【自主レポート】

第34回兵庫自治研集会
第7分科会 貧困社会における自治体の役割とは

 沖縄県における働く環境の悪化は、高失業率、低い県民所得、長時間労働、非正規労働者の増加等全国と比べて極めて深刻です。それが、直接に家庭生活、地域社会に暗い影を落としています。県内の民間・公務労働組合の役員等を講師として地元大学で寄附講座を行い、若い世代に労働環境の構造的欠陥を認識させ、具体的改善策等を提言しました。地方自治のあるべき姿を働く環境の側面から促していくことが大切だと考えています。



働く環境の視点から地方自治を変える
沖縄県の労働者を取巻く諸問題を若い世代に訴える

沖縄県本部/那覇市職員労働組合・中央執行委員長 嘉数  真

1. はじめに「なぜ寄附講座を行うのか」

(1) 沖縄県の現状 なかなか改善されない働く環境と生活
① 沖縄県における雇用状況
図表1 復帰前後における完全失業率の推移
 
図表2 地方ほど最賃による底上げが重要に―短時間労働者の賃金分布と最賃の関係
  沖縄県における雇用状況は、厳しい。本土復帰しても、一貫して完全失業率は全国平均の2倍近くを推移しています(図表1)。直近の発表(2012年6月)でも、7.6%でした。8.9%という時期もあります。
  加えて、働く環境そのものが劣悪で、最低賃金そこそこでの雇用が蔓延しています(図表2)。特に、沖縄県がリーディング産業と位置付けている観光関連産業に低賃金が目立ちます。観光関連産業に従事する労働者の意識調査を行うと、その56%が離職を望んでいるというショッキングな結果が出ました(図表3)
  さらに、長時間労働の実態も深刻です。実労働時間と所定内労働時間は全国の傾向に近いものですが、所定外労働時間が極端に多いことが沖縄県の特徴です(図表4)。それでも県民所得は、全国平均の7割でしかありません。
② 家庭生活等への負の連鎖
  3・11東日本大震災後、テレビでのコマーシャルが自粛され、公共放送機構のコマーシャルだけが集中して流された時期がありました。そのとき、「沖縄では、夜、子どもが一人でご飯を食べる割合が全国一です」というショッキングなコマーシャルが流れました。沖縄県における雇用と働く環境の悪化が、そのまま家庭生活、学校教育、地域社会に連鎖的に暗い影を落としているのです。離婚率(千人当たり2.6件 全国2.01件)・母子(父子)世帯率(6.16% 全国2.84%)は、全国1位です。そのハンディを長時間労働やダブルワークで穴埋めしているのが沖縄県の現状といえます。


図表3 離職に対する意向
琉球新報から
 
図表4 沖縄県の資料から

(2) 若い世代に繋ぐために―企業の実態を示すレポート
① 日本銀行那覇支店が作成した経済状況レポートがあります。それは、沖縄県の企業の経常利益率、人件費率等に言及したものです。驚いたことに、沖縄県の企業の経常利益率は、全国中小企業平均の1.7倍ほどの高水準です。これは、全国の大企業の平均に近い値です(図表5)。逆に、人件費率は、全国平均を大きく下回ります。非製造業にあっては、30%程度に落ち込みます(図表6)


図表5 経常利益率
 
図表6 人件費率
 

  なぜ人件費率が低いのでしょうか。このことが低賃金、長時間労働に直結しているのです。
② 同レポートは、原因として沖縄県の企業の同族性、閉鎖性を挙げています。同時に、労働組合の組織率が極めて低いことも原因に挙げています。全国での労働組合の組織率は2009年度で18.5%です。しかし、沖縄県の労働組合の組織率は12%で、別の統計では、それ以下との指摘もあります。このような状況では、企業内での賃上げの声は出ないし、社会全体での働く環境の改善の広がりも期待できないのです。
③ この現状を変えていくには、一朝一夕の方法では無理があります。学生、若い世代の目を賃金、働く環境の改善に向けさせること、その運動の前提としての団結、運動主体としての労働組合を正しく理解させることが不可欠です。
  この10年間、那覇市職員労働組合の組織率は低下の一方です。団塊の世代の大量退職以外に若い世代の組合離れが著しいのです。その遠因には組合の存在意義と運動への誤解があるのではないかと思います。ある公務員予備校の講師が「公務職場では、労働組合に入ったらダメだ」等の発言をしたとの報告を受けたことがあります。
④ そこで、学生、若い世代の労働者に対して、働く現場では何が起きているのか、原因は何か、それは正しいことか、誰が行動しなければならないのか、どのような形で解決されていくのか、を伝えていかなければなりません。そして、若い世代に現代の働く環境の構造的欠陥を認識させ、改善策等を提言し、地方自治のあるべき姿を働く環境の側面から促していくことが大切だと考えています。このことが、寄附講座を行う目的です。

