【自主レポート】

第36回宮城自治研集会
第5分科会 まちムラの見方「見えているもの」と「見えていないもの」

 青森県五所川原市・市浦地域で地域活性化団体「なんでもかだるべし~うら」に関わり、市浦地域の恵まれた自然や歴史・文化的環境の地域資源を活かした地域づくりに地域住民が主体となって取り組んでいる実践活動について報告します。



地域資源を活かした住民主体の地域づくり
―― 地域づくりは人づくり・できることからはじめよう ――

青森県本部/五所川原市職員組合 榊原 滋高

1. はじめに~自分のこと・今思うこと~


 
市浦地区:十三湊遺跡と十三湖

 平成の大合併から10年が過ぎました。私が勤務する五所川原市は、2005年3月末に旧五所川原市、旧金木町、旧市浦村(以下、「市浦地域」と呼ぶ)が合併し、人口57,159人(2016年2月末)の津軽平野北半部に位置する自治体です。私は市浦地域の歴史文化の魅力に惹かれ、市町村合併前の1994年に旧市浦村職員として採用されて以降、これまで教育委員会で文化財行政に従事してきました。
 岩木川河口の十三湖に抱かれた市浦地域は、かつては天然の良港として海上・水上交通の要衝地として極めて発展し、歴史的にも貴重な文化遺産が数多く残された地域です。特に中世には津軽の豪族、安藤氏が拠点を置いた北日本を代表する港湾都市「奥州津軽十三湊」として著名です。その他、十三湖周辺には安藤氏関連の福島城跡や唐川城跡などの城館、宗教施設の山王坊遺跡など、中世的景観が色濃く残る全国的にみても貴重な歴史・文化的景観に恵まれた地域を形成しています。そのため、市浦地域は日本海・津軽山地・十三湖など恵まれた自然環境と歴史遺産を育む文化的景観のなかで、十三湊安藤氏関連遺跡を軸にした史跡型観光を重要な行政施策として取り組んできました。
 しかし、市町村合併によって、状況は一変してしまいました。また、市浦地域は飛地合併というさらなる弊害もありますが、特に少子高齢化や過疎化が極めて進行している地域です。市浦地域の合併前の人口は2,968人で、現在は2,237人(2016年2月末)とさらに減少しています。このまま新たな地域づくりを進めなければ、近い将来は限界集落、或いは消滅の危機に陥るものと危惧しています。
 さらに、市浦地域は十三湖のシジミ産業が有名ですが、その他の基幹産業が乏しく、これまで行政が基幹産業の役割を担ってきた地域と言っても過言ではありません。そのため、右肩下がりの日本経済のなかで、市町村合併とその後の行財政改革によって公共サービスの低下は避けられず、行政に頼ってきた地域住民や行政に携わる私にとっても、どうすることもできずに忸怩たる状況が長く続きました。

2. かだる(語る)ことから始まった地域活動

 「市浦地域をどうにかしたい・地域のために何かを始めたい」という思いが募るなかで、市浦地域を活性化したいという有志8人が集まり、2010年に地域活性化団体「なんでもかたるべし~うら」を結成しました。そのきっかけは同年に五所川原市による市民提案型事業が始まり、提案した事業が採択されたことによるものでした。
 当団体は、"明るく・活力ある・心豊かに暮らせるまち"にするために「なんでもかだるべ」(みんなで参加し、みんなで語ろう)という気持ちで組織されましたが、市浦地域のもつ魅力を語り、まずは市浦地域の住民が自ら地域の良さを知り、誇りを持てるような地域を取り戻すにはどうすべきか、地域の皆で出来ることを考えながら、それぞれ個人の得意分野・能力・経験を集結させ、まずは一緒に「かだる」(語る)ということが初年度の事業内容そのものでした。


 
地域住民との座談会の様子
 

子どもたちと地域資源発掘のための勉強会

 そのため、まずは地域住民や子どもたちに呼びかけて、座談会や勉強会を重ねてきました。テーマは特に設けないで、地域の皆さんが日頃思っていることを参加者全員で「かだる」(語る)ことでした。もちろん行政に対する不満も出てくるので私にとっては肩身が狭い思いをすることもありましたが、参加者全員で意見を出して語り合い、すっきりした後で、「それでは今の自分に何ができますか?」と問いかけることにありました。一人一人が「かだる」ことで、地域課題を見つめ直し、薄れつつある人との繋がりを取り戻し、自分たちでもできる地域資源を活かした町づくりを考えるきっかけとするものでした。
 また、地域活性化に携わる方の講演会を開催したり、仲間どうしで講演会に参加する機会が増えていきました。そのなかで、自治体職員を退職されたある講師の言葉に大変な衝撃を受けました。その方は、参加した行政関係者に向って次のように語りかけました。「行政の方(自治体職員)は自分が暮らす地域を良くする仕事に就けて、なおかつ、お金までもらえることに大いなる喜びを感じるべきだ。それに気付いた方から、地域活性化に係わってほしい。」この言葉は、事あるごとに思い出され、忘れられない金言となっています。まさにそのとおりだと思い、目から鱗が落ちる体験をしました。こうして、徐々に地域活性化に係わる人々との交流が始まり、普段携わる行政の仕事では決して得ることのできない人々との交流や人脈が生まれていったのです。


