1. はじめに
(1) 地域の概要
佐賀県における2012年度の農作物被害金額は2.4億円で、そのうちイノシシによるものが53%を占め、鳥類を除く獣類では、71%となる。
イノシシによる農作物被害金額は、1991年にはじめて1億円を超えて、2002年には、過去最高となる4億円を超えたが、2009年からは、地域ぐるみの対策の普及等により、減少傾向に転じ、現在では1.3億円程度まで減少した。
しかし、近年、アライグマ、アナグマ、タヌキ等の中型ほ乳類における農作物被害金額の増加やニホンザルの行動域拡大が確認されており、カラス、ヒヨドリ、カモ類等と併せた多獣種に対応した被害対策の普及が必要となっている。
(2) 発展過程
2006年以前の生産者や集落に対する行政からの支援は、捕獲奨励金や電気牧柵導入の補助が主だった。捕獲頭数が増加しても被害が減少することはなく、電気牧柵を設置してもその後の管理が不適切で効果が充分に現れていなかった。
佐賀県では、行政に依存せず、住民が自立して対策に取り組むためには、市町を中心に地域がまとまりを持って活動できる体制づくりと鳥獣害の知識や技術を身につけた人材の存在が不可欠であり、地域をよく知る普及指導員、市町職員、JA営農指導員等が人材づくりの核となることをめざした。
このため2006年には、農業技術防除センター専門技術部に果樹担当とは兼務であるが鳥獣害対策担当の専門技術員を配置し、更には2008年からは鳥獣害対策担当を専任とした。
普及組織が鳥獣害対策のイニシアティブを持つことで、普及が長年培った「人を動かす。人を育てる。」スキルを充分に発揮し、住民においては、集落全員参画型の地域ぐるみの対策、関係機関においては、鳥獣害対策を特別なものとせず、担当業務の延長で誰もが指導できるような姿への転換を図った。
2. 活動内容
(1) 推進体制
2008年より農業技術防除センターに鳥獣害対策担当の専任の専門技術員を配置し、各普及センターに業務担当ではあるが、鳥獣害対策担当を位置づけた。
特定の部署だけでは、効率的な対策が実践できないことから、組織横断的な体制を県段階、地区段階(普及センター内)、地域段階(市町内)において、それぞれチームを整備するとともに、定期的に県鳥獣対策指導チーム会議や普及センターおよび農林事務所の担当者で鳥獣被害対策連絡会議を開催し、情報交換や優良事例の県全体の普及に努めた。
また、県境を共有する福岡県及び長崎県とは、北部九州三県有害鳥獣駆除会議を計画的に開催し、情報交換を図り、効率的な対応を実施した。
(2) 人材育成
2006年から、県、市町、JA、農業共済等の職員(200人程度)を対象に、誰もが円滑な対応ができるように、鳥獣被害の現状、関連法令、鳥獣の特性と効率的防除等について「イノシシ被害対策指導員養成研修」を実施した。2011年からは、現地の状況に迅速に対応するため、イノシシ以外の中型ほ乳類やニホンザル、鳥類まで獣種を広げ、「鳥獣被害対策指導員養成研修」として開催するとともに、必要に応じて対象獣種等を絞った研修会を適時開催した。
普及指導員については、鳥獣害対策担当者だけではなく、作物や果樹といった各特技普及指導員に対しても普及指導員研修の中で鳥獣害対策の項目を入れた。
各地域や生産部会での鳥獣害対策研修の開催を要請するとともに、併せて開催に当たって支援した。
また、鳥獣害対策の「手引き」や「パンフレット」等を作成・配布し、効率的な被害対策に努めた。
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鳥獣被害対策指導員養成研修会 |
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普及啓発パンフレット・冊子の作成 |
(3) モデル集落の設置と地域全体への普及
2008年からは、すべての普及センターで、鳥獣害対策のモデル集落を設置し、関係機関と濃密支援を行った。
集落全員を対象とした鳥獣害対策研修会を開催し、「どうして被害が発生するのか? どうしたら防ぐことができるのか? 護った農地をどう活かすか?」をみんなで理解してもらい、アンケート調査や集落環境診断活動等を通じながら鳥獣害対策における集落内での「情報共有」と「見える化」により、合意形成を図ることで、住民主導による地域ぐるみの対策に取り組む「地域の見本」となるように育成した。
優良事例は、研修会等での紹介や集落代表者に事例発表等により、地域全体への普及を図った。また広報誌等でも積極的に紹介した。
