【自主レポート】

第35回佐賀自治研集会
第1分科会 住民との協働でつくる地域社会

アカデミー運動と伝統芸能との関わりについて
―― とりわけ、能鑑賞の取り組みを通じて ――

京都府本部/日本クリスチャンアカデミー労働組合 北野 健一

1. はじめに

 アカデミー運動は、第二次世界大戦という歴史的な体験のなかで、その深い反省から、「はなしあい」運動-意見の対立している人間同士の間に対話を生みだしていく運動-を通じて、社会の健全な発展と精神復興に寄与する運動であることは、前回、前々回とこの集会でお話しさせていただきました。
 日本では、アカデミー運動の活動拠点として、1961年に財団法人を発足させました。正式名称である財団法人日本クリスチャン・アカデミーは昨年、公益財団法人に移行しました。
 また、1967年には関西セミナーハウスが建設され、2012年3月に第1期リニューアルを行い、運動拠点としては、「はなしあう」場の施設であり、公益財団法人の運営面としては、「宿泊研修施設」であり、企業、大学、研究者、団体、労働組合、合唱や合奏などの文化系サークル、俳句や短歌、写真などの趣味の会など多くの方々にご利用をいただいています。

2. ふたつの歴史的建造物

 ところで、関西セミナーハウスには、豊かな自然環境とともに、豊国神社から移築した「豊響殿」という能舞台があり、由緒ある本格的な茶室「清心庵」といった歴史的な建造物を有しています。
 修学院離宮と曼殊院の間にはさまれた洛北の景勝地にお茶室と能舞台を伴った日本家屋が建てられたのは、1920年代(大正末期)のことです。
 能舞台「豊響殿」は、豊臣秀吉没300年(1898年)の記念祭が東山阿弥陀ヶ峰の豊国廟で盛大に行われた際に、建てられた能舞台です。
 能舞台ですので、もちろん「能」や「狂言」の公演、練習などに使用されていますが、もう一つの使い方、「会議室」としても利用されています。
 学術研究発表の小グループ、労働組合、小・中・高の勉強合宿など、とりわけ海外のゲストがご利用の際には、能舞台で日本庭園を眺めながらのミーティングや研究発表は大変好評をいただいております。
 お茶室は1978年に万国博協会の援助に応えて、裏千家第十五代千宗室家元(現千玄室大宗匠)の全面的な協力の下に再興され、同年11月3日にお茶会が行われました。「清心庵」の名はお家元が名づけられ、自ら揮毫された扁額が今も掲げられております。この「清心庵」はお茶の真髄である「和敬清寂の心」を表したものであり、かつ「幸いなるかな心清きもの、その人は神を見ん」という、聖書にある山上の垂訓にも通ずる言葉でもあります。
 以来、「清心庵」は月釜『清心会』をはじめ、関西セミナーハウスの諸行事、国内外からの様々なお客様へのおもてなし、そして広く一般の方々にも開放され、身近にお茶に親しんでいただける場としてその役割を果たしてきました。
 春にはさつきやつつじ、夏には爽やかな緑、秋には華やかな紅葉と、比叡山の麓、修学院の地で四季折々の趣向の席としてご利用をいただいています。
 日本庭園で行われる野点や『清心庵』東正面には腰掛待合もあり、そのたたずまいは心和ませる風景です。
 さて、ふたつの歴史的建造物の自己紹介は、このへんで終了いたします。
 今回は、能舞台「豊響殿」を本来の能舞台としての活用を通じて、日本の伝統芸能に触れる機会、本物を生で観る機会である鑑賞会の取り組みをご紹介させていただきます。

3. アカデミー運動が伝統芸能に関わる理由

 人間社会を円滑に動かす上で文化や芸能は大きな役割を担っています。文化がなければ人類は今も原始的な社会生活を営み、芸能がなければ感情の発露が充分になされない閉鎖的な社会を構築していたでしょう。文化や芸能とは、人間らしく生きていく上で欠かせないものであると考えます。
 アカデミー運動もまた、キリスト教の精神に基づき、対話を通して、人間が人間らしく生きていける社会、正義、平和、いのちが尊ばれる社会の実現をめざす上で、伝統芸能との出会い、交わりを持ち、文化としての素晴らしさを積極的に触れることによって、心豊かな人間形成を促進し、めざす社会の実現に重要なことと位置付けています。
 それゆえに、能舞台を所有する公益財団法人日本クリスチャン・アカデミー、関西セミナーハウスは、能舞台の本来的積極活用による能鑑賞会を通して、多くの人々に伝統芸能を触れていただく機会、出会いの場を提供する取り組みが、非常に大切な取り組みであると確信を深めているところであります。

