1. はじめに
厳しい財政状況を背景に、公共事業において、コスト縮減と品質確保の両面を重視する取り組みが必要となっているが、公共工事や委託業務等における低価格・低単価の契約・発注が増大している。このことが、労働者の賃金・労働条件の著しい低下を招き、さらには社会問題となっている格差社会にもつながっている。労働者の適正な賃金水準や労働条件を定め、受注者に対してその賃金水準や労働条件を確保することを義務付ける公契約条例を制定することにより、公共サービスの質の確保、さらには地域の賃金水準の引き上げ、地域経済の活性化を進めていく必要がある。
2008年に山形県が公契約基本条例を制定し、2009年には千葉県野田市が公契約条例を制定以降、全国の自治体で公契約条例の制定が進んでいる。公契約条例をめぐる全国の動向については、下表のとおりである。
公契約条例・公契約基本条例制定状況一覧表 |
年 |
自治体名 |
2008 |
山形県 |
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2009 |
野田市 |
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2010 |
江戸川区 |
川崎市 |
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2011 |
相模原市 |
多摩市 |
高知市 |
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2012 |
渋谷区 |
国分寺市 |
厚木市 |
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2013 |
前橋市 |
秋田市 |
足立区 |
直方市 |
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2014 |
長野県 |
千代田区 |
三木市 |
奈良県 |
草加市 |
世田谷区 |
四日市市 |
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2015 |
岐阜県 |
岩手県 |
我孫子市 |
加西市 |
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※下線のある自治体は、公契約条例を制定している。
公契約条例:自治体が発注する工事・委託・指定管理業務などに従事する労働者等の賃金・報酬下限額について条例で定めるもの。
公契約基本条例:自治体の公契約について、基本理念やあり方等を定めたもので、賃金・報酬下限額の定めのないもの。 |
2015年4月1日現在、公契約条例は14自治体で制定され、公契約基本条例は11自治体で制定されているが、札幌市・山形市・尼崎市・川越市においては、議会で否決されており、ワーキングプアの解消は図られず、格差社会の拡大が危惧される。三重県において初となる、四日市市で公契約基本条例が制定されたものの、報酬下限額の設定までに至っていない。
2010年の自治研「公契約のあり方研究会 ワーキンググループ」にて、公契約条例を制定するにあたって何が課題で、何を解決していけば制定に近づくかを検討するため、野田市に電話調査を実施し、川崎市に先進地視察を実施した。しかし、両市とも動き出してから間もない状況の中で、成果を検証できるまで至っていないとの報告を受けている。その後、5年が経過し、両市における成果検証の実施や、他の12自治体でも制定していることから、よりよい条例制定とするための課題やその解決方法を再度検討することとした。
2. 野田市・相模原市の現状況
2010年4月に全国で初めて公契約条例を施行した千葉県野田市。また、政令指定都市として初めて公契約条例を施行した神奈川県川崎市。前回の視察からの進展状況を調査するため、両市を視察訪問する予定であったが、川崎市については条例改正の途中であったため、これを見送り、2012年4月に同じく政令指定都市として公契約条例を施行した相模原市を視察訪問することとした。施行から数年を経過した両市に対して、その現状況を調査するため、2015年6月4日、5日両日に渡って視察訪問した。
視察にあたっては、あらかじめワーキンググループで用意した質問事項を基に、両市の現状と課題等について質疑応答を行った。
