【要請レポート】

第36回宮城自治研集会
第7分科会 若者力は無限大∞ ~若者と創り出すまちづくり~

 近年、日本全体の問題として、少子高齢化が取り沙汰される機会が増えている。このことは、自治体職員にとっても決して他人事ではない。人口減少の問題はもちろん、自治体そのものに若い力である新入職員が入って来ない。そんな状況の中で、私たち自治体職員が地域のために出来ることを、地域の若者たちと一緒に取り組んでいくまちづくりの一歩目の踏み出し方についてヒントを探った。



「守備型まちづくり」から「攻撃型まちづくり」へ
~空振り覚悟で取り組もう~

山口県本部/岩国市職員組合

1. はじめに

 昨年10月、福井県鯖江市で開催された「UNDER35 ゆるプロ」なるものに参加をさせていただく機会があった。「UNDER35」とは、自治研の関連企画として、若手メンバーを中心に何かに取り組んでみようと生まれた若者による試みだ。そして「ゆるプロ」とは、"ゆるいプロジェクト"の略。鯖江市で取り組まれている、まちづくりに興味のなさそうな「ゆるい市民(JK=女子高生)」をあえてプロジェクトの中心に据えた「鯖江市役所JK課」をインターンする事により、市民協働によるまちづくりの可能性を模索しようというものだ。
 そこで講演会の講師をされた、JK課のプロデューサーでもある慶応義塾大学大学院特任助教の若新雄純さんの講演内容に衝撃を受けた。講演会の演題は「ゆるい公務員~わからないと言えるか~」。まず、"ゆるい公務員"という主題だが、率直な感想で言えば、そんな公務員は許されない。さらにサブタイトルの"わからないと言えるか"。私たち地方自治体の職員は、幸か不幸か危機回避能力には長けている。市民に何か難しい事を尋ねられた場合、決して分からないとは言わない。ましてや、白か黒かハッキリとは言わず、ぼんやりとグレーな答えを導き出す。これは市民から"公務員なのにそんな事も分からないのか?"と叱られる危機を回避しようとする能力が無意識に働いているからである。答えが見つからなくても、なんとなくそれらしい答えを見つける。そんな能力だけは年々向上しているように思える。若新さんの講演は、そんな私の考えを根底から覆す内容だった。
 「UNDER35」への参加を通じて、今後のまちづくりへのヒントを探ってみた。


2. なぜ女子高生なのか

(1) 福井県鯖江市の取り組み
 「鯖江市役所JK課」は、2014年に実験的な市民協働推進プロジェクトとしてスタートした企画である。メンバーは全て鯖江市に在住、もしくは鯖江市内の高校に通う現役の女子高生。プロジェクトの中心・主役は女子高生であり、市役所の職員や地域の大人たちは、あくまで裏方のサポーター。正規の行政組織ではないため、定額の給与や報酬の支払いはない。これまで、アプリの開発やスイーツ商品の企画、市民協働会議への参画など、たくさんの実績を積み上げている。そしてなによりも大きいのは、その活動が1年間で60件以上の新聞・雑誌・テレビ等メディアに取り上げられた宣伝効果である。

(2) 逆転の発想
 鯖江市でのJK課プロジェクトの一番のキモは、今までどこの自治体も考え付かなかった"女子高生"を主役に据えたこと。一般的に自治体がまちづくりを検討する場合、その検討メンバーに地域の地名士やある程度の役職のある人材を選ぶだろう。例えば、自治会長や学校長等々。過去にそのようなまちづくりプロジェクトはいくつも見てきた。しかし、その結果といえば……。しかも、そこには結構な額の公費がつぎ込まれていたりする。それに対してJK課プロジェクトは、あえて市民の中でも一番まちづくりに興味のなさそうな女子高生をメンバーに選び、公的な予算の措置はなにひとつしていない。それでも前段で述べたような実績をあげている。そこにあるのは何なのか? 逆転の発想である。
 プロデューサーの若新さんのお話によると、2014年にプロジェクトを立ち上げた当初、集まった初代JK課の女子高生はいかにも今どきの女子高生だったという。特に成績優秀な子を集めたわけでもなく、どこにでもいるような普通の女子高生たち。若新さんでさえ、先がどうなるのかは全く予想出来なかったという。ただひとつ、市の担当者にお願いをしたという。「彼女たちが何かを聞いてきても、自分や市の考え方を教えないで欲しい」というものだ。そこにはどんな狙いがあるのか?

(3) 教えないという教え方
 そこにあったのは、"教えないという教え方"という理論。聞いただけではよく分からないが、つまりは答えを導くのではなく「一緒に考える」ということ。私たち自治体職員は、どうしても自分たちのやり易い・都合がいい方向に答えを誘導する傾向があり、その能力には長けている。そのなかにあって、このJK課プロジェクトは答えの誘導は一切せず、女子高生たちが日常の生活のなかで感じている事を、女子高生自身の言葉で、大人の顔色を気にすることなく発言してもらう。そのなかから、まちづくりに使えるヒントを裏方である自治体職員や地域の大人が拾い上げる。
 JK課プロジェクトはいろいろな意味でぶっ飛んでいる。私が参加した「ゆるプロ」でも、初代JK課の女子高生たちがやってきたのだが、最初に行った事は耳を作る事 メイドのような猫型の耳を作って、参加者みんなでそれを頭に付けるというのだ。会場は中年のオッサンから女子高生まで全員自分で製作した耳を付け、一種異様な雰囲気が漂っていた。女子高生いわく、年齢性別関係なく耳を付けることでいろいろな壁が無くなるでしょ? とのこと。最初のうちこそ恥ずかしさもあったが、途中からはさほど気にならなくなっている自分に少し驚いた。それどころか、最後に耳を外すときには少し寂しさすら感じたくらいだ。
 実はこれも彼女たちの狙い。それは、"大人側に変化を起こす"というもの。今思い返してみると、私もすっかり女子高生たちの領域に引きずり込まれていた。ここにこそ、あえて女子高生をこのプロジェクトの主役に据えた意味がある。おそらく、女子高生であれば、周りの大人たちに臆することなく、いい意味で対等に自由な意見を出してくれる事をプロデューサーの若新さんは予測していたのだろう。


