【論文】自治研究論文部門奨励賞

第35回佐賀自治研集会
第1分科会 住民との協働でつくる地域社会

 自動車交通の利便性のために奪われてしまった道路空間を制限し、併せて旧街道沿いの古民家の活用を図ることで、京都府京田辺市の主要地方道八幡木津線の一部区間の改良をケーススタディとして検討し、人や自転車が安全にかつ安心して走行できる環境を創出するとともに、賑わいのあるまちづくりについて提案するものである。



京田辺市における新たな移動空間の創出による
まちづくりの提案について
~旧街道を活用した歩行者・自転車走行空間の創出と
古民家を活用したまちづくりについて~

京都府本部/京田辺市職員組合 井上 哲也

1. はじめに

 我が国では、これまで自動車交通中心の道路整備が進められてきた結果、都市機能の郊外流出などによって、元来まちの中心地であった旧街道沿いのまち並みが、通過交通の処理を大半の機能とする路線に変わったことにより、そのまちの魅力を低下させ、同時に商店の衰退が問題となって久しい。
 自動車に依存し、施設整備を前提とした従来型のまちづくりによる地域再生は限界を迎えており、公共交通や自転車利用環境が整備され、人・歩行者が主役のまちづくりが重要となってきている。また、地方都市においても、自動車の車線削減・歩行者空間拡幅等の実証実験等が実施されるなど、地域に応じた具体的な施策を模索している段階である。
 本稿では、自動車交通の利便性のために奪われてしまった道路空間を制限し、賑わいのあるまちづくり再生の視点から、京都府京田辺市の主要地方道八幡木津線の一部区間の改良をケーススタディとして検討し、人や自転車が安全にかつ安心して利用できる環境の創出を提案するものである。

2. 主要地方道八幡木津線に着目した背景

(1) 京田辺市の概要
 京田辺市は、図-1に示すように京都府の南部に位置する人口約6.3万人の都市であるが、大阪、京都、奈良各都市からは鉄道で約30分の通勤圏にあり、人口は現在も増加傾向にある。また、同志社大学が立地している三山木地区は、関西文化学術研究都市として位置づけられている。
 市内には鉄道駅が、JRと近畿日本鉄道を合わせ9駅立地しており、鉄道駅を中心としたバス路線網が形成されているが、道路網の整備や郊外型施設立地の進展などにより、図-2に示すように自動車分担率が年々増加、自動車交通が中心の交通体系に移行しつつある。

図-1 京田辺市の位置

図-2 京田辺市における交通手段分担率の推移

 市の西部には生駒山系の最東端となる甘南備山地が広がり、また市東部には木津川が流れ、間に広がる平野部において農業が発達してきた。
 地理的には、京都から奈良を結ぶ木津川左岸側の街道筋にあたり、平野部を南北に貫く八幡木津線沿いに集落が集中している。この八幡木津線が、東西交通の重要路線である国道307号と交差した田辺本町交差点付近の沿道に商店や事業所が集中し、古くからまちの中心地として栄えてきたが、鉄道駅周辺に商店等の立地が進んだ結果、今ではその賑わいは失われている。

(2) なぜ八幡木津線なのか
 八幡木津線は、前述したように府南部地域における木津川左岸の街道として、古来から重要な交通軸としてまちの繁栄を支えてきた。しかしながら、京都市内と京都府南部地域を結ぶ路線が、地理的要因から自動車専用道路である京奈和自動車道と八幡木津線しかないことから、現状でも多くの通過交通が流入している。
 八幡木津線の負荷を減少させるため、同路線に並行し府南部地域の主要な南北交通軸となる山手幹線が、1979年に都市計画決定され、京都府により整備が進められている。山手幹線は、八幡市域から木津川市域を結ぶ路線で、未整備区間である京田辺市同志社山手地区~精華町下駒地区間の整備が進められており一部開通しているが、全線開通にはまだ数年を要する。
 八幡木津線の交通量は、表-1のとおりである。