なお、現状については、公契約条例の研究の際に特に論じられることの多い4項目を取り上げ、考察することとした。
(1) 野田市の現状況
① 検討委員会及び審議会
同市は、条例を制定するにあたって、検討委員会を設置していない。また、労働報酬下限額について審議する審議会についても設置していない。
これは、現市長自らが強い理想のもと、条例制定以前から、積極的かつ慎重に関係団体等の意見を聴取し、その内容を条例に反映させ、推進した結果である。審議会については、労働者の賃金変動に対して、行政の意思形成過程におけるタイムラグを極力避け、機敏かつ柔軟に対応するためであるとする。
同市では、同条例に対する関係者からの評価は高く、現在においても、公契約の対象者となる事業者及び労働者からの目立った批判、不満等も見られず、設置の必要性にも迫られていない。
② 対 象
ア 対象業務
条例の適用範囲は(図表1)のとおりである。
当初、事務量が明確でなかったことから、概ね対象件数が20件程度となるよう、工事又は製造の請負契約は予定価格1億円以上、業務委託契約は予定価格1千万円以上の施設の運転管理業務など、業務における人的経費の占める割合の高い業務を抽出し、適用対象とした。
労働報酬下限額の基準については、当初、建設工事については業界からの意見を参考に公共工事設計労務単価の80%から開始し、以降2年間の運用実績を踏まえ、現在85%まで引き上げている。
業務委託については、基準設定に当たって具体的指標が存在しなかったことから、市職員の給与をベースとして労働報酬下限額を設定した。しかしながら、従来より労働報酬下限額よりも賃金水準が高い業務が存在し、いわゆる「空振り」が発生したことから、既に契約済みの業務の労働者の賃金等を参考に現在業務別、職種別に労働報酬下限額を設定している。
指定管理協定についても2012年度から直接条例の適用対象とされ、施設の業務ごとに必要な職種及び賃金を募集要項や仕様書などに個別に定めている。
制定当初は、市担当者、事業者双方が制度に不慣れであることから、事務作業は混乱を極めた。しかしながら、現在では、対象拡大により該当件数が当初の3倍に増加したものの、増加件数に比例してさして事務負担は増加していない。
このことから、条例の導入について、最も懸念されるのが、事務量の増加であるが、一旦、制度が確立され、双方に浸透すれば、条例改正(対象拡大)に伴う件数増加が必ずしも急激な事務負担増に繋がるものでないことが推測される。
同市では毎年、条例改正が行われ、適用範囲の拡大がなお進められている。
イ 対象労働者
適用労働者は(図表2)のとおりである。
同市では、労働基準法第9条に定める「労働者」を原則適用対象とし、さらに「専ら」と規定することによって、専属的に業務に従事する者を条例の適用対象としている。
これは、臨時的従事者までを対象とした場合、未熟練労働者の賃金を含めて考慮することとなり、賃金水準の低下を招く恐れがあること、また、事務負担や実務上の困難性を考慮した結果でもある。
また、そのほか、いわゆる「1人親方」についても、実質的に労務を提供する日雇労働者と同視できる場合については適用対象としている。
(図表1)野田市・条例の適用範囲 |
種 類 |
適用範囲 |
労働報酬下限額基準 |
工事又は製造の
請負契約 |
予定価格4千万円以上の契約 |
公共工事設計労務単価×0.85 |
業務委託契約 |
1 予定価格1千万円以上の次に掲げる契約 |
建築保全業務労務単価保全技術員補
÷8(時間)×0.8 |
(1) 市の施設の設備又は機器の運転又は管理に関する契約 |
(2) 市の施設の設備又は機器の保守点検に関する契約 |
(3) 市の施設の清掃に関する契約 |
野田市一般職の職員の給与に関する
条例別表に定める額 |
(4) 市の施設の電話交換、受付及び案内に関する契約 |
既に契約した労働者の賃金を勘案 |
(5) 市の施設の警備及び駐車場の整理に関する契約 |
建築保全業務労務単価警備員C
÷8(時間)×0.8 |
(6) 野田市文化会館の舞台の設備又は機器の運転に関する契約 |
既に契約した労働者の賃金を勘案 |
(7) 不燃物の処理施設の設備及び機器の運転その他の管理に関する契約 |
職種ごとに定める額 |
(8) 学校給食の調理及び運搬に関する契約 |
2 市長が適正な賃金等の水準を確保するために特に必要があると認める次の契約
