【自主レポート】

第35回佐賀自治研集会
第1分科会 住民との協働でつくる地域社会

 近年、行政の様々な分野で住民協働が進められている中で、ハード整備(特に道路整備)が絡む事業については、住民協働が遅れています。本論文では、ハード整備を含むまちづくりの現場での経験を踏まえ、住民協働の実施時期、相手方、合意形成の手法等について考察し、ハード整備における住民協働のあり方について提言を行います。



ハード整備における住民協働のあり方について


京都府本部/自治労城陽市職員組合 中村  怜

1. まちづくり概論

(1) まちづくりと計画行政
 現在、様々な意味で「まちづくり」という言葉が使われており、行政の組織名称にも多々用いられているところですが、本論文ではハード整備における住民協働のあり方について考察を行いますので、ハード整備(公共工事)としてのまちづくりを考えます(この場合、「まちづくり」と区別して「街づくり」という言葉が使われることもあります)。
 ハード整備によるまちづくりの目標は、道路等の公共施設の整備により、住民の「安心・安全」と「利便性」の向上を図り、上位計画等で位置付けられためざすべきまちの将来像を実現することにあります。裏返すと、様々な危険や不便の解消、社会情勢や周辺環境の変化への対応といったことが、まちづくりの出発点となります。
 まちづくり事業に関わらず、行政運営にあたっては長期的な視点から多種多様な計画を策定するのが通例であり、計画体系としては、「基本構想」→「基本計画」→「実施計画」の三層で捉えられます。また、まちづくり事業においては、体系が異なりますが「都市計画」の決定についても重要な計画となります。
 そして、これらの計画を少しずつ具体化させながら、関係者(上位機関、交通事業者、公安委員会、地権者、地元住民等)と協議を繰り返すことで、事業を進めていくことになります。

(2) まちづくりと住民協働
 これまでのまちづくりは、行政主導で計画を作成し、関係機関協議を進め、最後に住民「説明」会を開催するのが一般的でした。しかし、成熟化社会を迎え、住民ニーズも多様化・高度化する中で、住民の合意を得ない計画については抵抗感が強く、行政主導の計画決定後では事業に対する住民の理解を得ることは困難となり、結果として事業の停滞を招きかねなくなっています。
 そのため、市民意識の高まりもあり、住民参加、住民協働によるまちづくりが増加してきています。そのメリットとしては、地域のことに最も詳しい地元住民の参加によって、地域の実情に応じた事業実施が可能となることや、計画段階から地元住民の意向を反映させることで、事業実施時の合意形成の下地をつくることができることなどが挙げられます。
 しかし、行政の様々な分野で住民協働が進む中で、ハード整備(特に道路整備)が絡むような事業については、他の行政分野と比較してまだまだ住民参加の度合いが遅れているといえます。これは、ハード整備の特徴として、土地・建物という大きな財産が絡み、行政の投資額も莫大な額となることから、様々な利害関係の衝突が生じ、必ずと言っていいほど反対運動が起こるため、行政は住民協働で計画がまとまるはずがないと考えるからです。
 それでは、このようなハード整備の特徴を踏まえて、どのような協働のあり方が望ましいかを考察します。

2. 住民協働のあり方について

(1) 行政は住民協働が不安
 行政が住民協働に二の足を踏む原因は、「住民に自由な意見陳述を認めると非現実的な計画が出来上がるのでは?」、「策定済みの上位計画との整合や関係機関との協議に支障が出るのでは?」、「行政のスケジュールや予算確保等との調整が困難となるのでは?」といった、地元住民の意向を予測することができないという不安にあります。
 しかしながら、住民協働によるまちづくり事業の経験が豊富なコンサルタントが口を揃えるのは、「地元住民の自由な議論によっても、検討する条件をきちんと示してあげれば、最終的には常識的な(行政の考えとさして乖離しない)結論に落ち着く」ということです。
 検討する条件をきちんと示してあげるということですが、ポイントは「たたき台を示さないこと」にあります。行政は、たたき台となる計画案を示してあげないと、住民側が困ってしまうのではと思い込みがちですが、たたき台を示された瞬間にネガティブチェックが始まります。たたき台を示されると別の対案を示したくなるのが人の習性であり、話が横にずれて建設的な議論ができないということがよくあります。
たたき台を示すのではなく、行政やコンサルタントが検討する際と同じ条件(技術的な条件を含みます)を明確に示して、できること、できないことを住民側にも理解してもらうことで、計画策定にあたっての行政・住民双方の信頼関係が生まれ、計画の結論も「落としどころ」に落ち着きます。
 行政主導であろうが、住民協働であろうが、最終的な計画の結論は大差ないのですが、住民協働のプロセスを経た計画は、その後の事業を進める上での地元合意形成の点で全く価値が異なります。

(2) いつから協働するのか
 計画に地元住民の意向を反映させるという住民協働の趣旨からすると、行政で計画を固めた上で住民の意見を聞いても仕方がありません。地元住民の意向を反映させるためのプロセスとして、都市計画決定時の意見聴取などがありますが、都市計画の案を提示できる段階では既に関係機関との協議は完了しており、地元住民の意見を反映させる余地は無い点で形骸化していると言わざるを得ません。また、同様に各種のパブリックコメントの実施も盛んですが、行政が時間をかけてまとめた内容に対して他の意見を述べても否定される可能性が高く、「意見を聞いてもらえない」という思いだけが残るように思います(通常パブリックコメントに対する回答は「原案どおりとします」が並びます)。
 そのため、なるべく早く、構想段階から協働による取り組みを行うのがベストと言えます。手間はかかりますが、最初に時間をかけることが最終的な遅れを少なくすることに繋がります(いったん行政と地元住民の間でボタンの掛け違いが生じてしまうと、それを解消するには多大な労力と時間が必要となります)。

