3. 町内会(町会)・自治会の歴史から
尼崎市の他都市にない町会=「社協」という特性は、戦後に形成されたものである。
明治の地方自治制度の確立過程で、それまでの「自然村」と位置づけされた「村」が、1888(明治21)年の全国的な町村合併で「行政村」へと変わった。しかし、もともとの「自然村」は、部落会・町内会として地域コミュニティ基礎単位として継続した。
戦時色が強くなった1940(昭和15)年、内務省訓令第17号「部落会町内会整備要領」が発令される。村落には部落会、市街地には町内会を組織すること、会長は住民推薦によるが、市町村長が選任、告示すること、全世帯参加の常会を設けること、部落会・町内会の下に、隣保班(隣組)を組織することなど部落会・町内会は国家戦時体制の末端に組織化されるようになった。1943(昭和18)年には市制町村制改正によって部落会・町内会は法的位置づけがされた。
敗戦後、連合国軍総司令部(GHQ)は、町内会等は国家統制の基盤とみなし、その廃止をもとめた。そのため1947(昭和22)年1月に政府は内務省訓令第4号を発し、内務省訓令第17号「部落会町内会整備要領」を廃止した。さらに同年5月3日「昭和二〇年勅令第五四二号ポツダム宣言の受託に伴い発する命令に関する件に基づく町内会部落会又はその連合会等に関する解散、就職禁止その他の行為の制限に関する件」(ポツダム政令第15号)が公布、施行され、全面的に町内会等は解散、廃止された。
ところが、地域においてのコミュニティの基盤でもあった町内会等は、存続のために様々な工夫をこらすことになる。東京都や京都市は駐在員制度、鳥取県や宮崎県は「(部落)公民館」という名目で、大阪市は、「赤十字奉仕団」、箕面市は「自治会」、その他多くは青年団、警防団、共同利用組合、衛生組合など地域の単一機能団体を利用したものであった。その中で尼崎市は「社会福祉協議会」の仕組みを町内会(町会)に取り込んだのである。
「社会福祉協議会」は、英国や米国の地域社会の福祉向上のために組織的・計画的な活動を行う社会福祉実践であるコミュニティ・オーガニゼーションの考え方から生み出された。住民の主体性や問題解決力を重点におくことで地域の福祉課題に答えようと組織化されたものである。1950(昭和25)年以来、兵庫県では全国にさきがけ県下全域に組織化を計り、1951(昭和26)年、中央社会福祉協議会(中央社協)の創立と同じ年に兵庫県社会福祉協議会が創設されている。中央では、1952(昭和27)年には社会福祉法人として認定されている。(当時、全国社会福祉協議会連合会名)
1952(昭和27)年4月28日にサンフランシスコ講和条約が公布され、半年後の10月25日「ポツダム宣言の受諾に伴い発する命令に関する件の廃止に関する法律」により、政令第15号は失効し、町内会等が公然と復活し、再編成が行われた。尼崎市の場合「社協」が町会としてそのまま残ることになったが、隠れ蓑として町会組織復活に名前を利用しただけに終わってしまい「社会福祉協議会」のコミュニティ・オーガニゼーションという本来地域民主化を進めるべき理念は、十分に浸透してきたとは思われない。
4. コミュニティについて
コミュニティについて米国の社会学者マッキーバーは、著書『コミュニティ』(1917)で「コミュニティについて、村とか町、あるいは地方とか国、あるいはより広い地域において共同生活をするいずれかの地域を意味する。」と述べ、コミュニティを「社会的共同生活が営まれる地域」としている。
この著作において、マッキーバーは、コミュニティとアソシエーションの違いを明確にした。「コミュニティは、社会生活の、つまり社会的存在の共同生活の焦点であるが、アソシエーションは、ある共同の関心または諸関心の追求のために明確に設立された社会生活の組織体である。アソシエーションは部分的であり、コミュニティは統合的である。」「アソシエーションが契約にもとづくのに対して、コミュニティ自体は契約に先行し、すべての契約の不可欠な前提条件である。」「国家およびその制度は滅び、一時的なものであるが一方、コミュニティは生き続け、新しい制度、新しい国家を創り出す。」と述べている。後に彼は、チャールズ・ペイジと一緒に著した『社会』(1949)において、コミュニティの基盤として「地域性」と「コミュニティ感情」をあげ、さらにコミュニティ感情は、われわれ感情、役割感情、依存感情という3つの要素に分かれていると分析をしている。
また、米国のヒラリーという社会学者は、『地方の社会学』(1955)で「コミュニティの定義:合意の地域」という研究論文を発表し、これまで社会学で使用されていた94通りのコミュニティの定義の分析を行った。この中に69通り共通して見られる要素があり、これが3つのコミュニティの要素、①社会的相互作用、②地域性、③共通の絆として整理している。つまり一定の地域において、共通の関心や利害の絆があり、諸個人の間でやりとりがあるのがコミュニティということになる。
