【自主レポート】

第36回宮城自治研集会
第1分科会 ~生きる~「いのち」を育む・いかす、支えあう

 近年注目されることが多くなったLGBTと言われる性的マイノリティへの支援や施策。その問題は外国や都市部だけのものでしょうか。福井県越前市に飛び込み、活動して感じたことについて報告します。



東京でもない大阪でもない地方でのLGBT
―― 越前市でのLGBTの取り組みとこれから ――

福井県本部/越前市職員組合 緒方  祐

1. はじめに

 越前市は福井県のほぼ中央に位置し、市域面積は230.70km2です。人口は約83,000人で、世帯数は約29,000世帯です。越前と言えば越前ガニを思い浮かべる人が多いかと思いますが、越前市は海に面していないので、カニはとれません。越前和紙、越前打刃物や越前箪笥などの伝統産業が盛んです。また、大根おろしがたっぷりのった越前おろしそば、食べるとほっとする中華そば、オムライスの上にトンカツがのったボリューム満点のボルガライスが越前市3大グルメとして知られています。
 私は2014年にこの越前市に採用されました。私は九州の出身で、就職するまでは福井県には足を踏み入れたことがありませんでした。
 大学在学中にLGBTの人権啓発をはじめ、それを就職してからも続けたいという想いがあり、その気持ちへの理解を示してくれた越前市で働くことを決意しました。

 LGBTとは
L レズビアン同性に性的魅力を感じる女性
G ゲイ同性に性的魅力を感じる男性
B バイセクシュアル同性と異性に性的魅力を感じる人。あるいは性的魅力を感じていても相手の性別が重要ではない人
T トランスジェンダー自分の性別や表現する性別のイメージが出生時に割り当てられた性別のイメージに合致しない人

 LGBTはこれら4つの頭文字をとった言葉ですが、一般的にはこれら4つのカテゴリーに限定しない多様な性的指向(性的魅力を感じる性別)と性自認(自分の性別に対するイメージ)のあり方を表すために用いられます。(LGBTと医療福祉<改訂版>より)
 LGBTは性的マイノリティやセクシャルマイノリティと表現されることもあります。
 20人から30人に1人はLGBTだと言われています。


2. LGBTを取り巻く環境

 LGBTを取り巻く環境は2015年を境に大きく変化したように感じます。アメリカでは州ごとに同性婚の可否が決まっていました。2015年6月26日に、アメリカの連邦最高裁判所は「法の下の平等」を根拠に同性婚を合憲とする判断を下し、全米で同性婚が認められることとなりました。それを祝福してアメリカの大統領官邸のホワイトハウスやFacebook、twitterなどLGBTのシンボルである虹色に染まりました。
 日本に居る当事者はこの判決に喜ぶ一方で、日本で同性婚が可能になることは夢のまた夢と思っていた人が多くいたことと思います。
 そんな中、日本でも自治体が正式に同性カップルを認める動きがありました。2015年11月東京都渋谷区と世田谷区が同性カップルを「結婚に相当する関係」と公的に認めるパートナーシップ制度を開始しました。同性カップルをはじめ、LGBTは日本の社会には居ないこととされていました。結婚制度にも想定されていません。存在を今まで否定していた自治体が、LGBTを当たり前の存在として認めたのです。
 そして、この2つの自治体を皮切りに、2016年に入ってからもパートナーシップ制度を開始する自治体は、2016年7月現在で5つの自治体に増えました。
 日本での同性婚は夢のまた夢と言われていましたが、少しずつですが、着実に同性カップルを認める動きが広がっています。

 日本における同性パートナーシップ制度の動き
2015年11月東京都渋谷区が同性パートナーの証明書の発行を開始条例
 東京都世田谷区が同性パートナーの宣誓受領書の発行を開始要綱
2016年4月三重県伊賀市が同性パートナー宣誓書の受領書の交付開始要綱
   6月兵庫県宝塚市が同性パートナー宣誓書の受領書の交付開始要綱
   7月沖縄県那覇市がパートナーシップ登録の申請開始要綱

