1. 生活保護制度への課題意識
(1) 生活保護制度の現状
2008年のリーマンショック以後、生活保護受給者数は急増し、戦後すぐの「国民総貧困」と言われていた時代以来の受給者200万人超えとなった。そして、その後も受給者数は増加傾向であり、2016年3月現在は約216万人となっている。その内訳を見ると、「高齢者世帯」と、稼働能力はあるが失業によって生活が困窮し、次の仕事が見つかるまで生活保護を受給したいと保護実施機関に申請する人々を含む「その他の世帯」の増加が顕著であることが読み取れる。
ところで、2011年度~2014年度の4年間、著者は札幌市役所においてケースワーカー(以下、「CW」と表記する)として勤務していた。ちょうど受給者の急増と、それに伴って自立支援プログラムが各自治体で本格的に定着しはじめた時期に重なる。また、2014年7月の改正生活保護法の施行及び2015年4月の生活困窮者自立支援法の施行によって、就労支援や住宅確保支援など、生活保護に至る前の第2のセーフティネットの整備が各自治体に求められることとなった時期でもある。
そこで本稿では、2014年度まで各自治体で実施されていた自立支援プログラムがどのような効果をもたらしたのかを検証し、また生活保護法の改正と生活困窮者自立支援法の施行によってそれがどのように変化をしたのか振り返ることとする。
(2) 自立支援プログラム導入の経緯
生活保護法は、「最低限度の生活の保障」と「自立の助長」を生活保護の目的としていたが、生活保護の実施要領・通知などの割合を見ると、扶助費の支給を通した「最低限度の生活の保障」を主眼とする政策を国が意図していたことは明らかである。しかし、リーマンショックの少し前から、厚労省は専門委員会の議論を踏まえる形で生活保護受給者の自立支援に積極的な方針を示した。これに呼応する形で、2004年度からは北海道釧路市などの先進的な自治体が自立支援プログラムのモデル事業を行い始め(注1)、2004年度末には国として自立支援プログラムの導入を推進していくとする厚労省社会・援護局長通知が発出された(注2)。これに基づいて、2005年度から各自治体で自立支援プログラム事業が本格的に実施され始め、リーマンショックによる受給者の急増を経て各地の自治体において自立支援プログラムが定着した。自立支援には、規則正しい生活ができる「日常生活自立」、人間関係を適切に結び社会の中に居場所を確保することができる「社会生活自立」、就労等による「経済的自立」の3種類があるとされ、就労による経済的自立をめざす就労支援事業、生活を立て直すことに主眼を置き日常生活自立や社会生活自立をめざす就労ボランティア体験事業等が各自治体で行われている。また、生活保護世帯の子ども等を対象とした学習支援事業も各地で行われている。
2. 2014年度までの自立支援プログラムの概要
(1) 「経済的自立」をめざす取り組み
生活保護受給者のうち、各実施機関で就労可能と判断した者に対しては、一義的にはCWが求職活動をサポートしていくこととなる。しかし、多くの実施機関では、より専門的な見地から求職活動をサポートする必要があるとして、自立支援プログラムにおける就労支援事業の担当職員としてハローワークOB等の就労支援相談員を採用した。著者が所属する札幌市においても、就労支援相談員を北海道からの全額補助金(注3)を原資に採用した。また、「生活保護受給者等就労自立促進事業」として、CW、就労支援相談員とハローワークが連携して受給者に適した求人情報を提供する等の受給者の求職活動をサポートする事業も始められた。
しかし、求人情報の提供だけでは、様々な稼働阻害要因を抱えながら働こうとする受給者の能力とミスマッチがあり、採用に至らないという問題が各実施機関で顕在化している状況にあった。そのため、一部の自治体では稼働阻害要因を抱えた受給者でも就労できるような「求人開拓」等に取り組み始めた。この点、全国で先駆的な取り組みの一つとされているのが2011年6月から大阪府堺市で始まった「堺市被保護者キャリアサポート事業」による多様な就労支援である。この事業は民間企業に委託した事業であり、受給者への「就労意欲喚起」、「求人開拓」、「就業訓練」をトータルに行っていくものである。ここでいう「求人開拓」とは、堺市の求人開拓員が、ハローワークにフルタイム求人1人を出している企業に出向き、短時間求人2人分とするように交渉するところから始まる。