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集落単位で鳥獣害対策研修会 |
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集落環境診断による合意形成 |
(4) 住民主導による地域ぐるみ対策の推進
効率的な鳥獣害対策の実践のためには、「生息地管理」「農地管理」「個体数管理」の3本柱を実践することが重要であり、そのためには、個人ではなく集落で取り組むことが不可欠である。
このため、国庫事業を最大限に活用して、「ワイヤーメッシュ柵の整備を核とした地域ぐるみの対策」を強力に推進した。
関係者がモデル集落の育成で培ったスキルをもとに、本事業を契機として、集落の合意形成を図った。
防護柵の適正な設置管理を行う「農地管理」に特出することなく、集落内の餌場や隠れ場をなくす「生息地管理」や集落に近づく有害鳥獣を減少させる「個体数管理」についてもバランスよく取り組んだ。
また、現状を充分に理解してもらうために無人カメラを積極的に活用した。
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放棄竹林の管理による緩衝帯の設置 |
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無人カメラによる実態把握 |
ワイヤーメッシュ柵等の整備状況
(鳥獣被害防止総合対策交付金分) |
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(5) 効率的な捕獲体制の整備と獣肉利活用の推進
イノシシの捕獲頭数については、捕獲個体が幼獣中心等のため、年によって増減はあるものの右肩上がりになっていた。
獣肉については、血抜きや解体・保存方法が悪く、獣肉は臭いというイメージを持っている人が多かった。
このため、株式会社「三生」及び猟友会等の協力により、計画的にブロック単位で研修会等を開催し、足くくり罠と箱罠を併用した効率的な捕獲、有害捕獲と狩猟を明確に区別した「鳥獣被害対策実施隊」の整備、適正な血抜き・解体・保存・料理方法等の普及推進を図った。
また、集落においては、有害捕獲を猟友会任せではなく、集落内でも捕獲者の育成を推進した。
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捕獲技術向上研修会 |
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獣肉解体技術向上研修会 |
(6) 予防的意識による多獣種への対応
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ニホンザルの行動域調査 |
2009年には県環境部局と連携して、アライグマの生息状況調査を行った結果、県内全域に生息が拡大していることがわかり、普及啓発と市町単位での防除実施計画の策定を支援した。また本調査と現地の状況からアナグマやタヌキ等の被害も多く確認できるようになってきたため、中型ほ乳類のくくりで研修会の開催や情報提供を行った。
ニホンザルについては、被害品目と行動域に拡大等に伴い、2012年より、国庫事業を活用してテレメトリー法による行動域調査を実施するとともに追い払い体制の整備をはじめとした効率的な被害対策の普及に取り組んだ。
鳥類については、カラスをはじめヒヨドリ、カモについても効率的な被害対策の普及に努めた。
イノシシでの教訓を活かし、被害がひどくならないうちに、迅速かつ適正な対応を行った。
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環境部局と連携したアライグマの生息調査 |
3. 活動の成果
(1) 農作物被害金額の減少と地域農業の振興
被害が最も多かったイノシシによる農作物被害金額は、1991年にはじめて1億円を超えて、2002年には、過去最高となる4億円を超え、対策を講じてもシャープに減少しなかったが、2009年からは、地域ぐるみの対策の普及等により、一気に減少傾向に転じ、現在では1.3億円程度まで低減(過去最高の69%減)した。また、近年、右肩上がりに増加していた中型ほ乳類についても減少に転じることができた。
これらの農作物被害金額の減少により、地域農業の振興が図られた。
佐賀県における鳥獣被害の推移 |
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(2) 人材育成
