【自主レポート】

第36回宮城自治研集会
第5分科会 まちムラの見方「見えているもの」と「見えていないもの」

 震災および原発事故からの復旧・復興のさなかにある福島県では、観光客数の回復・風評被害の払拭などを目的とし、ふくしまデスティネーションキャンペーン(DC)が実施された。地域経済基盤の強化に大きな役割を期待される観光産業に対して、今回のDCはどのように寄与したのか。現場で観光産業を担う方々へのアンケート調査を通し、DCにおける問題点を洗い出し、観光振興政策を提言する。



観光と地域振興
~観光資源をDCで活かせたのか~

福島県本部/自治研推進委員会・第二専門部会

1. はじめに

 2011年3月11日に発生したマグニチュード9.0の地震は、巨大な津波を引き起こし福島県沿岸部にもかつてない被害をもたらした。津波はそれだけにとどまらず福島第一原子力発電所を襲い、格納容器の水素爆発と広範囲への放射性物質漏出という事態を招いた。特に放射性物質の漏出は、自治体の住民全員の避難、除染を中心とする自治体業務の増大、風評による産業の停滞など、事故から5年が経過した現在もその爪跡を残している。
 地方自治研究は、地域や行政が抱える諸問題を明らかにしながら、公共サービスに求められる役割を市民とともに考え、地域とともに創造する場である。本年度の地方自治研究は、浜通りを中心として東日本大震災と福島第一原子力発電所事故からの復興の見通しが未だ立てられない状況の中にあって、これら災害への向き合い方を、そして現状を打開するための福島固有の地域政策を、具体的に議論・提言していくことを目的として活動を進めてきた。


2. 第2専門部会の取り組み

(1) 観光産業を中心とした経済基盤の強化
① 人口流出の防止
 第2専門部会では「ふるさと再生」をテーマとして研究・議論を進めた。
 日本創成会議における「増田レポート」において示された「消滅自治体」は、ふるさとの再生をはかる上で避けて通れない課題を示している。出生率の低下および都市部への流出は、地域を支えうる人口を将来的に維持できない事態につながる。本県においては、特に若い世代が県外へ避難し新たな生活基盤を築きつつあるなど、放射性物質が自治体消滅に拍車をかけている状況にある。
 当部会では、これらの山積する課題の中で特に人口の流出に視点を置き、どのような原因が挙げられるか、どのような方策が取りうるか、検討を進めることとした。放射性物質の除染がふるさとの再生における最重要課題であることは論を俟たないが、取りうる対策は震災前の原状回復をめざすもの以上にはなりえない。震災および原発事故から5年が経過し、除染等の対策が今後否応なく縮小されていく中にあって、除染対策等を越え、先を見据えた政策が求められつつある。
② 地域振興としての観光
 人口が都市部へと移動する理由は多々あるが、福島県の特殊な状況である「放射性物質からの避難」を除外すると、経済的要因が大きいものと推察される。戦後の三大都市圏への人口移動は、高度経済成長期およびバブル経済期に増加し、それぞれの景気後退に伴い減少していることもそれを裏付けており、地方において人口流出を根本的に防止するには地域の経済基盤強化が不可欠である。
 インフラやインターネットを含む物流網が整備された現代において、全国どこでも生産・入手が可能な商品は地域を支える産業にはなり難い。「そこでしか得られない体験」や「そこでしか得られない産品」など、その地域ならではの産業、すなわち農業・観光産業の強化が、地域経済の強化に大きな役割を果たすものと見込まれる。

(2) ふくしまデスティネーションキャンペーン
① 震災および原発事故による観光客数の落ち込み

 県内観光客入込数の推移
出典:ふくしま復興ステーション_観光の復興状況

 東日本大震災における大津波は、いわき市や相馬市などにおいて沿岸部の観光施設に大きな被害をもたらした。また福島第一原子力発電所事故は、原発周辺およびその北西方向を中心に広範囲に放射性物質を飛散させ、帰還困難区域など立ち入りの制限される地域が設定された。さらには、事故直後の混乱状況下における正確な情報の不足などにより、原発事故とは無縁の地域においてすら放射能により汚染されているとの風評を生み出した。
 これらの要因により、福島県は観光産業においても大きな打撃を受け、2011年の入込数は特に若年層を中心に大きく減少した。その後は毎年回復傾向にはあるが、未だ震災前を下回る状況が続いている。
② ふくしまデスティネーションキャンペーンの取り組み
 このような状況下にあって、東日本大震災と原発事故の影響により減少した観光客を震災前の状態まで回復させ、風評被害の払拭、新たな観光資源の開発による地域活性化などを目的とし、2014年度から3年間「ふくしまデスティネーションキャンペーン(以下、DC)」が行われた。

 
 

 ふくしまDCの目的は、自治研究活動の「災害と向き合い現状を打開する」目的と重複する部分が多い。そこで、「ふくしまDC」が当初の目的をどの程度達成できたかを調査・検証し、併せてDCの中で感じられた観光産業における問題点等を洗い出すことで、当部会の研究テーマである「観光による地域振興」について、課題の明確化や新たな政策の提言につなげられるのではないかと考えた。