そして短時間求人に変更された場合は、短時間であれば就労可能な受給者に提供し、必要に応じて面接にも同行するという就労に向かう一連の流れをトータルで支援するものである。このように受給者が就労できるような求人となるよう堺市側から企業に働きかけるという点が特徴である。また、受給者が採用された後は、受給者が働き続けられるよう「定着支援」も行っていくというものである。これによって、堺市では受給者の就労後3か月後の職場定着率が約70%になったとのことであり(注4)、定着支援を事業化していなかった札幌市でCWをやっていた感覚からすると、かなり高い定着率であると感じる。
(2) 「日常生活自立」「社会生活自立」をめざす取り組み
「経済的自立」をめざす取り組みと同時に、就労意欲の低い生活保護受給者、基本的な生活習慣に課題を有する受給者など、就労に向けた課題をより多く抱えるすぐに就労による経済的自立が見込めない受給者に対する支援も求められた。受給者は、生活保護を受けているというスティグマを持っていることも多く、就労に限らず、社会的なつながりを失している状態に置かれている場合が多いからである。このような受給者に対して、「日常生活自立」「社会生活自立」ができるよう支援する取り組みが必要とされた。そして多くの自治体では、高齢者施設などでの就労ボランティア体験事業という形で、受給者に社会的なつながりを回復してもらうためのプログラムは具体化された。
就労ボランティア体験事業について、札幌市では、2011年から一部の実施機関でモデル事業として開始した。他の自治体と同様に、参加を希望する受給者が担当CWや事業のコーディネーター役であるNPOの担当者と面談のうえ、高齢者施設での高齢者の見守りや公共施設の清掃作業などのボランティアに参加するというスタイルである。これにより受給者自らが社会に貢献することを実感し、生活保護を受けているというスティグマを解消することにより、社会的につながりを持てるようになることをめざすのである。「就労ボランティア」の名前のとおり、最終的には、社会生活自立から就労による経済的自立へ受給者がステップアップすることを目標においているが、現在の運用は受給者の社会生活自立という点に主眼が置かれている。開始初年度のCWへのアンケート調査によると、CWのうち91.6%が被保護者への自立支援効果が「あった」「少しあった」と答えている。また、参加者の自立意欲の変化を「感じた」「少し感じた」とするCWが72.7%に上っている。そして同様に、受給者へのアンケートにおいても、ボランティアを通して社会生活自立への「自信がついた」という回答が多く、実際に就労に至った受給者も現れており、高い社会生活自立効果がある事業だと判断できる(注5)。札幌市ではモデル事業を通して、就労ボランティア体験事業に効果が認められるとし、徐々に事業規模を拡大し、2014年度には全市400人規模に事業を拡大した。
(3) 学習支援事業
学習支援事業は、高校進学率の低い貧困家庭の中学生が高校進学できるようにサポーターが無料で勉強を教えるというものである。教える側のサポーターとして、CWが入っている自治体も一部にあるが、多くの自治体は教員OBや大学生がサポーターとなっている。学習支援事業を実施している自治体では、貧困世帯の高校進学率が上昇し、一部の自治体では一般世帯の高校進学率と変わりない水準になっていると報告されている(注6)。また、多くの自治体では学習支援と同時に、貧困家庭の子どもの社会的な居場所が少ないということに着目し、学習支援事業を貧困家庭の子どもの居場所づくりという視点を持って行っている。
札幌市では、北海道からの補助金(注7)によって、生活保護家庭の中学生を対象に、2012年から西区で施行実施し、2014年度には全区で合計30箇所と事業規模を拡大してきた。児童館を中心とした会場に、週1回中学生が集まり、児童館の職員や、元教員や大学生から勉強を教えてもらうという全国の平均的なスタイルである。著者もCWとして、数回学習支援事業を見学したが、学習だけではなく、遊びの要素を取り入れた活動を行い、またスタッフをニックネームで呼ぶようにするなど、中学生の居心地の良い場所になるような運営がされていた。また、学習への意欲づけという観点から、学習以外に大学生のスタッフらと野外活動を行う機会も作っている。このような学習以外の多くの活動を取り入れることで、中学生一人ひとりが役割をもって事業に関わり、帰属感が生まれ、「居場所」となっていくのである(注8)。しかし、学習時間にも落ち着きのない行動をする生徒がいることも事実であり、このような生徒へどのように働きかけていくか工夫が求められる状況にある。