2. 沖縄大学との協議と講師の確保

(1) 大学との協議
 寄附講座の実施主体は、那覇市職員労働組合と那覇市自治研センターとしました。また、沖縄県労働金庫の後援と資金の補助をいただきました。当初は、自治労沖縄県本部及び連合沖縄の協力を得ることをめざしていましたが、準備が整いませんでした。この点は、今後の課題としなければなりません。
 次に、寄附する大学として、私立の沖縄大学を選択しました(写真)。那覇市内にあること、大学の先取性、地域開放性に魅力を感じたからです。
 寄附講座実施の準備、交渉には半年間を要しました。仲地副学長と春田法経学部長の賛同を得ることができ、同大の教授会に諮られ、2012年度前期の土曜日4時限目、全15回での実施が決まりました。
 講師の選任、派遣、講師代は実施主体の那覇市職員労働組合と那覇市自治研センターが負担し、資料作成及び成績評価等の実務は、大学側で行うこととなりました。
 実施に当たっては、大学での定例記者会見を行い、仲地副学長、緒方地域研究所長が同席のもと趣旨等を説明し、PRしました。

(2) 講師の確保
 講師については、「具体的な労働現場を教材とした講座」という趣旨から、労働現場や、労働組合の役員等に依頼しました。その際は、自治労又は連合の枠も超えて、多くの労働組合に声をかけました。
 喫緊のTPP問題では第1次産業労連。実際のストの現場からの報告として全港湾にも依頼しました。また、貧困の問題については、NPOの力を借りました。特に、3・11と原発問題については、決して目を逸らしてはいけないとの観点から、話をしてくれる原発関係労働者の確保に苦心しました。その折、福島県から避難してこられた県人会の方に大変お世話になりました。社会に根強くはびこっている悪しき環境、未曾有の災害で理不尽に職場を奪われる労働者が省みられない社会。これらを改善していくためには、多くの労働者、労働団体、NPO等との連繋が大切です。

3. 講座の紹介

(1) 全15回の講座の題名と講師
 
第1回「変化する労働と労働法の行方」中央大学名誉教授・元学長 山田省三さん
第2回「TPPと沖縄の農業労働者」第1次産業労連書記長 玉城聡さん
第3回「沖縄における労働事件の現状」那覇市職労顧問弁護士 金高望さん
第4回「新沖縄振興計画にみる労働者問題」那覇市職労委員長 嘉数真
第5回「労働争議(スト)の現場から」全港湾沖縄委員長 大城盛雄さん
第6回「原発事故と労働者」原発関係労働者 Mさん、Oさん(福島県から沖縄に避難してこられた皆さん)
第7回「働くことと生きる意味(メンタル社会に向けて)」沖縄労災センター 西表敏克さん(代理・嘉数真)
第8回「グローバル社会における労働者」沖縄大学法経部長 春田吉備彦さん
第9回「沖縄社会に特有な労働者問題」政労連議長 喜友名力太さん
第10回「サラリーマンの金銭マネジメント」沖縄県労働金庫 山入端則之さん
第11回「非正規労働者の状況」沖縄県労福協 濱里正史さん
第12回「公共サービスの民間委託(震災現場を見て)」全水道沖縄委員長 当真亨さん
第13回「女性と労働」語りつぐ沖縄平和の会 新垣文代さん
第14回「公務員制度改革について」国公労委員長 白石幸嗣さん
第15回「派遣村で見えたもの」司法書士 安里長従さん