3. 調査内容

(1) ふくしまDCの概要
① ふくしまDCの目的
 DCとは、観光関係者・自治体・JR・旅行会社が協力し、3か月間集中的に全国で宣伝販売される国内最大の観光キャンペーンである。
 ふくしまDCは、震災前の観光入込回復をめざし、「花・食・温泉」をテーマに、①全国的な集中宣伝、受け入れ態勢の整備、②復興アピールと風評払拭、観光資源の開発と地域活性化、おもてなし・利便性向上によるリピーターづくり、③DC以降も継続できる観光推進体制の確立 を目的として開催された。
② 実施時期
 ●プレDC(2014.4~6)観光素材の掘り起こし・磨き上げ、県民の盛り上げ
 ●本DC(2015.4~6)観光素材の全国展開、おもてなし等の実践
 ●アフターDC(2017.4~6)観光素材や受け入れ組織等の定着化
③ 実施結果
 本DCが開催された2015年の県内観光客入込数は、2016年4月末日時点で結果が公表されていない。プレDCが開催された2014年については、観光客を震災前の状態まで回復させることはできなかった。

 

(2) アンケート調査の実施
① 調査対象と期間
 ふくしまDCの目的達成度の調査や観光産業における問題点の洗い出しをするため、関係する諸団体等へのアンケートを実施することとした。
 今回の調査は、できるだけ現場(観光客)に近い立場の方々の意見を反映させるため、福島県観光物産交流協会に所属する観光協会、福島県旅館ホテル生活衛生同業組合に所属する旅館組合、福島県商工会連合会に所属する商工会、電車・バス・タクシー等の交通関係業者を対象として、総数80の企業・団体に協力を依頼し、2016年2月29日~3月18日にかけて回答をいただいた。なお、調査期間はアフターDCの開催期間前である。
② 調査項目と調査結果
 期間内にご回答をいただいた企業・団体は計27件、回答率は33.8%であった。
 アンケートの質問内容と回答の集計結果については、別紙のとおりである。

4. 調査結果の検証

(1) DCの目的達成度
① 観光資源の開発・利便性向上、受け入れ態勢整備

 DCの効果

 DCが観光資源の開発・改善に効果があったか、との問いに対しては、約7割が(限定的とは言え)「効果はあった」と評価している。しかし「既存の観光資源の焼き直し」との意見もあり、抜本的な改善につながるものであったかについては疑問が残る。
② おもてなし
 受入意識向上に対しては、約半数が「効果はあったが限定的」との評価であった。個別意見からは、地域間において、また同一地域でも当事者・非当事者間において、認識にギャップがあったことがうかがえる。
③ 地域活性化
 DCの地域経済への影響については、6割超が「効果はあった」と回答した一方で、地域産業に対し「効果があった」と回答した組織等は4割弱にとどまっており、同程度が「効果はあまりなかった」と回答している。DCは地域経済に対しては寄与したものの、地域全体の振興までの影響力はなかった模様。
④ 復興アピールと風評払拭
 DCが復興のPRに果たした役割はそれなりに評価されているようである。一方で、DCが風評の払拭につながったかについては、(限定的含め)「効果があった」とする意見が約5割にとどまるなど懐疑的な見解が多いようである。

 観光推進体制の定着

⑤ 継続できる観光推進体制の確立
 観光資源・受入組織・受入意識・経済効果それぞれについて、アフターDCにより観光推進体制を定着できるか質問したところ、「観光資源は可能」の比率が高いのに対し、「経済効果は低い」という結果が出た。観光客の増加が地元経済の振興へと波及する仕組みを構築することは困難であると認識されている。

 

(2) 全体的な評価
① DCの効果は限定的

 DCの実感

 今後の定着について「わからない」との回答が多いことも合わせて考えると、一過性のものであるとの認識が強いものと思われる。「一般的事業ではなく将来を見越したまちづくり等の基礎的部分に投資すべき」との意見もあり、従来の振興イベントの域を出ておらず根本的な課題解決や、さらなる観光客の増進につながるものではなかったようである。
② 原発事故の影響の厳しさがうかがえる
 風評払拭の効果は、同一業界の間でも意見が分かれている。アンケート調査の際はできるだけ原発事故の影響以外の要因等を回答するよう依頼したが、個別意見では「福島県産の物品が売れない」「安全を明言できない」「新規の客は来ていない」など原発事故の影響に関連する意見が寄せられた。
③ 観光客増進の阻害要因としては突出したものがない
 観光客増進の阻害要因としては、観光資源が乏しい、観光ルートの設定が不十分、PR不足、担い手や関係者の意識が低い、など、万遍なく阻害要因が挙げられている。

