Ⅰでは、圏域として庄内と置賜が高いことが目に付いたわけだが、表Ⅱでは、逆に、最上、庄内、置賜の3地区に比べて、村山地区の低さが異様に目立つ。
なぜなのか。県としては、地域間格差の要因を組織的に分析することはしていないというが、細かな検証を試みる価値があるのではないか。次に、個別自治体の保護率格差に目を向けると、さらなる疑問が頭をもたげる。
米沢市が11.7‰と際立って高いが、寒河江市が1.6、村山市が1.8、同じ置賜地区の南陽市が3.2というのはどう説明をつけることができるのだろうか。米沢市の11.7‰は、適正な取り扱いの結果と評価すべきものなのかどうか。もっとも米沢市にしても全国平均からみればまだ低いのであるが。
3. 水際作戦は残っているのか
水際作戦として悪名をとどろかせることになった背景にあるのが、123号通知(1981(昭和56)年11月17日厚生省社会局保護課長・監査指導課長通知第123号「生活保護の適正実施の推進について」)と呼ばれている文書である。
同通知により、保護の厳格な適用の不適切事例が全国的に見られ、国もそれを認めてその都度是正指導を行ってきた経過がある。
また、この通知では、新規申請者だけでなく、保護受給中の者も含めて、それまではなかった「同意書」を徴収することとされた。この同意とは、福祉事務所が行ういかなる調査にも同意するという、いわゆる白紙委任状と同じ性質のもので当時問題視された。そして保護受給中のケースについても扶養義務調査や資産の再調査が行われた。
福祉事務所の現場は、この通知に過度に反応し、申請をなるべく受理しない方向、すなわち申請書を渡さないことにより水際(窓口)で追い払う傾向が強まったと言われている。
1988(昭和63年)年には「福祉が人を殺すとき」(あけび書房)という水際作戦の内幕を告発した本まで出版された。先の表Ⅱの保護率の自治体間格差も、この水際作戦の傾向が今も続いているからではないかとの疑問が残る。
4. 生活保護行政の現場の貧しい実態
生活保護の流れは、最初に相談、そして申請書提出、その後資産及び扶養義務調査などを経て保護開始になる。
申請から14日以内に保護の適否を決めなければならないことになっており、14日を超えれば文書にて遅延の理由を明らかにし、30日以内に通知しなければならない。
よって、ケースワーカーとしては、同じ時期に3つも4つも新規の申請を受理すれば、それだけで手一杯になり日常業務、つまり保護継続ケースへの訪問、支援などの対応に手が回らなくなってしまう。
このようなことから、申請書を渡す前にふるいにかけ、真に保護開始がやむを得ないケースに限り申請書を渡す傾向が全国的にみられることが、後述する国の指導文書からもうかがうことができる。
これは、かつての水際作戦がまだ続いているということではないか。それを裏付けるような数字がある。それは、相談件数と申請件数と開始件数をみれば予想がつく。下表Ⅲを見ると、相談から申請までに3分の1から4分の1に絞られ、申請を受け付けたものはほとんど開始に至っていることが読み取れる。
データがそろっている月を比較するため、2011(平成23)年10月を例にとって比較したのが次の表Ⅲである。
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相談件数 |
申請件数 |
開始件数 |
村山地域 |
108 |
30 |
33 |
最上地域 |
17 |
6 |
4 |
庄内地域 |
83 |
18 |
9 |
置賜地域 |
34 |
25 |
26 |
計 |
242 |
79 |
72 |
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注:1)申請件数と開始件数が違うのは、申請に対する決定の時期が申請月を超えてなされるためである。
2)前掲「生活保護の実施状況」(平成23年10月分)のデータから抜粋 |
