【自主レポート】

第36回宮城自治研集会
第9分科会 QOD(Quality of Death)を迎えるために ~地域でできること~

 福島第一原子力発電所の事故により、多くの地域が避難を余儀なくされている、福島県浜通り地方。その最南端に位置するいわき市では、原発事故以降、多くの避難者を受け入れている。そのいわき市における地域医療の中核を担っているのが、現在改築工事が進められている市立総合磐城共立病院である。この共立病院を含めた、いわき市における地域医療の現状と課題について報告する。



いわきの地域医療における現状と課題


福島県本部/いわき市職員連合労働組合・書記長 野内 一昭

1. はじめに

 いわき市は、福島県の太平洋側「浜通り地方」の最南端に位置している。
 1966年:5市4町5村が対等合併して誕生
  *1964年、常磐炭田開発を有する常磐地区が「新産業都市建設推進法」に基づき「新産業都市」に指定された。また、1965年「市町村の合併の特例に関する法律」の制定により合併の機運が高まり、紆余曲折を経て「いわき市」が誕生した。
 1999年:人口がピークに(翌年から減少)
 1998年:中核市に指定
 2011年:東日本大震災及び福島第一原子力発電所事故
  *いわき市が公表している、2016年5月1日現在の人口は約34万8千人であるが、福島第一原子力発電所の事故の影響で、いわき市での避難生活を余儀なくされている市外住民が、2万人近くいる。
 また、医療施設に着目してみると、2015年9月現在の市内における一般診療所は236施設、病院は26施設、それぞれ存在している。
 特に、いわき市立総合磐城共立病院は、地域医療支援病院の承認を受け、福島県災害拠点病院としても位置付けられており、院内にある救命救急センターで救急医療も担い、地域周産期母子医療センターの指定も受けているなど、「地域医療の拠点」となっている。


2. いわき市の地域医療について

(1) 市内の現状
図1 人口10万人当たりの医師数(人)
区 分 2006年度 2008年度 2010年度 2012年度 2014年度
いわき市 167.9 165.2 160.4 162.1 172.1
福島県 176.1 183.2 182.6 178.7 188.8
全 国 206.3 212.9 219.0 226.5 233.6
いわき市地域医療対策室 提供

 図1のとおり、いわき市における「人口10万人あたりの医師数」は、県内平均を下回っている。図2図3ではその内訳を示しており、「診療所」勤務医の数は、県・全国平均を上回っている反面、「病院」勤務医の数が圧倒的に不足している現状である。
図2 人口10万人当たりの診療所医師数(人)
区 分 2006年度 2008年度 2010年度 2012年度 2014年度
いわき市 76.1 79.3 77.7 80.6 83.7
福島県 67.7 71.2 70.0 68.0 70.0
全 国 74.5 76.4 77.7 78.8 80.2

図3 人口10万人当たりの病院勤務医師数(人)
区 分 2006年度 2008年度 2010年度 2012年度 2014年度
いわき市 91.8 85.9 82.7 81.5 88.3
福島県 108.4 112.0 112.0 110.7 118.8
全 国 131.8 136.5 141.3 147.7 153.4
2表:いわき市地域医療対策室 提供

 原因として、さまざまな要因が考えられるが、特徴的なものを2点ほどあげる。それは、「新臨床研修制度の開始による医師の引き上げ」と、「救急患者やコンビニ受診の増加」である。それぞれの項目ごとに詳細を述べたい。
① 新医師臨床研修制度による医師不足
 本制度は、2004年4月から導入された。導入前までは、国家試験に合格した医師は、出身大学の医局に所属し、大学病院や医局が派遣する関連病院で診療しながら、専門家の医師としてスキルを磨いていくというのが一般的だった。しかし新制度の特徴である、「マッチング」という制度により、2年間、研修勤務が義務付けられ、研修を受ける医師が「自分の意思で研究を受けたい病院を選ぶことができる」ようになった結果、相当数の医師が、「症例数が多く、最新の医療設備が整い、著名な指導医が籍を置く」大都市の病院を希望し、研修終了後もそのまま勤務するケースが増えたため、大学病院における人材不足が顕著となった。
 そして、人員に余裕がなくなった大学病院が、地方病院から人員を引き上げざるを得なくなり、派遣に頼れなくなった地方病院は、慢性的な人材不足に陥っている。
 以上が「新医師臨床研修制度」の概要と問題点であるが、例外に漏れず、いわき市でも、医師不足の大きな一因となっている。
② 救急患者・コンビニ受診の増加
図4 救急出場件数、搬送人員(人)
区 分 2006年度 2008年度 2010年度 2012年度 2014年度
出場件数 12,142 13,305 13,223 13,790 13,289
搬送人員 10,932 11,968 11,966 12,397 11,940
いわき市地域医療対策室 提供

