【論文】

第36回宮城自治研集会
第9分科会 QOD(Quality of Death)を迎えるために ~地域でできること~

 2014年4月に厚生年金基金の解散・代行返上を促す改正年金法が施行されたことを踏まえ、その数はピークを迎えている。厚生年金基金は、長年、企業の大きな厚生年金の上乗せを目的とした福利厚生の柱として機能してきた。それを廃止することは、従業員にとって大きな不利益を被る可能性があり、労働組合として取るべき対応は何なのかを検証・提案する。



厚生年金基金の解散・代行返上による不利益事案の検証
―― 労働組合の果たす役割について ――

公益社団法人国際経済労働研究所 橋本 裕介

はじめに

 労動組合は、賃金その他の労働条件の維持・改善や雇用の保障などを使用者に対して団結して対抗するものである。いいかえれば、労働組合が機能しなければ容易にそれらが脅かされると言ってもいいだろう。我が国の労働組合は、労働基準法や労働災害などを始めとした労働法規関係のノウハウは上部団体の支援も充実しており、その体制はある程度整っている。しかし、労働者の退職金の根幹をなす各種企業年金、労働者が加入する厚生年金などの公的年金などの労働者の生活に直結する社会保障制度について知識は十分に担保されているだろうか。
 例えば、厚生年金基金の解散や新たに企業年金を導入する際、一定規模の労働組合がある場合はその同意や意見聴取が必須となっている。また、政府が推進する社会保障と税の一体改革により、年金や医療、介護、子育てに関する制度が消費税率の引き上げと並行して段階的に変わりつつあるなか、企業もそれに合わせた対応を迫られており、その対応や対応すべき事象への不作為が労働者の不利益変更へと繋がる可能性があり、実際に問題になっている。それには、労働組合が社会保障への知識をしっかりと蓄えることは、労働組合の本来的な役割であり労働者保護のための義務であるといえるだろうと考える。
 それらを踏まえたうえで、本論文では具体的に労働組合がどのような役割意識をもって、行動していくべきかの提案を行う。


1. 厚生年金基金が解散・代行返上が加速している背景

 2012年2月、厚生年金基金(注1)の年金資産の高利回り運用を謳うAIJ投資顧問(注2)による多額の年金資産消失問題が発覚したことを契機に、厚生年金基金財政の深刻化が露呈し社会問題化した。それにより、2014年4月1日に年金財政の健全化を図るべく、厚生年金基金の廃止(注3)を促す改正年金法(注4)が施行された。
 その改正年金法に盛り込まれた「特例解散制度」は、2011年8月から5年間(特例期間)に解散をした厚生年金基金は、以下の表1の恩恵がある。そのため、代行割れ(注5)した厚生年金基金を中心に解散が加速(注6)している。

(表1)

① 国への代行割れ相当額の分割納付期間を最長30年に延長
② 責任準備金の分割納付期間中にかかる利息を固定化(解散認可年度4月の10年国債応募者利回りで固定)
③ 返済期間中に他の事業所が経営破たんした場合の連帯債務を廃止

 厚生年金基金制度は、長年、企業の福利厚生の役割を担っており基金解散や代行返上後の新制度の在り方によっては、従業員及び退職者、そしてその家族にも不利益が生じる可能性がある。実際にそれが労使間の紛争に発展している事例もある。連合としてもNPO法人金融・年金問題教育普及ネットワーク(注7)を通して注意を促しているが、それが十分に労働組合に浸透しているとはいえない状況にある。
 なお、5年間の特例期間経過後に解散した基金は上表の恩恵は受けられず、原則、責任準備金は一括返還となり、多大な企業負担となりうることも解散・代行返上が加速する要因の一つとなっている。

(1) 厚生年金基金が行う業務内容と解散・代行返上後の対応
(図1)
厚生労働省HP参照
 一般的なサラリーマンの年金給付は、図1のように国が運営する「国民年金」及び「厚生年金」の2つの年金に同時加入している。そのうち厚生年金基金は、「代行部分」と呼ばれる部分の給付事務を国から委託を受けて支給しているほか、基金が任意で支給する「付加部分(注8)」及び会社の退職金に相当する「加算部分(注9)」の給付業務を行っている。
 なお厚生年金基金の解散とは、「代行部分」の業務を国に返還し、「付加部分」及び「加算部分」を別の企業年金制度に改編するか、積立金の原資を一時金として加入員に配分し制度そのものを消滅させるかの2者選択となる。なお、別の企業年金制度に改編するにあたっては、保険給付額を約束する「確定給付年金(DB)」や保険料額を約束する「確定拠出年金(DC)」制度、中小企業を対象とした「中退共」などが別の法律(注10)によって用意されており、導入企業には税制面で優遇措置がある。