表-1 八幡木津線の断面交通量

区 間 交通量(台) 備 考
三野交差点~茶屋前交差点(注1) 13,638 2010年6月11日実施 京都府交通量調査
平日12h交通(7~19時)
台数は、各交差点流入・流出数の平均
茶屋前交差点~市役所東交差点(注2) 8,429
市役所東交差点~二又交差点(注3) 12,616
(注1)八幡木津線×薪新田辺線、(注2)八幡木津線×国道307号、(注3)八幡木津線×生駒井手線

 この中で、茶屋前交差点~市役所東交差点間は、道路幅員が6m~9mの狭隘な区間であり、歩道等交通安全施設が未整備である。沿道には人家が立ち並び、電柱が道路両端の側溝を避けるように車線側に設置されていることから、歩行者や自転車はこれらを避けるように車道にはみ出しながら通行しており、歩行者や自転車利用にとって危険性の高い道路となっている。(写真-1)

写真-1

 本稿では、八幡木津線の交通安全性を確立するとともに同路線が地域に与える影響等に配慮し、今後のまちづくりに資する施設であることを鑑み、「八幡木津線沿道のまちづくり」を検討テーマとして設定した。
 同路線を取り巻く背景は、以下のとおりである。
① 京田辺市を南北に縦断する山手幹線は、バイパス機能としての色合いが強く、2015年度に全線開通が予定されており、開通後は八幡木津線を通行する通過交通が山手幹線に転換されることが予想される。
② 八幡木津線はJR学研都市線に並行しており、駅にも近いことから鉄道の利便性に優れた地域であり、人の往来を促す導線を引ける道路である。
③ 同志社大学があり、学生の往来も期待できる。
④ 「とんちの一休さん」として有名な一休禅師に由来する酬恩庵一休寺への参拝路にあたる。

3. 八幡木津線の課題整理と方向性の整理

(1) 八幡木津線の課題整理
 八幡木津線の現状を踏まえた課題を整理し、「同路線沿道のまちづくり」を進めるための検討の方向性を整理する。
① 八幡木津線の狭隘区間における歩行者・自転車等の安全性確保
  →市域の中心部の人口集中地区に位置しながら、通過交通の処理が機能の大半を占める八幡木津線の負荷低減と歩行者・自転車交通の安全性を確保するための検討が必要である。
② 八幡木津線沿道における賑わいの創出
  →沿道の商業施設等において、新たな集客を促進し、長時間滞在させる機能等を導入することで、消費や雇用を促進させ地域経済の活性化を図ることが必要である。

(2) 課題達成のための方向性の整理
 前述の視点を踏まえ、課題解決のために必要と考えられる整備や施策に関する提案は、以下のとおりである。
① 空間形成
  ◯安心・安全な歩行者や自転車交通の空間創出
  →歩行者や自転車の通行の安全性を確保するには、歩道や自転車道を整備し、車線と分離することが望ましい。しかしながら八幡木津線においては、道路幅員が狭隘で歩道未整備の区間と、人家が沿道に立ち並んでいる区間が重なるため、道路改良などの事業により道路自体を拡幅し歩道等整備を行うことは、事業費、事業期間や沿道住民の合意形成等を考慮すると現実的ではない。そこで、八幡木津線を通行する歩行者や自転車の通行の安全性を確保する手法として、道路改良を行わずに歩行者や自転車の通行する空間を確保出来ないかを検討する。
② 賑わいの創出
  ◯既存古民家等建築物を活かしたまち並みの形成
  →八幡木津線の狭隘な区間は、かつて街道沿いの商店街として栄えた地区であり、現在でも当時を思わせる町家風の建築物が多く残存しているが、老朽化し人が住んでいない建物が大半で寂れた雰囲気を醸し出している。これらの歴史を感じさせる建物を活用し、地域に賑わいを取り戻すことが出来ないか、沿道に魅力を感じさせる施設整備等について検討する。

