【自主レポート】

第34回兵庫自治研集会
第10分科会 「地域力」「現場力」アップにむけた学び合い

 入難出易と言われて久しい日本の大学の学士力が問われている昨今、大学教育はあらゆる意味での質の向上が求められている。将来、社会をしっかりと支えてもらわなければならない大人予備軍の資質向上こそが安心した明日の確保に直結する。『今、時代が要請する大学経営とは。』『こんな大学があったら自分の子どもを是非入学させたい。』というような観点から本調査・研究を進める。



こんな大学あったらいいな研究会
-学生へのサービス向上を主眼として-

群馬県本部/群馬県職員労働組合・女子大・がんセンター 市川 久幸・長谷 康夫・岩上 尚樹

1. 大学をとりまく環境

 大学の秋入学、大学入試センター試験問題冊子配布漏れによる再試験者3千人超え、史上最悪。鳥インフルエンザウイルス研究一時中断、研究発表内容のテロリストによる悪用を懸念、元柔道オリンピック金メダリストの醜態……など、大学に関係した話題に一日として事欠かない。大学って何だろう? 大学生は毎日何を学んで何を考えているのだろうか。全国で780の大学に289万人の学生がいる日本、超高齢社会が現実となった日本、リーダーが不在といわれる日本にあって、思想・言論をリードするはずの最高学府であるべき大学の役割は、……大学の存在証明はあらゆる視点で明確化されるべき時が来ている。
 この研究会は、『こんな大学があればぜひ自分の娘を、息子を入学させたい。』そんな発想から始めた。ただし、単に親の想いレベルではなく、当事者である高校生が、『自分の人生目的を達成するためにはこの大学にどうしても入りたい。』と思うような存在であるためには、どのような教育実践に取り組む必要があるか、そのことが何よりも最優先されるべき研究課題であることが大前提にある。


2. 大学の位置づけの変遷

 かつて大学は。古の昔、空海が設立した『綜芸種智院』。内藤湖南の日本文化史研究によれば、現在の中国においては知ることができない内容を空海が唐から持ち帰った現存する資料(文鏡秘府論など)から当時の中国の様子を窺い知ることができると記している。そういった中国文化を骨の髄まで染み込ませた空海は何を思い大学を創って、そこで何を教えたのだろうか。以後、日本における仏教(密教)の発展、中国文化の学びの拠点だったことには違いない《思想の礎、文化の振興》。

 中世ヨーロッパにおける大学、その起源は、利害を同じくする学生(や教師)の「組合団体」といった意味であった。『中世の大学』著者ジャック・ヴェリジェは、「都市とはまたしばしばウニヴェルスィタスuniversitasと呼ばれた団体でもあった」と述べる。都市化とはすなわち労働の分業化であり、「同じ仕事に携わり、隣接して住んでいる人々は、当然、自衛のために結びつこうとしていた。この結びつきは、封建社会の中で家臣を領主に結び付ける縦の依存関係のようなものでなく、平等な人々の共同体を生み出した」。これが「大学=団体」の起源であり、この団体の内部には「位階」が存在したが、より上位の位階への昇級は公的な試験(教授資格試験など)の手続きが制度化されていた(吉見俊哉著:大学とは何か28頁引用)。都市が大学であった、あの街でおもしろい学問が学べるとなれば、そこに好奇心旺盛な人々が集住し、さらに豊かな学芸を興していく、そんな都市と人々の関係だったのであろうか《社会化の中での頭脳集団》。

 時は進んで明治時代。富国強兵、殖産興業を旗印に国を挙げての西洋化、フランス・イギリスなどの列強から先進知識・技術の導入のため、帝国大学での雇われ外国人による母語で行われた大学の授業、150年近く経った現在の教育水準からしても遜色ない、否それ以上のものだったのではないか《近代化への牽引》。