ところで、このような学習支援事業の課題として、事業の運営面としては支援スタッフの不足、事業の実施面としては高校進学後に中退する生徒が多いとされる点があげられる。支援スタッフの不足については、支援者の多くが大学生であることから、近隣に大学生がいない地域では活動が難しいものと思われ、地域住民などにも協力を募ることができる形で運営されることが望ましいだろう。この点について、釧路市の学習支援事業は、事業開始当初から、スタッフ側の一人として元教材販売会社社員など、生活保護受給者も参加している。このような地域を巻き込んだ取り組みが今後求められていくのであろう。
また、高校進学後の中退という問題については、地域の実情にあわせて、一部の自治体では「高等学校等定着支援事業」等の名目で、「目的意識を持って卒業する」ところまでサポートをする取り組みが行われている(注9)。
3. 自立支援プログラムを通した「居場所の確保」
今まで記した各事業について、どのように評価をされているのかについて検討を行う。
まず、事業の背景について整理をしたい。今日の社会の課題として、貧困家庭の大人も子どもも、社会の中の居場所が足りていないということがある。大人にとっての居場所は「就労先」であり、「ボランティア先」となる。「経済的自立」という視点ではこの両者に大きな差はあるが、社会の中に居場所が確保されるという「社会生活自立」という視点からみると、大きな差はない。また、子どもにとっては「学習支援事業」がこれにあたる。そこで、いずれの事業も「経済的自立」だけではなく、「居場所の確保」という視点から検討を行う。
(1) 大人に対する「居場所の確保」
まず、注目すべき効果は「自立支援プログラム」自体が居場所となっているというものである。生活保護受給者は、社会から孤立して、CW以外に話し相手がいないという状況におかれている場合も多い。そのような受給者にとって、自立支援プログラムで出会う、他の受給者はもちろん、就労支援相談員や支援スタッフとのつながりも貴重な居場所になっていることが多いと思われる。
まず、受給者と就労支援相談員や支援スタッフとの関係はどのようにとらえるべきだろうか。もちろんCWが一義的に自立支援の責任を負うが、CWはそもそも受給者を指導する立場であるため、受給者にとって「何でも話ができる話し相手」にはならない。就労支援相談員や支援スタッフは、CWが聞き出せないような「自立に向かう悩み」を聞き、就労や社会生活自立に向けて寄り添い形の支援をするという形でCWと役割分担をして支援をしていくことが「居場所の確保」につながるだろう。
一方、自立支援プログラムの参加者同士の交流による居場所の確保はどのようになされているのか。先の札幌市厚別区のアンケート調査のように、就労ボランティア体験事業も受給者の居場所の確保に寄与していることが実証されている。また、受給者に対する就業訓練を行っている自治体では、その訓練の場が受給者の居場所になっていることが報告されている(注10)。そうであるならば、多くの自治体の現行の事業が事業目標として「就労につなげる」ことを掲げているが、社会生活自立をはかることそれ自体を事業目標として掲げるべきではないか。経済的自立と異なり、財政的効果を評価することは難しいが、稼働能力層に限らず、受給者の居場所の確保につながる事業は必要なことであるからである。人間関係を築くことを主眼にしたプログラムから、就労に近い形での社会貢献を主眼としたプログラムまで、さまざまなプログラムを実施することが求められよう。
もちろん、自立支援プログラムは一時的な居場所であり、将来的には自立支援プログラム以外の場所に居場所を確保することが大事である。その観点からすると、就労の効果は経済的自立だけではなく、社会的排除や孤立が解消された「居場所の確保」にもあると考えるべきであり、「職場定着」による居場所の確保が出来た時点で「就労の達成」として掲げることが妥当であろう。
(2) 将来の貧困の抑止と子どもの「居場所の確保」
