1. はじめに
地域の公共交通は、マイカー中心のモータリゼーションの進展に伴い、バスの利用者も今なお全国的に減少し続ける傾向にあります。
バス事業者は経常収支の悪化や不良債務の発生・増加など厳しい経営状況下にあります。市民生活に重要な移動手段であることから、事業者は国や自治体等からの財政支援を受け維持・存続を図ってきていますが、そうした中でも公営交通事業者が民間事業者へ路線移譲や運行委託すること、また民間事業者が赤字経営となり民事再生や破たんに追い込まれる事例も増えつつあります。その結果、不採算路線からの撤退による公共交通ネットワークの崩壊や減便による大幅なサービス水準の低下が進行している状況です。
バス事業を運営する上で、これまで事業者が主体となってきた取り組みを、どのように自治体、利用者が一緒になって今後の地域公共交通の維持・発展、地域の活性化や再生に取り組んでいくのか、提言していきたいと思います。
2. 松江市の現状
(1) 路線バスの利用促進
松江市におけるバス交通は、4条事業者による路線、コミュニティバス路線があり、さらにはデマンド運行の導入により交通モードの棲み分け(役割分担)が進められてきました。
利用者数は2007年の路線再編の効果により安定した水準で推移しています。2013年度の観光入込による大幅な乗客数の増加もあり利用者数は増加傾向にあります。
しかし、今後の少子高齢化社会に向け、利用者数が増加し続けるとは言える状況ではありません。また、コミュニティバス路線については2014年度の利用者数は減少しています。こうしたことから、交通空白地域の増加や交通難民と言われる住民の増加が懸念されています。
現在、松江市では「とってもお得バス利用事業」、「バスに乗ってみませんか事業」によるおためし定期券の販売など利用促進に取り組み、未利用者やバス利用転換者の新規顧客化を図るなど、より付加価値の高い商品を提案し利用促進に取り組んでいます。
また、路線・ダイヤの部分的な見直しや、「高齢者フリー定期」「通学フリー定期(のりほ)」、レイクラインと一般路線共通のフリー乗車券「松江乗手形」、バスカードの販売機設置場所を拡大し重点商品の販売促進に努めて増収を図っています。
以下、市内路線バスの利用状況。
年度 | | 路線バス計 | コミュニ ティバス | 合計 |
市営バス | 一畑バス | 日ノ丸 自動車 |
| 一般路線 | レイク ライン |
2004 | 234 | 221 | 13 | 280 | 14 | 528 | 43 | 571 |
2005 | 226 | 212 | 14 | 250 | 13 | 489 | 43 | 532 |
2006 | 231 | 215 | 16 | 238 | 12 | 481 | 47 | 528 |
2007 | 231 | 215 | 16 | 164 | 10 | 405 | 47 | 452 |
2008 | 241 | 223 | 18 | 170 | 10 | 421 | 46 | 467 |
2009 | 231 | 217 | 14 | 154 | 9 | 394 | 44 | 438 |
2010 | 234 | 220 | 14 | 156 | 9 | 399 | 43 | 442 |
2011 | 259 | 247 | 12 | 144 | 9 | 412 | 44 | 456 |
2012 | 256 | 243 | 13 | 148 | 9 | 413 | 43 | 456 |
2013 | 275 | 256 | 19 | 170 | 8 | 453 | 43 | 496 |
2014 | 274 | - | - | 175 | 8 | 457 | 38 | 495 |
(2) 少子高齢化社会に向き合う
全国的に65歳以上の人口の割合が増え高齢化が進行しています。松江市では2010年から2014年までの5年間で全人口が1千人以上減少し、その一方で65歳以上の高齢者数は4千人以上増加し全体の4分の1の割合を占めています。逆に14歳までの年少者の人口は減少し続け人口減少と少子高齢化が進行しています。
また、モータリゼーションの進展により運転免許保有者は年々増加し、それに比例し高齢層の免許保有者も増加しています。こうした中、高齢者が関わる交通事故は、2011年は減少しましたがその後増加傾向にあります。
今現在は運転出来ている現役のドライバーも何れは歳を重ねていくにつれ、判断力等が劣っていき運転できなくなる時期が来るかもしれません。そうした時に、今あるバス路線が維持され利便性が確保されていなければなりません。
