【自主レポート】

第36回宮城自治研集会
第5分科会 まちムラの見方「見えているもの」と「見えていないもの」

 別府市は、全国有数の温泉観光都市として発展してきたが、2015年度に策定した「別府市総合戦略」において「ユニバーサルデザイン旅行の先進地に向けた整備」を掲げている。観光戦略の新たな可能性の一つとしてユニバーサルツーリズムの推進に取り組もうとしている本市の現状と可能性について検討を行った。



別府市におけるユニバーサルツーリズムへの取り組み


大分県本部/別府市自治研センター・大分県地方自治研究センター・地域活性化専門部会 牧  宏爾

1. はじめに

 大分県別府市は、九州の北東部、瀬戸内海に面した大分県東海岸のほぼ中央に位置し、阿蘇くじゅう国立公園に属する由布・鶴見岳の麓で裾野をなだらかに別府湾へと広げる扇状地を形成している。そこから立ちのぼる「湯けむり」は別府を象徴する風景であり、国内有数の国際観光温泉文化都市として発展し、年間約800万人の観光客が訪れている。
 別府市では、2014年4月1日に「別府市障害のある人もない人も安心して安全に暮らせる条例(通称:ともに生きる条例)」が施行された。障がい者に関わる条例を作ったのは、全国の自治体で8番目、市としては3番目というものである。この条例が目指すところは、障がいのある人もない人と同じように暮らすことのできる社会、つまり共生社会の実現である。
 この背景として、別府市は「社会福祉法人太陽の家」に代表されるように、障害福祉施設や医療機関も多く、別府市の障がい者数は約8,700人で、市民の約14人に1人が障がい者であり、人口比では、全国平均が5.5%に対して別府市は7.2%と非常に高く、福祉都市としての一面も持っている。しかしながら、例えば高齢者などと比べれば数が少なく身近な存在とはいえない状況にあり、そのために社会の障がいに対する理解が不足している部分がある。また、今の社会は障がいのない人を基準としてつくられており、そのために、障がいのある人が生活するにあたって不便なことやものが多くある。こういったことにより、障がいのある人は生活のしづらさや不安を抱えている状況にあり、このことについて多くの声が寄せられたことがこの条例の制定の動きにつながった。
 この「ともに生きる条例」の理念を推進していくために観光都市として求められる取り組みに「ユニバーサルツーリズムの推進」がある。旅は健常者だけではなく、障がい者をはじめ、高齢者、妊婦など、あらゆる人が享受されるべきものであり、本レポートではそこに焦点を当ててみたい。


2. ユニバーサルツーリズムについて

 ユニバーサルツーリズムとは、「すべての人が楽しめるように造られた旅行であり、高齢や障がい等の有無にかかわらず、誰もが気兼ねなく参加できる旅行」を意味する(観光庁)。  
 観光庁においては、2011年度より各種調査事業を実施しており、その中で先行事例の調査・分析等も行っている。報告では、実際に障がい者や高齢者など要支援者が旅行に行こうとするときに不安を感じる点として「歩行距離の長さ」「トイレ休憩」「荷物を持っての移動」「浴室での介助」などが挙げられている。
 今回、障がいのある方及び介助者等関係者へ聞き取りを行ったところでは、身体的に不自由があっても、状況がそろえばぜひ旅行に行きたいという意欲的な回答が多く得られた。また介助者にとっては、観光施設に車いすで入場できるのか、又は車いすを貸してもらえるのか、宿泊施設での入浴はどうすればよいか、大型の電動車いすやストレッチャー型の車いすが入るエレベーターが設置されている宿泊施設はどこがあるのか等の情報を求める方もいた。
 聴覚障がいの方からはビジネスホテル等では、フロントからの連絡にほぼ気づくことはできず、不安を感じているというお話を伺った。これが火災等の災害の場合には大きな危険となることは想像できる。ホテルによっては、バイブ式の呼び出しベル等を貸し出す、警報や呼び出しをライト点灯で知らせる等の配慮を行っているところもあるようだ。ホテルのフロントでは聴覚障がいの方に対して、筆談や手話で対応することを掲示しているところも見かけた。
 このように、支援の必要な方々は、旅行者に占める絶対数は少ないかもしれないが、これからますます進む社会の高齢化や、共生社会の実現をめざす別府市にとって、誰もが楽しめる旅を提供することは大切なことであり、それらの合理的配慮(「合理的配慮」:社会的障壁を取り除き、障がいのある人もない人と同じように生活することができるようにすること)を行うことは、全ての旅行者にとって利用しやすく観光地域づくりにおいて重要なことであると考える。