3. 大学活性化のための過去の検討内容

 子は国の宝―いつの時代でもそう考えられるべきフレーズであるー戦後のベビーブーマー世代が大量に大学進学した1960年代後半から70年代初め、学生運動がピークだった頃、文部省(現文部科学省)に『今後における学校教育の総合的な拡充整備のための基本的施策について(以下46答申という)』が答申(1971年)された。当時の学校教育の現状認識、問題点、解決すべき課題等が中央教育審議会の広汎に議論され(4年間にわたる審議は、7つの特別委員会の159回の会合と72回の小委員会、5回の公聴会、70以上の関係諸団体・審議会・官公庁からの意見聴取、10回の総会によって行われた。その間に、1969年4月には「当面する大学教育の課題に対応するための方策」について別途に答申を行った。その答申は、大学紛争の要因、大学の内部管理の改善および大学における学生の地位と役割について本審議会の基本的な考え方を示している点において、今回の答申と密接な関連がある。)、その答申が世に問われた。答申全文は長大かつ複雑であるため、40年以上経過した今においても問題提起が色あせていない内容を中心に以下に列挙する。

① 一般教育と専門教育という形式的な区分を廃し、同時に既成の学部・学科の区分にとらわれず、それぞれの教育目的に即して必要な科目を組織した総合的な教育課程を考える必要がある。
     →教育学部がなくなった弊害について現在ゆり戻しの議論がある。
② 今後の学校では、少人数ごとの演習・実験の場面における学生相互または学生と教員との人間的な触れ合いによる相互啓発の機会を充実することに重点をおくべきである。
③ 高等教育機関が積極的に再教育のための受け入れ体制を整える必要がある。
     →レカーレント教育
④ わが国と外国の高等教育機関相互の間において、それぞれで取得した単位が承認されるような措置を講ずること、外国人留学生の修学の目的達成を容易にするため日本語教育の充実、履修内容・方法の弾力化、生活条件の整備などを進めることは、高等教育の国際的な開放のために重要である。            
     →グローバル人材の議論
⑤ 大学の中枢的な管理機関における指導性の確立、学長・学部長などの執行機関と評議会・教授会などの合議制の審議機関との機能的な役割分担の徹底、意思決定手続きの合理化、全学的な協調の確保などについて具体的な改善方策を実施する必要がある。特にそれらのうち、学長を中心とする中枢的な管理機関に十分な指導性を発揮させることが重要である。その場合、特に財務・人事・監査などに関する機関に学外の有識者を加えることが、大学の内部的な衰退を防止するためにも必要である。同時に、教務・学生指導・企画・広報などの領域の問題については、教育を受ける立場にある学生の声を積極的に取り入れることが大切である。
⑥ 大学における学生の地位と役割にかんがみ、適当な領域の問題について学生参加の適切な形態と条件を考慮すべきである。
⑦ 教員の選考や業績評価については学外の専門家の参与を求め、同じ地位にとどまる場合にはその任期に限度を設け、同じ学校の出身者を採用する場合の数を制限するなど、人事の取り扱いに特別の工夫が必要である。               
     →任期制
⑧ 高等教育機関のうち、特に国・公立の大学は、現在の制度では広義の行政機関としての性格をもつものとされながら、その運営に特別な配慮が必要なため、その設置者である国または地方公共団体の管理権との関係において問題を生じやすい状態にある。また、そのような設置形態のためにかえって大学が制度上の保障の上に安住し、自律性と自己責任をもって管理運営されるようになることが妨げられているともみられる。そこで今後は、それらの大学が設置者との関係を明らかにするとともに、真に自律性と自己責任をもって運営されるものとなるためには、次に掲げる二つの方法があり、それぞれの大学の目的・性格にふさわしい方向に改革することが望ましい。
 ア 現行の設置形態を改め、一定額の公費の援助を受けて自主的に運営し、それに伴う責任を直接負担する公的な性格をもつ新しい形態の法人とする。
 イ 大学の管理運営の責任体制を確立するとともに、設置者との関係を明確化するため、大学の管理組織に抜本的な改善を加える。
     →法人化
 教育における不易と変化。時代背景により、また、視る者の立場により違う場合も考えられるが、46答申の未来予想は、振り返ってみれば、具体的であり、かつ長期的展望を兼ね備えた内容であったのではないかと考えられる。