(2) 代行返上後の代行部分に対する給付の問題点
 多くの厚生年金基金では、法律で定められた必須給付である「代行部分」を支給するにあたり、年金を減額すべき時に減額調整せず、国の基準を上回る給付額を「代行部分」に算入し、加入員に明示して給付しているケースがみられる。以下の表2に、国が支払う厚生年金が減額調整となる制度の事例を示す。なお、基金解散後は当然に国により以下の減額調整が適用されるので、加入員には十分な説明義務及び場合によっては補償が必要である。
 また、厚生年金基金の「付加部分」と「加算部分」はそもそも任意給付なので、「代行部分」とは明確に分けて考える必要がある。なぜなら、基金解散後の生活設計において「代行部分」相当額は、受給が国から保障された年金として加入員は期待しており、明確な「期待権」が発生しているためである。

(表2)

① 在職老齢年金との調整(一部が1965年開始、その後拡張)
 厚生年金は一定以上の収入があれば、その収入額に応じて減額する仕組みになっている。
 → 一部の厚生年金基金は減額せず支給している。
② 高年齢雇用継続給付との調整(1998年4月1日開始)
 60歳(定年)を超えて、定年再雇用や雇用延長により給与が下落した従業員にその下落率に応じて雇用保険法から給付金がでる制度。その雇用保険からの給付金の額により厚生年金が一定の割合で減額される。→ 一部の厚生年金基金は減額せず支給している。
③ 失業給付との調整(1998年4月1日開始)
 失業給付をもらっている月は、厚生年金は全額停止される。
 → 一部の厚生年金基金は全額停止せず支給している。
④ 障害年金、遺族年金との調整
 障害年金や遺族年金を受給していると原則、老齢による厚生年金は全額停止される。
 → 一部の厚生年金基金は全額停止せず支給している。


 次に、厚生年金基金が①~④の減額調整を行わずに年金給付を行ってきた理由として、複数の労働組合にヒアリングしたところ以下の表3のような事情が窺えた。

(表3)

1. 基金が創設された当時、各減額調整規定が厚生年金保険法に無かった。その後に各減額調整制度を導入するには基金規約を変更する必要があり、そのための代議員の同意が得られなかったため。
2. 各減額調整制度を導入するには、加入員やその家族、退職者の収入を毎月詳細かつ長期に捕捉する必要があり、事務が非常に煩雑になるため

 なかでも、表3にある2番目の「事務が非常に煩雑になるため」との意見は、年金額計算にあたり厚生年金保険法のほかに雇用保険法との兼ね合いが大きいと考えられる。年金額と給与との調整額、そして雇用保険からの給付との調整との捕捉は、相当な人員と手間、そしてそれらを算出するシステムが必要となり、年金額計算ミスへのリスク回避のためだともいえるだろう。

(3) 代行返上による年金給付額の検証
 次に、実際に以下の表4にある条件を用いて、代行返上前と代行返上後にどれだけの年金給付に差がでるのか検証した。結論から先に示すと1,278,000円もの収入額の差が出ることになった。ここでは、より実情を反映するために雇用保険からの高年齢雇用継続給付及び失業給付についても併せて試算することにする。まず、表4の条件にある年齢雇用継続給付額の算出及び失業給付の日額及び給付日数の根拠を示した後に、具体的な差額が生じる計算式を示すこととする。

(表4) 高卒入社(男性)1956年6月生まれ 勤続42年
厚生年金月額
(62歳支給開始)
60歳定年前年収 再雇用後賃金 高年齢
雇用継続給付
失業給付
(64歳6カ月にて
退職)
・月額10万円 ・月給46万円
(諸手当含む)
・年間賞与199万円
(年収)754万円
・基本給18万円
・諸手当3万円
・年間賞与36万円
60歳から
・月31,500円受給
・保険日額4,550円
・給付日数150日
・給付制限なし
※ 代行部分以外の国から支払われる厚生年金(再評価・スライド額)は一律1万円とする。
※ 60歳にて定年再雇用として64歳6カ月にて退職。
※配偶者加給年金は考慮せず。