3. 別府市での取り組み

(1) 別府市の取り組み
 別府市は、2015年10月に別府市総合戦略(「まちをまもり、まちをつくる。べっぷ未来共創戦略」)を策定した。この中で「世界一の温泉観光都市への挑戦(新たな観光資源の開発と進化)」の項において、「ユニバーサルデザイン旅行の先進地に向けた整備」を掲げている。具体的には、高齢者や障がい者が安心して旅行ができる体制の整備と宿泊施設や観光施設・温泉施設等のバリアフリーの促進に向けたハード面の整備、それらの情報発信に力をいれていくこととしている。具体的な施策については、「別府市総合計画後期基本計画(平成28年度~平成32年度)」において示しているところである。
 また、本市では、先に述べた「ともに生きる条例」が施行されたことに伴い、合理的配慮のための積極的な取り組みを、主に公共施設を中心に既に行っている。具体的な事例とすれば次のような取り組みが挙げられる。
① 道路等の改良(歩道と車道の段差解消、点字ブロックの設置 など)
② 市営温泉のリニューアル・改修(手すりの設置、車いす対応型浴槽、脱衣棚の点字表示 など)
③ 歴史的建造物(別府市公会堂)のリニューアルに伴うバリアフリー化
④ バリアフリー情報の調査・発信
 特に温泉施設については、別府観光の柱であることから、市営温泉のリニューアルや改修を行う際には、誰もが利用しやすい施設を念頭に設計が行われている。例えば浴槽への手すり設置、視覚障がい者のためのドアベル設置や脱衣棚等への点字表示、高齢者等の着替え台、浴室用車いすの設置等を行っている。

 

手すりの設置

  着替え台の設置

 道路の改良や公共施設の整備等のハード整備については、予算の範囲内で優先順位をつけて行っている。また、これらの整備を行うにあたっては、当事者の方々の意見を聴く場を設定し、行政の視点ではなく利用者の視点に立った改良を心掛けるようにしている。
 バリアフリー情報の発信としては、大分県が作成しているホームページ「大分バリアフリーマップ」で、県内の各施設のバリアフリーの状況を公開している。条例制定を契機に、別府市内の施設(公共施設、文化施設、病院、福祉施設、銀行、商店、レジャー施設など)を調査し、新たに145施設を同ホームページに追加掲載した。旅行者にとっては、事前にバリアフリー情報を入手できることは大きな安心を得ることができ、旅行先の選択においても優位にはたらくのではないだろうか。

 また、総合戦略に基づき、2016年度については、ホテル・旅館に対してバリアフリー化に対する補助制度『ホテル・旅館等のバリアフリールーム(客室)改修事業費補助金』(上限400万円)も予算化し、民間施設に対しても改修を支援しているところである。

