【自主レポート】

第34回兵庫自治研集会
第9分科会 農(林漁業)から考える地域づくり

 砂防ダムや農業用頭首工など工作物で河川が分断されているため、サケ・マスなどの遡上が困難な状況にある。補完するために各工作物に魚道が設置されているが、管理方法、構造上の欠陥などで機能不全に陥っている施設が多い。ここではその問題点を整理し、それを解消するための釣り愛好家・漁業者・農業者らによるアプローチと、河川環境保全が地域の一次産業振興への柱の一つとなることを提言していきたい。



河川環境の復活に向けた農漁業からのアプローチ
~河川構造物に対するサケマス類の遡上環境の保全と産業振興~

北海道本部/自治労せたな町役場職員組合 河原 泰平

1. はじめに

 せたな町では北海道南西部の自然豊かな日本海から様々な海産物が漁獲され、また背後に抱える狩場・遊楽部山系が生み出す清冽な水が豊かな農地を涵養し、米をはじめ馬鈴薯、そばの農産物から酪農、養豚などの畜産物を生産しています。それだけでなく、その豊かな河川水系がサケやサクラマスといった遡上・降海型の魚類をはぐくみ、漁獲の一角を担っています。
 しかし自然豊かに見える河川も、よく見ると砂防・治山ダムや農業用頭首工などさまざまの構造物が建造され、分断されている現状があります。その対処のため、昭和後期から魚道の設置が進められ、河川の上下流の分断を少しでも緩和しようとしてきました。
 残念ながら、この魚道も土砂の堆積や流路の移動など、機能不全に陥ってるものがほとんどで、このままでは河川環境の保全どころか、海洋資源の衰退にもつながりかねない状況があります。
 ここでは、河川を分断する河川構造物とその影響を緩和する魚道等の設備の問題点についてレポートし、改善と地域産業振興のために、主要産業である漁業・農業サイドからのアプローチと今後の対処について提言します。


2. 漁業と河川環境(河川構造物と魚道)
表1 サケ・マスの漁獲

(1) 河川がはぐくむ漁業資源(サクラマス・サケ)
 主要産業の一つである漁業について、当町では春のサクラマス漁、秋のサケ漁も主要な漁獲の一角を占めます(表1)。遡上・降海型のこの魚種たちは、海洋で成魚になると河川の上流部のきれいな砂礫地をめざして遡上・産卵し、次世代にその生をつなげていきます。
 増殖事業により、ほとんどが成魚から採卵・稚魚養殖のち人工放流されるサケと違い、そのほとんどが沿岸部の河川で自然増殖するサクラマスは、河川環境の変化に非常に敏感な魚種で、その漁獲量も大きく左右されるものとなります。

(2) 河川構造物と魚道について
 現在町内にも、防災を目的とした砂防・治山ダム、利水を目的とした農業用ダム・頭首工などが設置されています。その構造物の高低差等により河川環境が分断され、特に前述の遡上型魚類の障害となっています。そういった損失を防止するため、昭和後期より分断された上下流を行き来できるよう、付属施設として水流を階段状に流下させる「魚道」が設置され、この分断問題は解消されたように見えました(写真1)。
 ところが、全ての施設に設置できたわけでなく、当町においても巨大な農業用ダム「真駒内ダム」においては、物理的に魚道設置がかなわず、今も分断されたままです。
 また、設置はされたが管理が行き届かず放置し、土砂が堆積したり、また流路が変わったことにより魚道に水が回らないなど機能不全に陥っている魚道がほとんどで、その管理が問題となっています(写真2)。


 
写真1 正常な魚道
 
写真2 機能不全の魚道

(3) ボランティアによる魚道機能回復(魚道清掃)
 そんな状況下、機能不全に陥っている魚道の土砂等排出「魚道清掃」を、ボランティアで約15年前から行い続けている団体が町内にあります。釣り愛好会として活動を続けてきた「一平会」は、釣りを通して河川の荒廃を見つめ続け、釣りの傍らメンバーで魚道清掃を続けてきました。その活動は釣り愛好者だけでなく、その河川を由来とするサケ・マス類の恩恵を受ける漁業者や、河川構造物の設置を進めてきた建設団体も巻き込み、近年は町内だけでなく、管内各地の魚道清掃が積極的に行われるようになりました(写真3)。体力勝負の魚道清掃、当職員組合も有志が参加してスコップをふるっており、河川環境に対する意識の芽生えから、担当者として自らの仕事に対しても少なからず影響が及んでいるようです。
 こういった民間からの発信は、構造物の管理者である行政も動かし、今では管理者主体の魚道清掃まで行われています。
写真3 魚道清掃

写真4 良留石川スリットダム
点線枠が切欠いた箇所

(4) 河川機能を活かした構造物改修(ダムのスリット化)
 しかし、増水のたびに埋塞する魚道全てをを管理、機能回復することは、管理者、ボランティアの力を結集しても行える範囲は現実的に限られてきます。
 そこで魚道清掃を行ってきた団体は次なる提案、管理が不要な構造物への改修、特に既に役割を終えていたり効果が疑問な砂防・治山ダムの、スリット化を提言していきます。これはダム堤体の真ん中に切り込みを入れ、細かい土砂を流し大きな岩だけを止めることで、災害原因だけを選択して取り除く工法です(写真4)。
 これは同時に、滝のように高い段差をつけて流していた水流を、普通の河川のようにスリットからゆるい傾斜で流すので、サケ・マスなどの魚も自由に行き来できることとなります。2010~2011年にかけて施工された良留石(らるいし)川では、秋には多数のサケの遡上が確認されており、河川環境が著しく向上しました。
 釣り愛好家、漁業者といった魚サイドからの力が、河川管理の在り方まで変えた大きな事例の一つです。