保健センター、関宿保健センター及び野田市急病センターの清掃に関する契約 |
野田市一般職の職員の給与に関する
条例別表に定める額 |
指定管理協定 |
2012年10月3日以降に締結する指定管理協定 |
職種ごとに定める額 |
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(図表2)野田市・適用労働者 |
種 類 |
適用労働者の範囲 |
工事又は製造の請負契約 |
条例で賃金等の最低額を定める61職種に該当する労働者 |
業務委託契約 |
市の施設で直接業務に従事している全ての労働者 |
指定管理協定 |
指定管理者が管理する施設で直接業務に従事している全ての労働者 |
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適用労働者の範囲は、条例の適用を受ける公契約において、受注者等に雇用され、専ら当該業務等に従事する全ての者、労働者派遣法の規定に基づき受注者等に派遣され専ら当該業務等に従事する全ての者、請負労働者で専ら当該業務等に従事する全ての者。
アルバイトやパートなど、いかなる雇用形態であっても、当該業務等に専ら従事する者であれば対象となる。
ただし、次に掲げる者は適用労働者には、当たらない。
*同居の親族のみを使用する事業又は事務所に使用される者
*家事使用人及び最低賃金法第7条の規定の適用を受ける者
*受注者に雇用される労働者のうち、会社役員、一般事務員(営業所等に従事する者)
*工事における現場技術者(現場代理人、監理技術者、主任技術者)
*適用労働者が都合により、当該業務等に従事できないときに、一時的に適用労働者に代わって従事する者 |
③ 罰 則
同市では、受注者が公契約条例違反について是正命令に従わないときは、公契約を解除した上で、指名停止、内容の公表、市への損害賠償、違約金徴収の規定を設けている。
これらの措置は十分な抑止力として作用し、施行から未だ条例違反の事例は無い。
同市では、公契約に携わる末端労働者まで条例が周知されるよう、担当者による現場訪問や事業者及び労働者への説明会の開催など、周知の徹底に努めている。
④ 効果の検証方法
同市では、条例による効果の検証について、条例適用前の労働者の賃金を把握することで、効果を確認することができるとし、賃金の引き上げによって、良質な労働力が確保され、公契約の質にも影響を及ぼすことを期待するとしている。
同市では、条例による効果の検証方法については現在もなお模索中であり、未だ確立されていないものの、パイオニアとして同条例が実効性のある条例であることを証明し、全国的な広がりに繋がるよう、具体的かつ明確な検証方法を研究している。
(2) 相模原市の現状況
① 検討委員会及び審議会
同市では、2010年5月に庁内の主要関係部局12人を構成員とする公契約条例検討委員会を立ち上げ、先進地への視察訪問や商工会議所及び建設業協会に対して意見聴取を行うなど、合計9回に渡る検討を重ねた。
その後、パブリックコメントを実施し、概ね同条例の趣旨に賛成の声が大部分を占めたことから、相模原市労働報酬等審議会を発足、労働報酬下限額を決定し、条例を施行した。
現在、同市の労働報酬等審議会は、学識経験者として、社労士、弁護士をはじめ、事業者代表として商工会議所から推薦を受けた建設業者、ビルメンテナンス業者、労働者代表として、日本労働組合総連合会、建設労働組合の全6者で構成され、審議を行っている。
② 対 象
ア 対象業務
条例の適用範囲は(図表3)のとおりである。
当初は、工事請負契約については同市の請負契約の議決要件である「予定価格3億円以上」の大規模建設工事を対象として、従事する多数の労働者への効果の波及を期待した。同市においては、単に対象件数に重きを置く観点のみならず、契約金額に着目し、例えば年間総契約金額における対象案件の金額割合を勘案した金額設定を行っている。2015年度には年間総契約金額の6割となる「予定価格1億円以上」の建設工事まで適用対象を引き下げた。
業務委託等については、当初、先行自治体を参考に年間契約見込数を考慮し、「予定価格1千万円以上」としたが、建設工事と同様、2015年度から年間総契約金額の9割となる「予定価格5百万円以上」にまで引き下げ、対象拡大を図っている。
