1. はじめに
我が国では、身体の清潔を保つための「入浴」が生活習慣として定着している。冬季には寒冷等の理由もあり、「身体の清潔保持」のみならず「身体を温める効果」も兼ねている。
しかし、「浴室」というプライベート空間で突然、身体の急変により尊い命を落とす事故が多発している。その数は秋田市で2012年から3年間で124人にも上る。同期間に発生した交通事故死の約9倍に達し、全国でも1年間で約1万9千人の方が入浴中に死亡しているとの報告(注1)がある。
これは、全国の自冶体でも放置できない問題であり、山形県、佐賀県、秋田県内では湯沢市などでも入浴事故防止喚起の普及に取り組んでいる。
秋田市消防本部でも、入浴事故死の多さに懸念を抱き、2012年から入浴事故調査研究ワーキンググループを立ち上げ、実態調査と分析結果を基に、事故の減少に結び付けようと活動している。
秋田市職員連合労働組合はこの取り組みの必要性に着目し、地域に密着したさらなる活発な活動と貢献をめざし、消防行政をサポートした事業について紹介する。
2. 入浴事故の概要と背景
2012年からの3年間に、秋田市における入浴事故の約76%が一般住宅で発生している。一般住宅での事故件数のうち、84%を65歳以上の高齢者が占めている。
「入浴事故」は公衆浴場や福祉施設などでも起こりうるが、大半が家庭内で発生している。その多くが一人で入浴中に体調不調に陥り、湯船から脱出できずに発見が遅れ大事に至ったケースで、救急隊活動時の聞き取りでも明らかになっている。こういったことが「ヒヤリ・ハット」ではなく、実際のアクシデントに繋がっている。
3. 入浴事故のメカニズム
入浴中に発生する事故は本人の体調と温度(気温、室内温、湯温、体温)が深く関係していると考えられている。
環境温度の急激な変化に伴い、血圧が上下に大きく変動する等により身体に悪影響を起こし事故に至る「ヒートショック現象」がマスメディアを通じ紹介されている。
次の表は東京消防庁を含む47都道府県758消防本部に調査を依頼し、2011年1月1日から12月31日の間に心肺停止(CPA)状態で浴室から救急搬送された事例について分析した各都道府県別一覧である(注2)。
都道府県別にみた高齢者1万人あたりの入浴関連CPA件数
順位 | 都道府県名 | 調査票送付 本部数 | 有効回答 本部数 | 所轄総高齢者 人口(人) | CPA 総件数(件) |
高齢者1万人あたり CPA件数(件) |
1 | 香川県 | 9 | 6 | 187,106 | 134 | 7.16 |
2 | 兵庫県 | 24 | 16 | 855,166 | 552 | 6.45 |
3 | 滋賀県 | 7 | 6 | 265,727 | 155 | 5.83 |
4 | 東京都 | 6 | 3 | 2,652,310 | 1,545 | 5.83 |
5 | 和歌山県 | 17 | 15 | 230,495 | 133 | 5.77 |
6 | 島根県 | 9 | 7 | 169,956 | 94 | 5.53 |
7 | 愛媛県 | 14 | 12 | 236,939 | 125 | 5.28 |
8 | 京都府 | 15 | 11 | 200,695 | 104 | 5.18 |
9 | 奈良県 | 13 | 11 | 227,621 | 117 | 5.14 |
10 | 佐賀県 | 6 | 5 | 173,761 | 86 | 4.95 |
11 | 大分県 | 14 | 11 | 268,327 | 129 | 4.81 |
12 | 三重県 | 15 | 13 | 373,397 | 179 | 4.79 |
13 | 山形県 | 12 | 11 | 276,986 | 132 | 4.77 |
14 | 長野県 | 14 | 13 | 521,883 | 244 | 4.68 |
15 | 栃木県 | 13 | 10 | 349,229 | 160 | 4.58 |
16 | 熊本県 | 13 | 11 | 422,023 | 192 | 4.55 |