 パートナーシップ制度が始まり、恩恵を受けるのは大人の同性カップルだけではありません。
 越前市役所IJU課が行ったアンケート調査(※後述)によると、LGBTの約6割は中学生までの時期に自分がLGBTだと自覚しています。トランスジェンダーに限って見ると半数は小学生までに自覚します。自覚しても、LGBTに関する知識は学校で教わることはなく、テレビや周りからの情報では存在しない、普通じゃないという誤った情報が多く、ポジティブな情報を得られず、自己肯定感が育ちません。
 宝塚大学の日高庸晴氏らによる調査では、ゲイ、バイセクシュアルの男性の場合、65%が自殺を考えたことがあり、15%が実際に自殺未遂を経験していることが分かっています。自殺リスクも高いLGBTにとって、正しく、肯定的な情報を得ることが重要です。
 もちろん、自治体で取り組んでいることは、パートナーシップ制度だけではありません。1つ例を挙げると、大阪市淀川区は2013年にLGBT支援宣言を出し、電話相談やコミュニティスペースの運営、啓発冊子の作成などを行っています。行政が主体となって取り組むことで、運営主体が明確で安心感があり、自助グループにアクセスできなかった人たちがアクセスできたそうです。区の広報紙や区内の掲示板にLGBTについてのものを掲載することで、区民の認知も格段に上がってきています。淀川区以外にも、電話等で相談事業を行う自治体や、啓発活動に取り組む自治体も増えています。
 また、自治体だけでなく、学校で取り組む事例もあります。文部科学省の人権教育研究指定を受けた愛媛県西条市の丹原東中学校はLGBTをテーマに取り組みを行っています。全生徒がLGBTについて学習し、生徒自ら新入生へ説明したり、地区の公民館でお年寄りに学習内容を発表したりしています。先進校の生徒として、学んだことを周りに広げていかなければならない立場だと自覚する生徒が増えたそうです。
 LGBTは一人じゃない、みんなが当たり前に存在して良いのだ、ということを行政が発信することの重要性と、行政以外でも取り組みは進めていくことができ、取り組みの広がりの可能性を感じます。


3. 越前市での取り組み

 誰も知り合いの居ない土地で、1からLGBTの取り組みを始めることは容易なことではありませんでした。LGBTや、セクシャルマイノリティという言葉を知る市の職員も多くはありませんでした。「福井は保守的だから理解は得られなさそう」という声や、「そういうのは都会の話で、福井にはLGBTは居ない」という声が当時は多く聞かれました。不安もある中での初めの一歩は、NPO法人丹南市民自治研究センターでの取り組みでした。

(1) NPO法人丹南市民自治研究センターでの取り組み
 NPO法人丹南市民自治研究センター(以下、丹南自治研センター)は、福井県の丹南地域で、自治体職員、市民、研究者がまちづくりなどの地域課題や暮らしと社会の動きなどを一緒に学び合う市民活動団体です。入庁してすぐに、丹南自治研センターに加入しました。平和、人権、貧困問題など幅広く取り組んでいたので、LGBTについての問題も提案し、取り組んでいくことがきまりました。まずは知ることから始めようと、2014年10月に性的マイノリティが暮らしやすい社会づくりをめざすNPO法人の虹色ダイバーシティのスタッフを招いて、講演会を開催しました。市の職員や市民等120人が参加し多様な性について学びました。LGBTについてほとんど知識のなかった多くの市の職員も、この講演を機会に関心を持ってくれました。LGBTは遠い存在ではなく、どこにでも居る、身近な存在であるということを学びました。
 2016年3月には丹南自治研センター主催で、アメリカの同性婚裁判を追ったドキュメンタリー映画「ジェンダー・マリアージュ~全米を揺るがした同性婚裁判~」の上映会を開催しました。日本では同性パートナーシップ制度を設ける自治体が増えていますが、その制度があれば結婚なんて必要ないのではないかと思う方が居るかもしれません。互いに愛し合っていれば、異性愛者は結婚できます。ですが、どんなに愛し合っていても、信頼していても、同性というだけでその権利を奪われているのです。自治体に同性パートナーと認められたからと言って、結婚と同等の権利は得られません。
 同性パートナーとして登録するには、同性パートナーとして申請する自治体に居住していることが条件です。また、条例でパートナーシップ制度を定めた渋谷区に申請する際に必要な公正証書は数万円から10万円ほどかかります。婚姻届を提出する際に、現在住んでいる自治体で提出できないことや、提出にお金がかかることは無いでしょう。結婚をする、しないは個人の自由ですが、同性カップルにはそれを選ぶ自由すらないのです。
 この上映会では、単に結婚制度に関することだけではなく、愛、家族、人権についても参加者は考えさせられました。アメリカで同性婚が認められて良かった、という結論ではなく日本で認められていない現状はどうなのかと考える機会になりました。