建設工事の労働報酬下限額の基準については、その判断材料として平均落札率が概ね88~90%で推移している点や先進地での視察結果をもとに、審議会の審議を経て公共工事設計労務単価の9割とした。
業務委託等については、当初地域別最低賃金が生活保護基準を下回る社会背景があったことから、賃金水準の指標として生活保護基準(19歳単身世帯を想定)を採用した。しかしながら、近年は、地域別最低賃金の上昇を受け、生活保護基準を上回ることとなったことから、当初設定した賃金水準をベースに、以降は地域別最低賃金の増減を注視しながら毎年、見直しを行っている。
イ 対象労働者
適用労働者は(図表4)のとおりである。
同市においても、他の先進自治体と同様、労働基準法第9条に定める「労働者」を適用対象としている。
(図表3)相模原市・条例の適用範囲 |
種 類 |
適用範囲 |
労働報酬
下限額基準 |
工事請負契約 |
予定価格1億円以上の工事の請負契約 |
公共工事設計
労務単価
×0.9 |
業務委託契約等 |
予定価格500万円以上の次に掲げる契約
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地域別
最低賃金額
を勘案 |
(1) 庁舎その他の建物及びその附帯施設の警備業務、清掃業務、設備運転監視業務又は案内業務の委託に関する契約又は労働者派遣契約 |
(2) 給食の調理業務の委託に関する契約又は労働者派遣契約 |
(3) データ入力業務の委託に関する契約又は労働者派遣契約 |
(4) 窓口受付業務の委託に関する契約又は労働者派遣契約 |
(5) (1)から(4)の業務をその一部に含む業務の委託に関する契約又は労働者派遣契約 |
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(図表4)相模原市・適用労働者 |
種 類 |
適用労働者の範囲 |
工事請負
契約 |
公共工事設計労務単価に掲げる職種に係る作業に従事する以下の者
ア 正社員、パート、アルバイト、日雇い労働者等労働の形態を問わず、賃金を支払われる者(労働基準法第9条に規定する労働者)
イ 請負契約により対象工事請負契約に係る作業に従事する者(一人親方) |
業務委託
契約等 |
正社員、パート、アルバイト、日雇い労働者等労働の形態を問わず、賃金を支払われる者(労働基準法第9条に規定する労働者) |
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対象となる労働者は受注者に雇用される者だけでなくすべての下請業者、再委託業者に雇用される者を含む。
次に掲げる者は適用労働者には、当たらない。
*同居の親族のみを使用する事業又は事務所に使用される者及び家事使用人
*労働者ではない者(ボランティア、会社役員等)
*当該契約に係る作業に従事する者ではない者(一般事務員等)
*最低賃金法第7条の規定により最低賃金の減額の特例を受ける者(「精神又は身体の障害により著しく労働能力の低い者」、「試の使用期間中の者」など)
*対象工事請負契約においては、現場技術者や工事に直接携わらない給食調理員等 |
③ 罰 則
同市では、契約履行中に違反を認めた場合は、立入調査、是正措置を行い、なお改善されない場合には、契約を解除するとともに、競争入札参加資格者指名停止等措置要綱に基づき、一定期間の指名停止措置を講ずるとしている。
施行からこれまで条例違反の事例は無いが、今回視察に訪れた野田市と同様、事業者及び労働者への制度の周知については、適正な履行確保のため更なる方法を模索している状況であり、両市とも共通して挙げている命題となっている。
④ 効果の検証方法
同市では、条例の対象となった事業者及び労働者に対して、条例の施行状況等に係るアンケート調査を実施し、「労働者の労働意欲の向上」、「事業の質の向上」、「賃金水準の引き上げや地域経済の活性化」など、複数の質問項目を設け、その成果について調査している(別添1を参照)。
それによれば、概ね70%以上の事業者が「成果があった。」又は「今後成果が現れる。」と同条例に対する前向きな回答を寄せている。
3. 両市の課題
野田市、相模原市とも条例制定から数年が経過し、条例制定の面はもちろん運用面におけるノウハウも蓄積されている。それに、さまざまな苦労や経験を踏まえて改善(条例改正)もされていることから、学ぶべきところは非常に多い。視察で伺ったお話の中で、特に両市が直面された課題から条例制定や運用に係る心構えを模索したい。