(2) 市民活動団体(NPO)の取り組み
 ユニバーサルツーリズムについては、いくつかの市民活動団体で取り組みが行われているが、今回「NPO法人自立支援センターおおいた」の活動を紹介する。
 同団体は、2002年にNPO法人として認証され、障がいのある当事者が中心となって設立された団体である。障がい者や健常者など、誰もが共に生きる共生社会の実現を目的に活動し、設立当初より、別府市内外の道路や飲食店、公共施設等のバリアフリー調査を実施し、ホームページで公開する等当事者が主体となる団体として積極的な活動を行い、様々なまちづくり活動にも関わってきた団体である。
 現在の活動として、大きくは次の4つの事業を行っている。
① 障がい者の自立支援(ピアカウンセリング、ユニバーサル・バリアフリーコンサルタント、おもてなしヘルプメイト研修 など)
② 訪問介護事業
③ バリアフリー・ユニバーサルデザイン飲食店事業
④ 別府・大分バリアフリー観光センター事業
 ユニバーサルツーリズムを考える上で注目するのが「別府・大分バリアフリー観光センター事業」である。
 今回、別府・大分バリアフリー観光センターの代表責任者であり、自らも下肢障がいがあり車いす使用者である若杉竜也氏に話を伺った。自立支援センターおおいたは、設立以降、十数年にわたり福祉相談を行っているが、この中で「旅行に行きたくても、旅先でのバリアに関する情報の少なさからあきらめてしまう」という障がい者の声があったことから、高齢者や障がい者の受入体制を強化し、ユニバーサルツーリズムの促進による集客力アップとノーマライゼーション社会の構築を目標に、2014年4月に「別府・大分バリアフリー観光センター」を立ち上げた。立ち上げにあたっては、観光庁の委託事業である「ユニバーサルツーリズム促進事業」に選定され、バリアフリー観光セミナーの開催、人材育成のための調査員研修等を行い、観光関係者の意識付けや連携の強化、また、先進事例である「伊勢志摩バリアツアーセンター」の視察・業務研修等を行っている。
 2015年度の相談業務については、高齢者、障がい者を中心に入浴、観光、福祉用具に関する問い合わせが多く、温泉に入りたいという方については、入浴可能なホテルの紹介や、入浴の介助、外出の支援、車いすの手配等を行っている。
 若杉氏によれば、今後の活動として、観光行政や観光事業者との連携を更に進めていくことや、現時点では、NPO法人のボランティア的な事業となっているセンターの自立運営のための収益事業の充実等が課題であり、旅行業等への参入も視野にバリアフリーツアーの提案等も検討していきたいとのことである。
 また、障がい者や高齢者は単身で旅行をするということはほとんどなく、介助者も含め4~5人で動くケースが多く、そのような方々に別府のファン、リピーターになっていただくことで、観光客の新たなパイとしても重要な要素になるのではないかということであった。
 

別府・大分バリアフリー観光センター

  バリアフリー調査


4. 考 察

(1) 障がい等に対する理解の促進
 これまで、行政やNPOの取り組みについて紹介してきたが、個別の観光施設、旅館・ホテル飲食店でも車いすの貸出、スロープや多目的トイレの設置等、バリアフリー化への取り組みは行われている。しかしながら、まだまだ十分とは言えない状況である。
 全ての施設や設備をユニバーサルデザイン、バリアフリー化することは非常に時間と予算がかかることである。ともに生きる条例においても、合理的配慮については、過重な負担となるものまで求めているものではないが、それぞれの立場・状況でできる範囲で取り組んでいく必要がある。また、ハード面での整備が難しくても、ソフト面での合理的配慮を行うことで解決できるものも多い。
 そのためには、まず、市民や観光事業者等が支援の必要な方々についての理解を深めることが必要である。施設の整備はすぐにはできないかもしれないが、ちょっとした心づかい、配慮でクリアできることも多い。「行けるところよりも、行きたいところへ」というキャッチフレーズをNPO法人が使っているが、まさにこのためにはハードよりもハートが重要である。

