1. 制度の概要と制定意義
生活困窮者自立支援制度は、生活保護の受給には至っていないものの、現に経済的に生活が困窮している人々、すなわち、「経済的困窮者」を対象に、自立に向けた総合的な相談支援および就労支援、住宅確保のほか、当事者の置かれた状況に合わせた様々な個別具体の支援を行う制度として設計されている。制度の実施機関となるのは「福祉事務所設置自治体」である。
制度に基づく事業には「必須事業」と「任意事業」の区分がある。
必須事業は、「自立相談支援事業」(就労その他の自立に関する相談支援、事業利用のためのプラン作成等を実施する)と「住宅確保給付金の給付事業」(離職により住宅を失った生活困窮者等に対し家賃相当の「住宅確保給付金」(有期)を支給する)に限られる一方、各自治体の判断により、多様な任意事業を実施することが想定されている。
任意事業としては、以下の事業が例示されている。すなわち、「就労準備支援事業」(就労に必要な訓練を日常生活自立、社会生活自立段階から有期で実施する)、「一時生活支援事業」(住居のない生活困窮者に対して一定期間宿泊場所や衣食の提供等を行う)、「家計相談支援事業」(家計に関する相談、家計管理に関する指導、貸付のあっせん等を行う)、「子どもの学習支援事業」(生活困窮家庭の子どもに対する学習支援や保護者への進学助言を実施する)、「その他、生活困窮者の自立の促進に必要な事業」である。
自立相談支援事業および各種の任意事業は、各自治体の判断により、自治体の「直営」か、民間事業者への「委託」をするか、運営方法の選択が可能とされている(法第四条第二項)。委託先となる民間事業者については、「生活困窮者自立支援法施行規則」第九条に、社会福祉法人、一般社団・財団法人、特定非営利活動法人(以下、NPO法人)、その他都道府県が適当と認めるもの、が例示されている。
以上から本制度の特徴として指摘できるのは、必須事業を限定しつつ、それぞれの地域事情に応じた多様な任意事業を各自治体の判断で構想・実施すること、事業の実施にあたっては民間事業者との連携が想定されていること、などである。
本制度の制定の意義として、以下の3点を挙げたい。
第一に、「経済的困窮者」という法律上の対象者の定義はともかく、生活困窮者を対象とする総合的な自立相談支援を行う制度ができたことにより、これまで必ずしも支援の手が十分に届いてこなかった層をより広くカバーできるようになったことが挙げられる。
第二に、「生活保護自立支援プログラム」(2005年度実施)をモデルとしたことから、生活保護制度の運用などにおいては「経済的自立」に限定されてきた従来型の自立観を脱却し、より拡大された自立観(経済的自立+日常生活自立+社会生活自立)に基づく制度運用が期待されることである。
第三に、自治体と民間事業者の連携による困窮者支援事業の構想・実施が織り込まれているということである。これにより、生活困窮者自立支援事業が地域ぐるみの取り組みへと展開し、この制度を軸として生活困窮者に対する自立支援がまちづくりの一つの指針となる可能性もある。
2. 道庁の実施状況とその特徴
(1) 道庁の実施体制
道内144町村(2015年4月1日現在)に福祉事務所を任意設置している町村は1つもない。そのため、道内町村部の生活困窮者自立支援事業は全域で道庁が実施機関となる。
道庁は生活困窮者自立支援制度の事業実施区域を14総合振興局・振興局の区域に従って設定している。運営方法は自立相談支援事業も任意事業も全て「委託」である。
(2) 自立相談支援事業の実施状況
14区域別の自立相談支援事業の委託先を見ると、NPO法人が6区域(石狩、空知、後志、胆振、留萌、オホーツク)と最も多く、道社協が2区域(渡島、上川)を受託しているほかは、市町村社協(宗谷)、社協以外の社会福祉法人(根室)、共同事業体(日高)、一般社団法人(釧路)、一般財団法人(檜山)、有限会社(十勝)がそれぞれ1区域ずつとなっている。このうちNPO法人については、「NPO法人ワーカーズコープ」が3区域で受託している。以上から、道庁の生活困窮者自立支援事業の委託先事業者数は計11である。