計画的な研修会・検討会の開催、きめ細かな現地指導、必要に応じての情報提供等を通じて、組織横断的な取り組みや担当者以外でも基本的な指導ができるようになってきた。
現在では、地域差はあるものの地域での一般的な研修会や現地指導は、地域の普及指導員、市町職員、JA営農指導員等で対応できるようになってきた。
このような中で、モデルとなるような取り組みを実践するような市町も育成され、地域で開催される研修会等では、市町職員等が地域を超えて優良事例を発表するような動きもでてきた。
また、病害虫対策同様に作物指導の中で鳥獣害対策まで指導する動きが活発になり、効率的な対策指導が実践できるようになってきた。
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普及指導員等による防護柵設置管理研修会 |
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栽培研修会時に鳥獣害対策も指導 |
(3) 住民主導による地域ぐるみ対策の普及拡大
モデル集落での成果をはじめ県内にも地域ぐるみで鳥獣害対策を実践する集落が数多く育成された。身近なところに優良事例ができたことで、「点から線、線から面」へと拡大していった。
優良集落の代表者は各種研修会での事例発表や視察対応を通じて、まさに鳥獣害対策のリーダーとなり、住民が住民を育てる姿もでてきた。
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地域ぐるみで鳥獣害対策の実践 |
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集落単位で防護柵の点検・補修 |
(4) 効率的な捕獲体制の整備と獣肉利活用の推進
県内すべての市町で「鳥獣被害対策実施隊」が整備され、効率的な捕獲体制ができた。個体数調整が順調にすすんでいる市町では、捕獲頭数が減少傾向になってきた。
獣肉利活用については、徐々にではあるが浸透し始め、県内に11ヶ所の獣肉処理施設が整備された。
中型ほ乳類については、被害に遭っている住民自らが積極的に取り組む流れができてきた。
(5) 多獣種への対応
アライグマについては、ほとんどの市町で防除実施計画の確認を受け、猟友会に依存しない住民自らの捕獲体制を整備することができた。防護柵については、特性を考慮して、試験的に実証しながら、複合柵や電気ネット柵などを導入した。
ニホンザルについては、テレメトリー法により行動域と群の構成が把握でき、群れ管理が実践できる体制が整った。
鳥類については、カラスはみんなで、ヒヨドリは園芸担当、カモ類は作物担当が中心となって生産指導と併せて、対応する動きができてきた。
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多獣種を対象とした複合柵の導入 |
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出没の多い箇所の防護柵(佐賀方式) |
4. 今後の活動方向
(1) 地域ぐるみの対策が継続されるための支援
うまくいっている集落は、防護柵の点検・補修や周辺の草刈を実施するシステムが構築され、鳥獣害対策を担当する集落役員が配置されている場合が多い。
継続して地域ぐるみの対策が実践できるように、このような優良事例を地域全体に拡大するために計画的な研修会、集落単位での意見交換会、情報提供等を行う。
(2) 出没の多い箇所への対応
ワイヤーメッシュ柵でも掘り返しの頻繁な箇所は、鉄筋や支柱等で補強しても侵入を繰り返される場合がある。
このような箇所にはワイヤーメッシュ柵に手持ちの電気牧柵と特定のガイシを使用した新しいスタイルの防護方法(佐賀方式)を普及させるとともに、併せて生息地管理と個体数管理の更なる強化を図る。
(3) 効率的な捕獲体制と食文化の定着
すべての市町に「鳥獣被害対策実施隊」は整備されたが、まだ地域によって温度差がある。民間人の活用や人材育成等で成果を顕著に上げている佐賀県武雄市等を参考にしながら、高位平準化を図る。
また、全体でみると新人捕獲者の実績が充分ではないため、捕獲技術の向上を図るとともに積極的な捕獲が促進されるように更なる獣肉利活用の推進と食文化の定着に努める。
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