なお、今回視察に協力いただいた野田市、相模原市も含め、14の公契約条例先進地に対して公契約条例に係るアンケート調査を実施したので併せて参考にしていただきたい(別添2)。
(1) 自治体における課題
① 労働者への制度周知
まず、両市が口を揃えて挙げた課題が「労働者への制度周知」であった。受注者に対しては職員から直接説明する機会があるが、労働者への周知については受注者頼みになってしまう。受注者は条例により「対象労働者の範囲や労働報酬下限額等の現場への掲示、若しくは書面での交付」をする必要があり、周知されているかの現場確認を職員が行ってきたが、それだけでは不十分だったというのが両市の見解であった。
労働者への制度周知徹底のため、野田市では現場作業員にチラシを配布することにし、相模原市では名刺サイズの周知カードの配布と併せ、周知確認書の作成・提出を義務付けるという対策を新たに講じている。労働者が制度を知らないと、たとえば市への報告未満の賃金しか支払われていないような場合に、労働者も市も気付くことができない。労働者への周知についてはすべてを受注者に任せるのではなく、自治体の積極的な周知も必要であることが教訓として読み取れる。
② 職員の負担増
公契約条例を制定することで必要になる事務としては、受注者への制度説明、現場での周知確認、賃金支払台帳(以下、「台帳」という。)の審査といったものが主になるが、その他にも事業者からの問い合わせ対応、審議会の事務局運営、議会対応、台帳に疑義があった場合の確認事務など、細かなものも含めると多岐にわたることが想定される。
実際の負担は如何ほどなのか伺ったところ、両市とも担当者が業務経験を積み重ねており、また受注者も必要な事務手続きに慣れてきているため、現在は負担は感じないとのことであった。ただし、条例制定から市・受注者が慣れてくるまでの負担は大きく、また現在でも契約が集中する年度初めの事務負担は相当あるという話だった。
この負担増に対し、野田市では運用開始時から正規職員を1人増員し、現在も継続されている。相模原市では、契約担当職員のうち1人を公契約条例の専任に切り換えたが、しばらくして元の体制に戻したとのことだった。
両市の対応の差は、台帳の審査に対する考え方の違いによるものと思われる。野田市では提出された台帳の内容について労働報酬下限額以上の賃金が支払われているかまで細かく審査することとしたため、かなりの事務量増が見込まれた。一方、相模原市では台帳の提出自体が抑止力として重要と考え、内容の審査については記入漏れや誤りの是正など最小限にとどめたため、事務量も抑えられたとのことであった。
確かに台帳の提出だけでも一定の抑止力にはなるが、労働者の賃金を守るという条例の目的からしても、労働報酬下限額が遵守されているかの確認は必要であると考える。労働報酬下限額遵守を確認するということは台帳の審査という事務負担が増すことになる。それに加え、疑義が生じれば受注者への問い合わせ、場合によっては給与支払報告書を確認する必要も出てくるかもしれないが、条例の目的達成のためにはいたしかたない。事務負担増も見込んだ、無理のない体制を作っておくことが重要である。
なお、相模原市においても審議会の意見を踏まえ、2015年4月より台帳を改定し、労働報酬下限額も確認するよう変更している。
③ 効果の検証
前回のワーキングのまとめにもあった、公契約条例の制定による効果の検証については、両市の継続的な課題として挙げられた。
野田市では、受注者から条例制定前の賃金を聞き取り、条例制定後と比較することで賃金がどれだけ引き上げられたかを確認している。相模原市では、条例の対象となった契約の事業者及び労働者に対し、労働環境や労働意識に関するアンケート調査を実施し、前向きな回答が多かったことから一定の効果があらわれていると認識している。
公契約条例を制定する目的はさまざまあるが、その中で労働者から見れば「適正な労働条件の確保」、行政から見れば「業務の質の確保」が重要な位置付けにあるといえ、よってこの効果の検証ができれば条例を制定した意義を確認することができる。
まず「適正な労働条件の確保」に関する効果は、両市のような賃金比較調査やアンケート調査等を実施することで、ある程度検証することができるだろう。