以下、人口動態・運転免許保有者数
【松江市人口動態】 |
(単位 人 高齢化率・増減率 %) |
年度 | 2010 | 2011 | 2012 | 2013 | 2014 | 増減率 |
全人口 | 206,710 | 206,213 | 205,826 | 206,235 | 205,544 | 99.4% |
0歳~14歳 | 28,837 | 28,557 | 28,346 | 28,182 | 27,977 | 97.0% |
15歳~64歳 | 127,461 | 127,407 | 126,164 | 124,938 | 123,027 | 96.5% |
65歳以上 | 50,412 | 50,249 | 51,316 | 53,115 | 54,540 | 108.2% |
高齢化率 | 24.4% | 24.4% | 24.9% | 25.8% | 26.5% | |
年 | 2010 | 2011 | 2012 | 2013 | 2014 | 増減率 |
運転免許保有者数 | 132,946 | 134,194 | 134,187 | 134,955 | - | 101.5% |
内65歳以上保有者数 | 21,958 | 23,293 | 24,749 | 26,757 | - | 121.9% |
運転免許返上者数 | 304 | 271 | 356 | 268 | - | 88.2% |
内65歳以上返上者数 | 304 | 271 | 356 | 268 | - | 88.2% |
65歳以上運転事故件数 | 196 | 172 | 164 | 176 | - | 89.8% |
3. これからの取り組み
2006年の道路運送法改正により交通空白地域での輸送や福祉輸送といった地域住民の生活を維持するのに必要な輸送について国土交通省の登録を受けた市町村やNPOが自家用車(白ナンバー)を使用して有償で輸送する制度があり、現在多くの自治体で採用されています。しかし、地方では、いわゆるコミュニティバスや乗合タクシーは地域住民が利用する際、利便性は決して利用者のニーズに沿ったものではありません。各自治体も集落が分散し運行経路を定めにくくなっていることが現状です。そうしたことから採算性も極めて低く、地域の活性化・再生につながるものとはなっていません。
こうした中、2013年の11月に「交通政策基本法」が成立しました。この法律は地域の交通に関する施策を策定し、実施することが自治体の責務として位置付けされています。また、この関連法として「地域公共交通活性化再生法」が改正され、持続可能な地域の公共交通ネットワークの形成には、地域の交通事業者や住民や利用者などの関係者の合意のもと、自治体が主体となって計画を策定・実施する仕組みができました。
松江市は10,000人市民アンケートを行っており、その中で過去1年間の利用頻度「利用しなかった 44.6%」「月に1日以下31.1%」と低いものでした。公共交通を維持発展させていくには事業者の努力はもちろんですが、地域住民が公共交通に対して理解し、関心を持ってもらうことが重要です。
また、行政側も利用促進協議会など設置し、広く意見を聞く場を設ける必要があります。将来避けて通れない人口減少や少子高齢化、中心市街地の空洞化など過疎化の進行に対応するためには各交通モードが円滑に機能するように運行のあり方を地域住民の方々を交えて検討することを重ねていく必要があります。
【参考事例】
兵庫県豊岡市では地域住民主体の公共交通の仕組みが作られています。
◇兵庫県豊岡市 | 人口85,592人 |
| 面積697.7km2(松江市572.99km2) |
| 森林面積が約8割を占めている。 |
公共交通の基幹を担っていた路線バス事業者が26路線117系統のうち11路線41系統について2008年10月より路線休止を行うと申し出があり、住民及び来訪者の移動手段の確保が急務となっていました。
これにより地域の関係者が適切な役割のもと、主体的かつ積極的に連携・協働し移動手段の維持・確保、活性化に向けた路線バスの再編及びコミュニティバス・乗合タクシー等の新たな交通システムの導入を含めた取り組みが行われました。
~豊岡市では以下のプロセス、創意工夫をし、新たな公共交通の仕組みがつくられました~
◇地域の需要特性を分析し、需要特性に応じた運行計画を策定。車両の小型化(マイクロバス・ワゴン車等)、デマンド運行の導入。
◇路線バスが休止された地域については、自動車を利用することが困難な高齢者や児童生徒などの日常の移動手段を確保する。