 
観光客増進の阻害要因

 すなわち広く浅く課題を抱えており、ここの対策を進めれば大幅に改善できるという状況でないようである。強いて言えば、人材や連携など人に帰結する部分に要因を求める傾向があるようである。

(3) 業界・地域により意見が異なるもの
① 地域経済・産業振興への影響
 産業や経済への波及効果については、交通業界は好感触も商工会は低評価であった。観光客は移動手段として交通業界を活用した一方で、商品(お土産品)購入への効果は限定的であったようだ。他の要因として、観光の中心域から離れた地区では恩恵が生じていないという意見など、地域の基幹観光資源の有無によって、勝ち組・負け組が生じてしまう現状も挙げられる。

(4) その他の個別意見
① DCについては、継続を望む傾向がある中で「特別感が無くなる」との反対意見も。(旅館組合関係)
② 東京オリンピック・パラリンピックを契機として「インバウンドを中心とする観光施策を構築すべし」との意見。(旅館組合関係)
③ 「観光庁による日本版DMO登録法人への支援を手厚くした内容にしてほしい」「観光庁にて日本版DMOを推進しているので積極的に推進すべき」というDMO関連の意見。(観光協会関係)
④ 「核となる団体や基幹となる方針がない」との意見。(商工会関係)

5. 政策の提言

 以上のような関連諸団体等の意見および検証の結果を踏まえ、当部会では下記のような具体的政策を提案したい。

(1) 観光ルートに関して
① 地域ごとの軸の構築
 福島県は日本でも3番目に広い面積を有し1日で主要な観光地を巡るのは困難であるため、県北は果物、会津は歴史、県中は音楽など、基幹となる観光資源を設定する。併せて、周辺の観光資源や産品については、基幹観光資源との関連性(いわれなど)を持たせた1つに集中特化し、今まで点在分散していた地域それぞれの観光地・物産が一体化した周遊ルートを構成、定着化を図る。
② 観光ルートの支援
 ルートどおりに観光地を回ってもらうため、特定のインターチェンジを利用したとき(例:●●IC⇒▲▲IC)は高速料金を無料化または減額する。

(2) 広報に関して
① パンフレットの整理
 観光案内パンフレット等は種類が多すぎて来福者が混乱する可能性がある。パンフレットの置き場も煩雑になり、目立たず気に留めていただけない。県で1冊、多くとも上記周遊ルートの構築に合わせて1ルートにつき1冊程度にまとめ、その代わり県内全域に配置する。掲載しきれない細かい情報等は、QRコードによりウェブサイトを確認してもらう。
② ITの活用
 ウェブサイト等において各自治体の観光案内がそれぞれ異なっていると観光客は見づらい・探しづらいため、県および各自治体の観光広報の型(レイアウト等)を統一させる。また、民間のブロガー等による地元紹介や来福者の報告等を積極的にリンクし紹介する枠を設ける。
③ 観光ルートの検索
 ウェブサイトでの観光ルート紹介は、食べログ的に、予算や興味ある分野を入力することで観光コースを紹介・案内してくれるツールを構築する。

(3) 産業・イベントの連携
① 6次化の推進
 県内各地の『道の駅』巡り、桃の木のオーナー制による体験農業や農産品の6次化商品などの開発など、福島県独自の取り組みを促進する。
② 定期的なイベントの組み込み
 B1グランプリのような県内1位を決める大会を、地方特産品・ご当地アイドル・ゆるキャラ等様々な分野で開催する。1年目・2年目に地方予選、3年目に県大会のように複数年計画で開催する。
③ 自治体間の連携事業の展開
 予算規模の小さな自治体や中心的な観光資源に乏しい自治体では、人的・予算的不足やノウハウ不足がある。そこで県内を6~9エリアに分割し、エリア内各自治体での広域イベントの場を設ける。例えば六魂祭的な事業やフルマラソン大会などのイベントと周辺観光を組み合わせたツアーを首都圏と合同開催し、予算やPRの規模を拡大する。

6. おわりに

 今回のアンケート調査は回収率が芳しくなく、傾向を分析するサンプル数としては十分な量を確保できたとは言い難い。しかしながら、観光客に近い方々からの意見には傾聴すべき点が多く、それらの意見を上手に繋いでいくことでより効果的な観光振興策を導き出すことができるとも感じられた。
 人口減少・少子高齢社会、特に福島県は原発事故の影響により地方の衰退が急激に進んでいるが、「観光」による地方創生に期待する部分は大きい。観光客(交流人口)の増加は、宿泊・食事・お土産などの消費による経済効果、雇用創出は人口減少分を補う可能性も秘めている。新たな観光資源を作り出すのは困難だが、福島県内の歴史や田舎の原風景、温泉、郷土料理等、その地でしか味わえない魅力ある観光資源があり、それらの価値をより発揮できる仕組み作りが必要である。
 最後に、大変お忙しい状況にもかかわらず、期間のない中で本アンケートにご回答をいただいた関係諸団体・企業の皆様に、この場をお借りして厚く御礼を申し上げたい。