(2) アライ(ALLY/LGBTの理解者、支援者の意味)を増やす活動
 2016年5月には「アースデイえちぜん2016」というイベントでLGBTの啓発パネル展と、LGBTのシンボルである虹色の旗をかたどったレインボーピンバッジの販売を行いました。
 ここでのねらいは、LGBTへの支援の見える化です。当事者ではないけれど、LGBTへの理解をしている、支援をしている人をアライ(ALLY)と呼びます。未だに差別や偏見が多く、誰が理解や支援をしてくれるアライか当事者は分かりません。支援を見える化するために、LGBTのシンボルである6色の虹のものを身に付けます。アースデイえちぜんでは、アライに身に付けてもらうために、レインボーフラッグを型取ったピンバッジを作成し、販売しました。
 市の職員でも、名札に付けて、普段から理解の見える化を図ってくださる方が多くいます。

職員名札に虹色の旗のピンバッジをつけて職務に励む職員が増え始めている

アースデイえちぜん2016で展示した多様な性のパネル展(パネルは、「いのちリスペクト。ホワイトリボン・キャンペーン」提供

(3) 越前市役所IJU課での取り組み
 越前市役所IJU(移住)課とは、Iターン、Jターン、Uターンを経験した越前市役所採用2年目までの若手職員で構成されている組織です。越前市や福井について発信している有志の集まりで、正式な市役所の課ではありません。なので、メンバーそれぞれのやりたいことを取り組むことができます。越前市の観光スポットやグルメのレポートにはじまり、地元大学とのコラボをすることや、時には仕事として採用試験説明会に呼ばれたりすることもあります。普通、自治体は、予算ありきで事業を進めるため、新しい取り組みを始めようにも、どんなに早くても次年度からになってしまいます。しかし、LGBTの問題は、行政の人間が迅速に取り組んでいくべきとの意見がIJU課内で一致し、IJU課内での1つの課題として取り組むことになりました。取り組みの1つとして、2015年10月に、大阪市で開かれた関西レインボーパレードに参加しました。越前市のPRと当事者の声を聞くことを目的に参加し、アンケート調査を実施しました。アンケートは、全部で18問あり、現地での回答とWEB回答を併せて272人の回答が集まりました。内容は、LGBTと自覚した時の時期や、相談の有無、行政に取り組んでもらいたいことなど、幅広く質問しました。アンケートに回答するために足を止めてくれるだけでなく、ご自身の悩みや、行政に期待することなどを話してくれました。
 パレードに参加し、行政の人間が参加することにとても大きな意味があると感じました。当事者の中での行政に対する不信感というものは大きいように感じますが、その場に参加しただけですが、多くの人から感謝の声と、応援のお言葉をいただきました。普段、私たち公務員は働いていて市民の方に怒られることはあっても褒められることは少ないでしょう。ですが、行政からLGBTのイベントに参加する、それだけで、とても多くの人に勇気と希望を与えられました。決して大げさに表現しているわけではありません。それだけ行政が動くというのは大きな意味があるのです。