他方で、「業務の質の確保」に関する効果について、実際の検証については明確な指標がないため、両市とも難しいとの見解であった。野田市からは「より高い賃金を求めて質の高い労働者が集まり、結果業務の質も上がっているはず」との意見もあったが、「あくまで希望的観測である」と付け加えられた。
条例制定を進めていく際は、どうしても条例内容であるとか実際の運用面ばかりに目が行きがちだが、総体的な効果の検証方法も併せて十分に検討していく必要がある。
(2) 業者が抱える課題
① 事務負担の増加
条例対象契約の受注者は台帳を作成、提出する必要があり、制定前にはなかった事務作業が増えることになる。下請けが多い場合は、その管理も含めかなりの事務量になる。相模原市では導入前の業者説明会において、「受注者の事務負担を軽減してほしい」「事務負担増大に見合った経費上乗せや、最低制限価格を引き上げてほしい」という要望が寄せられたことから、事業者になるべく負担をかけないよう、提出しなければならない書類や台帳をできる限り簡素にするといった工夫を施した経緯がある。
業者の事務負担は確実に増えるため、書類簡素化など一定の配慮も重要であるが、労働報酬下限額遵守の確認のために必要不可欠な情報もある。市の一方的な押し付けではなく業者と意見を交換し、条例の必要性も十分に理解してもらった上で、双方が納得できる形を作り上げていくことが重要である。
② 賃金差の問題
野田市では市役所本庁と別館の清掃業務のうち、委託金額が小さい別館の清掃業務が条例対象外となり、同じ仕事内容なのに賃金に大きな格差が生じたことがあった。そのため、条例の公契約の範囲の部分に「市長が適正な賃金等の水準を確保するため特に必要があると認めるもの」という条文を加え、状況に応じて柔軟に対応できるようにした。また、相模原市では商工会議所から、条例対象委託業務とそれ以外の委託業務で、それぞれの賃金を管理する手間が多くの事業者にあるとの意見が寄せられたため、検討の結果委託業務における適用範囲の予定価格制限を引き下げたとのことであった。
公契約条例は、その対象契約にのみ賃金の制限が課せられるため、対象外の契約と賃金差が生じてしまう。両市のように、賃金格差の問題や賃金管理の手間にも十分配慮して、適用範囲の設定や拡大を行う必要がある。
4. おわりに
まず、公契約条例がなぜ必要なのか、再度整理しておく必要がある。公共事業では、事業者間競争の激化などにより、最低制限価格や低入札価格での応札が横行し、このことにより賃金の低下や非正規労働など、働く者の賃金・労働条件にまで影響を及ぼしている。働く者の賃金を守るためにも「労働報酬下限額の設定」などを含めた「公契約条例」の制定が必要と考えられる。
今回視察に訪れた両市においては、条例を制定するに当たり、関係者からの意見聴取や業界の動向など、事前に綿密な調査、調整が行われている。このことは、施行から数年経過した現在においても、目立った批判、反対が見られず、同条例が円滑に運営されていることからも、重要な要素であるといえる。
また、働く者の賃金・労働条件を守っていく上では、「労働報酬下限額の設定」が条例に含まれることが重要であり、その条例が正しく運用されているかどうかの確認作業も必要である。この確認作業には、業者では提出書類の作成、自治体では確認作業があり、ともに業務量の増加は確実である。「公契約条例」は働く者の雇用が守られ、住民がよりよい公共サービスの提供が受けられる条例でなければならず、賃金・労働条件の悪化や自治体職員の時間外労働の増加に繋がってはならない。
今後、各自治体で条例制定に向けた取り組みに必要なこととして、検討委員会や審議会などによる関係者との調整・協議に加え、業者からの提出書類の簡素化、各自治体では業務量に対する人員の確保を含めた議論となることを期待したい。
また、「公契約条例」の効果の検証については、すでに条例制定された各自治体において、検証方法など今も模索中であり、今後具体的かつ明確な検証方法が確立されるまで、その検討を継続したい。
(別添1)相模原市が実施した公契約条例施行状況等に係るアンケート集計結果(抜粋)
1 実施期間 2013年11月20日~12月17日
2 対象案件 48件(工事請負8件、業務委託38件、指定管理2件)
3 回答数 事業者62者(工事請負31者、業務委託29者、指定管理2者)
労働者382者(工事請負89人、業務委託268人、指定管理25人)
○ 当該契約が条例の対象となったことにより、従事する対象労働者の労働意欲の向上につながる成果があったと思いますか?