① 高年齢雇用継続給付額の算出
 60歳(定年)を超えて、定年再雇用や雇用延長により給与が下落した従業員にその低下率に応じて雇用保険法から給付金が支給される制度で、その給付金の額により厚生年金が一定の割合で減額される(注11)

(図2) 【低下率の計算式】


 表4の条件では、基本給が46万円とあるので、図2の計算式の「賃金月額」に当てはまる値は、上限額(注12)である447,300円を超えるため447,300円とみなして低下率を計算する。
 また、「支給対象月に支払われた賃金額」とは、60歳到達以降のその月ごとの賃金(賞与を含めていない)である(注13)。※高年齢雇用継続給付は60歳到達以降、毎月、低下率を計算し給付額を決定する。
 よって、図2をもとに数値を代入すると以下の式になり、その低下率は、47%となる。

 210,000円(基本給18万+3万)÷447,300円×100≒47%(低下率)


 算出した低下率の値(ここでいう47%)を以下の表5の条件に当てはめて、高年齢雇用継続給付額を算出する。

(表5)

① 低下率が75%以上の時……支給なし
② 低下率が61%以上75%未満の時……現在の給料の15%~0%を支給。次の計算式を用いる。

③ 低下率が61%未満の時……現在の給料のおおよそ15%支給


 ここでは、低下率は47%なので表5の③に該当し、高年齢雇用継続給付の月額は以下の計算式となり31,500円となる。

給与21万円(基本給18万円+諸手当3万円)×15%≒31,500円(月額)


② 失業給付の保険日額と給付日数の算出
 失業給付の1日当たりの給付額を示す保険日額の算出方法は、まず、以下の式を用いて賃金日額という値を算出した後、表6の条件に照らし併せて算出する。

 賃金日額=退職前の6カ月間の給与「126万円」(21万円×6カ月)÷180=7,000

(表6)

①=((-7×賃金日額×賃金日額)+(126,600× 賃金日額))÷118,000
②=(0.05×賃金日額(7,000円))+4,200=4,550円
 ※①及び②で算出した値の低いほうを選択


 よって②の値のほうが低くなるので保険日額4,550円となる。
 給付日数の算出は、雇用保険の被保険者であった期間により決定される。
 ここでは、表4に勤続42年とあるため以下の表7に当てはめると給付日数は150日となる。

(表7)

日本年金機構HP参照


③ 「代行返上前」及び「代行返上後」の年金・失業給付等による収入の差額の検証
 まず、表2で示した厚生年金基金に加入していない被保険者が対象となる「在職老齢年金との調整」「高年齢雇用継続給付との調整」「失業給付との調整」が行われないと仮定し計算する(計算式①参照)。表4をもとに年金及び失業給付等の収入を算出すると、年金支給が開始される62歳到達から退職後失業給付をもらい終わるまでの収入は、11,977,500円となる。

【計算式①】

<給与>
(基本給18万円+諸手当3万円)×12+年間賞与36万円=①2,880,000円(年額)
<年金>
本来年金10万円(月額)-国から支払われる年金額1万円(月額)=9万円(月額)
9万円(月額)×12カ月=②1,080,000円(年額)
<高年齢雇用継続給付>
31,500円(月額)×12カ月378,000円(年額)
<年間総収入額>
①+②+③4,338,000円

<62歳から64歳6カ月(退職)までの総収入>
4,338,000円×2.5年=④10,845,000円

<失業給付総額>
4,550円×150日(5カ月)=⑤682,500

<退職後5カ月(150日)間の収入>
682,500円+450,000円(年金9万円(月額)×5カ月)=⑥1,132,500円

 ④+⑥11,977,500円

 次に、同じ条件で「在職老齢年金との調整」「高年齢雇用継続給付との調整」「失業給付との調整」が行われたと仮定した場合の収入を表4をもとに以下のように算出する(計算式②参照)。年金支給が開始される62歳到達から退職後失業給付をもらい終わるまでの収入は10,699,500円となる。

【計算式②】

<給与>
(基本給18万円+諸手当3万円)×12+年間賞与36万円=①2,880,000円(年額)
<年金>
本来年金10万円(月額)-在職老齢年金25,000円(月額)(注14)-高年齢雇用継続給付との調整12,600円(月額) (注15)=61,300円(月額)×12カ月=②748,800円(年額)
<高年齢雇用継続給付>
31,500円(月額)×12カ月378,000円(年額)
<年間総収入額>
①+②+③4,006,800円

