【要請レポート】

構造計算書偽装問題について

大阪府本部/大阪市職員労働組合

1. はじめに

 2005年11月17日、建築界に衝撃が走った。国土交通省が、ある1級建築士が偽装した構造計算書を民間の指定確認検査機関が見過ごし、耐震強度が大幅に不足するマンションやホテルが建てられていることを公表したからである。
 このことは、多くの住民の安全と居住の安定に大きな支障を与えただけでなく、市民の間に建築物の耐震性に対する不安と建築界への不信を広げたこととなった。
 今回の問題により、構造計算書の偽装を、設計図書の作成、建築確認、住宅性能評価、工事施工のそれぞれの段階で、元請け設計者、指定確認検査機関、建築主事、指定住宅性能評価機関のいずれもが見抜くことができなかったことが発覚し、建築確認・検査制度等への市民の信頼を失墜させたことは、極めて深刻な状況であるといえる。

2. 構造計算書偽装事件の概要

 イーホームズ(株)(国土交通大臣が指定した民間の指定確認検査機関)から、建築確認申請時に添付された構造計算書の偽装の可能性について報告を受け、2005年10月28日から国土交通省で調査を進めてきたところ、同年11月16日までに、偽装が事実であること、偽装された構造計算に基づき建築された場合、耐震性に大きな問題があるおそれがあることが判明した。
※ 指定確認検査機関
  1998年の建築基準法改正により、従来、地方公共団体が行っていた建築確認・検査業務を国土交通大臣等が指定した民間機関においても行い得るようにしたもの。
 構造計算書を偽装したのは、構造設計の下請け等を行った姉歯建築設計事務所(千葉県市川市)だった。
 このため、現在、姉歯建築設計事務所が関与した物件と、姉歯建築設計事務所との関係が指摘されている木村建設(株)、(株)ヒューザー、平成設計(株)及び(株)総合経営研究所が関与した建築物について特定行政庁により優先順位をつけつつ偽装の有無等に関する調査が行われている。
 この調査は現在も行われており、姉歯建築設計事務所が関与していない物件にも広がりを見せ、確認された偽装物件は、次のようになっている。

偽装物件等の状況(2006年8月31日17時現在)

(国土交通省HPより)
調 査 対 象
調査対象数
調  査  済
調査中※4
誤りが判明した報告物件数 偽装なしの報告物件数 計画中止所在不明等
  うち、偽装が判明
姉歯元建築士の関与物件
205件
205件
100件※1
99件
90件
15件
0件
姉歯物件に関係していた業者の関与物件※3
536件
533件
8件※2
3件
517件
8件
3件
合  計
741件
738件
108件
102件
102件
23件
3件
※1 誤りが判明した100物件の内訳は、姉歯元建築士による構造計算書の偽装99件及び設計者((株)フジタ)におけるミス(誤り)と考えられる理由により耐震基準を満たしていない物件1件(3月28日公表)。
※2 誤りが判明した8物件の内訳は、サムシング(株)による構造計算書の偽装3件(2月8日公表)、及び構造計算書の誤りと考えられる理由により耐震基準を満たしていない物件3件((株)田中テル也構造計画研究所の関与1件(2月18日公表)、(株)ふなもと設計の関与1件(3月24日公表)、本田建築デザイン事務所の関与1件(3月24日公表))、熊本市内の構造計算書の誤りと考えられる2物件(5月24日公表)。
※3 木村建設、ヒューザー、平成設計、総合経営研究所の関与物件。
※4 この他、浅沼良一元二級建築士が関与した物件のうち、札幌市において28物件で偽装が確認され(3月7日、4月18日、5月12日、6月7日、6月30日公表)、4物件で誤りにより強度不足のおそれがある旨(6月30日公表)、小樽市において1物件で誤りにより強度が不足している旨(4月18日、5月31日公表)、北海道より1物件で偽装が確認され(千歳市)、1物件で誤りにより強度不足のおそれがある(滝川市)旨(5月30日公表)、また、サムシング㈱が関与した物件のうち、福岡市において1物件(市営住宅)で偽装が確認された旨(6月20日公表)、福岡県より34物件でデータが差し替えられ強度不足のおそれがある旨(4月12日、5月9日、6月19日、8月7日公表)の報告がある。
※5 8月10日現在、設計図書等が入手できない43物件について調査対象から除外。

