【自主レポート】

第36回宮城自治研集会
第8分科会 地域の子育て力が豊かな地域社会をつくる ~未来へつなぐ、子育て~

宇治市学童保育の現状及び組合活動報告


京都府本部/宇治市学童保育指導員労働組合・委員長 矢田 智子

宇治市学童保育の概要

◎1967年より山間部を除く20小学校の空教室、または専用施設にて運営
 2階建て専用施設は2校
 単数学級は6校        定員  40人  50人  60人  70人 
 複数学級は14校 2クラス運営 定員  80人  90人 100人 110人 120人
         3クラス運営 定員 150人
         4クラス運営 定員 190人 200人
◎非常勤嘱託職員(地方公務員法 3-3-3)一年雇用

  2016年4月1日 指導員数 88人 ※現場は非常勤嘱託職員だけで運営
     5月1日      91人 ※2001年4月から適用の指導員定数基準表に基づく配置(50人に対し2人)

◎臨時職員(アルバイト)配置あり 人数加配 障害児加配


子ども子育て新制度による宇治市の動向

◎2015年4月
・5・6年生受入れを決定(以前は特支在籍児童のみ5・6年生受入れ)
・国の基準となる40人定員 改定4学級のみ
・入級申請者数(4日間受付)1,985人 うち5・6年生98人入級
 「4日間入級申請者 受付期間内の申請者は全員受け入れる」という例年通りの方針により諸条件を整えることでやむなく受け入れ 20学級中10学級定員オーバー
うち4学級に至っては遥かに上回る入級(38人~49人オーバー)
・5月 待機児童受け入れ実施
◎2016年4月
・入級申請者数(4日間受付)2,056人 過去最高更新 うち5・6年生129人入級
・施設・整備の改善
 専用施設建て替え 2015年11月 2016年2月 2016年5月 
 3校完成 うち2校は定員120人を大幅に超えての受け入れ
 施設拡充 2016年3月 2校
 専用施設整備拡充 2016年3月 1校
・20学級中8学級 定員オーバー うち3学級に至っては遥かに上回る入級
 (39人~49人オーバー)
・6月待機児童受け入れ検討中
※新制度施行に期待をもっていたが量的拡大のみにとどまっており、現場は益々過酷になっている。人材不足の上に離職者も多くベテラン指導員に重責かかる。
※今年度も定員に見合わない指導員体制で協力していく決断をしたが欠員が慢性化し、日々の学級運営に大きな支障をきたしている厳しい状況。


今後にむけて

・新制度2年目 課題や問題点等の解決にむけて引き続き当局と協議を重ねていく。
・放課後児童支援員認定資格研修について対象者全員が学級運営に支障をきたすことなく、スムーズに受けられるように又、研修内容の精査、充実をもとめていく。
・土曜日勤務試行では一定の成果とWLBにおいての評価を得る。今後も改善点を加え提案を続けていく。
・前年度5・6年生受入れについて人数のばらつきや運営等、各学級の状況が違った。宇治市としての受け入れ方を確立していけるよう当局と協議していく。
・他団体と連携・交流し、情報交換しながら社会全体に学童保育の実情を理解・把握してもらえるよう努めていく。
・当局に引き続き安定した人材の確保、「人財」育成できる環境整備、人員体制を求めていくと共に非常勤嘱託職員の域を遙かに越えた重責を担う業務に見合った処遇改善を粘り強く訴えていく。(短時間公務員制度も視野に入れて)
・組合として ―― 3年未満の指導員が全体の3分の1を占めている現在、仕組みや活動内容等の学習会の必要を痛感。実施を検討中。


労組運動

◎執行部 12人で構成
◎係活動 親睦・学習(労組内)・研修・プロジェクト(昨年度までWLB)
*ワークライフバランスに関する課題だけでなく、学童保育のあらゆる問題にタイムリーに取り組んでいくことを目的とした活動をするため名称を変更。
◎市職労傘下の労組だったが12年前(2004年)自治労に加盟。その後、様々な労働条件が改善、整備されていった。宇治市内で唯一の自治労加盟労組である。
◎労組交渉により かち得た主な処遇改善
・5段階の職階
 グループ主任・施設管理主任・施設管理副主任・指導員・指導員補(勤務経験1年未満)
・指定職務報酬 勤務年数3年超(3,000円)~25年超(25,000円)まで1年毎に 
・退職報酬の見直し 2016年3月 条例可決  35年ぶりの改正
 10年頭打ち(6.6ヶ月分)→ 20年へ(10.44ヶ月分)
 支給率は緩やかなカーブになったが経過措置もあり、皆が納得。2016年3月末、定年退職者(勤続33年9ヶ月)からの適用となる。組合、当局共に最優先課題と位置づけ取り組む。長年にわたる労使の信頼関係の構築や議員(現・民進党)と懇談を重ねたことにより理解・支援を受けたことが実現への大きな力となった。