17 | 鳥取県 | 3 | 2 | 123,302 | 56 | 4.54 |
18 | 鹿児島県 | 20 | 15 | 226,657 | 100 | 4.41 |
19 | 新潟県 | 19 | 18 | 612,609 | 270 | 4.41 |
20 | 秋田県 | 13 | 12 | 310,236 | 129 | 4.16 |
21 | 福岡県 | 25 | 21 | 1,073,832 | 443 | 4.13 |
22 | 福島県 | 12 | 10 | 356,375 | 146 | 4.10 |
23 | 静岡県 | 26 | 24 | 686,537 | 278 | 4.05 |
24 | 福井県 | 9 | 6 | 123,333 | 48 | 3.89 |
25 | 大阪府 | 30 | 19 | 883,737 | 334 | 3.78 |
26 | 岐阜県 | 22 | 19 | 445,727 | 168 | 3.77 |
27 | 山口県 | 12 | 11 | 388,951 | 140 | 3.60 |
28 | 広島県 | 13 | 10 | 505,655 | 178 | 3.52 |
29 | 岩手県 | 12 | 10 | 220,215 | 77 | 3.50 |
30 | 富山県 | 12 | 10 | 233,864 | 80 | 3.42 |
31 | 愛知県 | 36 | 35 | 1,508,575 | 513 | 3.40 |
32 | 群馬県 | 11 | 9 | 342,417 | 116 | 3.39 |
33 | 神奈川県 | 26 | 15 | 1,194,216 | 401 | 3.36 |
34 | 茨城県 | 25 | 22 | 560,386 | 187 | 3.34 |
35 | 宮崎県 | 9 | 5 | 195,793 | 65 | 3.32 |
36 | 宮城県 | 12 | 8 | 392,192 | 128 | 3.26 |
37 | 岡山県 | 14 | 10 | 193,323 | 63 | 3.26 |
38 | 埼玉県 | 35 | 29 | 1,179,197 | 379 | 3.21 |
39 | 石川県 | 11 | 8 | 215,580 | 67 | 3.11 |
40 | 徳島県 | 12 | 9 | 127,447 | 38 | 2.98 |
41 | 長崎県 | 10 | 8 | 250,855 | 74 | 2.95 |
42 | 千葉県 | 31 | 27 | 1,199,818 | 336 | 2.80 |
43 | 高知県 | 15 | 12 | 188,032 | 49 | 2.61 |
44 | 青森県 | 14 | 14 | 359,829 | 93 | 2.58 |
45 | 山梨県 | 10 | 8 | 181,184 | 46 | 2.54 |
46 | 北海道 | 67 | 59 | 1,294,989 | 263 | 2.03 |
47 | 沖縄県 | 18 | 8 | 78,677 | 14 | 1.78 |
この表から「沖縄県」と「北海道」が他県と比べ明らかに発生頻度が低いことが分かる。年間平均気温が唯一それぞれ20℃以上、10℃未満の地域であり他の県と大きく異なっている(注3)。にもかかわらず2012年1月の各県の住宅内温度を2万人について調べた調査によると、もっとも暖かかったのが沖縄県と北海道であった(注4)。
このことから、一年を通して温暖な沖縄県では、普段から「湯船に浸かり、暖まる」という習慣が少なく、「シャワーで汗を流すこと=入浴」と位置づけられているため、入浴事故数、死亡者数も極端に少ないと考える。よって、多くの死亡事故に共通する「浴槽内で水没している」事例が極端に少ないと推測できる。
また、北海道地域は冬期間気温が氷点下となり厳しい環境に置かれるが、住宅内すべてが床暖房等で暖められるなど、住環境が整っているため事故が起こりにくい傾向にあると思われる。