3. 大阪市における構造計算書偽装問題以降の対応

(1) 大阪市における姉歯建築設計事務所が関与した建築確認申請について

(経過)
 2005.11.21 市内のホテル「ヴィアイン新大阪ウエスト」の構造設計を姉歯建築事務所が行っていたことがわかる。
 2005.11.24 市は確認申請をチェックしたところ問題がなかったことを公表。
 2005.12.05 建築主から寄せられた情報をもとに、市で確認申請書をチェックし直したところ、構造計算書に偽装があったことを確認し公表。建築主へ営業自粛を要請。
 2005.12.12 市の構造再計算の結果(検証値Qu/Qun≧0.73)、建築基準法に適合しないことを公表。建築主に耐震改修等適切な措置をとるよう要請。
 2006.02.10 建築主が市に違反是正計画(耐震補強計画)を提出。
 2006.02.23 市は(財)日本建築防災協会に違反是正計画の妥当性判定の支援を要請。
 2006.07.07 本市は建築主からの是正計画を適法と認め、それに基づき改修工事を行うよう建築主に通知。なお、工事中及び完了時において、本市による現地確認を行う予定。

(2) 日本ERI株式会社が行った共同住宅の建築確認申請について

(経過)
 2006.04.17 指定確認検査機関日本ERI株式会社より平成15年に建築確認を行った市内の共同住宅1棟について
       ・建築確認申請書に添付された構造計算書に誤入力があったこと等を看過する誤審査があった
       ・建築確認申請書に基づき、構造計算書の再計算を行った結果、建築基準法上の適合性に疑義がある
 旨の報告を4月6日に受けたことを公表。
 日本ERI並びに、建築主・設計者に事情聴取するとともに、建築主・設計者に、詳細な報告を求める。
 学識経験者と構造設計の専門家からなる「大阪市構造再計算検証委員会」に諮った上で、構造計算を検証。
 2006.05.11 市として、「大阪市構造再計算検証委員会」の意見も踏まえた上で、当該建物が建築基準法上必要な耐震強度が確保されていないことを確認したことを公表。本市が再計算した結果は、

 保有水平耐力は4階部分が最も小さく、必要保有水平耐力に対する割合(Qu/Qun)は、0.61。
 震度5強程度の地震で要求されている耐震性能は、概ね確保されていると考えられるが、震度6強程度の地震では、要求されている耐震性能の6割程度しか確保されていない部分があると考えている。

 建築主等に対して、早急に建物の耐震性が確保されるよう是正計画の提出、及び、是正措置を講ずることを指示するとともに、マンションの管理組合に対して、検証結果を報告。
 なお、当該マンションの耐震性を確保するための措置は、売主である建築主等の責任において実施すべきであると考えているが、市としても、市民の安全確保の観点から、今後、耐震補強等の工事を行う際に必要となる仮移転先住宅として、市営住宅や住まい公社管理の賃貸住宅の空き住戸の提供を行うこととした。

(3) 構造計算書が偽装された建築物を設計・施工した業者がかかわった建築物の構造計算書の再調査について
   構造計算書が偽装された建築物を設計・施工した姉歯建築設計事務所(千葉県市川市)、平成設計(株)(東京都千代田区)、木村建設(株)(熊本県八代市)、(株)ヒューザー(東京都千代田区)及び(株)シノケン(福岡市博多区)の5社がかかわった市内の建築物を、指定確認検査機関の確認分も含め1996年度までの過去10年に遡って洗い出し、再度構造計算をして安全性をチェックすることとした。

(4) 新築分譲マンションの無作為抽出による構造再計算について
   構造計算書偽装の再発抑止のため、新築分譲マンションの建築確認から無作為抽出し、構造計算書の再計算を行う。

(制度概要)~2006年1月の確認物件から実施~
・新築の5階以上の分譲マンション(構造計算プログラムで計算されたもの)について、大阪市及び指定確認検査機関で建築確認された物件の約1割を無作為に抽出し、構造再計算を行い、安全性を調査。
・調査の結果、建築基準法に適合しないことが確認された場合には、工事停止等の措置を行う。
・2006年度からは、代表的な構造計算プログラムを購入し、本市において、構造再計算を実施。
・再計算結果に疑義が生じた場合に、学識経験者や構造設計の専門家からなる「大阪市構造再計算検証委員会」で構造計算書の偽装の有無や建築基準法の適合性などを検証。

(5) 大阪市分譲マンション構造再計算費補助制度について
   分譲マンションの入居者の不安を解消するため、管理組合が行う構造計算書の再計算を支援する。

(制度概要)
・補助対象:新耐震基準が適用されている昭和56年以降に確認済証の交付を受けた分譲マンション
・補助内容:管理組合が構造計算書の再計算を建築事務所等に委託する場合に、1棟あたり50万円を限度として費用の2/3を補助。
・受付期間:2006年4月3日~11月30日。(2006年度限定実施)