4. 問題解決のための施策提案

(1) 八幡木津線の通行規制とインフラ整備
 背景でも述べたように、八幡木津線に並行してバイパス道路として位置づけられた山手幹線が位置しており、また、両路線を東西に結ぶ路線が整備され、両路線を主軸とするラダー構造が形成されている(図-3参照)ことから、山手幹線へ交通を誘導出来れば八幡木津線の交通負荷は軽減され、通過交通が歩行者や自転車に及ぼす危険性は低減される、しかしながら、安全に通行できる空間がないため、根本的な解決にはなりにくい。

図-3 京田辺市の主要幹線道路と八幡木津線の狭隘区間

 そこで、八幡木津線の狭隘区間について、交通規制を行い、できるだけ多くの交通を山手幹線に転換させることを提案する。
◯八幡木津線の交通規制
 狭隘区間のほぼ中心部で交差する薪草内線(旧国道307号)との交差点を境に、同交差点から北側は南向き一方通行に、南側は北向き一方通行とする。

図-4 八幡木津線の交通規制区間

 交通規制を実施することで、同路線の南北間交通が遮断されることから、この地域の通過交通が山手幹線に転換され、この区間から発生する交通と必要があって通行する交通のみに限定され、この区間の通行が大幅に減少し、歩行者や自転車の安全性は向上すると思われる。
 また、通行規制に伴い同路線の減った車線を活用し、歩行者及び自転車の通行する空間として、新たに活用する。同路線の現状の道路構成は、最も狭隘な区間で幅員6m、片側一車線が2.5m、路肩0.5mとなっている。(写真-2、図-5

写真-2 八幡木津線の現状


図-5 八幡木津線の断面構成(現状)

 自転車が安全に走行する空間創出には、2012年11月に策定された「安全で快適な自転車利用環境創出ガイドライン」に基づき、事業費や沿道の土地利用の利便性も考慮し「自転車専用通行帯」を設置することを提案する。
 先進地の事例としては、ガイドライン策定以前に栃木県宇都宮市において車道幅員を削減しカラー舗装により自転車レーンを設置された例がある。(写真-3)
 当該路線では、現在に至るまで事故報告は上がっておらず、欧米の自転車先進都市同様の正しい道路整備をしたと評価されている。

写真-3 宇都宮市におけるカラー舗装による自転車専用通行帯の設置

 中央部に自動車走行帯を2.5mとし、その左右に歩行者及び自転車専用通行帯をカラー舗装により設置し視覚的分離を行うものである。以下に、整備予想図と断面構成を示す。(写真-4、図-6

写真-4 八幡木津線におけるカラー舗装による歩行者・自転車・自動車通行帯の視覚的分離予想図


図-6 八幡木津線の断面構成(提案)

(2) 既存古民家等建築物の修景による賑わいの創出
 八幡木津線沿道には、歴史を感じさせる町家風の建物や、かつての街道筋の繁栄を彷彿させるような江戸・明治・大正・昭和時代の名残をとどめる建築物が多数残存している。(写真-5)

 

写真-5 八幡木津線沿道に残存する歴史的景観を残した建築物

 これらはまちの記憶を次世代に引き継ぐ貴重な景観資源であり、これらの建築物を保存・活用し、まちの魅力を高めていくことが必要である。
 特に、当該路線には前述したように歩行者や自転車の通行する空間が確保されることから、それらの利用者の滞留と回遊を可能とする飲食店や物販店などの施設の設置が望ましい。近年、京都市内においても、町屋造りや歴史を感じさせるような建物を改装した飲食店や衣類等物販店が増加しており、幅広い年代層の人気を呼んでいる。
 修景の手法については、八幡木津線沿道の当該建築物が集中した区域に、地区計画や景観地区などの都市計画決定の適用が考えられる。これらの施策による、規制・誘導による修景を図る。
 また、建物所有者や土地所有者へのインセンティブを図り積極的な修景を進めるため、修景に必要な費用は修景基準を設けこれを満足する改修について補助金等を交付することで、建築物所有者の負担を軽減させることが考えられる。
 これらの建物の所有者達にも高齢化が進んでおり、所有者自らが事業を営むことは困難であることから、当該地で飲食店等を営むことを希望する人達の斡旋も必要であると考える。
 この区間は、近接する酬恩庵一休寺や棚倉彦神社の参拝客が多く通行しており、飲食店等が近隣に皆無であることから観光客の利用も見込まれる。
 飲食店等が営業することで、この区域で消費が生まれ雇用が発生し、地域経済の活性化に資することも期待されるところである。
 歴史的建造物の修景事業は各地で実践されており、富山県富山市でも、歴史的な風情ある街並み修景をめざし「岩瀬大町・新川町通り修景等整備事業」が施行されている。(図-7、写真-6)