アンケートに寄せられた声の一部
・保守的な福井県、越前市の行政が、セクシャルマイノリティの存在を認知し、マジョリティと同じように尊重しようとする動きに、当事者として心強く感じています。いろいろな声があると思いますが、どんな形でも、ぜひ続けていただきたいです。
・行政が取り組むことでどれだけの人の命が救われるか計り知れません。地方ではなかなか取り組みにくいと思う。越前市が取り組んで前例になってください。
・LGBTに関する取り組みを行政が取り組むことはとても大切だと思います。日本全国にもっと拡がってほしいと思います。
 その他、応援している、素晴らしい、頑張って下さい の声多数!!!

アンケートの結果

 「当事者が行政に取り組んでもらいたいこと」のアンケートの結果をご紹介します。市民の生活を支える行政職員、子どもたちに身近な教員がLGBTの知識をもつための研修が多数の回答を得られました。次にパートナーシップ制度の整備が続きました。
 コミュニティスペースについては、行政が運営することで運営主体が明確になり、安心して誰でも利用できる場が提供できるという声も聞かれました。
 今回のアンケート結果から、学校でLGBTに関する正しい知識を教えること、安心して相談できる場を作ること、行政のサポートが求められていることが分かりました。

会場で直接頂いた声
 


4. 市議会での一般質問

 2016年6月には、越前市議会定例会で越前市初のLGBTの一般質問が行われました。丹南自治研センターの代表でもある三田村輝士議員が質問を行いました。人権尊重の取り組みの推進として、LGBTの正しい知識の普及と啓発、相談・支援窓口の設置、学校現場におけるLGBTの正しい知識の普及と相談体制の充実について、市の取り組みや方針について質問しました。この一般質問をきっかけに、越前市や福井県内での取り組みがいっそう充実することを期待します。


5. おわりに

 越前市に来て3年目になりますが、着実にLGBTの活動を広げられていると感じます。地方でも活動できる、理解は広げられるのです。
 LGBTの取り組みは仕事ではありませんが、組合活動や、市民活動で取り組んでいると、市役所の職員から応援を頂くことや、共に取り組むことも多くあります。賛同してくださった公民館の主事の方が、LGBTを学ぶ公民館での教室を実施してくださったこともあります。
 また、福井県でLGBTの情報を発信していたり、越前市でのLGBTについて取り組んでいたりすると、当事者から感謝の言葉を頂きます。驕るつもりはありませんが、LGBTの活動は、当事者としては理解が広まってほしいと思っていても、周りに打ち明けることや、人前に出て活動をすることが難しいのです。動くことのできる人が継続的に、腐らず、へこたれずに取り組むことが大事です。
 このレポートを読んでくださっているあなた。地方でのLGBTの取り組みは時期尚早と思っているかもしれません。周りには居ないと思って居るかもしれません。周りに居るけれど、言えないだけかもしれません。LGBTに対するからかいや差別的言動におびえているかもしれません。今日窓口対応した市民の方が、LGBTかもしれません。地方だから居ないということは決してありません。田舎だから取り組みをしなくても構わないということもありません。既に共に暮らしています。まずは、LGBTの問題に関心を持ってください。理解の気持ちを発信してください。マジョリティは当たり前にできていることを、マイノリティという理由で権利をはく奪されている不平等さに気づくでしょう。人と違うことを隔離する社会より、多様な人、多様な生き方を認め合う社会の方が皆にとって過ごしやすい社会だと思います。
 1人で社会を良くすることは難しいです。仲間が、1人、2人と増えることで社会の変化は急速に進むでしょう。何か取り組みたい、でも何をすればよいか分からないという方が居ましたらご連絡ください 共に考え、できることから行動していきましょう。悩んでいるマイノリティを1人でも減らすために、皆さんとともにこれからも取り組んでいきたいと思います。