生活保護世帯を含めた貧困家庭では高校進学率が低いという点については多くの先行調査が明らかにしている。また、中学卒業者の収入と高校卒業者、大学卒業者の収入では、同じ正社員就労者で比較しても前者で約50万円、後者で約200万円以上の差があるとされている(注11)。この状況を踏まえると、学習支援事業によって貧困家庭からの高校進学者、大学進学者を増やすことが、将来の貧困家庭出身者の安定した収入維持につながり、貧困の再生産の抑止につながることと考えられる。
ところで、このような学習支援事業について、貧困の再生産の抑止の観点から事業を行っても、一部では参加対象の中学生がなかなか参加しないという問題がある。この点については、対象家庭への声掛けをCWが地道に行っていく必要がある。しかし、著者もCWとして中学生の子どもがいる家庭に事業の利用を勧めたが、「うちの子は高校行くような能力がないし……」「子どもに生活保護を受けていることを言っていないから……」という声があり、参加につながらないことも多かった。
CWとしての経験を踏まえ自戒を込めて何が足りなかったのか検討をすると、学習支援事業を「高校進学のため」「将来の生活のため」という点に重点を置いた説明になっていたが、学習支援の場それ自体が子どもの居場所になるという視点で説明をすることが欠けていたように思われる。保護者に高校進学の必要性を説明していくとともに、中学生の子どもと接点を持ち、「居場所」という視点で直接事業を勧めることも地道に行っていく必要があったように思われる。また、このような学習支援事業について、各自治体では生活保護担当部局が主管している場合が多く、生活保護担当部局が行う以上、対象世帯が「生活保護世帯」として区切られる場合も多い。そうすると、「友達と一緒に行けない」「生活保護だとばれてしまう」ということになってしまう。
当該事業が高校進学率を上昇させ、子どもの居場所の確保にもなるのであるから、少しでも事業を必要としている生徒が参加しやすいようにするためにはどうしたらよいのかという視点を持っていく必要があると思われる。そのためには事業主管部局を教育部局に変更し、学校と連携を図っていくほうが臨機応変な対応が可能になるだろう。なお、生活困窮者自立支援法の施行に合わせて、生活保護担当部局が生活困窮者自立支援法を所管する自治体も多いことから、この枠組みで支援対象を拡大するというモデルも十分に可能であろう。
4. 2015年度以降の動向と今後求められる方向性
2014年度の改正生活保護法、2015年度の生活困窮者自立支援法の施行によって、これらのプログラムが予算事業ではなく、明文化されることになった。注目すべきは堺市などが先駆的に行っていた生活保護受給者に対する求人開拓や就労後の定着支援が「被保護者就労支援事業」として明確に定められた点である。今まで各地で先駆的に行われていたプログラムのうち効果が高い事業が、明文化されたことを契機に全国に広がっていくことが期待される。
しかし、2015年度からはこれらの事業に自治体の負担が生まれた。そのため、自治体によっては、プログラムの縮小に追い込まれている。就労支援事業や、就労準備支援事業について、国庫負担割合が10分の10から、4分の3に減少した。そのため、例えば札幌市では、就労支援相談員は2014年度までの人数を確保しているが、就労ボランティア事業は、2014年度の全市で400人規模から2015年度以降は100人~150人規模となっている。また、学習支援事業については、生活困窮者自立支援制度の中に位置づけられ、受給者に限らず実施する「任意事業」とされ、国庫負担割合が2分の1とされた。札幌市では学習支援事業が市長公約となっていることもあり、2015年度は2014年度までと同規模の30会場を維持し、2016年度は前年度から増やして40会場で実施しているが、全道に目を向けると、自治体の財政力によって実施有無が分かれており、13自治体の実施にとどまる状況にある(注12)。
このように財源が保障されなければ、各自治体で自立支援事業に必要な実施体制を構築できず、今後も事業が縮小されていくことが予想される。それは将来の受給者の増加につながり、結果的に扶助費のさらなる増加を導くものと思われる。今後も、各自治体によって受給者の居場所をつくり、自立を支援していくことが必要である。そのためにも、各自治体において地域の実情にあわせた様々な事業が展開されるよう、2014年度までと同様に国による財政措置が望まれる。
|