(2) 実施結果
 講座は、2012年4月14日(土)を第1回として始まり、8月4日(土)の全15回で終りました。講座内容の詳細に踏み込むことは、本稿の目的ではないので、概略にとどめますが、労働者の現場からの低賃金雇用、長時間労働とサービス残業、特定の労働者をターゲットとした不当解雇、パワハラ等の事例が報告されました。また、3・11原発事故当時に福島原発で作業をしていた請負業労働者の生々しい話も聴けました。さらに、原発での季節労務についていた沖縄県人の労働者が悪性リンパ腫で死亡した例を、数年がかりで労災認定させた事例(右新聞記事)、米軍基地内労働者の特殊な事例等いろいろな問題が報告され、議論されました。
 参加人員は、第1回講座は30人余の受講生でした。しかし、徐々に減り始め、終盤は10人前後での講座となりました。内訳は、単位登録した学生が7人、その他は学生・一般の受講生という構成です。
 全15回の講座は、ビデオ撮影し、DVDを作成して今後の組合での学習の教材とします。また、沖縄大学と共同して講義集を作成し、一般に頒布します。そのことで、一人でも多くの人に働く現場での実情と改善策を強く訴えていきたいと考えています。

4. まとめと今後の課題

 全15回の講座で、働く環境の変化、労働者保護の重要性、賃金問題の現実性、職場におけるメンタル不調の大量増加等多岐にわたる内容が報告されました。また、その中で公正労働の確立、公契約条例の制定、一括交付金の活用等の報告、提言、議論は、これからの地方自治のあり方を変えていく契機を含んでいます。
 この寄附講座の目的の第一義は、学生、若い世代の労働者に働く環境の構造的欠陥を認識させ、具体的改善策等を提言することにありました。そして、もう一歩前進して、この講座で報告し、提言し、討議されたことを積極的に自治体に発信していくことが大切であると考えています。
 最後に、次の点を次回からの課題として、締めくくります。

(1) 大学側の課題
 受け入れる大学側の課題として、次の2つをあげることができます。
① 土曜日の開催は学生が集まりにくいので、平日がよい。
② 学生への周知が不十分だった。単位の認定、付与だけでなく、積極的に労働問題に対する関心を学生に向けさせることが重要です。今の学生にとって、労働法や労働問題は「面白くない」「就職に直結しない」等の固定されたイメージがあるようです。しかし、そのことを払拭することが、まさに目的なのです。周知の努力を怠ってはいけません。

(2) 組合、労働者側の課題
① 組合としても取り組みが弱かったと思います。それぞれの組合で、学習の場とする雰囲気作りが十分にできなかったことは、反省しなければなりません。組合として、組織強化のための場とする工夫をしていかなければなりません。組合機関紙等を有効活用し、講座、論点ごとに毎回報告していく地道な努力が必要となっています。
② また、労働者にとっても土曜日は学習会に足が向かない日なのかもしれません。むしろ、一般化しつつある水曜日等のノー残業デーを利用することを考えなければいけません。次回に向けて意向調査をしていきたいと思います。
③ 次に、多くの組合の連帯の和を大きく広げる仕掛けが必要でしょう。今回は、時間的な余裕と条件、討議が整わなかったことから自治労県本部又は連合沖縄の協力を得ることができませんでした。しかし、若い世代の労働者にとって、労働者を取り巻く諸問題はすなわち自分自身を取り巻く問題でもあります。目前の仕事だけに追われて、働く現場での実態と本質を見失うことがないよう、しっかりと学習していかなければなりません。
④ 最後に、この講座で議論されたことを自治体に提言していくことが大切です。寄附講座の目的は、雇用、働く環境、労働者問題、労働者の生きる権利、ひいては家庭生活、学校・地域社会にも直結した問題の提起と改善にあります。このことは、公正労働の確立、公契約条例の制定、脱原発社会への志向等今後の地方自治のあり方を変えていく契機を含んでいると思います。少しずつ状況を変えていく働きかけを構築しなければなりません。