【自主レポート】 |
第36回宮城自治研集会 第4分科会 安全な場所・逃げる場所ってどこなの? ~防災を知ろう~ |
東日本大震災では大津波により2万人弱の人が死亡もしくは行方不明になった。犠牲者の中には避難を開始したが逃げ切れなかった人、被害を軽く考えて避難しなかった人、家族を助けようとして避難が遅れた人、消防、警察など任務のため避難が遅れた人など理由は様々であるが、人はなぜ逃げ遅れるのかを心理学的に分析し、今後の防災対策やマニュアル作成時にこうした心理学的側面を検証し被害軽減に役立てられることを期待しています。 |
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1. はじめに 人間がこの地球上で生活の営みを始めてから、大自然からの恵みを少なからず受けています。それは太陽の光と熱であったり、空から降ってくる雨水であったり……、大地ではそれが樹木や草花の成長であったり、田畑に育つ食物となったり、海という自然の中では魚介類が捕れて人間動物の生きる糧となっているように数億年前から人間と自然の共存は続いています。 |
2. 自然災害による死者・行方不明者の推移 自然災害に伴う被害にもさまざまなものがありますが、最も深刻なのは死者や行方不明者、すなわち犠牲者が出ることと言ってよいでしょう。日本における自然災害に伴う犠牲者の数は、第二次大戦直後の1945(昭和20)年から現在に至るまで、大局的には「減少」傾向にあります。 |
3. 社会環境の変化 (1) 住宅構造の変化
(2) 情報伝達手段の拡大
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4. 津波警報、洪水警報、避難勧告をだしても住民はなぜ逃げないのか (1) 市町村等の避難に関する権限等
(2) 避難勧告等に対する住民理解の実態 (3) 東日本大震災時の避難状況
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5. 正常性バイアスと多数派同調バイアス 正常性バイアスと多数派同調バイアス、バイアス(bias)というのは、心理学的には「偏見」「先入観」「思い込み」などと定義されています。正常性バイアスとは、異常事態に遭遇した時に「こんなはずはない」これは正常なんだと自分を抑制しようとする心理状態のことで、多数派同調バイアスとは、自分以外に多数の人がいると、取りあえず周りに合わせようとする心理状態のことであります。 2003年2月18日午前9時13分、通勤ラッシュが一段落した韓国・大邱市の中央路駅で地下鉄放火事件が発生しました。この事件で約200人の尊い人命が奪われてしまいました。公表された写真の中に、焼ける前の地下鉄内で乗客が出火後の状況を写した写真がありました。煙が充満しつつある車内に乗客(10人くらい)が座席で押し黙って座っているという不思議な写真でした。 この写真を見て「なぜ逃げようとしないのだろうか」と疑問に思いませんか。煙が駅と車内に充満したとしたら直ちに避難するなどの緊急行動をとると思うのが自然です。しかし、過去経験したことのない出来事が突然身の回りに出来したとき、その周囲に存在する多数の人の行動に左右されてしまうのです。それはその人が過去様々な局面で繰り返してきた行動パターンでもあるのです。どうして良いか分からない時、ほかの人と同じ行動を取ることで乗り越えてきた経験、つまり迷ったときは周囲の人の動きを探りながら同じ行動をとることが安全と考える「多数派同調バイアス」の呪縛に、心が支配されてしまうのです。 こうした心理に陥り、同じ境遇に陥った乗客同士が相互にけん制し合い、相互間に同調性バイアスが働いたものと考えられます。加えて、こんなことは起こるはずのない信じられない出来事と捉え、リアル(現実)ではなく今、目の前に起きていることはヴァーチャル(仮想)か、何かの間違いか、訓練なのではないか、これは異常ではなく「まだ正常」という心理が働き、「異常事態発生!」という緊急スイッチが入らない状態、つまり異常をも正常の範囲内ととらえてしまう「正常性バイアス」に陥っていたものと思われます。異常と認めればすぐに何か行動を起こさなければなりませんが、正常の範囲と思っている間は何もしなくていいからです。とくに事態が緩慢に展開していく場合、まだ大丈夫、まだ正常の範囲と期待する本能も作用するとも言われています。 元々「正常性バイアス」はひとの心を守る安全装置のひとつです。常に小さな出来事一つ一つに反応していれば心の平穏が保てませんので、心の機能には些末なことで自分に直接影響のないことは、正常の範囲と自動認識する仕組みがあるとされています。 ある番組で、この地下鉄放火事件時の車内写真に写っていた人のうち助かった若者を探し出し、その時の心理状況を聞いたところ「最初は、まさかこんな大変な火災が発生していたとは思わなかった」「みんながじっとしているので自分もじっとしていた」と話していました。まさに、正常性バイアス、多数派同調バイアスという認知心理バイアスに陥った結果だったと思われます。その後、誰かが『火事だ!』と言ったので、慌ててガラスを割って逃げて助かった、ほかの人のことは分からない」とのことでした。『火事だ!』の一言によって呪縛が解け、緊急スイッチがONになったものと思われます。 火災だけではなく、東日本大震災で津波が襲来した時も「みんなで避難しているから大丈夫だ。」「過去の津波でもここまで来なかったから大丈夫だ。」と思い込み、津波浸水域の避難所に避難して犠牲になった地区がありました。避難が遅れた原因の中にこのような心理的な作用が働いて犠牲者が増えたのではないでしょうか。 |
6. 地震でパニックは起きるのか? 地震を始めとする災害について話すとき、必ず出てくるのがパニックの想定です。一般的にはパニックが起きるものだと考えられていて、映画やテレビではその混乱状態が描かれています。しかし、専門家の間ではパニックが起こるのは"まれ"だというのが常識になっているようです。 |
7. 津波避難の三原則 群馬大学の片田敏孝教授によれば、釜石市は2011.3.11の津波で壊滅的な被害を受けたが、地域の小中学生約3,000人は高齢者や小さな子どもたちを助けつつ自主的に迅速に避難し、ほぼ全員が無事でした。その背景には、2003年より同教授が釜石市の先生たちと行ってきた「子供たちの津波防災教育」があったと言われています。その教育のエッセンスは、危機に向き合う姿勢として、子どもたちが覚えやすい言葉で表現された"津波避難の三原則"であり、東北地方にふるくから知られている"津波てんでんこ"という言い伝えの新解釈でもあったということです。
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8. まとめ 東日本大震災後、特に大規模な地震により津波の襲来が予想される沿岸部の自治体では、防災計画の見直しが図られていることと思います。被害想定のもと避難計画も盛り込まれているかと思いますが、こうした住民の防災心理があることを踏まえて避難計画を策定していかなければなりません。長中期的に避難計画を立てるのであれば、小・中学校から防災教育が必要となります。子どもは10年経てば大人になります。さらに10年経てば親になります。10年防災教育を継続すると高い防災意識をもった市民ができる。さらに10年続けることで親世代となり、その高い防災意識が世代間で継承されるための文化の礎を築くことができます。子どもたちへの防災教育を契機に世代間で災いをやり過ごす知恵が継承され、地域にその知恵が"災害文化"として定着することとなります。 |
参考文献 「災害時の避難に関する専門調査会」中央防災会議資料・内閣府資料 |