3. 農業と河川環境(取水施設と魚道)

(1) 取水による河川環境への影響
 農業は、太古から特に水田において水を河川から引き活用、その恩恵を享受してきました。効率よく、また多量に取水するために川に堰(頭首工)を設置し、干ばつ期も安定した水を供給できるよう巨大なダムの設置まで進めてきました。
 かつては堰が設置された地点で、河川の分断化が生じていました。が、最近設置される農業用水利施設は、転倒式水門を設置したりして、非かんがい期は自然な水流が確保できるような仕組みを導入して、なるべく河川分断を行わないよう工夫を凝らしています。
 ただ、昔ながらの魚道を設置している構造物については砂防・治山ダムと同様に、埋塞等機能不全に陥っている例が多くみられます。
 これから取り上げる若松頭首工についても、下記のとおり魚道設計の根本的欠陥から、ほとんど機能していない状況です(写真5)。
① かんがい期は貯水するために魚道に堰板をかけ、遡上不能(写真6・図1)
② 非かんがい期は、流量のより少ない部分に魚道を設けているため、増水時、もしくは取水期同様水門操作を行い水位を上げなければ通水しない
③ 増水期以外は通水しないことから、増水時の土砂が堆積するばかりで流下できず魚道埋塞(図2)


 
写真5 若松頭首工全景
 
写真6 魚道にかけられた堰板

図1 取水期(5~8月)の水流
 
図2 取水期外(9~4月)の水流
 

 たまたま、この区間は道営の河川改修工事が下流から始まり、頭首工も改修が必要なことから欠陥魚道も併せて改修することとなっています。ただ昨今の予算削減により、実現が不透明な状況におかれ、改修計画の網掛けにより農業補助による改修工事も留め置かれて、抜本的対策が困難な状況になっています。


(2) 受益者による管理に向けて
 そのため改修実施までの当面の間、頭首工を操作して魚道に水流を導く調整が必要と浮上してきました。漁業者等の要請を受け、これまで2年間ほど町で実験的に水量調整をしてきましたが、町で頭首工操作員手当などを補助し、地先での受益者管理(水路愛護組合)に移行することで協議を開始しました。
 これまで、農業者は取水期についての水利施設の管理は行うが、非かんがい期の管理については関心がないという状況でした。今般協議を重ねたところ、河川法第40条で工作物設置・管理者は魚道等により緩和措置を講じなければならないことは頭の中では理解していただけたようです。
 ただ、何十年も既得権として得てきた水利権に従っての取水に、また人手をかけなければ機能しない魚道に対して、年々米価も下降するなか身銭を切ってまで遡上魚のために管理することに対しては、抵抗があるようです。
 残念ながら当面の非かんがい期(9~10月)の水量調整による遡上支援は、故障等の施設損料や災害時の責任について折り合いがつかず、受益者による管理、そして農業者と漁業者による協同作業という形には、まだまだ道のりが遠いものとなっています。


4. 今後の取り組みについて

 こうした状況を踏まえて考察したところ、以下の取り組みが同時に必要となってきます。
① 受益者や住民の意識啓発により、受益者中心に地域主体による個々の魚道管理といったソフト事業
② 同時に、人手のかからない、自然により近い構造物への改良といったハード事業
 管理者の負担軽減、永続的管理が可能なようにハード改修も並行して取り進めないと、河川環境の保全が物理的に継続できないからです。

 第2章で取り上げた治山ダムのように、役割を終えた、もしくは機能を過剰に発揮している施設については、釣り愛好家や漁業者の活動が実り、スリット化や撤去などの方法で河川環境の再生が果たされました。
 第3章の若松頭首工については、これまで勾配が急で遡上ができなかった放水路に、玉石やポケット等設置して遡上魚の休息場所を設け、簡易魚道化を図る案(図3)が受益者との協議の中で浮かび上がってきています。魚道として別個に設置するものでなく、施設そのものに遡上できる細工を施し、管理に人的労力を要さない方法に活路を託す予定であり、農業サイドからの取り組みとして力を入れて取り進めていくところです。


図3 放水路の簡易魚道化
 
 
 
写真7 水中から飛び出すヤマメ(サクラマス)

 こういった地域一体となって取り組み始めた河川環境の保全活動の効果は、徐々にですがサケ・マスといった地域資源の回復につながっているようです。入渓情報によれば、今年は魚影が濃いとの話をよく聞きます(写真7)。
 ですが、効果は地域資源の回復だけでは収まりません。TPPで揺れる農漁業など第1次産業の担い手たちが、こういった協働作業を通じ、新たな融合ブランドの開発、販売の共同化など、新たな地域産業振興につながることも期待されるからです。
 以上から河川環境の保全活動が、一次産業者を含む住民意識を啓発し、地域の特性を活かした産業振興の柱のひとつとなることを提言し、今後もその活動を推進していきたいと考えます。