<62歳から64歳6カ月までの総収入>
4,025,600円×2.5年10,017,000円

<失業給付総額>

4,550円×150日(5カ月)=⑤682,500円
退職後5カ月(150日)間の収入は682,500円となる。

④+⑤10,699,500円


 よって、計算式①計算式②の差額は、以下のとおりになり、実質的に厚生年金基金が代行返上することにより、従業員にとって大きな負担となることがわかる。

 11,977,500円-10,699,500=1,278,000円


2. 厚生年金基金解散・代行返上手続きにおける労働組合の役割

 まず、厚生年金基金が解散・代行返上の認可を行政(厚生労働大臣)から得るためには、以下の要件が必要となる。
 ユニオン・ショップ制を採用している事業所には、基金解散による労働組合の同意は必須になる。そこで、解散する厚生年金基金及び使用者側が労働組合に基金解散による不利益を十分に説明しており、そのコンセンサスが得られているかがポイントとなってくる。

① 事業主の2/3以上の同意(総合型、連合型の場合)
② 全加入員の2/3以上の同意
③ 労働組合の同意
※ 設立事業所に使用される加入員の1/3以上で組織する労働組合がある場合は、全加入員の2/3以上の同意のほかに当該労働組合の同意が必要。

 労働組合は、基金解散のゲートキーパーであり、十分に不利益を理解せぬまま解散に同意すれば、組合員の組合関与が低下する要因となりうる。そのためには、公的年金諸法令の理解が必須である。そうでなければ、使用者側や基金の一方的な都合のいい説明を聞くだけで、問題点を指摘できずにあやふやなまま同意書に同意することに繋がるだろう。
 厚生年金基金解散・代行返上が実施されるにあたり労働組合の同意が必要になるが、その同意前に行われる労使交渉の際に押さえておきたいポイントを、「代行部分」の給付に着目して以下に整理した。

(1) 厚生年金基金給付の位置付けが、就業規則等における「内枠規定(注16)」か「外枠規定(注17)」かを確認する。

【内枠規定の場合】
厚生年金基金解散の同意とは別に、労働条件の不利益変更として会社側に補償を求める強い根拠となる。
基金が解散してしまっても補償について労使交渉の余地がある。

【外枠規定の場合】
基金解散のための労働組合の同意をすることにより、会社側との交渉根拠がなくなる。
基金解散手続き時の労働組合の同意の重要性が高い。

(2) 実際の不利益額を会社側に提示させ、その結果を組合員に周知させる。
 組合員にありのままの不利益額を周知させその反応によっては、会社側に不利益額を補てんする新たな退職金制度構築や賃金水準のアップ等を要求する。
(例)遺族年金利益喪失分は、民間の生命保険の加入、障害年金の利益喪失分は民間の傷害保険に従業員を加入させるなど退職時の年金とは別枠の補償が必要となる場合もある。

(3) 労使間交渉において、厚生年金基金解散後の代替え案を労組から提示する。
 基金解散・代行返上後の代替え案は、労働条件の不利益変更に該当する可能性があるとして、企業側から提案がある可能性が高いが、今まで述べてきた代行部分に対する給付の不利益についての補填に関しては、過去に厚生年金基金の解散・代行返上を実施した企業側の説明資料を見ても、国の制度に準ずるなどの文言があるのみで、詳しく触れられているとはいえない。
 しかし、これまで述べてきたように、組合員にとっては100万円以上の不利益を被ることもありえる多大な収入損失である。労働組合としての主な代替え案の要求としては以下の項目が考えられる。

① 在職老齢年金及び高年齢雇用継続給付との調整
 →年金減額分のベア要求、賞与の上乗せなど給与水準の向上
 →福利厚生制度(カフェテリアプランなど)による手当制度の創設要求
② 失業保険との調整
 →養老保険(生命保険)の加入(保険料補助)による退職後収入の補填要求
 →再雇用後の労働契約更新条件の緩和
③ 障害年金、遺族年金との調整
 →生命保険の保険料補助
 →障害者や寡婦への支援制度の創設要求(時短勤務、託児所設立など)