○ 当該契約が条例の対象となったことにより、事業の質の向上につながる成果があったと思いますか?
○ 条例が施行されたことにより、賃金水準の引き上げや地域経済の活性化につながる成果があったと思いますか?
○ 相模原市公契約条例は必要であると思いますか?
(別添2)当ワーキンググループが実施した公契約条例先進地アンケート調査結果
1 実施期間 2015年5月29日~6月12日
2 調査対象 14自治体(順不同)
野田市、相模原市、川崎市、多摩市、渋谷区、国分寺市、厚木市、足立区、
直方市、千代田区、三木市、高知市、奈良県、長野県
3 調査方法 電子メールによりアンケートを送付及び回収
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条例制定時、検討委員会を設置されましたか。構成員も教えてください。 |
● 設置していない 4件
● 庁内メンバーのみで設置した 8件
● 庁内メンバー以外も選出した 2件
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事前に関係業界へ説明会を実施しましたか。またどのような反応でしたか。 |
● 実施していない 4件
● 実施した 10件
(事業者の反応)
・事務負担をなるべく軽減してほしい
・台帳作成にかかる経費を上乗せしてほしい
・最低制限価格を引き上げてほしい
(労働者の反応)
・労働者への周知を徹底し、また周知方法も工夫してほしい
・制定後は実態調査を実施し、有効性を検証すべき
・労働報酬下限額を設定するべき
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条例適用範囲を予定価格で制限していますか。またその価格の根拠は。 |
● 制限していない 1件
● 制限している 13件
・議会の議決案件工事の予定額以上とした
・多くの労働者や下請負者が関わる大規模工事に限定
・予算全体の○○%以上となるように金額を設定
・現体制で対応可能な件数となるように
・受注者の台帳作成等の負担に配慮し、一定規模以上の契約を対象とした
● 増員はなかった 7件
● 条例検討時から増員があった 2件
● 条例制定後に増員があった 5件(非正規を含む)
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担当職員の事務負担はどのようなところで増加しましたか。 |
・賃金支払いの確認(台帳審査)が膨大な事務量である
・審議会での検討にかなりの時間を有している
・受注者に対する説明会を都度実施しており、1~2時間程度かかる
・新たな事務が増えたことで、制定前の約10%程度負担が増加したと感じる
・今は件数が少ないが、対象が拡大すれば確実に事務量が増大すると見込まれる
・労働報酬下限額改定や適用範囲拡大のための条例改正事務が発生する
(工事請負契約)
・業界、審議会との意見交換の結果
・対象となる工事の平均落札率と同程度とした
・他市の労働報酬下限額を参考にした
(業務委託契約)
・最低賃金を参考に設定
・市の(臨時)職員の給与
・生活保護基準
・賃金構造基本統計調査における業種の支給実態に即した金額
・労働基準法第9条に規定する労働者
・先行自治体を参考に、審議会で決定
・県内で行われている業務を想定し、決定
・高齢者の扱いについては検討中
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労働環境の確保(年金や保険等)についてどのように確認していますか。 |
● していない 10件
・上位の法令で定められているものを、あえて条例で定める必要はないと考える