4. 構造計算書偽装問題の再発防止にむけて

 構造計算書偽装問題による建築物の安全性に対する国民の信頼を確保するために、国土交通省は、社会資本整備審議会建築分科会の基本制度部会や国土交通大臣の私的諮問機関「構造計算書偽装問題に関する緊急調査委員会」の議論などを踏まえて、建築物の安全性の確保を図るための建築基準法等の一部を改正する法律案を第164回通常国会に提出・成立し、2006年6月に公布され、1年以内の施行となっている。
 法改正では、6つの柱が打ち出されている。①建築確認・検査の厳格化、②指定確認検査機関の業務の適正化、③建築士等の業務の適正化及び罰則の強化、④建築士、建築士事務所及び指定確認検査機関の情報開示、⑤住宅の売主等の瑕疵担保責任の履行に関する情報開示、⑥図書保存の義務付け等である。
 具体的には、構造再計算の適合性を判定する仕組みの導入、3階建て以上の共同住宅に中間検査の義務付け、特定行政庁による指定確認検査機関に対する監督の強化、建築基準法に違反する建築物の設計者等に対する罰則の強化、建築士及び建築士事務所に対する監督及び罰則の強化、建設業者及び宅地建物取引業者の瑕疵を担保すべき責任に関する情報開示の義務付け等といったことがあげられている。
 また、2006年9月1日には社会資本整備審議会建築分科会の基本制度部会による「建築物の安全性確保のための建築行政のあり方について答申」が公表され、建築士制度の抜本的な見直し、新築住宅の売主等の瑕疵担保責任履行のための資力確保措置、建築行政における監督体制・審査体制の強化及び建築関連情報の管理・提供体制の整備などを建築物の安全性確保のために講ずべき施策として掲げられている。

5. 建築指導行政における課題

 再発防止のためには、法改正、答申などにあるように建築確認検査業務、建築士のあり方、建築主などの瑕疵担保責任、情報の開示などさまざまな対応が必要であるが、建築指導行政としての課題は、まず建築主事等の人員不足がある。そもそも1998年に建築確認業務を民間の指定確認検査機関に開放された際に、行政における人員不足はすでに指摘がされてきており、その人員不足を解消するため、建築確認検査業務を民間(指定確認検査機関)が行うことで、行政が違反是正などの建築行政を充実して行うことが本来の目的であった。今回の法改正において特定行政庁による指定確認検査機関に対する監督の強化などは、時代に逆行していると言わざるを得ない。今後、「民間が下ろした確認に対して、行政が責任を求められる」ことのないよう指定確認検査機関と特定行政庁とのそれぞれの責任分担を建築基準法の中で明確化していくことが重要である。
 また、今般の構造計算書偽装事件では、一級建築士が構造計算書を偽装し、それを一部の指定確認検査機関や特定行政庁において建築確認時に見過ごす等十分な審査が行われていなかったこととして、一定の高さ以上の建築物について指定機関による構造計算審査の義務付けや建築確認の審査方法、中間検査や完了検査の検査方法の指針を策定し、その指針に基づき、厳格な審査や検査を実施することとしており、行政は十分な審査能力の維持向上を求められている。
 現実的には、この間、特定行政庁として1998年に建築確認検査業務が指定確認検査機関による建築確認・検査件数の増加に伴い、特定行政庁の建築確認・検査件数が減少し、そのことにより審査能力の維持向上が難しくなってきている。2002年度をピークに、建築行政職員数、構造審査担当者数はともに減少するとともに、今般の構造計算書偽装事件、系列ホテルによる違法改造問題等を受けて違反建築物対策等の業務の増大、また、アスベスト対策等の既存建築物の安全対策、省エネルギー対策等の新たな課題に対応するための業務も増大しており、特定行政庁における業務内容は大きく変化している。
今後、的確に法改正による建築指導行政を執行するための体制整備が急務となっているが、職員削減攻撃の中でそれを行えるだけの人員を確保できるのか疑問が残る。
 建築確認・検査制度等への信頼回復のためには、今回の法改正はあくまでも偽装防止のための緊急措置と位置づけ、建築基準法の抜本改正も含め、現行の法制度の矛盾を検証し、実務と整合性を持った法制度とし、積み残されている課題について、ひとつずつ解決していかなければ建築物の安全性に対する信頼回復は得られない。