 図4は「救急出場件数、搬送人員」である。5年間の平均で、約13,000件出場しており、年間365日で割ると、1日35回以上出場していることになる。また、「コンビニ受診」も問題となっている。コンビニ受診には「3つの問題点」が存在する。1つ目は「症状」である。
図5 傷病程度別搬送人員(人)
区 分 2014年度 比 率
死 亡 183 1.5%
重 症 1,923 16.1%
中等症 4,785 40.1%
軽 症 5,043 42.2%
その他 6 0.1%
合 計 11,940 100.0%

 図5の「傷病程度別搬送人員」を見ると、4割が「軽傷」での搬送である。具体例をあげると、「手に血マメができた」、「子どもが転んで擦り剥いた」、「指を打撲した」などの理由で救急搬送されている。
 2つ目は「時間」である。
  ・医療機関を受診した際、「具合が悪くなったら、またいつでも受診してください」といわれ、あえて夜間休日といった「時間外」に受診する。
  ・各病院の受付終了時刻を無視し、閉院時間ギリギリに受診する。
といった事例もあるが、先述の「4割が、軽症でも救急搬送されている」実態でもわかるように、緊急性が低いにもかかわらず平日の日中だけではなく、夜間・休日も搬送されている。
 3つ目は、「自己都合な理由」である。
  ・診療時間外であるにもかかわらず、「勤務時間以外の早朝や夜間に診てほしい」
  ・救急搬送されて受診した結果、緊急性は低いと判断されたにもかかわらず、「心配だから精密検査をしてほしい」と要求。
  ・「救急車で行けば待たずに診てもらえる」と、タクシー代わりに受診。
 上記3つは具体例であるが、多くの場合「何故ダメなんだ」といったような、「高圧的」「クレーマー的」な言動を取るため、医療従事者のストレスとなっている。以上のようなケースが多発した結果、病院及び救急救命センター本来の業務に支障をきたし、診療業務の負担が増加した結果、勤務が病院を離れてしまう現状である。また、コンビニ受診は、「医師不足」とは違った弊害も及ぼしている。
図6 救急車の平均所要時間(人)
区 分 2012年度 2013年度 2014年度
覚知~現場 10分5秒 9分20秒 9分29秒
覚知~病院収容 42分29秒 43分45秒 45分34秒
差(現場~病院収容) 32分24秒 34分25秒 36分5秒

 図6は救急車が現場に到着してから、患者を病院へ収容するまでの「平均所要時間」である。
 これを見ると、3年間の平均で約34分もかかっている。これはあくまで「平均」であるため、もっと長い時間、受け入れ先が決まらず現場にとどまらざるを得ない患者も存在する。
 次では、そのいわき市の地域医療の中核を担うべき、市立総合磐城共立病院の現状について記載する。

(2) いわき市立総合磐城共立病院について
① 救急医療体制
図7 いわき市の救急医療体制
 図7は、いわき市の救急医療体制であるが、「救急車での搬送となる二次救急(市内14か所:中等症・重症)」と「三次救急(重症の中でも高度な措置・重篤な患者)」を、市立共立病院で担っている。特に三次救急を担う「救急救命センター」は、浜通り地方で唯一、救命専門医が24時間体制で診療している。
② 救急医療の現状
 先述のとおり、共立病院は二次及び三次救急を担っている性質上、救急患者の「最後の受け皿」でもあり、軽症でも断ることができず、最後の最後には受けざるを得ない現状である。また、休日・夜間は共立病院のような「大病院」に集中するうえ、先述した通り、「軽症患者」が全体の4割を占めるため、実質一次救急も担っている現状である。また、いわき独自の特殊な事情もある。
③ 原発事故による受診者(居住者)などの増加
 冒頭記述した通り、福島第一原子力発電所の事故により、2万人近い住民がいわき市で避難生活を余儀なくされているが、いわき市に住んでいる人数が増えた分、患者数も増加した反面、医師・病院数の増加はなく、医療従事者に大きな負担となっている。また、避難者を対象とする「医療費免除」や、福島第一原子力発電所事故による「汚染地区の除染業務」や「廃炉作業」などに従事する作業員の増加などが、患者数の増加に拍車をかけている。
④ 医師不足
 医師の全体数も不足しているが、特に産婦人科医が不足している。理由は、市内医師の高齢化もあるが、過去に起こった「医療事故」により患者から訴訟を起こされたことが、産婦人科医が福島県内で勤務することを敬遠してしまっているという一因もある。
 ○ 医療事故の概要
 2004年12月に双葉郡大熊町の福島県立大野病院で帝王切開手術を受けた産婦が死亡したことに対し、手術を執刀した同院産婦人科の医師1人が業務上過失致死と医師法違反の容疑で2006年2月18日に逮捕、翌月に起訴された。
 2008年8月、福島地方裁判所は、被告人の医師を無罪とする判決を言い渡し、検察側が控訴を断念したため確定した。医師は休職中であったが同病院に復職した。
 他にも、皮膚科、眼科、耳鼻科、麻酔科の医師も慢性的に不足のため、これらの分野の医師確保も急務である。
⑤ 医療現場で働く労働者の実態
 「人員不足」に加え、「民間病院より低い賃金水準」、「年次休暇などの権利も取得しにくい」、「超過勤務手当も全額支給されない」など、様々な問題が職場で起こっており、このような実態から、早期退職者も出ている現状である。また、新規採用について、募集定員に満たないため、毎年年度途中(3ヶ月に一度)の採用試験を行っているが、これも募集定員を満たしていない。
⑥ 新病院建設
 現在、2019年の開院をめざして、建設工事が進められている。施設の老朽化が建設の主な理由であり、経営自体は黒字である。
 本病院の基本理念は、「慈心妙手(慈しみ思いやる心で患者に接し、優れた医療技術で診察・治療を行う)」であり、新病院においても、「市民の健康と生命を守るため、安全で安心な医療を提供し、地域から信頼され、進歩し続ける病院を目指す」としている。一方、新病院が完成すれば、更なる患者数の増加も見込まれるため、先述の「救急搬送」や「職場実態」、「医師・職員不足」が改善されなければ、かえって医療サービスの質の低下を招くことも懸念される。