ケースワーカー1人あたりの担当ケース数は、社会福祉法第16条により標準数が定められている。2000年の社会福祉事業法から社会福祉法への法改正により、法的拘束力のある法定数から目安となる標準数に変えられた。 すなわち市の福祉事務所では80ケース、町村を所管する県の福祉事務所では65ケースとされているが、これを超えている自治体が特に市の福祉事務所においてみられるのではないかと思われる。
水際作戦を解消するためには、先ず第一に前述の担当ケース数を減らすことが大事である。本来は50ケース程度までに減らして丁寧なケースワークができるようにすることが望まれる。
忙しさにかまけて訪問もしないで保護費の計算ばかりをしているケースワーカーを「計算ワーカー」と揶揄することもあった。生活保護のケースワーカーの基本は訪問活動だからである。
また、専任の面接官を配置し、面接相談と調査・処遇業務を切り離すことも必要なことと思われる。
次に、ケースワーカーは、専門性が強く求められるまさに専門職であるべきなのに、採用は一般事務職と同じであり、人事異動でたまたま配置されるのが通例である。そのため、生活保護の仕事に意欲が持てないでいるケースワーカーもいるし、様々な相談者との面接の負担が精神的にきついため、他課への異動を希望するケースワーカーもいる。ケースワーカーとして一人前になるのには3年は要すると思われるが、その前に異動となれば経験の蓄積もなされない。その結果、一番不利益を被るのは、相談者であり被保護者であろう。
ケースワーカーは、日本の社会保障制度全般に精通していることが要求されるし、相談者のあらゆる生活場面に対応できるように、幅広い知識と有効な社会資源の活用方法を身につけていなければならない。また、当然の資質として、傾聴と受容を基本とする面接技術も求められる。
制度を運用するのは人間であるということに着目した、生活保護行政の現場改善が急がれる。憲法25条の崇高な理念を具現化するのも、殺してしまうのも人間なのである。
5. 変化してきた、国・県の申請時の指導
申請権の侵害については厚生労働省も神経をとがらせており、不適切事例を挙げながら全国の福祉事務所へ指導している。各福祉事務所の監査をする県当局も、この是正指導を査察指導員会議で繰り返し行っているようである。
2011(平成23)年1月25日に山形県が開催した、2010(平成22)年度第2回査察指導員会議の資料には次のような記載がある。「保護の相談に当たっては、相談者の申請権を侵害しないことはもとより、申請権を侵害していると疑われるような行為も厳に慎むこと」と二重線で強調し、「保護に該当しないことが明らかな場合であっても、申請権を有する者から申請の意思が表明された場合には申請書を交付すること」と記されている。
その上で、面接相談のポイントとして、「関係書類が整うまで申請を受け付けないといった誤った取り扱いは厳に行わないよう留意する」とやはり二重線を引いて注意を喚起している。また、厚生労働省が示している不適切事例が21項目にわたり細かく列挙されている。
どうやら、相談から申請書受理までが監査におけるポイントになっているようである。
1981(昭和56)年の123号通知とは逆の指導と思われる表現が見られるが、最近の保護率の上昇は、社会経済状況のほかに、このような国の指導によって申請のハードルが下がったことを一因としてあげている識者もいる。このような指導が行われていることと、表Ⅱや表Ⅲの関係をどう読み解けばいいのだろうか、さらなる検証が必要である。
申請のハードルが下がったことは歓迎すべきことであるが、今、水際作戦から硫黄島作戦へとの言葉が聞かれる。それは、一端生活保護を受給させて、その上で過度な就労指導や資産活用指導を行い、辞退届けを徴収するなどして廃止に持っていく手法である。
被保護者の増加に伴い、国による就労指導や医療費低減対策が強化される動きがあり、基本的な国の姿勢は変わっていないということか。
6. 高校進学について
全国的に見ると、2010(平成22)年度の一般世帯の高校進学率が98.0%なのに対し、被保護世帯は87.5%と低く、その差は10.5%である。最も開きが大きいのは佐賀県の26.5%(被保護世帯の進学率71.3%)、次いで香川県の23.0%、愛媛県の22.1%と続く。