道庁の生活困窮者自立支援事業の実施状況の特徴として、そもそも面積が広大で、道庁は事業実施区域を14総合振興局・振興局別に分けているため、町村社協への個別委託はしていないにもかかわらず、委託先事業者数は他県に比べても比較的多くなっていることが指摘できる。また、他府県と比較した場合、道庁の自立生活支援事業における委託先事業者の特徴として、社協(都道府県社協、市町村社協)よりもNPO法人が多いことが指摘できる。
相談窓口の数は14区域の合計で18カ所になる。12区域で1カ所の設置だが、稚内市社協が受託する宗谷総合振興局管内で稚内市と枝幸町の2カ所が設置されるほか、4団体(3つの社会福祉法人と1つのNPO法人)の共同事業体が受託する日高振興局管内では、4つの構成団体が1つずつ相談窓口を運営しているため、4カ所が設置されている。
(3) 任意事業の実施状況
任意事業の実施状況についてみると、道庁は2015年度から一時生活支援事業および子どもの学習支援事業を実施している。これら任意事業も運営方法は「委託」であるが、委託先は、前者が全14区域で自立生活支援事業と同じ団体であるのに対し、後者は8区域(渡島、後志、空知、上川、日高、宗谷、十勝、釧路)で別の団体が受託し、NPO法人3団体が計6区域(後志、空知、日高、宗谷、十勝、釧路)で受託している。なお、道庁では2016年度からの任意事業の追加・廃止はない。
3. 道内35市の実施状況とその特徴
(1) 自立相談支援事業の運営方法・実施状況
35市における自立相談支援事業の運営方法は、「直営」が12市、「委託」が22市、「直営+一部委託」が1市という内訳である。
「委託」の22市について、委託先事業者の種類をみると、市社協への委託が10市と最も多く、以下、NPO法人への委託が8市、社協以外の社会福祉法人への委託が2市、一般社団法人への委託と株式会社への委託がそれぞれ1市である。8市(赤平市、芦別市、岩見沢市、歌志内市、滝川市、美唄市、三笠市、夕張市)からの委託を受けているNPO法人は「NPO法人コミュニティワーク研究実践センター」という1団体である。
「直営+一部委託」という独自方式を採用している1市は小樽市である。小樽市では、自立相談支援事業を切り分けて、相談支援と就労支援をそれぞれ別の事業者に委託しており、前者は市社協、後者はNPO法人が受託している。この方式は、相談窓口の位置付けと職員配置に反映されている。すなわち、相談窓口は市の機構上は課の位置付けとされるとともに、職員配置では、所長および主任相談支援員を市職員が務める一方、相談支援員は市社協が、就労支援員はNPO法人がそれぞれ雇用する体制になっている。
相談窓口は、「直営」の市では通例、市役所庁舎内に窓口が設けられることになるが、それを生活困窮者自立支援制度に特化した窓口とするかどうか、どのような職員に相談の対応をさせるか(正職か嘱託か、生活保護のケースワーカーが相談員を兼務するかどうか、など)は、市によって選択が分かれている。
また、「直営+一部委託」の小樽市の場合、先述のとおり相談センター自体が市の機構に組み込まれているが、センター自体は市役所内ではなく、市の保有施設の一つに事務所を構えている。
一方、「委託」の市では、市の設置する相談センターを受託事業者が運営するか、受託事業者が自ら開設しているセンターを窓口とするか、受託事業者が市社協の場合は市社協の事務所内・建物内に窓口を設置するか、いずれかに当てはまる。
相談窓口の数は、ほとんどの市が一カ所であるが、前出の空知地域8市のうちのいくつかの市では独自の対応がみられる。受託している「NPO法人コミュニティワーク研究実践センター」は、岩見沢市を除く7市について、自ら設置する「そらち生活サポートセンター」を自立相談支援事業の相談センターとして運営している。同センターは月形町内にあり、7市在住の困窮者にとっては、相談を望んでもセンターまで自力で行くことが困難な場合もある。そのような場合、センターの方から支援員が相談希望者の暮らす市に出張し、各市役所内の相談室等で相談に対応するとのことである。あわせて、同NPO法人は、月1回程度のペースで各市での巡回相談会も実施している。
(2) 任意事業の運営方法・実施状況