◇市町村合併前から一部地域で実施していたコミュニティバスについても市営バス「イナカー」として再編するとともに、並走するスクールバスを廃止し、市営バス「イナカー」に統合するなどバス交通について効率化を図る。
◇路線バスやJRとの乗り継ぎに配慮したダイヤ設定とする。
◇運行車両は一目見て市営バス「イナカー」とわかるようなデザインを施す。
◇初期経費を削減するため、使用するほとんどの車両は市所有の公用車を改装し転用する。
◇最低需要基準(1人超/便)を設定し、満たさなければ路線廃止。最低需基準を満たせば最低運行回数は維持する。(最低運行回数3往復6便)
◇経費の1/5は地域で負担してもらう。(乗ってもらうことで負担してもらう)
◇事業の計画実施のみならず、評価と見直しを含めた管理を継続的に行い、事業の質の改善・向上を図る。(PDCAサイクル)
◇バスの限界を超えた地域への対応⇒豊岡市有償旅客運送「チクタク」を運行へ移行。
「チクタク」とは地区の乗合タクシー
事業主体……豊岡市 運行委託先……地域の団体
車両…………市の公用車(無償使用) 運転手…………ボランティア運転手を地域で確保
事務員等……運行管理者、事務員を地域で確保 運行方法………定時定路線運行(予約制)
利用者………地域住民(会員登録)
ダイヤ………地域で決定(週3日運行)
停留所………地域で決定(地区内フリー降車)
運賃…………100円~200円
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4. まとめ
今までは、公共交通は交通事業者が行うもの、行政は赤字を補てんするものと捉えてきましたが、その延長線上の議論では持続可能な地域公共交通の実現は不可能となっています。今後は豊岡市の事例のように事業者、行政、利用者、地域社会など多様な主体の参画と役割分担、連携と協働を軸に地域公共交通政策を推進していく必要があります。
まず住民の役割として過度に自家用車に頼る暮らしから公共交通や自転車、徒歩なども含めた多様な交通手段を適度に利用する暮らしへ自発的に行動を変えること。また、公共交通が必要であると考えるのであれば自ら運賃を支払って残す自覚を持ち行動すること。さらには、行政に何をしてもらうか、何を要望するかではなく、何ができるかを考え行動することが必要であると思います。
また、交通事業者における最も重要な使命は輸送の安全であり、安全性を向上させるため不断の努力が必要です。今後も営利目的だけではなくバスまつりや乗り方教室など利用者や地域社会とのコミュニケーションを通じた事業活動を行い、更なる利用者を獲得していかなければなりません。
現在、松江市では交通政策とまちづくり政策との連携をし「歴史まちづくり部」が設置されています。地域の活性化の観点からもJR・一畑電車の駅舎を利用し人が集う場所として見直し、駅を中心にバスの利用しやすいまちづくりも必要であると思います。
また、松江市は運営するバスの毎年度、事業評価を実施したものを、もっとわかりやすく住民に公開する必要があります(自分たちのバスであるという認識をして頂けるよう「あと市民一人が何回乗りましょう!」など)。地域の公共交通について住民自らの問題として考えるようなシンポジウムや利用促進協議会や公共交通会議の設置など「きっかけづくり」を行うとともに、バス交通の維持存続のための活動を行う組織や運営主体となる団体やNPO等を発掘し持続できるよう、その支援を行っていくことも必要であると思います。なによりもまず我々、職員自らバスを含めた公共交通を利用して、市民に理解を求めていくことが先決だと思われます。また、乗務員は事業者側から見れば労働者ですが、市民から見れば理解者でもあると思います。日常運行していれば「この路線(便)は満席の日が多くなってきた」、「毎日利用されていたお客様が利用されなくなった」など、ある程度の利用状況を把握しています。直接お客様から「この時間帯にバスや停留所があると良い」などの声を聞くこともあります。こうした要望を乗務員から聞き取り労働組合でまとめ、事業者へ伝えてダイヤ改正などに反映させることも我々の役割であると思います。
将来にわたってこのバス事業を含めた公共交通を維持存続させていくためには、地域の誰もがまずは利用することで議論も進み利用促進に繋がります。そのことで将来の松江市そして島根県内の地域の活性化や再生に期待が寄せられると思います。
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