3. まちづくりの原点

(1) どこのまちでも出来るのか?
 UNDER35への参加で刺激を受け、意気揚々と地元単組に凱旋し、早速同様の取り組みを と考えたのだが、そこでひとつの疑問が生じた。果たして同じ取り組みが自分のまちでも出来るのか? UNDER35で、地元の鯖江市長が講演をされたのだが、その際、このプロジェクトに賭けた熱い思いを話された。少なからず、市の予算も投入されている以上、議会で予算の審議もされる。結果が不透明な事業に対して、議会の反応は当然のように良くはない。地方自治体は、費用対効果というものをやたらと気にする傾向がある。もちろん、公的なお金を投入する以上、それを度返視することが出来ないことは重々承知しているが、そこにばかり気を取られると新たなものは生まれない。過去に何度もやって来たようなまちづくりとたいして変わらぬ結果になることはなんとなく分かっている。それが、どこの地方自治体でもやって来た似たり寄ったりのまちづくりの結果ではないだろうか。鯖江市には、そんな状況を打開するための、市としての熱い思いと首長による強力なバックアップがあったという環境が揃っていた。果たして自分のまちでも同じような取り組みが出来るのか?

(2) 出来るのか? ではなくとりあえずやってみる
 結論として、土地風土や市としての方向性などいろいろな環境を考えると、鯖江市と同じ取り組みをすることはかなり難しいと思われる。ただ、そのまま「うちのまちでは無理だよね」の一言で片付けてしまえば簡単だが、それではUNDER35に参加した意味も無く、今までと同じ結果になる。そこで"出来るのか?"ではなく"とりあえずやってみる"。この"とりあえず"が「ゆるプロ」の"ゆるい"の部分。結果は分からないが、"とりあえず"やってみることこそが実は非常に重要なことなのではないか。結果は後から付いて来るものであり、結果が見えていること、結果を導くことは革変的な成果をもたらさない。失敗を恐れては新しいことは作れない。考えてみれば、ごくごく普通で当たり前のことだが、公務員という立場にいると、この普通で当たり前のことが分からなくなっている。いや、分かっていても新しい何かを生み出すことを避け、なんとなくぼんやりと上手に渡っていこうとしているのかもしれない。
 まちづくりの原点とはどこにあるのか? まちづくりには大きく分けてふたつの柱があると考える。ひとつは、地域で過去から脈々と受け継がれてきたことを、地域の宝として未来永劫守り続けること。そしてもうひとつは、今までなかった風を入れ、新たな地域の宝を作っていくこと。分かり易く言うならば、前者は守備で後者は攻撃。守備はどこの自治体でも取り組んでいるだろう。しかし、攻撃に関してはどうだろう。攻撃するふりをして、確実性を求める送りバントばかりしているのではないか? 確実性を求めて送りバントばかりしても、失敗して三振にもフライにもなる。下手をするとダブルプレーになることだってある。そんな"送りバント失敗"の場面を過去に何度も目にした記憶がある。確実性を求める送りバントは攻撃ではなく、どちらかと言えば守備なのかもしれない。

(3) 思い切りバットを振ってみよう
 前段で述べたとおり、地方自治体はバントは得意だが、思い切りバットを振ることには躊躇を覚えることが多い気がする。思い切りバットを振るということは、もちろん空振りをするリスクを背負っている。しかし、リスクを背負わずして、革新的なまちづくりは行えないのではないか? 1球目を空振りしても2球目でバットに当てればいいのではないか? 三振しても次の打席でヒットを打てばいいのではないか? そう考えた時、少し気が楽になれた気がする。三振した経験があるからこそ、ヒットが打てる、失敗したからこそ、成功のヒントが見つかることもあるのではないだろうか。ここでひとつ言っておかなければならないのは、私は決して送りバントを否定している訳ではない。公金を投入して予算を使う以上、当然、地方自治体は目に見える結果を求められる。ただ、そこばかりを気にすると、似たり寄ったりのまちづくりしか出来ない。新しいものを造り出すには、それなりのリスクを背負う覚悟をしなければならないのだ。
 その点から言えば、鯖江市の取り組みは他市に例を見ない非常に革新的な取り組みであり、成功事例といえるだろう。


4. まとめ

 まちづくりへの取り組みについては、前段で縷々記述したが、最終的には必ず成功するという方法はない。変化を求めないのであれば、保守的に守備を固めればそれなりの結果は残せるだろうが、それでは今までと変り映えのしない"実績づくりのまちづくり"になるだろう。
 鯖江市のように他にないようなまちづくりをするには、空振り覚悟で打席に立たなければならない。そして、空振りをしたらなら「何故空振りをしたのか?」をしっかりと検証し、次の打席に備えなければいけない。そうすることで、これまで多くの自治体が繰り返して来た"守備型まちづくり"からの"攻撃型まちづくり"への変革が生まれるのではないだろうか。
 まちづくりには何が有効なのかは分からない。その地域にあった"何か"が、必ずあるはずだ。その"何か"を見つけるまで、思い切りバットを振って攻撃することこそが新しいモノを生むと信じ打席に向おう。