(2) ユニバーサルツーリズム推進への意識醸成と連携の強化
 ユニバーサルツーリズムを進めていくためには、各関係機関の意識を高めていく必要がある。現在はNPO法人が先行して「バリアフリー観光センター」を設置し、案内や支援等を行っているが、一団体の活動では、広報や支援には限界がある。今後は行政や観光関係団体が更に関わりを持つ中でサポートしていく必要があるのではないだろうか。
 バリアフリー観光センターと同じような事例で、外国人観光客案内所の例がある。現在では、国を挙げて外国人観光客の誘致(インバウンド)に力を入れており、別府市にも年間約33万6千人(2014年)もの外国人観光客が訪れている。しかし、今から約30年前、「インバウンド」という言葉もなかった時代にも、国際観光都市である別府市には少なからず外国人観光客が訪れていた。その時代に、市民有志で外国人への道案内等を行おうという人たちが別府SGGクラブを設立し、1986年に「外国人観光客SOS案内所」を廃校になった小学校の一角に設置し、自主運営を行っていた。
 その後、インバウンドへの取り組みが加速されてきた2006年に別府駅及び商店街内に行政や観光協会と別府SGGクラブが連携して「外国人観光客案内所」が設置され、インバウンドが観光の主要事業の一つとなった現在では、3ヶ所ある案内所で年間約7万8千人(2015年)もの外国人観光客の案内を行い、別府観光にはなくてはならない存在になっている。
 今後、ユニバーサルツーリズムの効果検証等が行われ、また世の中の流れが高齢化社会へ更に進む中で、ユニバーサルツーリズムの重要性が認識されると共に「バリアフリー観光センター」の存在意義・必要性も高まってくると思われる。その流れは、観光庁においてもユニバーサルツーリズムを重要な観光政策の一つとして掲げ、取り組みがはじまっていることから、そう遠くない時期にその機運は加速度的に高まるのではないかと思う。
 その際に、別府市や市民活動団体、観光関連事業者等のこれまでの取り組みやノウハウが有機的に結びつくよう、現在は下地を作っている時期であると考えたい。

(3) 情報発信
 既に各セクションで実施している取り組みについて、どのように周知・活用していくかが課題である。「別府・大分バリアフリー観光センター」の存在を別府に訪れようとする旅行者のみならず、観光関係団体、観光・商業事業者がどの程度認識しているか疑問である。また、市民についても認識が薄いと思われる。
 バリアフリー情報についても、ホームページ上では詳しく公開しているものの、ホームページの存在をより多くの旅行者、市民に知っていただき、活用されないと意味がない。情報を伝えることで不安感を払拭することができる。
 別府の町は戦災を受けておらず、古い町並み、細い路地が多く残されており、決してバリアフリーな環境が整っているとは言えないが、そのような中でも福祉都市としての面を強化し、ハード的に整っていない中でもどのように観光客を受け入れ、どのような配慮ができるのかを内外に発信していく必要がある。それらの情報を旅行エージェント等に対しても整理・発信することで、バリアフリーツアーの開発も可能となってくるのではないだろうか。


5. おわりに

 2016年4月14日に発生した熊本地震、続いて16日に発生した大分県を震源とする地震により、九州観光は大きな影響を受けた。別府観光においても、人的、物的被害は比較的少なかったものの風評被害を受け、一時期は観光客の入り込みが落ち込んだ。しかしながら8月現在、全国の多くの自治体からの支援、国の復興支援策、地元関係者の復興に向けた取り組みが功を奏し、ようやく例年並みに回復してきているところである。今は観光復興への取り組みで精一杯の状況ではあるが、一日も早く震災前の状態に戻し、総合戦略及び後期基本計画に基づく観光振興策、ユニバーサルツーリズムへの取り組みを推進していくことが重要である。
 ユニバーサルツーリズムの推進においては、観光関係者だけが進めていけばよいというものではなく、日常生活を送る我々別府市民が、障がいのある方、高齢者等の要支援者に対する理解を深めること、それらの方々が健常者と同じように生活できるようなまちづくりを進めていくことが大切である。これらの取り組みは、旅行者のみならず、別府市で暮らす子育て世代、高齢者、障がい者などが暮らしやすいまちづくりへとつながっていくものである。
 日本を代表する温泉観光都市であり、共生社会の実現をめざす自治体として、国や他都市の一歩先を行く別府でありたい。