寒い時期に住宅内に温度差がある生活環境では、身体を温める手段として熱めのお湯に入浴し長湯を行う。高齢になれば体温調節機能が低下し、42度以上のお湯に10分を超える入浴をした場合、体温が38度以上となり、熱中症に似た症状に陥るため、意識障害を起こし事故につながることが新たな研究で指摘されている(注1)。
4. 秋田市の入浴事故発生状況
浴室内や脱衣場で発生し、「入浴が原因」と推定できた救急出動事案については次のとおりである。
入浴事故発生場所 2012年~2014年
入浴事故件数と男女別 CPA(心肺停止、社会死)数 2012年~2014年
入浴事故件数
2012年138件、2013年170件、2014年203件
CPA数
2012年 43人、2013年 42人、2014年 39人
注:心肺停止~心臓、呼吸が停止している状態で病院に搬送
注:社会死~心肺停止から時間経過があり蘇生が不可逆的で死亡扱い
入浴事故年齢別死亡者数 2012年~2014年
入浴事故数・死亡者の大部分が65歳以上の高齢者である。
入浴中に心肺停止となった場合、社会復帰した方は皆無である。
月別発生件数 2012年~2014年
月別の発生件数は、寒い時期の10月から4月にかけて多く、同時期に死亡者も多く発生している。
時間帯発生区分 2012年~2014年
16時から22時ころまでの時間帯に体調不良や心肺停止が多く発生している。
深夜帯から朝方にかけて発生している入浴事故は、一人暮らしや同居の家族が入浴の事実を認識していなかったため、発見が遅れたケースが多く見受けられる。
5. 入浴事故への対応
入浴中に水没した場合は生命の危険度が増し、心肺停止の状態に至り、その結果死につながる。
慌てず、上記のように適切かつ迅速に行動することが大切である。
6. 消防行政の取り組み
秋田市消防本部では2012年から「入浴事故の多さ」に着目し、救急救命士を中心としたワーキンググループを設置。事故減少を目的としてこれまで次のような普及活動を展開している。
① 秋田市広報誌を通じた啓発
入浴事故が多発する時期に、秋田市の機関誌である『広報あきた』に「入浴が危ない」というタイトルで注意喚起を促す記事を掲載。
② 紙芝居の製作・上演
講習会やイベントで上演している。タイトルは「にゅうよーく物語」
③ リーフレットの作成と配布
注意喚起のリーフレットを作成し、公衆の多く出入りする場所への掲示やイベント会場での配布。
④ テレビ出演
マスメディアを活用しテレビ出演や地元新聞への投稿。
⑤ 視察、研修
入浴事故の研究、取り組みをしている慶応義塾大学医学部堀進悟先生や東京都健康長寿医療センター高橋龍太郎先生を訪問し、現状や取り組み方のノウハウなどを研修し、以後の活動に取り入れている。
⑥ 入浴事故をテーマとしたDVDの製作
7. イベントの企画と開催
秋田市消防本部ではさまざまな取り組みを実施し啓発活動を継続しているが、入浴事故数の大幅な減少には達しておらず苦慮していた。
一方、秋田市職連合では消防本部と連携した自治研事業を数年前から模索検討しており、消防側から「市民に入浴事故の現状について直接訴え認識を促す機会はないか」との相談を受け検討した結果、2015年度市職連合自治研事業として、本市で初となる入浴事故をテーマとした合同イベントを企画。
周知の手法として、多数の参加者が見込める秋田市社会福祉大会での開催ができないか、秋田市社会福祉協議会に理解と協力を求めたところ快諾を頂き開催に至った。
【イベントの内容】 | |
秋田市社会福祉大会 | 『広げよう 命を守る 地域の絆』 |
日 時 | 2015年10月30日 |
場 所 | 秋田市文化会館 |
参加人員 | 約800人 |
この会には、社会福祉に関わり町内等の中心的立場で活動する町内会役員や民生委員を含む市民約800人が参加。2部構成による入浴フォーラムを開催した。
「第1部: 寸劇~これで我が家も安泰だあ~あなたの入浴方法は大丈夫!? 」