3. いわき市としての取り組み

 このような現状に対し、行政側でも取り組みを進めている。

(1) いわき地域医療セミナー

(2) 募集広告
 下図は、いわき市公式ホームページより抜粋したものであるが、このような内容のチラシを配布するなどして周知し、職員が直接説明に赴いたり、対象者へ旅費を支給するなど、創意工夫をしながら、医師の確保に努めている。

(3) 寄附講座
 寄附講座とは、「寄付金を財源に、期限付きの客員教員を招いて開かれる講座」であるが、いわき市立共立病院においても、福島県立医科大学に対して、現在、次の3つの寄附講座を設置することで、医師不足に対応している。
① 地域整形外科支援講座
② 地域産婦人科支援講座
③ 災害医療支援講座

(4) 地域医療協議会
 「いわき市地域医療協議会」は、「地域医療の諸課題を共有し解決するため、対策を調査研究・協議して、いわき市の政策と地域医療体制に反映させること」を目的に、「社団法人いわき市医師会」、「一般社団法人いわき市病院協議会」、そして「いわき市」の3者により、2006年に設立した。
 現在、市内の民間・公立病院への勤務を希望する医師に、市内26病院の案内、市勢や文化等を紹介する「ホスピタルガイドブック」を作成・配布するなど、地域医療の諸課題を改善するため活動している。


4. 地域医療を充実させていくために

(1) かかりつけ医を持つ
 図2および図3で示しているとおり、いわき市では、「病院勤務医」の数は、県・全国平均を大きく下回っているが、「診療所」の医師数は、県・全国平均を上回っている。
 「かかりつけ医」は救急救命医と違い、自分の病歴や「これまで処方した薬」や「アレルギーの有無」などを把握しており、それらを判断したうえで適切な治療を行うことができる。普段から、健康管理についても相談できる「かかりつけ医」をもつことで、コンビニ受診を減らすことができる。

(2) コンビニ受診をやめる
 福島県では、子どもが休日や夜間に突然発病した場合、「福島県こども救急電話相談(#8000)」や、「子どもの救急ガイド」など、救急車を呼ぶ前に「本当にそこまで必要な症状か」判断できるためのツールがある。そういったツールを、児童検診の会場や、講演会やセミナー、チラシ配布等、様々な機会を通じて周知することで、コンビニ受診を減らしていく。

(3) 職場の勤務労働条件の改善
 コンビニ受診を減らしても、「賃金・労働条件」が劣悪・低水準では、医師や医療従事者は他自治体に流出するか、独自に開業し大病院に勤務しなくなってしまう。良い医療サービスを提供するためにも、勤務・労働条件の整備は必要不可欠である。

(4) 政治・議会
 行政・各種団体の力ではどうしようもできない部分がある。政治・議会の場で問題を訴え改善していくため、組織内議員をはじめとした、各種議員や政党との連携が不可欠である。


5. 最後に

 「人口減少」、「少子高齢化」、「介護職員の不足」などは全国的な課題である。加えていわき市独自の課題として「避難者の受け入れと今後の帰還」もあるが、これらはすべて、すぐに解決できるものではない。
 また、救急患者の重症度に応じた受け入れ体制づくりも必要であるが、市民の意識を高める取り組みも併せて行っていく必要がある。
 医療・介護は限られた資源である。その資源を有効に活用するために、「日頃の健康管理」や「健診等の受診」、「救急車の適正利用」など、市民レベルで果たすべき役割も大きい。また、在宅や介護施設での訪問診療を充実させるため、医療・介護スタッフを増やすため、可能性ある人材への働きかけも必要である。
 「住み慣れた身近な地域で安心して生活したい」と思うのは、誰もが望む当然のことである。そのためにも、行政だけでなく地域・市民が連携して、地域医療・介護を守り育てていかなくてはならない。