【自主レポート】

第35回佐賀自治研集会
第1分科会 住民との協働でつくる地域社会

 愛知県が2013年度に「公契約のあり方検討会議」を設置したことを受け、愛知地方自治研究センターは「公契約条例研究会」を設置し、1年間にわたって議論してきた。県としての対応の方向性を固めることを念頭に設置された検討会議だったが、報告書ではなく、意見を羅列したとりまとめを公表することになった。なぜ、そのような形になったのか、研究会の取り組みも紹介しながら、検討会議における検討過程を検証する。



愛知県における公契約のあり方検討の検証
なぜ検討会議は報告書とりまとめに至らなかったのか

愛知県本部/愛知地方自治研究センター 野口 鉄平

1. 公契約における問題の所在と愛知県における検討経過

(1) 公契約における問題の所在
 公契約は国や自治体と民間事業者等が締結する契約である。今日、公共工事や業務委託を通じた公共サービスの提供など、多くの公契約が締結されているが、この公契約をめぐってはいくつかの問題が指摘されている。
 一例を挙げると、公共工事の発注減などに伴う競争の激化により、入札における価格競争が進行し、そのしわ寄せとして、賃金・労働条件の悪化を招く事案が散見されている。また、業務委託の場合は労働集約的な業務が多く、事業費にかかる人件費の割合が高い傾向にあるが、公共工事のような職種ごとの明確な労務単価が存在しないことが多いため、落札価格の低下に歯止めがかからず、賃金に悪影響が及んでいる。
 また、建設業界特有の重層下請構造に起因する賃金・労働条件の悪化の問題が存在する。建設業界は元請け事業者の下に多くの下請け事業者が存在しており、5次、6次といった下請けも存在している。一般に、上位の事業者が下位の下請け事業者に発注する際に中間搾取がなされるため(=「中抜き」)、下位の下請け事業者になるほど、受注金額は下がることとなり、その結果として、そこで働く人の賃金・労働条件がしわ寄せを受けることになる。
 こうした問題が指摘される中、千葉県野田市は2009年、公契約条例を全国で初めて制定した。同条例は、一定規模以上の公共工事と業務委託を対象とし、職種ごとの作業報酬下限額を定め、公契約のもとで働く人々への一定金額以上の賃金支払いを契約上の義務とする賃金条項を盛り込んだ条例である。これを皮切りに、2014年4月末現在、全国11自治体(野田市、川崎市、相模原市、多摩市、渋谷区、国分寺市、厚木市、足立区、直方市、千代田区、三木市)で公契約条例が制定されるに至っている。

(2) 愛知県における公契約の検討経過
 上記のような現状と課題は、愛知県にもあてはまる。愛知県における公契約に関する検討は、2011年の11月議会において、大村秀章知事が「全国の議論をリードするくらいの気持ちで、幅広い観点から、県が締結する公契約のあり方について、検討を始めていきたい。」と答弁したことに始まる。この答弁を受けて、公契約に関する庁内勉強会が開かれた。翌年度には庁内研究チームが設置され、2012年11月に「中間報告(論点整理)」が公表された。2013年の2月議会において、大村知事は「大学の研究者や労働団体、福祉団体、経済界や建設業界など関係者の方々による検討会議を6月頃を目途に設置し、条例化の問題も含め、多角的に議論を深めていただき、年度内には、公契約に関する、県としての対応の方向性を固めてまいりたい。」と答弁した。この答弁に基づいて設置されたのが「公契約のあり方検討会議」(以下、検討会議)である。


2. 県検討会議と公契約条例研究会

(1) 公契約のあり方検討会議
 検討会議の概要が明らかとなったのは2013年6月に入ってからであった。検討会議は県における公契約のあり方を広く検討することを目的とし、計8人の委員により構成されることとなった(表1)。
 6月14日開催された初回の検討会議では、名城大学教授の昇秀樹氏が座長に就任し、事務局である会計局の提案のとおり、庁内研究チームの「中間報告」において示された5つの柱を論点として、2014年3月まで計5回の会議が開かれることが決定された。