3. これまでの主な活動

 当団体では、2年目の2011年度から本格的な活動が始まり、自分たちでできることを実践していきました。市浦地域の人・自然・歴史・伝統文化など、市浦のかけがえのない魅力の数々を、地域住民や子どもたちだけでなく、市浦を訪れる人たちとも交流を深めることで、改めて市浦の魅力や恵みを感じてもらうことを目的に、市浦地域で3つの柱となる体験・交流活動を行ってきました。なお、2010~2012年度にかけて五所川原市の市民提案型事業、2012~2015年度にかけて公益財団法人青森県市町村振興協会の地域づくり推進ソフト事業の助成金を頂いて、事業を実施してきました。

(1) 農産物収穫体験事業と津軽山王坊豊年祭(お田植祭・抜穂祭)
〔主な活動:①田植え体験、②稲刈り体験、③山王坊お田植祭、④山王坊抜穂祭〕
 地域の子どもたちと田植えや稲刈りなどの米作り体験や昔ながらの脱穀作業を通じて、自然に触れ親しむことができる農産物収穫体験を行いました。自然環境が豊かな市浦地域にあっても、これまで田植え・稲刈りを経験した子どもが少なく、お米がどうやって取れるのかほとんど知りませんでした。また、農家の苦労も体験できて、食に対する感謝の気持ちを持つことができ、子どもたちには大変好評でした。米作り体験として始まった活動でしたが、2015年度には山王坊日吉神社で津軽山王坊豊年祭として、春には田植えの伝統行事である「お田植祭」、秋には稲の収穫を感謝する「抜穂祭」という神事にまで発展し、新たな伝統文化として開催できるまでになりました。
 また、「抜穂祭」では外部の専門家の協力も得ることによって、新たに創作した津軽豊年踊唄「嫁こさ来い」が披露されました。今後は津軽山王坊豊年祭を新たな伝統文化として定着させ、広めていきたいと考えています。


① 田植え体験
 
② 稲刈り体験
 

③ 山王坊お田植祭の神事
 
③ 山王坊お田植祭の早乙女たち
 

④ 山王坊抜穂祭の神事
 
④ 山王坊抜穂祭:津軽豊年踊りの披露

(2) 里山再生と自然体験事業
〔主な活動:⑤ホタルの里づくり勉強会、⑥山王坊ホタル鑑賞会と宵宮まつり、⑦夏キャンプ体験、⑧山王坊川の水生昆虫観察会、⑨木無岳登山体験、⑩ワラ細工実演会とワラ細工人形相撲大会、⑪しめ飾りと鏡餅づくり講習会、餅つき試食会〕
 ⑤ホタルの里づくり勉強会では、山王坊日吉神社に生息する天然のヒメボタルやホタル全般についての勉強会を行いました。ホタルを通じて地域の活性化に取り組み、後世に残したい景観として山王坊日吉神社の重要性が改めて認識された機会となり、地域住民にとって非常に有意義なものとなりました。
 ⑥ホタルの勉強会を踏まえて開催した山王坊ホタル鑑賞会と宵宮まつりでは、7月中旬の山王坊日吉神社で行われる宵宮に合わせて、境内に生息する天然のヒメボタルの観賞会を開催することができました。山王坊日吉神社に天然のヒメボタルが生息することが知られるようになり、参加者が年々増えつつあります。ホタルが乱舞する様子に参加者一同は感動し、ホタルが住みつづけることができる環境が山王坊日吉神社に残っていることに誇りを持つことができました。
 ⑦夏キャンプ体験では、山間部にあって、特に人口減少が進んでいる市浦・桂川地区を選んで、子どもたちが愛着の持てる地域づくりをめざした自然体験事業を行いました。
 ⑧山王坊川の水生昆虫観察会では、子どもたちが3班に分かれて、山王坊川の上流・中流・下流でそれぞれ水生昆虫を採取しました。採取した水生昆虫をデジタルカメラで記録撮影し、どんな水生昆虫が暮らしているのか現地調査を行いました。これは山王坊川に住む水生昆虫の種類を調べることで、山王坊川の水質を知る調査でもありました。その結果、山王坊川にはサワガニやヘビトンボの幼虫が生息する非常にきれいな川であることが分かりました。
 ⑨木無岳登山体験では、市浦の雄大な自然を眺望できる木無岳の登山体験を地域住民の皆さんと行いました。
 ⑩ワラ細工実演会とワラ細工人形相撲大会を行いました。「稲ワラ」はかつて生活に必要なものを作るのに有効利用されてきましたが、近年ではワラ焼き公害を引き起こすなど地域住民を悩ませる厄介者と考えられてきました。しかし、環境への関心が高まる中で、「稲ワラ」が見直され、有効利用した取り組みが各地で行われています。これまで「稲垣藁の会」の協力を得て、ワラ細工作り体験を行ってきました。市浦ふるさとまつりでは、大人も子どもも一緒になって、自分たちで作った「ワラ細工人形」を使って、相撲大会を開催しました。勝利者には「もち米」を贈呈して、大変な盛り上がりをみせ、市浦ふるさとまつりを盛り上げる企画となりました。
 ⑪しめ飾りと鏡餅づくり講習会、餅つき試食会では、米作りで余った稲ワラを使い、年末の伝統行事のしめ飾りと鏡餅作りを行い、さらには餅つき試食会で雑煮を振る舞い、地域住民と交流を深めることができました。