(3) 誰と協働するのか
 一口に住民協働といっても、その相手方は様々であり、それぞれにメリット・デメリットがあります。
 まずは、住民一般を対象とする協働手法があります。これは、広く全住民に一般参加を認めるものです。メリットとして、地元住民全員に発言の機会を与えることで、地元意見としての正当性が最も担保されるといえます。一方で、組織的な基盤がないため事前調整が難しく、よほどの関心事でないと会合等に参加者を集めにくいというデメリットがあります。
 次に、地元自治会(町内会)役員等の住民代表者を対象とする協働手法があります。この手法も、基礎となる自治会(町内会)の加入者が多く、地元意見としての正当性が担保されやすいといえます(もっとも、役員が勝手に決めたことと言われる可能性はあります)。また、既存の組織的基盤があるため、事前調整等が容易で参加者を集めやすい手法といえます。一方で、役員が必ずしもまちづくりに積極的とは限りませんし、役員任期(通常一年)があるため、長期的な事業では継続性に難点があるといえます。
 さらに、各種の地域団体等を相手方とすることも考えられます。中心市街地の活性化等であれば商工団体と、バリアフリー等では福祉団体が協働の相手方として挙げられます。また、学識経験者や学生等が参加することで、検討の幅・深みが増すことが考えられます。しかし、団体としては必ずしも地域性に結びつかないことや、「住民」としての意見は求められないという限界もあります。
 住民協働の相手方を考えるにあたっては、必ずしも一つの組織から選ぶ必要はなく、様々な組み合わせが考えられますが、いずれにせよ、「勝手に決めた」と言われないための正当性の担保が必要です。特に、ハード整備の場合、「周辺住民」と「地権者」という二つの異なる住民が存在します。「地権者」を抜きにしては「勝手に決めるな」と言われかねない一方で、「地権者」という存在が明確に浮かび上がるのは計画が具体化して事業区域が確定した段階です。また、「地権者」という立ち退き等の不利益を受ける可能性がある住民だけで話をしても、事業はなかなか進みません。当然ながら、明確な事業目的があって、地権者もやむなしと思ってもらう必要があり、その際に「周辺住民」からも事業の推進意見が出そうであれば、「地権者」に加えて一緒に議論をしてもらう方が望ましいと言えます。通学児童の不幸な交通事故が全国で無くならない中で、「交通安全」といった事業目的であれば、比較的合意形成は進みやすいといえますが、数十年前に決定された化石のような都市計画を引っ張り出すだけでは、「地権者」の理解を得るのは難しいといえます。さらに、企業誘致による税収増等の全住民の福祉の向上を目的とするような場合には、原発や基地問題と同様に合意形成が困難です。企業による税収増というのは、原発による利益や安全保障のように、数字にも見た目にもわかりにくいからです。そのため、地域の問題に止まらないということもあり、政治プロセスによる合意形成によらざるを得ない面があります。これらのことも含めて、どの段階でどういったメンバーを集めるかは難しい問題です。
 最後に、誰と住民協働を行うのであっても、学識経験者等を除けば住民側は無報酬で参加するのが基本です。無報酬で参加を続けてもらうには、参加するメリットを示してあげる必要があり、それは「参加者の意見がきちんと反映されること」です。行政のプランの押し付けや、都合良く使われていると思われてしまうとうまくいきません。

(4) 具体的な協働のあり方について
 計画策定に住民参加を図る方策としては、アンケート、パブリックコメント、検討会(ワークショップ)等がありますが、これまで述べたことからすると、住民協働を行う上で最も効果的なのは、当然行政と住民が会合を持って話し合いを行うことです。
 しかし、会合の参加者が行政と住民のみの場合、どうしても住民から行政への一方的な要望の場となり、両者が対立構造となりがちです。また、会合の検討項目を外れた行政一般への要望、批判に終始してしまうことが多いといえます。

 これを解消する協働のあり方として、専門的知識を有するコンサルタント等が会合のコーディネーター役として間に入ることで、両者の調整役とすることが非常に効果的です。行政、住民がともに一参加者としての位置付けになり、建設的な議論が可能になります。専門分野に関する説明や住民からの質問はコーディネーターが対応し、行政分野に関する説明であっても、行政がコーディネーターを介して説明することで、対立構造が避けられます。

 特定の行政職員をコーディネーター役として配置することも考えられますが、コーディネーターが機能するためには、住民からの信頼を得ることが最も重要です。そのためには土木・都市計画の専門的知識に加えて、他都市での豊富な経験、地元事情の熟知等が重要な要素ですが、市の意向から切り離された第三者であるという認識が最も必要になります。そのため、ソフト事業は別として、少なくともハード整備については、利害関係からの対立が生じやすいため、当事者間で協議するのではなく、第三者であるコンサルタントの配置(業務委託)が必要となると考えます。

3. 最後に

 本レポートについては、ハード整備を含むまちづくりの現場での6年間の経験を通して感じたことについて、自分なりにまとめてみたものです。担当事業については、行政主導の説明会型事業と住民主導の検討会型事業の双方を経験しましたが、前者の方が住民との折衝にしんどい思いをした上に事業が長期化した一方で、後者の方は住民と同じ方向を向いて仕事をしているという点でやりがいを感じました。
 本文でも触れたように、行政は住民協働に二の足を踏みがちですが、行政内部だけで議論をしていても事業は進みません。事業初動期の大変さはありますが、勇気をもって住民協働型の手法を企画・提案されてはどうでしょうか。本レポートがまちづくりを仕事とされる方々にとって、何らかの参考になればと思います。