逆の現象は福井県。進学率100%で一般より1.3%多い。秋田県は2.2%、熊本県は2.7%一般世帯より低い。
一般世帯の都道府県間の高校進学率の差がさほどないにもかかわらず、被保護世帯でなぜこのような差が生まれるのであろうか疑問が残る。
7. 世帯類型の特徴と自立の意味
山形県全体の被保護世帯の類型割合は、高齢者世帯が44.9%、障がい者世帯が14.4%、傷病世帯が24.7%、その他世帯が12.1%となっている。全国的には、失業により保護を受ける、「その他世帯」の増加が著しく、山形県においても、長井市の24.1%、米沢市の16.2%のように、「その他世帯」の占める割合が高い自治体が見られる。
被保護者に占める医療扶助を受けている人の割合は82.1%(5,717人)であり、生活保護が病気と密接な関係にあることがわかる。このうち、入院者は518人、うち精神病での入院は209人で40.3%と高い割合である。
この数字からわかるように、精神障がい者の社会復帰・自立への取り組みが生活保護法の枠の中で行われているケースが多いということにも目を向ける必要がある。
非稼動世帯率は市部で88.3%、町村では77.34%となっており、地域的に大きな偏在は認められない。
以上のようなことを踏まえて、被保護世帯の自立ということについて考えてみたい。
母子・父子家庭や働き手の傷病で生活保護を受ける「その他世帯」の場合は、生活保護の受給期間は、子どもが成長するまでだったり、傷病が治癒して再び働けるようになるまでの一時的なものというのが多い。よって、処遇方針も生活保護法第1条に掲げられている、自立助長の観点から再チャレンジすることを可能とする処遇が基本とされるべきである。この場合の自立とは、経済的自立、つまり貧困からの脱出である。
一方、高齢者世帯と障害・傷病者世帯などはほとんどが非稼動世帯であり、生活保護から抜け出すことはむずかしい。この場合の自立とは何を意味するのか。彼らにとって、生活保護は、年金給付と同じ社会保障としての現金給付であり、そのことを通じて最低限度の生活が維持される。その結果として、基本的人権の行使が可能となるわけで、その権利を行使できることが自立を意味するのではないかと思う。その意味では、2006年に行われた老齢加算の廃止は、最低生活の基準を大幅に引き下げることになり、自立と逆行した改悪と指摘せざるを得ない。
8. まとめにかえて~扶養義務問題を含め
生活保護制度の動向は、その時代を映す鏡ともいえ、日本全体としては被保護者が増加しているが、福祉事務所によって保護率に差があることも分かっていただけたと思う。
母子加算の廃止(その後政権交代で復活)、老齢加算の廃止、就労支援の強化、保護費の現物給付化の模索など、保護率の増加にあわせて保護に対する締め付けも強まっている。
その動きは、一般市民との均衡・平等の観点からというが、新自由主義的な思想と波長がぴったり合っている。
小泉政権時代の2003年、「骨太の方針」に生活保護の見直しが明記され、2005年度から母子加算は段階的に縮小されて2009年3月末で支給は打ち切られたが、政権交代効果で12月に復活されたように、これからも時の政治に翻弄されていくのであろう。
生活保護に対する国民の意識は偏見に満ちている。国民にとっての最後のセーフティネットにふさわしい制度への道のりは遠く、今後も引き続き検証作業は必要である。
有名タレントの母親が生活保護を受けていた件が報道され、扶養義務を果たしていないとして非難が起こった。
私は、扶養義務は、「…家」という一族間の家制度の下での私的扶養の名残ではないかと考えており、今の世帯単位の生計関係にはなじまないと考えてきた。私自身が現役ケースワーカーであった時に、この扶養義務調査に随分と心を痛めたことを記憶している。交流のない兄弟、結婚して別世帯を営んでいる家庭に一通の照会文書を何の前ぶれもなく送りつけるのである。親族間の私的扶養は、余裕があればお願いする程度にとどめるべきであろう。
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