秋田市消防本部のワーキンググループによる2幕構成の寸劇で入浴事故をテーマに入浴の仕方、日常の家族のやり取りなど良い例、悪い例という形で演じ、具体的な予防・救助方法を視覚的に訴えた。
※寸劇で使用した物品、この後に紹介するリーフレット・DVD・ステッカーは、ほとんど秋田市消防本部職員、当組合員の手づくり。
寸劇の一部は面白おかしく演出しており、会場からは笑い声が聞かれた。
「第2部:基調講演~高齢者が安心して暮らせるために」 |
慶応義塾大学医学部救急医学教室教授 堀 進悟 先生 |
(講演の内容)
入浴は昔から日本人の習慣で清潔を保つため、リラックスするため、皮膚病の予防など多くの良い点が認識される一方、高齢者の増加とともに、一人暮らし、核家族化の進行等により入浴中の急死は増加している。
堀先生グループの研究では、入浴中に発生する体温の上昇に伴う「熱中症」が死亡の主な原因ではないかと考え、その結果から疾病が原因の入浴事故は防ぐことが難しいが、体温上昇による熱中症が原因であれば予防は可能と話されていた。
入浴中の熱中症予防としては、高温浴と長風呂は避けること。高温浴や長風呂をすることで体温が上昇し正常な判断力を失い、重篤な意識障害をもたらし湯船の中での溺水、血圧低下が起こり死亡に至る。
家族がいれば声がけ入浴、一人暮らしであれば、体温上昇を避ける入浴あるいは公衆浴場を利用することが安全である。
入浴による死亡は家庭内の風呂で多発している。公衆浴場などを利用することで、早期の体調不良(軽度の意識障害など)が一人での入浴と比べ気付かれやすく、その結果救助されることが入浴による死亡を避けることにつながる。
入浴を安全に楽しむにはちょっとした知識と高温浴が凶器となることを理解すること、などのお話を出席された市民にわかりやすく、痛ましい実例を示しながら講演して頂いた。
当日は会場内で紙芝居の展示も行った。
今回のフォーラムに参加してくださった方には
① 入浴事故防止のリーフレットの配布
② 浴室に貼付できる注意喚起を促す防水仕様のステッカーを配布
③ 秋田市における入浴事故の現状と予防を訴えた動画、紙芝居のDVDを配布
入浴事故の現状と予防動画は秋田市公式ホームページの秋田市公式You Tubeチャンネルから、入浴事故防止リーフレット、紙芝居は秋田市消防本部ホームページの救急コーナーから閲覧可能である。
(http://www.city.akita.akita.jp/)
④ フォーラム当日、会場でアンケート調査を実施(回収408人)
設 問・脱衣所と浴室の温度差はありますか
・暖房器具の有無
・入浴時の湯温は何度ですか
・普段の入浴時間
・声がけの有無
・その他:アルコールの有無、具合が悪くなったことはありますか
参加者からのアンケートコメントでは……
「入浴に関する様々な情報を得ることができた。」
「今後、自身の入浴への注意を植え付けるきっかけになった。」
「各地区、会合へ出向いて寸劇、紙芝居などで普及してください。」
などと積極的で好意的な意見を多数頂戴し、盛況かつ実り多いフォーラムを開催することができた。
8. まとめ
今回、秋田市社会福祉協議会の理解と協力を得て、各地域における福祉の中心的な担い手である町内会役員や民生児童委員等の参加のもと、自治研事業として「入浴事故」をテーマにしたイベントを実施できたことは大変有意義であった。
入浴事故は、高齢者一人ひとりはもちろん、家族など周りにいる人々が細心の注意を払うことで未然に防げるはずである。イベントでは、消防行政側の取り組みや現状、正しい入浴方法等を紹介しながら、入浴事故の現状と原因・対策について周知した。
一人でも多くの人が痛ましい事故に遇わないことを念頭に、今後も入浴についての正しい理解を広く普及・啓発していく必要がある。
そのためにも、この活動が一過性に終わらないよう関係機関と連携を密に取り合うとともに、当組合の組合員(1,900人)も情報を共有し、市内全域の居住地から地域に広く効果的に発信していきたい。
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