4. 取り組みをはじめるきっかけ

 これまでの能舞台の利用状況は、9割強、研修など会議室としてのご利用でした。
 1割弱は、京都大学、同志社大学をはじめとする大学の能楽部、能楽サークル、地域の能楽サークルの練習に使用されていました。
 能舞台を能楽で利用する状況が極めて少ない現状に危機感を持ち、何とか能舞台を本来的に活用していただく状況を増やすために、関西セミナーハウスに能舞台ありと様々な場に出かけ、同業または異業種の会合にも積極的に顔を出し、アピールを強めました。
 その結果、偶然とはいえ、観世流能楽師の林宗一郎先生と異業種交流会で出会い、能に対するおもい、情熱、将来的ビジョンを意見交換するなかで、関西セミナーハウスにある能舞台「豊響殿」で能をやりましょうという話でまとまりました。

5. 歩みだした『能を楽しむ夕べ』

 前述したように関西セミナーハウスの伝統芸能「能」に対するおもいと観世流能楽師の林宗一郎先生の「能をもっと身近に感じてほしい」「能のファンを増やしたい」「本物に触れて、能の魅力を楽しんでほしい」というおもいがあわさって、能鑑賞の企画が動き出しました。
 ほぼ毎月1回(主に金曜日)の開催で、毎回違う演目をダイジェストで披露、林先生の解説と能面や衣装等のあるある話を織り交ぜながら、約1時間の催しです。終了後、お茶室「清心庵」で林先生とのお呈茶での懇親会も企画し、両方参加で約2時間の催しになります。
 名称も単に能鑑賞会ではなく、関西セミナーハウスと林先生のおもいが凝縮したものでなければ伝わりにくいということで、『能を楽しむ夕べ in 修学院きらら山荘』と銘打って、広く宣伝を行いました。
 そして、2012年8月11日(土)第1回公演を皮切りに今年の8月5日(火)の第19回公演まで、のべ1,444人のお客様(1回平均62人)に能を鑑賞していただいております。
 参加されたお客様からは賞賛の声が多数寄せられ、ダイジェストではなくたっぷり能を鑑賞したいというリクエストが高まるにつれて、それに応えるべく、昨年はじめての試みとして、関西セミナーハウスが毎年11月23日に「もみじまつり」を開催しますが、その連動企画として特別公演を行い、本格的な能公演を行いました。

 以下、実施した公演の演目です。
 2012年8月11日(土) 第1回 能「東北」
 2012年9月14日(金) 第2回 能「小鍛冶」
 2012年10月12日(金) 第3回 能「安宅」
 2012年11月16日(金) 第4回 能「松風」
 2012年12月14日(金) 第5回 「新年を寿ぐ能について」
 2013年3月1日(金) 第6回 能「桜川」
 2013年4月12日(金) 第7回 能「頼政」
 2013年5月3日(金) 第8回 能「三輪」
 2013年5月24日(金) 第9回 能「卒都婆小町」
 2013年7月19日(金) 第10回 能「山姥」
 2013年8月30日(金) 第11回 能「女郎花」
 2013年9月27日(金) 第12回 能「船弁慶」
 2013年10月11日(金) 第13回 能「定家」
 2013年11月22日(金) 特別公演 能「巴」
 2014年3月28日(金) 第14回 能「百万」
 2014年4月25日(金) 第15回 能「鵺」
 2014年5月16日(金) 第16回 能「屋島」
 2014年6月13日(金) 第17回 能「松風」
 2014年7月11日(金) 第18回 能「班女」 ※台風で中止
 2014年8月5日(火) 第19回 能「竹生島」

 2014年、今後の予定
 2014年8月29日(金) 第20回 能「清経」
 2014年10月3日(金) 第21回 能「江口」
 2014年11月21日(金) 特別公演 能「融」

6. おわりに

 関西セミナーハウスで『能を楽しむ夕べ』を開催するようになって、2年弱になります。いまでは、セミナーハウスでのご利用は無くとも、能鑑賞だけに来ていただけるお客様が増えました。リピーターも徐々に増えつつあります。
 また、セミナーハウスでのご利用、とりわけ研修のプログラムに能鑑賞を取り入れる企業、研究者、労働組合もまた、徐々に増えつつあります。
 この広がりを確かなものにするために、また、アカデミー運動の前進のためにも、能鑑賞の取り組みの一層の強化が求められます。
 鑑賞だけではなくワークショップで能体験へ、年間公演回数を減らしても、1回の公演時間の延長・充実、新企画の導入、特別公演を秋(11月)だけではなく、春(4月)にも開催するなど、2015年に向けて、具体的な中身が明確になりつつあります。
 この伝統芸能、能の取り組みの灯を消すことなく、さらに充実した取り組みを継続し、アカデミー運動の発展のためにも、この流れを大きく確かなものにと新たな決意を述べて報告を終わります。