⑤ ホタルの里づくり勉強会の様子
 
⑥ 山王坊日吉神社・宵宮まつりの様子
 

⑥ 山王坊ホタル鑑賞会の様子
 
⑦ 夏キャンプ体験の様子
 

⑧ 山王坊川の水生昆虫観察会の参加者
 
⑧ 山王坊川の水生昆虫観察会の様子
 

⑧ 山王坊川に生息する水生昆虫
 
⑨ 木無岳登山体験の参加者
 

⑩ ワラ細工実演会の様子
 
⑩ ワラ細工人形の完成
 

⑩ ワラ相撲大会の様子
 
⑩ ワラ相撲大会の様子
 

⑪ しめ飾りと鏡餅づくり講習会の様子
 
⑪ しめ飾りの完成
 

⑪ 餅つき試食会の様子
   

(3) 歴史文化交流体験事業
〔主な活動:⑫山王坊歴史探訪ウオーキング、⑬山王坊遺跡の歴史講座、⑭立花寶山による山王坊日吉神社奉納舞踊公演会、⑮地域元気づくり講演会、⑯唄って 踊る 楽習会〕
 ⑫山王坊歴史探訪ウオーキングでは、江戸時代、当地を訪れた管江真澄が記した『外ヶ浜奇勝』を辿りながら、山王坊日吉神社一帯の古道を歩き、発掘調査で検出された礎石跡を巡りながら、唐川城跡展望台まで至る歴史探訪ウォーキングを開催しました。参加者からは史料を読み解きながら、実際の古道を巡り、歴史の追体験ができて非常に勉強になったという意見を頂きました。
 ⑬山王坊遺跡の歴史講座では、発掘調査によって解明が進む山王坊遺跡の成果を中心に、十三湖一帯に多数あったとされる神社仏閣跡や伝承について紹介する歴史講座を開催しました。発掘調査で解明された山王坊遺跡の歴史的価値に理解を示してくれました。
 ⑭立花寶山による山王坊日吉神社奉納舞踊公演会では、一流の歌舞伎役者による奉納舞踊公演を通じて、山王坊日吉神社の貴重な自然や歴史的環境が残されていることを知ってもらうことができました。また、これらは貴重な地域資源として、誇りある地域の共有財産であることを理解してもらうことができました。約170人の参加者がありましたが、特に地元住民の参加者が多くて、大好評でした。
 ⑮地域元気づくり講演会では、地域活性化の伝道師として著名な清水愼一氏を講師に迎え、魅力的なまちとは何か?「住んでよし、訪れてよし」のまちづくりとは何か? この地域における課題を住民が主体的に解決するにはどうすればよいのか? など、地域住民の皆さんと議論を深めることができました。
 ⑯唄って 踊る 楽習会では、津軽山王豊年踊唄「嫁こさ来い」を披露して、参加者に踊りを覚えてもらい、踊りの参加者を募るとともに津軽山王豊年祭の趣旨を広く伝え、地域住民と交流を深めるための機会でした。立花寶山さんから踊りの指導を仰ぎながら、津軽山王豊年踊唄「嫁こさ来い」を当団体の踊り手が披露し、参加者と一緒に楽しく踊ることができました。なお、この「嫁こさ来い」は作詞・立花寶山とともに五所川原市とも縁の深いサエラ(五所川原市出身、93年にボーカルとピアノのデュオを結成)による作曲で収録した曲であり、新たな津軽の伝統文化に相応しい創作といえるものです。


⑫ 山王坊歴史探訪ウオーキングの様子
 
⑬ 山王坊遺跡の歴史講座の様子
 
⑮ 地域元気づくり講演会


⑭ 山王坊日吉神社奉納舞踊公演会・参加者の様子
 
⑭ 立花寶山による山王坊日吉神社奉納舞踊公演会の様子

4. まとめ

 このように、今ある地域資源を活かした地域住民主体の地域づくり活動について報告しました。そこには行政に極力頼らず、市浦ファンになってくれた外部の専門家の指導を仰ぎながら、自分たちが楽しく取り組める内容のものばかりです。もちろん、こうした活動はすぐに地域活性化に結びつくものではありませんが、今何かを始めなければ、地域が消滅してしまうという危機感を常に持ち続けています。
 一方で、地域住民の皆さんや子どもたちと楽しく交流を深めることで、人と人との繋がりの大切さを改めて実感しています。それから、地域づくりは人づくり、否、自分づくりであることが、これまでの6年間の活動を通して実感できたことです。
 そして、また、地域づくりの活動が新たな地域活性化に向けた原動力となり、次世代を担う子どもたちが愛着の持てる地域に繋がっていくものと信じて、これからも活動を続けていきたいです。