 そして、2012年、今に置き換えて、社会が大学に求めること、大学が社会に応えるべきこと(応えられること)、そのためには、どんな大学機能が必要なのか、どんな学生を期待するのか。


4. 具体的取り組み例

 これまでに述べてきた大学を取り巻く現状や課題整理を受けて、これからの大学像を考えるうえで参考となると思われる、大学改革に積極的に取り組む大学の事例をここで一度整理する。具体的には、次の2大学の事例について整理し、理想とする大学の具体的な取り組みの参考としたい。先ず、英語力の向上に向けた取り組みとして、誰もが自由に利用できる英語で遊ぶ空間を用意し、学生の主体的な学びを引き出す試みである「英語村E3(e-cube(イーキューブ))」という近畿大学の事例を取り上げる。次に、社会を変える女性リーダーを意識した改革により、就業力向上をめざす取り組みとして、「リーダーシップ養成教育研究センター」を設置したお茶の水女子大学の事例について触れる。

 近畿大学は、大阪専門学校と大阪理工科大学を母体として1949年に設立された私立総合大学で、「未来志向の実学教育と人格の陶冶」を建学の精神とし、「人に愛される人、信頼される人、尊敬される人の育成」を教育理念として掲げている。学部は13学部からなり、学生数は約31,000人の規模の大学である。
 「英語村E3(e-cube)」とは、遊びながら英語を楽しく学ぶことをコンセプトとして、近畿大学本部キャンパスに2006年11月からオープンしている。“英語の遊び場”として、「遊びを取り入れた勉強」ではなく、徹頭徹尾、「遊び(ただし、英語で)」を貫いている日本の大学で初めてとなるユニークな試みである。楽しみながら英語を学べる空間として、広く開放的なラウンジ、バスケットコートやカフェ、相談コーナーなどがそろう環境を整え、常駐のネイティブスタッフと楽しく英語で話せる。
 英語村は無料で自由に出入りでき、中での会話は全て英語ですることがルールとして決められている。英語を親しみ易く感じるための場所で、学生同士やネイティヴスピーカーと英語で会話する事ができる。他に、英語コミックスやテレビゲームも楽しめる。単位履修では、基本的に単位認定されない。約10万人/年間の利用者数がある。この英語村は、大学英語教育の現状に一石を投じ、「英語嫌いだった」学生と英語との距離を縮めるといった成果を上げている。

 お茶の水女子大学は、「知識」「見識」「寛容」を教育理念として、堅固で高度な専門的知識を修得し、それに基づいて適切に判断し、同時に他者を尊重することのできる能力が重要であると考え、学ぶ意欲のあるすべての女性にとって、真摯な夢の実現の場として存在することをめざしている。大学の規模は、3学部からなり、学生数は約2,000人の規模の大学である。
 「リーダーシップ養成教育研究センター」は、男女共同参画社会の実現を推進することを目的として、女性リーダーを創出する国際拠点として設置された。女性リーダーシップ教育の開発促進のため、ポテンシャルの高い諸研究分野を基盤として国際水準の女性研究者を育成する新たなプログラムを開発する。同時に、21世紀を担う女性研究者の多様な能力を開発するために国際的ネットワークを構築し、女性リーダーを創出する教育システムを高度化してそれを海外に発信する。これらの事業を通して、わが国の国際競争力の向上に資することを目的としている。女子大学ならではの利点と特色を活かし、次世代においてリーダーシップを発揮できる人材の育成をめざしている。
 具体的には、学部向けの授業科目を設置している。社会で通じるコミュニケーション力、企画立案力およびプレゼンテーション・スキルの向上を図り、世界で活躍する人々を講師として招聘し、その社会的な役割や実際の仕事について学ぶ。ここでは学生自身のキャリアゴールの選択肢としてイメージし易いよう、女性の講師を多く配置しており、これらの授業科目によって就業力の向上が図られている。このほか、特別セミナーの開催や、海外派遣プログラムを行っている。将来、東アジア諸国との協力関係の重要度がますます高まることが予想されるころから、2010年度の海外派遣プログラムでは「日韓3女子大学交流合同シンポジウム」を韓国で行い交流を深めた。
 女子大学はアファーマティブアクション(積極的優遇策)であることから、将来的にはなくなるかもしれないが、男女共同参画社会が実現されるまでの間は、社会で活躍する女性の育成を図るため、大きな役割を果たすことができると考える。