 しかし、これらの代替え案を設計、提示するには、先にも述べたように公的年金制度や雇用保険制度等の詳細な知識が必要となる。多くの労働組合では十分な代替え案が提示できずに、厚生年金基金の解散や代行返上手続きが進んでいるのが現状である。


3. おわりに

 本論文では、厚生年金基金の解散・代行返上事案を取り上げ、その際に労働者が被る不利益事例とそれに対抗するための労働組合の果たす役割を述べてきた。しかし、これは、今後の社会保障改革の流れからみるとほんの一部事象にすぎないと言わざるを得ない。詳しくは他の機会で論じることとしたいが、少し一例を紹介すると、直近では本年2016年10月1日より従業員501人以上の企業で週20時間以上働く短時間労働者に適用が拡大される。具体的には、以下の要件を満たす従業員が対象になる。

① 週の所定労働時間が20時間以上(注18)
② 雇用期間が1年以上見込まれる(注19)
③ 賃金の月額が8.8万円以上(注20)
④ 学生でない(注21)


 政府は、適用拡大により将来もらえる年金が増えるとメリットを強調しているが、労働組合としては、それにともなう負の部分の検証が必要である。社会保険の適用拡大は、会社側の社会保険料の負担増加を招くことになる。それを回避するために労働時間の削減を予定している企業も少なからず存在する。これは、実質的な賃下げなどに繋がるといってもいいだろう。
 今後はさらに、少子高齢化の進展に伴った社会保障と税の一体改革の一環として、年金、医療、育児などに関わる様々な社会保障制度改革が予定されている。そのため、企業はその対応に追われることになる。しかし、それにより労働者の雇用環境や老後の保障が脅かされてはならない。そのためには、労働組合が、新たな制度をしっかりと見極めるための見識が必要になってくるのだが、実際のところ、いざ制度変更のための労使交渉をするにあたって、難解な年金・医療など様々な制度が絡み合うしくみを一朝一夕に理解するのは至難の業ともいえる。
 それを補完する案として、例えば、地域で展開する年金委員の活用はどうだろうか。年金委員は、厚生労働大臣からの委嘱を受けて、政府が管掌する年金事業について、会社や地域において啓発、相談、助言などの活動を行う民間協力員である。年金委員には、会社内で活動する職域型と地域で活動する地域型に分類(注22)される。そして、委員としての報酬はなく奉仕的活動を行っている。特に地域型年金委員は、長く社会保険業務に従事した元公務員等や社会保険労務士が委嘱され、地域の自治会などの団体から依頼があればセミナーや相談活動を行い年金制度の周知、啓発を担っている。もちろん労働組合で行われる各種勉強会などでの活動事例もあり、これから待ち受けている社会保障制度改革を迎えるにあたってその存在が注目されつつある。特に、時間、人員そして予算も限られる中小の労働組合には、その活用効果は大きいのではないだろうか。
 最後に、今まで述べてきたとおり、労働組合が社会保障制度への知識をしっかりと蓄えることは、労働者の生活を守るための基礎であり、今後のさらなる労働組合の積極的な社会保障制度への関心の向上とその取り組みを期待したい。