図-7 岩瀬浜等における修景基準

 
修景前   修景後

写真-6 岩瀬浜における修景前後

 同地区では、伝統的建物の修景基準を作成し改修実施者への補助を実施することで、歴史的町並みの保存・再生を図りながらも、魅力あるまちの賑わいの創出を進め、観光客の集客が図られている。

5. 実現性の検証

(1) 八幡木津線の通行規制とインフラ整備
① 通行規制(一方通行化)
  標識の設置、区画線敷設、信号の制御等については公安委員会が実施することから協議が必要となる。通行規制により、歩行者・自転車利用者への安全性の確保と域内通過交通の排除が期待される。
② 歩行者・自転車空間の整備
  標識の設置は公安委員会が実施するが、カラー舗装(2,000円/㎡)が必要。構造分離に比較し低予算にて施工可能。交通錯綜の防止、徒歩・自転車利用者の促進、路上駐車の回避が見込まれる。

(2) 古民家等建造物を活用した商業施設等を整備
① 商業施設の整備
  補助金を交付するための要綱の整備や財源の確保(1店舗当たり100万円程の補助)及び規制・誘導を図るための都市計画の内容決定や修景基準の作成も必要である。これらの規制・誘導や修景基準は専門家の意見を取り入れることはもちろんであるが、意思決定過程に市民も取り込み、幅広く議論したうえで決定することが肝要である。
  修景整備を進めることで、市民にとってコミュニケーションの機会が増加する空間が作成され、まちの魅力増加に繋がるものと思われる。

(3) 支障物撤去
 修景上、また歩行者・自転車の通行の支障となる電柱は撤去した方が望ましい。電線類地中化(4億/km)やスペースがあれば裏面からの引込となるよう電線類移設が必要である。景観の改善や動線の連続性の確保のために、電柱の移設については検討が不可欠である。

6. おわりに

 本稿では、かつて京都と奈良を結ぶ街道として栄えた八幡木津線沿道のまちづくりの見当を通じ、同路線の狭隘区間における歩行者や自転車交通の安全性確保、まちなみの修景による魅力的なまちの顔づくり、市民のコミュニケーションの場の創出などについて、提案を行った。
 なお、本稿においては、実現性の部分で八幡木津線から転換された交通を受け持つ山手幹線や、関係する交差点の容量等についての検討が十分ではなく、定量的な検証による根拠付けが出来ていないことを補足しておく。
 今回の提案は、八幡木津線に並行して位置する山手幹線を前提とした提案であり、同幹線が全線開通することで、現在八幡木津線を通過するかなりの交通が山手幹線に転換されることが予想される。
 現状のままでも、八幡木津線を通行する歩行者や自転車の安全性改善は予想されるが、かつて市の中心部であった商店街の賑わいは取り戻すことが出来ない。
 今回提案した独立した歩行者及び自転車専用通行帯の設置は、自転車行政先進国である欧米の例に習い、近年、日本国内でも採用が増えその実効性が確証されつつある。
 これを活用し、歩行者・自転車交通の安全性を確立するとともに、創出された区間の有効活用について、様々な事例について検討を深め、我が国における自転車交通のあり方に一石を投じることが出来れば幸いである。