 これらの事例は、「学生の学び」を大学の中心としてとらえて取り組まれているものであり、今後の大学を考えるうえで、非常に参考になるものである。今、大学はさまざまな課題に直面し、変革が求められている。現在、議論となっている秋入学についても、真に学生のためになるのかを考えなければならない。そのためにはこれらの事例を超え、さらに「学生が主役となる大学」が今求められている。


5. 学生サービスの質について

“学生が主役”この言葉を敷衍すると、何事においても大学運営に関して決定する際は「学生への効果・影響等」が第1優先順位を占めていること。教職員の行動原理も「学生サービス」を常に念頭に置いたものであること。そして、教員×学生、社会人(教職員)×学生の上下対立構造も場合によっては必要であるが、その前提として対等な個×個の信頼関係が成立していること。

 更に記さなければならないことは、大学で何が最も重要か、それは授業内容が真に学生の知的好奇心を高めるための内容であるか、そのための努力が日進月歩なされているか。授業評価アンケート結果や社会変化に対応する授業内容の工夫等が進められているか。

 学生へのサービスの質について、以下をスタンダードに
『ある日、80歳を過ぎた田舎暮らしの老女が高崎にあるSデパートに買い物に行きました。その理由は、近所の友達が高崎Sデパートで購入した3枚2,000円のタイツを自慢したため、高崎に行った時Sデパートに立ち寄ろうと思っていたので。2階の婦人服売り場に着き、タイツを購入したい旨告げると、その品物のセールはすでに終わっており、売り場の女性は困ってしまったようです。しかし、同類のものがあるかどうか、その階を小走りに探し回りました。その間、他の女性店員が世間話しに花を咲かせてくれました。数分後、先の女性販売員が申し訳なさそうに戻ってきて、「シーズンが変わったのでこちらのタイプしかありません。でも、求めているタイツであれば、この店を出て通り沿いのT用品店にきっとあると思いますよ。」そして、多分もう来ないであろう老女に対して、にこやかに「また、いらしてください。」と45度の姿勢で頭を下げてくれました。』(ひろば投稿欄から)

《終わりに》 
 暑い、暑い、8月7日、第1回の打ち合わせ。以来、毎月1回のペース(第2日曜日の午後)で海図のない航海(これが後悔の元ですが)、焦点の定まらない議論を重ねていった。当初の予定では、教員や学生意見も取り入れて議論を深めようと考えたが、日常業務に追われてしまい、それが叶わなくなったことは、自己管理能力の稚拙さ、大きな反省材料である。それでも、月1回、気心のしれた3人で話し合いができたことに大きな感謝である。




INDEX(参考資料)
・大学とは何か(岩波新書:吉見俊哉 著)
・消える大学 生き残る大学(朝日新書:木村誠 著)
・東大生はバカになったか(文春文庫:立花隆 著)
・近畿大学ホームページ:http://www.kindai.ac.jp/
・お茶の水女子大学ホームページ:http://www.ocha.ac.jp/