表1 公契約のあり方検討会議委員

氏 名

役 職

近藤 正臣

愛知県セルプセンター会長

柴山 忠範

愛知県経営者協会専務理事

田中  宏

愛知ビルメンテナンス協会理事

昇  秀樹

名城大学都市情報学部教授

増永 防夫

愛知県建設業協会会長

三島 和弘

連合愛知事務局長

武藤 博己

法政大学大学院 公共政策研究科教授

百瀬 則子

ユニーグループHD(株)環境・社会貢献部長

表2 公契約条例研究会メンバー

氏 名

役 職

井上 大輔

全愛知建設労働組合書記長

上野  勉

自治労愛知県本部副中央執行委員長

小椋 和夫

連合愛知社会政策局長

小山  祐

民主党愛知県議員団政調会長

上林 陽治

地方自治総合研究所研究員   ※研究会座長

野口 鉄平

愛知地方自治研究センター研究員※事務局兼任

(2) 公契約条例研究会
 上述した県の動向を踏まえ、当センターは「公契約条例研究会」(以下、研究会)を設置し、7月に初回の研究会を開催した。研究会のメンバーは表2のとおりである。
 研究会は以下の2つの目的を有することになった。1つは、愛知県内の実態を踏まえつつ、実効性のある公契約条例のあり方に関する調査研究を進めることである。もう1つは、検討会議においてより有意義な議論がなされるよう、検討会議の委員に対する研究成果の情報提供や意見交換などを行うことである。
 これらの目的を達するため、研究会では有識者や自治体関係者へのヒアリングを行うとともに、検討会議の議論を踏まえつつ、今年3月まで月1回のペースで研究会を開催した。
 研究会では、検討会議の日程および議論も踏まえつつ、大きく分けて「政策目的型入札改革」と「公契約条例」という2つの柱について議論を重ねた。前者については、先進的な取り組みを行っている自治体の事例を参考にしつつ、政策推進を目的とした入札改革のメニューの整理を試みた。後者については、公契約における費用積算の考え方や公契約条例を制定している自治体の状況、公契約基本方針を策定している豊田市の取り組みなどを把握し、論点を整理した。そうした中で、公契約条例の制定には業界の理解が必要不可欠であること、公契約条例を制定した自治体では、下請け従事者への適正な賃金支払いに一定の効果が生じていること、業界団体が抱いている懸念の多くは技術的課題であり、それらに配慮した制度設計および運用とすることにより、対応可能であることなどが見えてきた。


3. 県検討会議における論点と議論

 検討会議では初回に委員間の自由討議が行われたのち、第2回から第4回に公契約に関する個別的な論点に関する議論がなされ、第5回に報告書のとりまとめを行うというスケジュールで進められた。検討会議の俎上に上げられた論点を具体的にみると、第2回は①政策推進への公契約の積極的活用と②総合評価方式の導入拡大、第3回は①社会的責任・法令遵守と②公契約のもとで働く人の賃金、第4回は①総合的な対応の枠組みの計5つであった。では次に、実際にどのような議論が展開されたのかを見ていくことにしたい(注)

(1) 第1回検討会議
 初回会議における自由討議では、各委員から公契約に関する意見表明がなされ、業界団体の委員から公契約に関する問題点の指摘が相次いだ。具体的には、障害者の福祉的就労における工賃の低さ、業務委託における仕様書や基準の曖昧さ、予定価格の下落に伴う賃金・労働条件への悪影響、行政側の履行確認体制の問題、業務委託への総合評価入札方式の未導入、ダンピング受注に伴う現場の作業・労働環境の悪化などの問題点が提起された。
 労働団体の委員からは、公契約条例の制定は悪循環から脱し、好循環による地域経済の発展をもたらすこと、大学教授の委員からは、公契約の予算を価格競争だけでなく、社会をよくするための政策手段として活用すべき、契約という手法を使っていい世の中をつくろうというメッセージを愛知県から発信してほしいといった積極的な意見が出された。業界団体の委員からも「公契約条例が単なる理念や形だけでなく、実効あるものとなるために議論に参加したい」(ビルメン)、「発注者・受注者を含めてダンピング対策に真剣に対応しなくてはならない」(建設業)との意見が出されたことは特筆に値する。

(2) 第2回検討会議
 第2回は①政策推進への公契約の積極的活用と②総合評価方式の導入拡大の2つの論点が議論された。前者は、公契約の過程において、環境、福祉、男女共同参画、公正労働などに関する事業者の取り組みを評価し、事業者の選定に反映させることにより、これらの政策推進を図ろうというものであり、政策推進に公契約を積極的に活用することの是非およびその可能性についてである。具体例をあげると、入札の際、障害者の法定雇用率を達成している事業者、環境に配慮した経営を行いISO14001を認証取得している事業者に対して一定の加点をすることにより、事業者における障害者雇用、環境配慮の取り組みを促進させることをめざすといったものである。
 後者は、従来、公共工事では技術力などの価格以外の要素も評価した上で事業者を選定する総合評価方式が導入されてきたが、これを業務委託などにも拡大させることの是非を問うものである。
 これらの政策の方向性に関して、明確に異論を唱える委員はいなかった。主な意見をあげると、低価格で発注したとしても、そこで働く人が低賃金となって生活保護を受けることになれば、生活保護費の増加につながるとし、価格のみで事業者を選定するのではなく、県民を含めた県全体にとって「価格その他の条件が最も有利」な事業者を選定する必要があるとの意見(大学教授)が出された。このほか、県がめざす社会の実現に寄与する企業を育てることに公契約を活用すべきとの意見(小売企業)や障害者就労施設からの積極的な調達を求める意見(福祉団体)など、積極的な取り組みを促す意見が出された。業界団体の委員からは、本業に直接関わる項目の評価に限定すべきとの意見(建設業)のほか、中小企業にも取り組めるような配慮が必要との意見(経営者)、事業者が入れ替わる場合の雇用継続の難しさ(ビルメン)を指摘する意見などが出された。