(注1) 厚生年金基金は以下の3タイプに分類される。なお、2014年4月1日以降、厚生年金基金の新規設立は認められていない。
【単独型】主に大企業が単独で設立するタイプ
【連合型】主たる企業のほかその子会社や関連会社などで設立するタイプ
【総合型】業界団体や業界健康保険組合などで設立するタイプ
(注2) 高利回りの運用利率を提示し、積立金不足の基金が殺到したが運用失敗を隠ぺいしたことにより被害が拡大し社会問題化。それにより、基金の財政状態の深刻化も併せて露呈することとなった。
(注3) 厚生年金基金は、国が運営する厚生年金事業の一部(主に保険料徴収と保険給付)を代行して行っている。厚生年金基金の解散は、その代行業務を国に返還することを意味する。つまり、加入員から徴収した保険料の積立金(最低責任準備金)を国へ返還する義務が生じる。
(注4) 公的年金制度の健全性及び信頼性確保のための厚生年金保険法の一部を改正する法律
(注5) 基金解散により国に返還すべき最低責任準備金を用意できないこと。積立金の運用失敗や積立金額に見合わない過剰な保険給付等が主な原因といわれている。
(注6) (2016年7月現在)現存する基金は212基金であり、すでに最盛期の約9割が解散している。
(注7) http://kinyunenkin.jp/
(注8) 基金が独自の規約により支給する部分
(注9) 主に企業の就業規則や退職金規定に基づく退職金支給の代行業務
(注10) 確定給付企業年金法(2001年10月施行) 確定拠出年金法(2001年6月施行) 中退共は中小企業向け退職金共済制度
(注11) 「賃金月額」とは、60歳に到達する前の6カ月の給料。60歳以降に受給資格となった場合は、その日前6カ月の平均給料となる。
(注12) 算定のための60歳時到達時賃金上限額は、447,300円になる。また下限は69,000円となる。
(注13) 高年齢雇用継続給付は60歳到達以降、毎月、低下率を計算し給付額を決定する。
(注14) 在職老齢年金による減額の計算式は以下を用いた。
 基本月額-(総報酬月額相当額+基本月額-28万円)÷2
 ・実際に数値を当てはめると以下になる。
 (標準報酬月額 20万円+(年間賞与36万円÷12)+(基本月額10万円)-28万円)÷2=25,000円
(注15) 年金と高年齢雇用継続給付との調整は、原則60歳以降の賃金の6%が減額となる。
 ・実際に数値を当てはめると右のようになる。21万円(基本給+諸手当)×6%=12,600円
(注16) 厚生年金基金からの給付は退職金規定の一部として盛り込まれている規定。
(注17) 厚生年金基金からの給付は、会社の退職金規定とは分離されている。
(注18) 就業規則、労働契約等により通常の週に労働すべき時間(雇用保険と同じ)
(注19) 雇用期間が1年未満であっても以下の場合は1年以上の雇用見込みがあるとみなされることがある。
 ・雇用契約書に契約が更新される旨または更新される可能性がある旨が明示されている
 ・同様の雇用された者について更新等により1年以上雇用された実績がある場合
(注20) 週給、日給、時間給、を月額に換算したものに、各諸手当を含めた所定内賃金の額が8.8万円となる場合をいう。しかし、以下の賃金は除く。
 ・臨時に支払われる賃金および1月を超えるごとに支払われる賃金(例 賞与等)
 ・時間外労働、休日労働、および深夜労働に対して支払われる賃金(例 割増賃金等)
 ・最低賃金法で算入しないことを定める賃金(例 精皆勤手当 通勤手当 家族手当)
(注21) 各種学校の場合は修業年限が1年以上の課程に限る。但し、以下の場合は被保険者となる。
 ・卒業見込み証明書を有する者で、卒業前に就職し、卒業後も引き続き同じ事業所に勤務する予定の者
 ・休学中の者
 ・大学の夜間学部および高等学校の定時制の課程の者等
(注22) 2015年3月末現在、全国で121,796人の年金委員が委嘱されている(職域型115,912人、地域型5,884人)。地域型年金委員への相談は、依頼者の地域を管轄する年金事務所が窓口となっている。

(参考文献)
・年金相談の手引き(社会保険研究所 2016.7)
・労働法第11版(菅野和夫 弘文堂 2016.6)
・確定拠出年金の活用と企業年金制度の見直し(可児俊信 日本法令 2016.5)
・社会保障法令便覧(社会保障法令便覧編集委員会 労働調査会 2016.4)
・労働組合のための 退職金・企業年金ハンドブック 2016年版(日本労働組合総連合会 NPO法人金融・年金問題教育普及ネットワーク 2016.3)
・町村賃金改善のために2016年度改訂版(全日本自治団体労働組合 2016.2)
・自治体 臨時・非常勤等職員の手引き 2015年改訂版(全日本自治団体労働組合 2015.8)
・厚生年金基金 解散手続き 退職金制度の見直し(宮原英臣 日本法令 2015.8)
・労働組合の結成・運営第2版(君和田伸仁 中央経済社 2015.5)
・よくわかる社会保障法(西村健一郎 有斐閣 2015.3)
・公営企業労働者の権利Q&A 全面改訂版(全日本自治団体労働組合 2015.1)
・厚生年金基金の解散・脱退QA50(野中健次 日本法令 2014.6)
・働く人のための確定拠出年金ハンドブック第3版(日本労働組合総連合会 NPO法人金融・年金問題教育普及ネットワーク 2014.5)
・労働組合法 第三版(西谷敏 有斐閣 2012.12)
・裁判例・通達からみる労働・社会保険・企業年金、生活保護(河本毅 日本法令 2012.2)