・入札参加業者登録にあたって、社会保険の加入を資格要件としている
● している 4件
・社会保険料の領収証書の写しを提出させる
・台帳に加入の有無について記載させ、未加入の場合は理由を聞き取る
・「労働環境確認シート」により、労働基準法等に定める就業規則の整備状況、健康保険、雇用保険
への加入状況を確認している
● 違反の事例はない 14件
・履行中に違反を認めた場合は、是正措置を要求し、改善がない場合は契約解除とともに一定期間指
名停止とする
・受注者の会社名と違反内容を公表する
● 検証を行っていない 5件
● 何らかの検証を行っている 9件
・受注者の協力をもとに、条例制定前と後の賃金調査を実施
・受注者とその労働者に対するアンケート調査
・委託業務について、賃金水準が高い職種があるため一律の労働報酬下限額では難しい
・条例の対象外の契約で労働者の賃金が低い水準となっている状況が見られた
・生活保護基準と最低賃金が逆転する現象が起きたときの労働報酬下限額対応
・全庁職員に制度周知が十分にできていないため、受注者に再説明が必要
・受注者が下請けの台帳回収に時間がかかり、提出期限を過ぎてしまう
・労働者への周知が行き届いていない、また完全に理解を得るのが難しい
・労働者の労働環境、福利厚生の充実を図っていく必要がある
・市、受注者双方の事務負担を極力軽減しながら、労働報酬下限額遵守の確認もできる手法
・条例制定の効果の検証方法の確立
・適用範囲、労働報酬下限額の設定基準の明確化
・適用範囲の拡大方法
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制定を検討していく自治体へ向けてアドバイスをお願いします。 |
・関係団体が条例の意義を正しく理解できるよう、丁寧に説明していくことが重要
・条例の必要性を議会に十分説明し、理解を得るようにする
・条例案検討の段階から関係団体にも参加してもらうとスムーズに進む
・適用範囲について、対応可能な範囲で設定し、段階的に拡げていくとよい
・労働者も当然であるが、事業者も大切にすること
・労働報酬下限額の設定について、基準となるものを限定しすぎると、改正手続が煩雑となる
・労働報酬下限額について、事業者と労働者の双方が妥協できる点を見つけていく必要がある
・条例の実効性の確保のためには、何より対象労働者への周知が必須である
・労働報酬下限額を定めるかは各判断によるが、どのような形であれスタートすることが重要
・審議会の傍聴・審議過程を積極的に公開すること
○公契約のあり方WGメンバー
座 長 中瀬 勝博(三重県職労)
事務局長 高沖 秀宣(自治研センター)
委 員 深田 明美(県本部・副委員長)
栗野 敏一(三重県職労)
仲 祐樹(三重県職労)
岩槻 愛(松阪市職)
安立 志暢(企業庁労組)
太田 弘(自治労四日市)
佐々木 剛(自治研センター)
伊藤 健(津市職)
坂上 秀映(菰野町職)
伊藤 雅人(木曽岬町職)
田端 早苗(県本部書記)
○WG開催状況
第1回
と き 2014年7月8日 15:00~
ところ 三重地方自治労働文化センター
第2回
と き 2014年8月9日 14:00~
ところ 三重地方自治労働文化センター
第3回
と き 2014年9月19日 14:00~
ところ 三重地方自治労働文化センター
第4回
と き 2015年5月21日 14:00~
ところ 三重地方自治労働文化センター
現地視察
と き 2015年6月4日~5日
ところ 千葉県野田市・神奈川県相模原市
第5回
と き 2015年6月19日 14:00~
ところ 三重地方自治労働文化センター
第6回
と き 2015年8月4日 14:00~
ところ 三重地方自治労働文化センター |