道内の市では2015年度、任意事業は計26事業が実施された。事業の内訳は、子どもの学習支援事業が10市(11事業)と最多で、以下、就労準備支援事業が7市、家計相談支援事業が5市、一時生活支援事業が3市であった。14市でいずれかの任意事業が実施される一方で、任意事業の実施実績のない市は21に上った。
2016年度からは、就労準備支援事業が9市で、家計相談支援事業が5市(検討中の深川市含む)で、子どもの学習支援事業が3市(4事業)で、一時生活支援事業が1市で、それぞれ新たに事業化されている。2016年度開始の任意事業としては就労準備支援事業の9件が際立つ一方、2015年度からの開始が多かった子どもの学習支援事業の追加は3市にとどまった。また、一時生活支援事業および家計相談支援事業は両年度とも1~5例と低調である。ともあれ、2016年度では23市でいずれかの任意事業が実施されるようになり、事業数は計45事業となる一方で、依然として任意事業の実施実績のない市も12ある。
また、2016年度当初段階での任意事業の運営方法をみると、計45事業のうち、「直営」はわずか9事業で、36事業が「委託」である。
委託事業者の数は延べ40団体であり、その種類は、NPO法人への委託が16事業(10団体)と最も多い。子どもの学習支援事業におけるNPO法人への委託例の多さは全国の傾向と同様である。以下、市社協への委託が11事業(8団体)、市社協以外の社会福祉法人への委託が3事業、一般社団法人への委託が3事業、公益社団法人、公益財団法人、生活協同組合、共同事業体への委託がそれぞれ1事業、2016年度開始の事業における委託先事業者選定中(2016年4月15日現在)が3事業であった。
子どもの学習支援事業については、実施方法に独自性がみられる市もある。同事業を2015年度からスタートさせている帯広市では、事業の対象を小学生と中学生に分け、それぞれ別のNPO法人に委託している。また、2016年度からスタートさせた石狩市では、訪問型と拠点型に分けており、前者は市直営、後者はNPO法人への委託と、運営方法も異なる形態にしている。このほか、生活保護受給世帯の子どもを対象とした既存の学習支援事業を生活困窮者世帯の子どもに対象を拡大して対応するケースもみられる。
4. 今回の調査から見えた課題
(1) 情報提供・発信が不十分
本稿の基になった調査では、まず都道府県および道内35市の公式ウェブサイト掲載の生活困窮者自立支援制度のページを確認し、基本的な情報を把握した。
問題は、制度施行から1年を経過してなお、生活困窮者自立支援制度の専用ページを作成していない自治体が依然として相当程度存在しているということである。未作成は県レベルでも5団体ほどがあったほか、道内35市の中では2016年4月現在で16市に上っていることが判明した。こうなるとまず、所管課不明の事態に陥り、続く電話での確認に際しても、問い合わせ先となる担当者の特定に一定の苦労が伴う。また、専用ページが作成されていても、そこに掲載されている内容だけでは、その自治体でどのような事業が行われているのかほとんどわからず、結局は電話で確認せざるを得ないケースもあった。
もちろん、情報提供・発信の方法は、ウェブサイトへの掲載だけが唯一の方法ではなく、パソコンやインターネットを日常的に使用しない人たちにとってみれば、市町村や社協の広報、各市役所・町村役場の庁舎内に置かれるリーフレットなどの方が伝達手段としては有効かもしれない。しかし、特に県が事業実施機関になっている町村の住民の場合、所管のセンターが自宅から遠方に設置される場合も想定されるほか、自治体によって実施事業が多様化する本制度の性格からしても、どのような支援を受けられるかは、各自治体においてなるべく多様な手段で、広い層にとってなるべく手軽に、なるべく詳細な情報を入手できることが望ましい。また、各自治体においては、遠方の県や市町村も含め、他の自治体の事業の実施状況を確認し、相互に情報の共有を図る、といった観点から、やはりウェブサイトでの詳細な情報掲載・発信は外せないと考える。未整備の自治体には今後、ウェブサイトでの情報提供・発信の早急な体制整備、掲載情報の充実化を望みたい。