(3) 第3回検討会議
 第3回の論点は①社会的責任・法令遵守と②公契約のもとで働く人の賃金の2つであった。前者について、会計局からは事業者に法令遵守と社会的責任を求める形で説明がなされたが、事業者だけでなく、自治体と事業者双方の社会的責任を考えるべきとの意見(大学教授)が出された。また、不当労働行為の認定企業の排除などの制裁を科す仕組みの導入を求める意見(労働団体)が出される一方、政策入札への対応に伴うコスト増加への理解を県に求める意見(経営者)や企業の特性を踏まえた取り組みとすべきとの意見(ビルメン・建設業)も出された。
 後者については、実効性のある公契約条例の制定をめざす立場にとっては最も重要な論点といえ、研究会としてもそのような認識のもと、議論と準備を行った。その1つが賃金実態調査結果の提出である。初回の検討会議の際、第3回に県が実施する賃金実態調査の結果が提出されるとの説明がなされたが、昨年7月末に県が公表した調査概要をみると、本来、対象とすべき職種が含まれていないなど、実態が十分に反映されない調査結果が出てくることが推定された。そこで、研究会に参画する全建愛知が実施した賃金実態調査の結果を連合愛知の委員提出資料として事前提出し、第3回で各委員に配布された。
 会計局による資料説明の際、作業報酬下限額を導入すべきか、否かに絞る形で議論のポイントが提示され、これに即した形で議論が行われた。公共工事の価格下落によって賃金が下がり続けてきたことに議論が及んだ際、そのこと自体に異議を唱える委員はいなかったことから、賃金実態に関する認識については委員間である程度共有していることは確認できた。労働者側の委員からは、①生活保護水準を下回るような低賃金労働者を自治体が生み出しているのは問題、②生活保護水準を考慮した下限額の設定が必要、③設計労務単価の引き上げの趣旨を踏まえた適正な賃金の支払いが必要といった意見が出された。これに対して、経営者側の委員からは、①賃金は経営者が各労働者の技能等に応じて決定すべき、②公契約とそれ以外の契約間で賃金格差が生じた場合、労務管理に支障をきたす、③設計労務単価は工事費の概算のために使われる数字で、その金額を各労働者に直接支払う性格のものではないといった意見が出された。このように、作業報酬下限額の設定をめぐる労働者側の委員と経営者側の委員の主張の隔たりは大きく、結論は出なかった。

(4) 第4回検討会議
 第4回は公契約に関する取り組みを進める上での総合的な対応の枠組みについて、会計局から①賃金条項を含む公契約条例、②理念を定めた公共調達基本条例、③公契約に関する大綱の3つのパターンが提示され、各委員に意見が求められた。大学教授の委員からは、自治体には「総合化」の役割があり、条例が望ましいとしつつ、枠組みの形よりも取り組みを進めることを優先させる必要があるとの意見が出された。労働団体の委員からは、拘束力を有する条例化を求める意見が出されたのに対して、業界団体の委員からは、柔軟に運用できる方が望ましいとして、条例化に消極的な意見が相次いだ。
 第4回の後半では、第1回から第3回までの各委員の意見を整理したとりまとめの<たたき台>が会計局から提示された。会計局は「合意形成を目指した会議」と説明する一方で、意見の隔たりがあるものもあって1つのものにまとめるのは難しいと判断し、各委員の意見を羅列する形でとりまとめ、今後、行政内部で検討を進める際の参考にしたいとの説明があった。同案に対しては、意見を羅列したものにすぎず、とりまとめとは言い難いといった意見(労働団体・小売企業)が出された一方、業界団体の委員からはこのようなとりまとめ方を容認する意見が出された。なお、<たたき台>の内容に関しては、後日、第4回の議論を追加した上で各委員の意見を集約し、案に反映させることが確認された。