5. 自治会機能と尼崎市の課題
こういったコミュニティの中で最も身近なものが町会エリアである。このエリアで住民自治活動をしているのが町会(自治会)である。
1965(昭和40)年の尼崎市市長公室発行の「尼崎市総合計画基礎調査結果報告書」の「社会福祉協議会の実態」の報告を元に当時大阪市大教授だった山本登が尼崎市の町会活動の様子を記録している。
「尼崎市における町内会にあたる社会福祉協会の会長を対象としたアンケート調査によれば、過去1年間に実施した行動としては、募金90.7%、運動会18.0%、旅行などのリクリエーション53.9%、敬老会66.7%、盆踊り20.3%、祭礼への参加34.5%などがあげられており、また、害虫の駆除73.6%、ネズミ退治83.8%、道路、公園の清掃44.6%、下水の清掃61.7%、道ブシン15.4%、夜警57.7%などのごとき作業を共同で実施したとし、そのほか、町内の各種団体に対して助成・援助を行っている。
他方、尼崎市の場合にも、各種の役所からさまざまな仕事がもちこまれており、協会を通じて配布されたビラ・印刷物の出所をみると、市役所・支所71.9%、保健所56.8%、消防署24.9%、警察署43.8%などとなっている。だが、この種の上意下達(?)機能のほかに、市民から協会にもちこまれてくる苦情や要求も多く、その内容の主なものをあげると、下水56.3%、防犯灯の設置55.1%、道路整備50.4%、カやハエ44.6%、ゴミや屑44.3%、ふん尿38.3%、交通安全施設29.0%、振動や騒音28.1%、悪臭24.3%、ホコリや煤煙22.0%、夜警20.0%など市民の日常生活と密着したクレイムがもちこまれている。」
これらをみると町会には、①親睦機能、②共同防衛機能、③環境整備機能、④行政末端機能、⑤圧力団体機能、⑥地域の統合・調整機能があることが理解出来る。
このような住民自治活動をしている尼崎市の町会の課題をまとめると大きく次の4つがある。
(1) コミュニティのずれ
地域コミュニティの単位である小(中)学校区に地区社会福祉協会があると、子どもの教育を通して教育コミュニティと福祉コミュニティが一致するが、尼崎市は社会福祉連絡協議会(連協)を単位としているために、複数の学校区が「連協」にあることになる。教育コミュニティの地域と福祉コミュニティの地域が異なる。図2は尼崎市のコミュニティの中の「教育」が外部にずれていることを表している。
(2) 行政補完機能
町会が社会福祉協議会の下部組織になっているため、社会福祉協議会の加入率は、他都市と比べて高く、きめ細かい福祉サービスを受けられるという利点がある。しかし、この太い連絡網が行政の末端機能の役目をし、行政施策の上意下達に利用されていることは否めない。
(3) 排他性
地域主催で実施しているイベントに、他の地域からの参加を拒む姿勢。これは、公的な補助金を受けているケースで目立つ。NPO法人に対する拒否意識も強く感じられる。
(4) 加入率
町会(自治会)は個人ではなく世帯単位で全戸強制加入の指向性をもっている、2011年度では、尼崎市全体での加入率は62%で、本庁地域70%、小田地域66%、大庄地域85%、立花地域56%、武庫地域37%、園田地域59%と地域によってばらつきがみられる。ここでは、町会=「社協」というシステムが裏目に働き、未加入世帯は、福祉サービスの情報などを受ける機会を奪う形になる。そのため加入率が37%と極端に少ない武庫地区では、新しくNPO法人などの参入が増えている。
6. おわりに
町会は地域を代表する団体とみなされている。市の審議会等には町会(社会福祉協会)の上部団体の社会福祉協議会は福祉団体の代表ではなく、市民代表として名簿に上がっている。尼崎市だけの社会福祉協議会の2つの機能を併せ持つ特質によるものである。
この尼崎市の町会=「社協」という特質を「強み」として活かしていくべきである。そのためには、町会(自治会)は地域(コミュニティ)を代表するアソシエーションとしての機能を持ち合わせているという自覚が必要である。共益から公益意識への転換。住民の町会への加入は強制ではなく、市民としての権利であるという意識改革を持つ必要がある。
町会は地域自治を進める主体である。行政の下請けでなく、福祉や環境、安全などのサービスを行政との協働で行うことをめざす。さらには、目的別にNPO法人とのネットワークを築くことによって、教育等の補完をなしとげ、コミュニティの向上に寄与するべきである。
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