(2) 任意事業の今後の充実化に期待
厚労省調査の結果からも見て取れるように、2015年度における実施機関全体における任意事業の実施率は、全事業の平均で約26%となり、決して高い水準ではない。
道内に限ると、2015年度においていずれかの任意事業を実施した自治体の割合は、36の福祉事務所設置自治体のうち14団体であるため、単純に計算すれば約39%となる。道内の実施率は全国のそれを13%ほど上回っているが、やはり高い水準とはいえないだろう。それでも、道内35市では2016年度に入って任意事業が23市45事業にまで拡大しており、支援メニューの充実化とその早い段階での実現といった観点から、このこと自体は高く評価できる。
ところで、今回の電話調査の中で、特に任意事業の事業化が全く進んでいない市に対し、事業化の検討状況や今後の展望についてうかがったところ、いくつかの市の担当者から、「ニーズがないので、事業化の必要性が今のところない」と回答された。
もちろん、ニーズがないのに事業だけをとりあえず立ち上げてみたところで効果は薄いだろう。問題はニーズの捉え方である。本制度は申請主義を原則とする生活保護制度とは別物であり、実施機関に対しては、生活困窮者側からの具体的な求めがあろうがなかろうが、定期的な出張相談会の開催なども含め、アウトリーチの考え方に立った支援の実践も想定されている。それは実施機関の方から積極的に地域に出て行き、住民ニーズを発掘する取り組みが期待されているということでもある。その意味で、相談窓口を設置して、そこで相談者の到来を待っているだけでは、ニーズ把握への取り組みは不十分であろう。しかも、本制度に関する情報提供・発信が不十分な自治体もまだ相当程度あるという問題もある。配置職員数や財源に制約があることを重々承知しつつも、実施機関においては今後、「ニーズがない」と開き直る前に、ニーズの掘り起こしのための地域や住民への働きかけが積極的に行われ、そこで掘り起こされたニーズに応じた任意事業が構想され、実践が積み上げられていくことを引き続き期待したい。
(3) あるべき実施体制の構築に向けて
本制度は当初から「第2の水際」や「沖合作戦」などと揶揄されている。これは、生活保護の「水際」によって申請を阻まれた者や、申請はしたものの要否判定で「否」となった者の受け皿として運用されるような事態が懸念されているからである。こうした事態を避けなければ、生活困窮者を支援する新制度をあえて創設した意味はない。自治体においては、①庁内にあっては課間連携の体制を構築し、あらゆる所管事務において生活困窮者が発見される可能性に配慮しつつ、発見されるや速やかに支援の実施へと展開していくこと、②庁外にあっては、地域へと積極的に向かい、民間事業者など地域の様々な主体との連携のもとで生活困窮者を発見すること、この2点を遂行する体制がまずつくれるかどうかが問われる。
あわせて、住民ニーズの把握という意味では、基礎自治体=市町村の果たすべき役割は極めて重要であると考える。しかし、法律上、町村は福祉事務所を任意設置しない限り、制度実施機関から除外されてしまうため、そのような町村の多くでは、生活困窮者自立支援の取り組みを都道府県任せにしてしまい、この制度の運用に対する主体性が醸成されないことが懸念される。私見では、実施機関を福祉事務所設置自治体とする現行の規定のままでいいのか、今後の再検討が必要ではないかと考えている。
生活困窮者自立支援制度は、「生活困窮者自立支援法」附則第2条によれば、「施行後三年を目途として、この法律の施行の状況を勘案し、生活困窮者に対する自立の支援に関する措置の在り方について総合的に検討を加え、必要があると認めるときは、その結果に基づいて所要の措置を講ずるものとする」とされている。施行後3年(2018年春)が目途とされる総合的検討に向けて、各自治体の取り組みが着実に蓄積されていくよう、今後も各地の制度運用の状況を見守りたい。
別表 道内35市の任意事業の実施状況(2015~16年度)
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