(5) 第5回検討会議
 最終回となる第5回では、会計局からとりまとめ(案)が提案された。同案は<たたき台>の基本的体裁を維持し、「はじめに」の追加および掲載意見の若干の追加・修正がなされるにとどまり、報告書としてではなく「愛知県の『公契約のあり方』に関する検討結果のとりまとめ」という形でまとめられた。


4. 県検討会議の評価と課題

 1年間にわたり、公契約のあり方について検討してきた検討会議であるが、多様な立場の関係者が一堂に会し、公契約のあり方に関する検討がなされたこと自体は評価されるべきであろう。しかし、検討会議の設計および会議運営に関しては、以下の課題を指摘しておかねばなるまい。
 第一に、元々、検討会議は公契約のあり方について多角的に検討した上で、県としての対応の方向性を年度内に固めることを念頭に設置された。県としての対応の方向性を固めるためには、検討会議の議論において一定の方向性が示されることが必要不可欠である。それには、各論点について検討会議の中で十分な議論が行われる必要があり、そのための十分な時間を確保しておく必要がある。しかし、初回会議では3回の会議の中で5つの論点を検討するといったスケジュールが示され、実際に1つの論点につき、1時間程度の議論しか行われなかった。このことから、当初の検討会議の設計自体が一定の方向性を出すには不十分なものであったと評価せざるを得ない。
 第二に、初回の検討会議においては、先述したとおり、業界団体の委員から公契約に関する具体的な問題提起がなされ、かつ、そうした問題の対策の必要性が語られた。本来であれば、検討会議として、これらの問題提起を真摯に受け止めた上で、これらの問題点をクリアするためには公契約をいかに活用すべきか、という観点から議論されるべきであったと考えられる。そうしていれば、各業界が抱えている問題点を解決する上で公契約を活用することが有益であるとの認識を検討会議全体で共有することができ、公契約の活用に関して、より建設的な議論をすることができたのではないかと思われる。しかし、実際の会議運営においては、上述した問題提起が十分に受け止められることはなく、予め設定した議題について、各委員の意見を聞く形式がとられた。そのため、じつは委員間で同様の問題意識を潜在的に共有していながら、各委員の立場によって異なる意見が出され、表面上、意見の対立が生じているかのような構図が作られていった。上述したような本来あるべき会議運営がなされていたとすれば、労使の意見が対立するかのような形で会議結果がとりまとめられることにはならなかったと推察されるのである。
 第三に、検討会議の結果は報告書ではなく、「検討結果のとりまとめ」の形でとりまとめられることになった。議論を尽くした結果、合意形成が図られなかったのであれば、両論併記もやむを得ないが、限られた時間の中で議論が尽くされたとは言い難い。また、会議運営においても、公契約を活用した取り組みを進めるための建設的な議論を促したり、委員間の議論から共通認識を導き出すとともに、課題を抽出・整理し、その解決策を模索してWIN-WINの関係を構築していくような努力はみられなかった。終盤の第4回において、昇座長から「条例や大綱を作るときの方向が報告書に示されていないとなかなか作れない」とした上で、「多くの部分は1つの流れにまとめられるのではないか」との見解が示されたが、そうした意見が反映されることもなかったのである。
 検討会議の検討は終了したが、公契約改革を着実に前進させるためには更なる具体的検討が求められよう。


5. 公契約改革の実現に向けて

 今年2月11日、当センターと自治労愛知県本部、愛知労働文化センターは「公契約のあり方を考えるシンポジウム」を愛知県産業労働センターにて開催(連合愛知後援)し、組合員や市民、自治体議員、自治体職員ら約270人が参加した。同シンポでは、研究会座長である上林陽治氏の基調講演に続いて、一部の検討会議委員と有識者によるパネルディスカッションを開催し、参加者とともに公契約や公契約条例のあり方について考えた。
 今年に入ってからも全国各地の自治体で公契約条例が制定されているが、愛知県および県内自治体においても、よりよい地域社会・経済の形成をめざすべく、賃金条項を盛り込んだ公契約条例の制定および政策推進の目的を含む入札改革を通じた公契約改革を実現させる必要がある。そのためには、公契約改革を求める県民世論の高まりが必要不可欠であろう。当センターは、研究会における成果を報告書として公表するとともに、研究会を通じて構築された人的ネットワークを活かして情報共有・発信に努めることにより、公契約改革の実現に寄与していきたい。




(注)検討会議は公開で行われたものの、会議録は公表されていない。よって、すべての会議を傍聴した上で当方にて作成した詳細な発言録に基づいて、各委員の発言内容を引用する。